定期接種化が決まったB型肝炎ワクチン
済生会東部病院小児肝臓消化器科 顧問 藤澤 知雄東邦大学佐倉病院小児科 准教授 小松 陽樹
肝硬変や肝がんに進行する恐れがあるB型肝炎の対策として、2015年1月15日、厚生労働省の分科会は、すべての0歳児を対象として、B型肝炎ワクチンを3回接種する方針を決めた。財源やワクチンの供給量を検討し、早ければ2016年度から予防接種法に基づく定期接種として、公費で接種が受けられるようになることを目指すことになった。やっと、B型肝炎ウイルスの根絶への具体的な対策が始まるわけである。
B型肝炎ウイルスは血液や体液を介して感染する。これはヒト免疫不全ウイルスと比較して50~100倍の感染力があり、「注射器の使い回し」などの医療行為以外でも感染する。母子感染は良く知られているが、父親、兄弟、祖父母などの家族がB型肝炎ウイルスの持続感染者(キャリア)であると、家族内感染のリスクは高くなる。不適切な医療行為の改善や輸血のスクリーニングなどにより、若年者のキャリア数は減少しているが、最近20年間ではいわゆる性行為感染としてのB型急性肝炎の発生数は減少しておらず、むしろ増加している。
B型肝炎の予防にはワクチンがきわめて有効であり、90%以上の予防効果がある。ワクチンを用いた感染予防法としては二つの考え方がある。一つはこのワクチンを乳幼児や学童に対する定期接種へ組み入れて、全国民をB型肝炎ウイルス感染から守る戦略であり、国際的には標準的な予防法で、ユニバーサルワクチン接種と呼ばれている。もう一つの考え方は、B型肝炎ウイルスの感染リスクの高い集団を選定し、効率よくワクチンを接種する戦略であり、選択的ワクチン接種と呼ばれている。
1992年に世界保健機関(WHO)はB型肝炎ウイルス根絶の具体策として、世界各国の定期ワクチン接種にB型肝炎ワクチンを導入することを強く推奨し、2013年の時点で世界ではWHO加盟国の90%以上の国がB型肝炎ワクチンを定期接種ワクチンとして導入している。一方、日本、英国や北欧の一部の国では母子感染以外の感染リスクが高い集団への選択的接種法を採用し、B型肝炎ワクチンを接種している。
北欧のように国民のキャリア率が低い場合、感染リスクが高い集団だけに接種する方法は経済的に利点がある。しかし、感染リスクが高い集団へのワクチン接種が徹底されなければ予防効果は低下する。この点に関して、国によって感染リスクが高い集団の定義が異なる。日本以外で選択的接種をしている国では家族内感染のみならず、警察官、救急隊員・消防士、血液を扱う研究所職員なども接種対象になっている。さらに、保育所、託児所、養護施設も感染リスクが高いとしている国もある。B型肝炎は性行為感染症でもあるので、性風俗従事者も当然、感染リスクは高い。
日本のように母子感染のみが感染リスクが高いとして、その予防のみを行っている国は皆無である。しかも最近まで、父子感染など、家族内感染に対する指導は徹底しておらず、キャリアに対する差別や偏見を危惧して家族や同居者に告知しないことも多い。保育園や託児所ではもっと問題は複雑である。キャリアの小児の家族が他の児への感染を心配して、託児所や保育園にB型肝炎ウイルスに感染していることを告げると、保育関係者は両親に対して、絶対に他の児には感染しない趣旨の診断書の提出を要求する場合が少なくない。キャリアの小児が登園している保育所ではワクチン接種を推奨している国もあるが、個人の病気を公表することになり倫理的な問題がある。
このような問題を解決するためにも定期ワクチン接種化は最も効果的な方法であるが、問題は国が負担する費用である。種々の費用対効果の試算がなされているが結論は得られていない。しかし、ワクチン接種で予防できる病気を費用対効果が乏しいことを理由に定期接種化を先延ばしにして感染者を増やしてしまった点も反省すべきである。とくに3歳までの小児がB型肝炎ウイルスの感染を受けると高確率で持続感染者となり、一生、肝がんの脅威に怯えながら生活しなければならない。
やっと世界的に標準となる予防法が開始される見通しが立ったわけであるが、定期接種が施行するまで、接種控えがないようにしなければならない。また1歳以上の小児にもB型肝炎ワクチンの定期接種が必要である。さらに優秀なB型肝炎ワクチンの開発、他のワクチンを含む混合ワクチンの開発など、多くの未解決の課題が残っていることも銘記すべきである。