日本聴神経腫瘍研究会 Japanese Society of Acoustic Neurinoma(JSAN)

日本聴神経腫瘍研究会による

聴神経腫瘍の診療指針

パブリックコメント募集中です。
この「聴神経腫瘍の診療指針」は日本聴神経腫瘍研究会の世話人会にて承認されたもので、現在、パブリックコメントを募集しています(したがって、現在掲載中のものは仮のものとなります。実際の運用は先になります)。

【パブリックコメントの送信方法】
 メールにてmkouno@tokyo-med.ac.jp(「聴神経腫瘍の診療指針」策定委員会委員長・河野道宏)までご意見をお寄せください。

 その際に、氏名・所属先・診療科・メールアドレスを明記の上でご意見を頂けましたら幸いです。パブリックコメントの募集期間は10月31日までとさせて頂きます。

診療指針作成の経緯と目的

 聴神経腫瘍とは、前庭神経から発生する良性腫瘍(神経鞘腫)であり、正確には前庭神経鞘腫と呼称されるが、以前より「聴神経腫瘍」の名称が日常的に使われている。発生頻度は非常に低く、年間に10万人に1名程度とされている。この低い発生率に加えて、手術が非常に高難度であるという特殊性から、神経機能を温存して最大の切除を行うことが治療の基本ではあるものの、定位放射線治療や経過観察も一般化しており、医師の経験や考え方により選択する治療法が異なる場合が多々ある。患者も様々な医療情報に触れ、実際にセカンドオピニオンも広く行われている。そこで、聴神経腫瘍を取り扱う専門的な学会である日本聴神経腫瘍研究会が、患者や担当医師が容易に参照できる「診療指針」を提示することは一つの責務と考え、作成に至ったものである。日本の医療の特徴を十分に勘案した本指針を有効に活用して頂くことを期待している。両側聴神経腫瘍を診断基準とするNF2関連神経鞘腫症(神経線維腫症II型)に関しては、本診療指針では症例の一部で触れるにとどめる。

想定される利用者・使用上の注意

 聴神経腫瘍の診療に関わる医師(耳鼻咽喉科、脳神経外科、脳神経内科、形成外科、内科等)、患者およびその家族等を利用者として想定している。本指針はあくまで作成時点で最も標準的と考えられるものであり、実際の診療行為を規制するものではない。その使用にあたっては診療環境(人員、経験、設備等)や個々の患者の特性を加味して柔軟に対応するべきものであり、本指針が裁判の証拠等に引用されることは避けられるべきである。本指針の記載内容については本研究会が責任を負うが、診療結果についての責任は実際の診療担当者に帰属するべきものであり、日本聴神経腫瘍研究会および本指針の策定委員会メンバーは一切の責任を負わない。

聴神経腫瘍の治療と現状

 聴神経腫瘍の診療方針には、手術・定位放射線治療・経過観察 があり、これらを適切に選択したり組み合わせたりすることにより、良好な治療成績が得られることが期待されている。そもそも聴神経腫瘍の手術が高難度であることが、良性腫瘍であるにも関わらず放射線治療が導入されるに至った経緯であり、また、経過観察が広く行われる理由でもある。米国では、2000年代に入って手術が1/2、経過観察、放射線治療がそれぞれ1/4ずつ (1,2) 、近年では手術と放射線治療の割合は1.5-1.9:1と、手術の割合は減少してきており (3,4) 、英国では約70%が経過観察、約20%が手術、10%強が放射線治療 (5) 、日本では経過観察の患者数は把握できていないものの手術と放射線治療がほぼ1:1と、国による大きな差異も見られるところである。

3つの診療方針は、それぞれ目的やコンセプト、メリット、デメリットが異なっており (図1) 、これらの選択を適切に行うためには、わかりやすい診療指針が必要と考えられる。これまでに広くコンセンサスの得られている診療方針は、大型の腫瘍や増大速度の速い真の嚢胞性腫瘍は年齢にかかわらず手術が選択され、中型・小型腫瘍については、根治性を求められる若年者には手術、低侵襲性を優先するべき高齢者には、経過観察や定位放射線治療が行われることが多く、また、内耳道内腫瘍には経過観察が原則とされている。診療方針の選択においては、年齢と腫瘍サイズが最重要視され、これらに腫瘍の性状や増大速度、聴力の状態や三叉神経症状、患者の希望なども加味されて診療方針が決定されているのが現状である (図2,3) 。
 聴神経腫瘍の扱いに関するガイドラインは、2018年に米国 (6) 、2020年にヨーロッパ (7) 、2026年に更新版が再び米国 (8-13) から出されている。しかし、いずれもシステマティック・レビュー(多くの文献を集めて信頼性を加味して総括した研究)を基にしたものとはいえ、臨床上重視されるべき年齢の要素が考慮されていないため、実際に治療を決定する上で実用性に欠ける点がある。そこで、本研究会から、年齢の要素を十分に考慮した「日本版の診療指針」を作成することは、聴神経腫瘍を発見する機会の多い耳鼻咽喉科医、紹介を受けることの多い脳神経外科医にとって、そして何よりも聴神経腫瘍と診断された患者にとっての福音となる可能性が高いと考えられる。日本では術中の脳神経機能モニタリング下に丁寧な手術治療が行われ、また国内に多くの定位放射線治療施設があり、双方とも治療を行った施設におけるフォローアップ率が高い。これらの事情を踏まえて日本独自の診療指針を作成することは意義のあるものと考えられる。

図1

図2

図3

診療指針作成の方法・策定メンバー

 日本聴神経腫瘍研究会は、手術を専門とする脳神経外科医師3名、手術を専門とする耳鼻咽喉科医師3名、放射線治療を専門とする脳神経外科医師3名、手術と放射線治療のどちらも専門的に行う医師3名、厚労省研究班研究分担者1名、日本脳神経外科学会のガイドライン委員会前委員長1名の計14名の医師による「聴神経腫瘍の診療指針」策定委員会を立ち上げ、本診療指針の作成にあたった。委員会メンバーは以下の通りである。

日本聴神経腫瘍研究会「聴神経腫瘍の診療指針」策定委員会
委員長:河野道宏(東京医科大学 脳神経外科)
委員:(敬称略)
 村上 信五(名古屋市立大学東部医療センター)
 芹澤 徹 (築地神経科クリニック 東京ガンマユニットセンター)
 後藤 剛夫(大阪公立大学 脳神経外科)
 中冨 浩文(国際医療福祉大学 脳神経外科)
 羽藤 直人(愛媛大学 耳鼻咽喉科・頭頚部外科)
 大石 直樹(慶應義塾大学 耳鼻咽喉科・頭頸部外科)
 岩井 謙育(富永病院 脳神経外科)
 周藤 高(横浜労災病院 脳神経外科)
 長谷川 俊典(小牧市民病院 脳神経外科)
 四方 聖二(相澤病院 がん集学治療センター)
 樋口 佳則(千葉大学 脳神経外科)
 黒田 敏(富山大学 脳神経外科)
 藤井 正純(福島県立医科大学 脳神経外科)

本診療指針の性格

 これまでに発表されてきた論文を参考にしつつ、日本の医療の特徴を踏まえ、現状に即した推奨を行う。定位放射線治療の長期成績、意図的部分摘出+放射線治療(手術・放射線の組み合わせ治療、後述)の症例数と長期成績の蓄積により推奨が変化する可能性を考慮し、5年毎を目処に見直しを行っていく予定である。

1) 日本の医療の特徴:

 日本では多くの施設で術中脳神経モニタリング下に丁寧な手術が行われており、また、詳細な計画のもとで定位放射線治療が行われ、経過観察も聴力の評価とともに行われている現状がある。

2) 患者年齢の要素の重要性:

 本腫瘍が良性腫瘍であることを踏まえると、若い患者(20-30歳代以下)に対しては、経過観察の対象となる極小のもの(内耳道内や脳槽部に顔を出した程度の腫瘍)を除けば、根治性を目的として手術を第一選択とする意見が多い。ここで問題は聴神経腫瘍の手術が高難度であることであり、専門施設での手術が推奨される。しかし、手術を行ったにもかかわらず何らかの理由により不十分な摘出に終わった場合や、十分な摘出が行われたにもかかわらず残存腫瘍が再発傾向を示した場合には、若年者でも手術後に定位放射線治療が追加されることは珍しくない。一方、高齢者(60-70歳代以上)においては、小さい腫瘍には経過観察の方針がとられることが多いが、治療が必要と判断された場合は腫瘍サイズが定位放射線治療の可能な範囲であれば、手術よりも低侵襲な放射線治療が選択されることが多い。若年者と高齢者の中間層の患者(40-50歳代)に関しては、聴力の状況や成長速度などを加味して症例毎に判断されるべきものと考えられる。
 治療方針の主体を手術から放射線治療に大きく切り替える年齢については、手術を担当している策定委員会メンバーの中でも50-75歳とばらつきが見られたものの、50歳未満に関しては「治療の根治性を優先するべき対象世代である」との見解は一致していた。ただし、年齢はあくまで目安であり、健康状態、活動性、職業等を考慮して患者ごとに検討される余地はあることを付け加えておく。

腫瘍サイズ、患者年齢による推奨

 腫瘍サイズと患者年齢を考慮した推奨を 図4 に示すが、実際には、聴力の状況、水頭症の合併の有無、三叉神経症状の有無、すでに手術が行われた後などの諸条件が各患者によって異なるため、あくまでも未治療のケースに対する原則論と捉えて頂きたい。また、無症候性の(症状のない)場合、腫瘍がかなり大きいケースを除いて、腫瘍の性格を見極めるために、まずは経過観察が行われることが多いことも事実である。最終的には、患者自身が、手術や放射線治療が有する課題を十分に理解した上で、治療を選択することになる。

1) 外科手術の有する課題

 外科治療については、顔面神経機能や聴機能の温存を求められる中で十分な腫瘍切除を行う本疾患の手術は高難度であることが知られており、術者によって手術成績が全く違う点が大きな問題点と認識されている。したがって、手術を安易に推奨することに関しては慎重な姿勢が必要と考えられ、小脳橋角部腫瘍手術の経験が少ない医師が手術を行うことは、緊急性のある場合を除けば避けるべきであり、本腫瘍に専門性の高い医師による手術が推奨される。「専門性の高い医師」の一つの目安としては、手術の技術を保証するものではないものの、本研究会が聴神経腫瘍の治療に関して専門性を有することを証明する「日本聴神経腫瘍研究会認定医師」が挙げられる。

2) 定位放射線治療の有する課題

 聴神経腫瘍に対してガンマナイフに代表される定位放射線治療に関しては、現在の治療線量に定着して30年以上が経過しているが、エビデンスとして現在の治療線量における最長の平均フォローアップは13年のものである (14) 。腫瘍が消失することはなく一生付き合うことを前提とした治療であり、頻度は低いとは言え、悪性腫瘍化の可能性や動脈瘤形成などのリスクも報告されており (15-21) 、また、腫瘍制御ができなかった場合の手術は非常に難しくなることが知られている (22-29) 。期待される平均余命が50-60年ある20-30代以下の真の若年者に対して、初期治療として定位放射線治療を行うことに関しては、治療後30年以上の長期経過のデータが現時点では十分に蓄積されていないことから、特殊な事情がない限り、慎重であるべきである。

 本診療指針には、もう少し具体的に理解を深めるためのケーススタディーを追加しているので、以下を参照して具体的に指針の内容を体感して頂きたい。ケースに表示してある聴力クラス(AAO-HNS分類、Gardner-Robertson分類)、腫瘍の進展度(Koos grade分類)や腫瘍サイズの計測方法(AAO-HNS分類)に関しては付録を参照して頂きたい (付録1-4) 。

図4


ケーススタディー

症例1:大きい腫瘍 (図5)

図5

 脳槽部3cmを超える、脳幹を強く圧迫するような腫瘍は、基本的には経過観察をしても有益とは考えられず(偶然に発見されたばかりで症状が全くない腫瘍に対して初期に経過観察が行われることはある)、放射線治療にはサイズオーバーであり、基本的には年齢に関係なく手術が推奨される。ただし、大型腫瘍の手術難度はかなり高く、専門性の高い施設、医師のもとでの手術が推奨される。聴力の温存に関しては、その可能性は低いものと考えられる。腫瘍の高い切除率が得られなかった場合には術後の放射線治療が適切な時期に行われる場合がある。意図的に部分摘出を行って放射線治療を追加する手術と放射線治療の組み合わせ治療に関しては、取り得る選択肢となるが、その方法の評価については今後の症例の蓄積と長期成績を待っている状況である。

症例2:内耳道内腫瘍 (図6)

図6

 原則的には、内耳道内に限局した腫瘍に関しては経過観察が行われることが一般的である (6) 。ただし、真に若い患者(20-30歳以下)で、成長が見られたり、聴力が低下する発作を経験していて、聴力が回復しているような場合には、聴力温存を企図する手術が行われることがある。この場合、聴力温存手術が可能な高度専門施設における手術が推奨される。内耳道内腫瘍でも増大が確認されていて聴力が保たれている場合には、腫瘍制御と聴力が維持される期間の延長を期待する意味で、定位放射線治療が行われることがあるが (30,31) 、その腫瘍制御と聴力の温存に関する長期成績は現時点ではまだ不十分と考えられる。すでに聴力の悪い内耳道内腫瘍に対しては、年齢に無関係に原則として経過観察が行われる。

症例3:成長速度の速い小型腫瘍 (図7)

図7

 成長速度が速いことが確認されている小さい腫瘍は、それ以上、経過観察を続行することにメリットがあるとは考えられず、治療の対象となることが多い。低い侵襲性を求められる高齢者の場合には定位放射線治療、根治性を求められる若い患者には手術が、その中間の世代には手術か定位放射線治療のいずれかが選択される。若い患者に放射線治療を施行する事に関しては、その腫瘍と一生長きにわたってつき合い、腫瘍制御を確認し続ける作業を伴うこと、平均20-30年クラスの真の長期成績がない治療であり、遅発性の未知の合併症などが起こりえることが患者に十分に説明され、理解が得られた場合に行われるべきである。一方、高齢者の小型・中型の腫瘍に対しては、水頭症の合併など特別な理由がある場合を除き、手術は一般的に推奨されない。低侵襲である放射線治療という手段があるにもかかわらず、手術を行う場合には、開頭手術に伴う合併症を患者が十分に認識した上で、専門施設で手術が行われるべきである。

症例4:嚢胞性腫瘍 (図8)

図8

 「嚢胞性の腫瘍」という言葉の定義は、医師によって異なっており、十分に注意が必要である。ここでは、充実性の腫瘍の中に一部水の成分が含まれているようなものは嚢胞性とせず、嚢胞成分(腫瘍の内部に含有している水分)の割合が半分以上存在するような腫瘍を嚢胞性腫瘍と定義する。嚢胞成分が大きい腫瘍は、増大する速度が速いことが臨床上知られており、いたずらに経過観察することよりも治療を考慮するべきである。基本的には大きい腫瘍が多いため、多くは年齢を問わず手術に回ることが多いが、定位放射線治療の対象内のサイズのものに関しては放射線治療が行われることもある。「嚢胞成分が強いために放射線治療が効きにくい」と考えられてきた時期もあったが、最近では、単房性の嚢胞性腫瘍(隔壁の少ない内部がほとんど嚢胞成分のもの)を除いては、放射線治療が奏功しやすいとの認識もある。

症例5:放射線治療後の再発腫瘍 (図9)

図9

 定位放射線治療が行われた腫瘍は内部の壊死を生じて一過性に増大し、その後、壊死部分の吸収に伴って縮小傾向に転じる、いわゆる「一過性膨大」現象が知られている (32) 。このため、腫瘍の増大が継続しても安易に手術が追加されることは少なく、顔面のしびれや痛み、顔の感覚低下などの三叉神経症状や脳幹圧迫による歩行障害等が生じたり、水頭症が加わった場合に手術が考慮される。「一過性膨大」の時期は一般的に放射線治療後3-4年程度とされているが (33) 、実際には、さらに長期間経過してから縮小に転じるものもある。このため、増大が継続することを理由に手術が考慮される場合には、必ず、放射線治療を行った医師の判断を介入させて総合的に判断されるべきである。2回目の定位放射線治療も選択肢の一つとして考慮される場合もある。腫瘍の増大が明らかであり、三叉神経症状や脳幹圧迫による歩行障害等が生じた場合には、一過性膨大であるか否かにかかわらず手術が考慮されることが多い。手術に関しては、放射線治療後の再発腫瘍は、腫瘍表面が硬く、腫瘍と脳幹や神経との癒着が強く、通常の腫瘍よりも切除率や機能温存率が低くなることが知られている (34-45) 。このため、放射線治療がすでになされている腫瘍ということを鑑み、腫瘍を残存させて機能温存を優先する考え方が主流である (36,39,40,43-45)。

症例6:交通性水頭症つきの腫瘍 (図10)

図10

 聴神経腫瘍に脳室が拡大する水頭症が合併することは珍しいことではない。水頭症には、大きな腫瘍のために脳脊髄液(髄液)の流通が妨げられて生じる閉塞性水頭症と、髄液の吸収が妨げられて生じる交通性水頭症の2種類がある。閉塞性水頭症は症状の進行が速く重症で意識障害や生命の危険に至る場合もあり、速やかな外科的手術が行われる必要がある。もう一方の交通性水頭症は、症状が軽度なことが多いが、三徴として知られる歩行障害、尿失禁、認知機能低下を呈するに至る場合もある。腫瘍が影響して脳脊髄液が高タンパク濃度を示し、これが、髄液の吸収障害を引き起こすと考察されており (46-49) 、通常は、十分な腫瘍切除が行われれば交通性水頭症は数ヶ月で自然解消することが臨床上知られている (50-54) 。このため、交通性水頭症を伴う聴神経腫瘍に対しては、手術が第一選択として考慮されることが多い。手術後に早期に歩行障害解消のためにリハビリテーションを促したい高齢者や、手術までの待ち時間が長くその間に症状の進行が見られる場合には脳室-腹腔シャント(皮下に管を留置して脳脊髄液を腹腔内に流す方法)が行われる場合がある。放射線治療に関しては、合併症の一つとして交通性水頭症が知られており、すでに交通性水頭症を呈しているケースに対しては、何らかの理由で手術を行うことが困難な場合に放射線治療が考慮される。すでにシャントが留置されているケースに対しては、放射線治療が行われることがある。

症例7:増大速度の速い対側聴力の悪い例 (図11)

図11

 腫瘍のない側(対側)の聴力がかなり悪い場合には、腫瘍の手術により患側の聴力も喪失する可能性、すなわち、両側の耳の聞こえが悪くなるリスクを懸念するあまりに、どうしても医師も患者も手術の方向に向かいにくいのが現状である。放射線治療においても、自然経過の要素も含めて長期的に腫瘍側の聴力低下が生じてくることは避けがたく、このため、腫瘍の増大が見られない限り、経過観察が行われることが多い。しかし、経過観察中に腫瘍の増大が見られた場合や腫瘍側の聴力が徐々に低下している場合には、何らかの対応が必要となる。実際に手術が考慮される場合に、検討するべき点が2つある。第一に対側の難聴の原因検索であり、それが、補聴器や鼓室形成手術、人工内耳留置手術等によって改善する可能性があるかどうかということであり、これは耳鼻咽喉科の聴覚を専門に扱う機関において診断される。聴覚が改善する可能性が確認された場合には、腫瘍の摘出前に人工内耳を行うと電気メスが使用できない、MRIの撮影に制限がかかるなどの支障が出るため、手術を終えた結果によって対側の人工内耳を考慮する。対側の聴力改善が期待できない場合には、術中に蝸牛神経を形態学的に温存できれば、腫瘍側の人工内耳も有効となる可能性もあるため、専門施設での手術が推奨される。放射線治療の場合には基本的には蝸牛神経は常に形態学的に維持されるため、基本的には腫瘍側の補聴器や人工内耳の追加は理論上可能ということになるが、現時点では、放射線治療後の人工内耳の有効性に関しては、長期的なエビデンスが不足している。また欧州、米国では聴性脳幹インプラントが保険収載されており、人工内耳が有効でない場合の選択肢とされている (55) 。

症例8:NF2関連神経鞘腫症 (図12)

図12

 両側聴神経腫瘍をはじめとして、多くの神経鞘腫や髄膜腫を合併する遺伝性疾患であるNF2関連神経鞘腫症(神経経線維腫症II型)は、経過も患者毎に様々であり、治療方針を軽々に論じられるものではない。顔面神経機能温存、聴力温存においても、一般の聴神経腫瘍と比較すると手術成績が悪いことが知られている (56,57) 。放射線治療においても、通常の聴神経腫瘍と比較すると顔面神経温存、聴力温存、腫瘍制御において劣るとするものが多い (58-62) 。したがって、治療を行っても、聴力に関してはむしろ悪化させるリスクもあり、また、今後も発生する可能性のある多くの腫瘍に対して1つ2つの腫瘍を切除したからといって治療が完結するわけでない疾患の特殊性から、積極的に手術や放射線治療が行われる方向性にはない。手術が考慮されるべきケースは、腫瘍が大きく生命を脅かしている場合や対側がすでに聴力が悪い状況で、もう一方の腫瘍が増大傾向であったり聴力が低下し始めた場合である。その際には、術中モニタリングを駆使した聴力を温存するための努力や、後日の人工内耳に備えて蝸牛神経を形態学的に温存する努力が必要となる。注射薬であるベバシズマブ(アバスチン®)は、腫瘍縮小効果や聴力改善に有効とする論文も多く (63-67) 、すでに海外では広く使用されており、国内でも医師主導治験の結果を受けて、2026年6月に保険収載されたところである。このため、今後は手術や放射線治療の前に使用を考慮されるべき選択肢の一つといえる。ただし、聴力低下などの症状が見られたり(症候性)、腫瘍の増大傾向があるなど、臨床上、治療の必要性が認められる症例に用いられるべきである。また、ペプチドワクチン療法 (68) も、医師主導治験を終えて国内で承認されれば、治療の手段の一つとなる可能性がある。

文献
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付録2

付録3

付録4