病歴から学ぶ神経内科

はじめに


意識障害の時にはバイタルサインが診断の鍵
くも膜下出血の頭痛
夜の頭痛にご用心
CT/腰椎穿刺ともに正常の激しい頭痛
慢性硬膜下血腫を当ててみよう


首が重い

上下肢
筋力低下問診のポイント
贅沢な訴え(?)
体重減少

疾患別
問診で当てるパーキンソン病
問診で当てる脊髄小脳変性症

はじめに

数十分の診察室の中で取れる所見は、限られていますが、毎日の(何日、何ヶ月という時間の流れの中の)日常生活の中で現れてくる症状はもっともっと多くのことを教えてくれる (高橋秀明)

 神経学の診察手技は確かに独特のものがあり,適切な指導を受けないと身につかない.そしてその修得には長年の年月を要する.またこれは身体所見診断学に共通して言えることなのだが,現場の一瞬が勝負であり,画像診断の様にいつでも所見が再現できるという代物ではないし,書物を読んで補えるものでもない.
 しかし神経学の "art"は何も症候学だけではない.もう一つの大きな柱,病歴がある.問診は何科であれ医者たるもの誰もが持っている技術だし,書物で学ぶことも十分可能である.幸い神経学では診断上問診の占める割合は極めて大きい.熟練した神経内科医は,初診でも問診だけで診断を1つか2つにしぼり込む.私は神経内科医の問診のプロセスを明らかにすることによって,他科の医師の診療技術の向上に貢献するとともに,自分の診断技術も磨いていきたいと思い,この解説を書いていく.しかし,本来1人でやる作業ではない.下に示すのはあくまで”ひな型”の例に過ぎない.多くの人の提案,指摘,批判がこの種の仕事の命である.この解説を読んで下さる皆さんの貢献をお願いしたい.

なお,病歴に関しては,このページの他に,下記に関連事項が書いてあります.
公演スライド集の”リカチャンハウスとプラレール”、”変性疾患”あたりを参考にしてください。

週間達人通信の私の担当部分

一般内科医のための神経内科


意識障害の時にはバイタルサインが診断の鍵
”病歴から学ぶ”はずなのに,いきなり患者本人の訴えがない病態から始まるのが,この解説のいいところである.主訴のない病気は最も診断が難しい.あの膨大な意識障害の鑑別診断表は意味がない.なぜなら,すべての病気が意識障害を起こしうるからだ.

意識障害で一番大切なのは脳に原因があるかないかだ.昏睡患者が救急室に搬入されてくると,すぐCTを施行しようとする人がいる.そういう医者の頭の中が空っぽだということはCTをしなくてもわかる.何らかの理由でCTができない場合は,あの膨大な鑑別診断表の中から,どういうわけか脳卒中をすぐさま選び出して,神経内科医を呼ぶ人もいる.

まず血圧を測れ
ところで血圧は測りましたか.収縮期圧が160以上の意識障害だったら脳卒中の可能性を考えていいでしょう.でも収縮期圧が100以下の脳卒中なんてありませんよ.もしあっても,脳卒中以外に何かよっぽどおかしなことが起こっているに違いありません.
意識障害をきたすほど重い病変が脳にある場合,血圧は高くなる.血圧が低くなるのは,二次的な修飾がよほど強い場合,たとえば脱水がひどいとか,敗血症に髄膜炎を合併している時ぐらいなものである.バイタルサインだけで,鑑別診断表の大きさは3分の1以下にできる.

意識障害の診断におけるバイタルサインの有用性

76才女性.主訴:様子がおかしい

2000年3/14,19:30頃,自宅で風呂に入ろうとしたところ急に座り込み,本人が”訳が分からなくなった”と繰り返して言うため来院.来院時,覚醒を維持できて,神経学的診察にも応じるが,時と場所に対する見当識が障害されていた.しかし,四肢の運動障害はなかった.何らかの原因による急性の意識障害が疑われた.意識障害の原因を推定するきっかけになったのは,血圧だった.特に高血圧の病歴がないにもかかわらず,来院時の血圧が240/110と高かったので,当直医は脳血管障害を疑い,頭部CTを撮影したところ,左視床出血が見つかった.

体温は?脈拍は
脳卒中であれば体温は正常である.低体温は意識障害の鑑別診断の重要な手がかりになる.低体温であれば,まず脳卒中は考えない.低体温と徐脈は,薬物中毒や粘液水腫性昏睡に代表されるような代謝性疾患を考えるべきだ.放射線科の技師をたたき起こすよりも,急いで薬物血中濃度測定や,血糖,電解質,腎機能のための採血をすべきだ.

GO TOP


くも膜下出血の頭痛

以下,私の個人的な診療スタンスです.私が,くも膜下出血のウォーニングサインとして頼りにする頭痛には,やはり”突然発症”という条件が付きます.”突然発症”という条件で歯止めをかけないと,CTの機械やルンバールセットがいくらあっても足りなくなります.

”突然発症”というのは,患者さんが”何々をしていた時に痛くなった”とはっきり発症時の様子を話してくれる場合です.頭痛の程度は関係ありません.また,発症時の身体活動状況はあてになりません.また,必ずしも,怒責を伴う動作時や,運動時に突然発症するとは限りません.なんと12%が睡眠中に起こる(!!)という報告もあります.(下記総説参照)

”突然発症”でなくても,注意しなければならないのは次のようなケースです.

1)”こんな頭痛さえなければ医者になんか来ない”であろうと思われる若年者,壮年者.

2)高齢者は,筋収縮性頭痛や偏頭痛と縁が薄いですから,高齢者が”頭が痛い”と訴えた時:本命は慢性硬膜下血腫,対抗は脳腫瘍,大穴は側頭動脈炎.

3)夜の頭痛!!(誰も好んで頭痛で夜間の救急外来は受診しない)くも膜下出血にヤマを張るべし.

脳動脈瘤に伴う頭痛は,動脈瘤破裂,出血そのものとは限りません,出血以外でも,動脈瘤の内膜解離,血栓症といったものがあります(下記総説参照).その後,はじめて破裂して出血を起こすこともあるのです.ですから,くも膜下出血の頭痛を見逃したといって,後医が前医を責めるのが必ずしも正しいとは限りません.

CTの陽性率ですが,optimalな撮影条件,患者さんの貧血の有無(ヘモグロビン濃度が高いほど出血が陽性に出やすい)によって大きく左右されます.発症からどのくらい時間がたっているかも非常に重要で,発症当日は92%ですが,翌日86%,二日後76%,5日後58%との報告があります(下記総説).

眼底を落とさない:神経内科医は瞳孔所見の経過を見るために,散瞳剤をやせ我慢して,乳頭だけでも見ろと言いますが,私は,意識障害がなくて,瞳孔所見の経過がそれ程重要でなければ,散瞳剤投与前の所見をきっちり取ることを条件に,短時間作用性の散瞳剤を使って,丹念に診察することをお薦めします.頭蓋内圧亢進の際の鬱血乳頭,動脈拍動の欠如や,眼底のくも膜下出血は,特異性が非常に高く,ベッドサイドでできる検査ですから,初診の頭痛の患者さんにはかならず施行すべきです.一方,頭蓋内圧亢進の評価には,CTなどの画像検査は当てにならないことがわかっています.

また,項部硬直,ケルニッヒ兆候といった他覚所見は,頭痛に比べれば出現頻度が低いので,項部硬直がないからといって,くも膜下出血や髄膜炎を否定してはいけません.これらの有名な髄膜刺激症状は,偽陰性率が高いので,意識障害患者や小児以外では,重要性が低いことになります.

J. A. Edlow and L. R. Caplan. Avoiding Pitfalls in the Diagnosis of Subarachnoid Hemorrhage N Engl J Med 2000;342:29-36(これは非常にいい総説です.是非ご一読ください)


夜の頭痛にご用心
あなたは夜中の1時に起こされた.カラオケで歌っている最中に頭が痛くなったと言って,酔っぱらった中年の男性が,救急外来に来院した.しかし,あなたは決して怒ってはならない.誰がカラオケで楽しんでいるのを中止して病院に好んで来たりするものか.くも膜下出血に決まってるじゃないか.
頭痛の発症時間を患者が何時何分と特定できる位の,あるいは何何をしていた時とはっきりいう時は,まず,くも膜下出血の除外が絶対に必要である.本来ならばくつろいでいて,頭痛など起こらないはずの状況での発症ではなおさらである.
脳外科医がいたら,やせ我慢しないですぐ呼ぼう.脳外科医がいない時はまずCTをとろう.軽微な出血でもシルビウス裂の左右差(とくに中大脳動脈分枝部からの出血の場合,同側のシルビウス裂が見えなくなる)に注目して見逃さないようにしよう.
CTが正常でも腰椎穿刺をして出血を否定しなくてはならない.痛がらせて再出血なんてことにならないよう,またtraumatic tapで,くも膜下出血なのかどうかわからなくなってしまわないよう.腰椎穿刺に自信がない人は→こちらへ

何もカラオケでなくても,夜あるいは起床時に頭痛を訴える患者が来たら御用心.就眠中,あるいは起床時といった,本来精神的にくつろいでいる状態で頭痛が起こるというのはただ事ではないからだ.脳腫瘍を含む頭蓋内占拠性病変で,しばしば夜間に頭痛が強くなるのは有名だ.その他に夜間に起こる頭痛の原因として,慢性閉塞性肺疾患による高炭酸ガス血症群発頭痛というまれな血管性頭痛,それに,性交時の男性のorgasmに伴ってに起こる頭痛(しばしば激しく,くも膜下出血を思わせる)がある.

GO TOP



発熱と髄膜炎
特に発熱を伴う頭痛患者で,髄膜炎を疑って腰椎穿刺すべきかどうか迷うことがある.その際,頭を(いやいやをするように)振ると頭痛が増強するjolt accentuation現象があれば,髄膜炎の可能性が高いので,このようなケースを腰椎穿刺の対象にするとよい.

Uchihara T, Tsukagoshi H.Jolt accentuation of headache: the most sensitive sign of CSF pleocytosis. Headache. 1991 Mar;31(3):167-71.


CT,腰椎穿刺ともに正常の激しい頭痛
明らかにくも膜下出血を思わせる突然の激しい頭痛で,CTはもちろん髄液検査でも異常を認めない悩ましい例に時に出会う.その原因としてDayら(1)は,未破裂の動脈瘤に血管攣縮がともない,それで頭痛が起こることがあるので,髄液が正常でも血管造影をすべきだとしている.一方de, Bruijnらは(2)突然の激しい頭痛の原因の一つとして脳静脈血栓症の可能性も考えるべきだとしている.Wijdicksら(3)は,くも膜下出血を思わせるような突然の激しい頭痛がありながらCTと髄液検査が正常だった71例について平均3.3年間の追跡調査を行った結果を報告している.それによると,12例(17%)で頭痛の再発を認めましたが,再発例全例でCTと髄液検査の再検でも異常はありませんでした.6例に血管造影が行われましたが,いずれも異常はありませんでした.31例(44%)はその後,筋緊張性頭痛や偏頭痛に移行したと報告している.

1. Day JW, Raskin NH. Thunderclap headache: symptom of unruptured cerebral aneurysm. Lancet 1986;2:1247-8.

2. de Bruijn SF, Stam J, Kappelle LJ. Thunderclap headache as first symptom of cerebral venous sinus thrombosis. CVST Study Group. Lancet 1996;348:1623-5.

3. Wijdicks EF, Kerkhoff H, van GJ. Long-term follow-up of 71 patients with thunderclap headache mimicking subarachnoid haemorrhage. Lancet 1988;2:68-70.


慢性硬膜下血腫を当ててみよう
自慢じゃないが,私は慢性硬膜下血腫を臨床的に疑い,診断が当たったのは1回きりである.その1回きりというのも,実に情けないもので,70歳の男性が頭部外傷で来院し,来院時のCTでは何ともなかったが,脳萎縮が結構ひどかったので,フォローアップCTをとっていたら段段と血腫が育ってきたという,とても当てたとは言えない診断である.

この病気は頭痛以外にさまざまな症状を起こすので,臨床診断が非常に難しいのだ.なんとなくぼーっとしているなんていう,診断には役に立たない主訴はざらで,中には麻雀で盲パイがしにくくなった,なんてひどく変わった訴えもあった.(よくぞそんな訴えで来院していただいたものだ) しかし,主訴が何であれ,症状が発現した慢性硬膜下血腫は緊急事態である.慢性という言葉にごまかされてはならない.緊急手術を前提として直ちに脳神経外科医と連絡を取る.

こんなに診断が難しい病気でも,病歴での手がかりはある.酒飲みと頭部外傷歴である.頭部外傷がリスクになるのは言うまでもない.酒飲みがなぜリスクになるかというと,酒飲みは,酔っぱらってどこかで頭をぶつけても,覚えていないことが多いからだ.初診の外来でアルコール摂取の正確な病歴を得ることはむずかしいが,酒は様々な病気のリスクファクターになるので,薬物アレルギー歴と同様に,どんな患者でも初診時にできるだけ正確な病歴を取るように努力すべきである.

GO TOP


首が重い
財布が軽くなって首が回らなくなるのは誰でも経験することだが,”首が重い”という訴えに出会ったら要注意である.私たちは通常,首の重さを意識しないで生活している.頚部の伸筋群が正常に働いている証拠である.しかし,これらの筋群の筋力低下がひとたび起こると,特に体軸が水平になるような姿勢は,頚筋に対する負荷試験となり,筋力低下をより敏感に捉えられる.

というのは,起きている時は,首で頭を支えているので,それほど力はいらないのだが,体軸が水平になる,すなわち,寝ている姿勢から首を持ち上げるような時は,頭の重さをそのまま持ち上げなくてはならないので,これが,頚筋に対する非常な負荷になるわけだ.だから,頚筋筋力低下の早期の徴候として,仰向けに寝た状態からそのまま体を起こせなくなる.→一旦側臥位になってから手の力を借りて体を起こすようになったり,畳に座って前に広げた新聞を読む姿勢が苦痛に感じられたりする.,

さらに進行すれば,患者は常にうなだれた姿勢を取らざるを得なくなる.筋萎縮性側索硬化症でしばしば見られる姿勢である.この首下がり徴候は筋緊張性ジストロフィーなどの筋原性の疾患で多く見られ,特異性はないとされるが,進行が早く,他に原因が見出せない時は筋萎縮性側索硬化症を強く疑ってよい.

GO TOP


筋力低下問診のポイント:どんな動作に弱くなる,疲れるのか?

上肢近位:電車の吊革に掴まる,洗濯物を干す,布団の上げ下ろし

上肢遠位:ペットボトルや缶入り飲料の蓋を開ける.(箸を使いにくかったり,ボタンをはめにくいというのは筋力低下ではなくて,深部知覚障害や筋固縮・寡動のためのことが多い)

下肢近位:
公共の乗り物での障害が先に出やすい
1.階段昇降:バスのステップは段差が大きいので,普通の階段よりもバスのステップでまず障害が出る.
注:上り降りの苦手別:特に上りが辛い.上りに比べて下りが苦手という場合は,筋力低下というよりも痙性が強い可能性がある.なぜなら,階段を下りるときは,タイミング良く膝を折り曲げることが要求されるが,痙性が強いとそれができない.ただし,階段を上るときよりも降りる時の方が辛いと言う訴えの原因は,痙性以外にも,体幹失調のこともある.時に下肢近位筋の筋力低下の時に,降りる時の方が膝折れがおきやすいと訴える患者さんもいる.

2.電車で必ず座席の端に座る:端の棒を掴まないと立ち上がれない.

家の中では個人的に工夫できるので,家の外よりも障害が自覚されにくいせ,進行すると次のような症状が出る.
1.畳の上の座位からの立ち上がり
2.片足で立ってズボンがはけない
3.トイレで座った姿勢からの立ち上がり
 

下肢遠位:スリッパが脱げやすい(つま先を持ち上げる前脛骨筋の筋力低下.ただし,下肢の深部感覚障害のためにスリッパが脱げ易くなることもある),つまづきやすい,階段を上るとき,つま先がひっかかる.


贅沢(?)な訴え
時に贅沢にも聞こえるような訴えに新患外来で出くわすことがある.曰くゴルフの球が飛ばなくなった,曰くテニスが下手になった,曰く以前は鉄棒で20回ぐらい楽に出来た懸垂が,このごろ5回ぐらいしか出来ない,あるいは,以前はビール瓶20本入りのケースが楽々持てたのに,最近”疲れやすくて”持上げにくくなったとのことで来院した酒屋さん,等々.

実はこれらの訴えはすべて,筋萎縮性側索硬化症の患者さんの新患外来での主訴である.思うに,普通に考えたら医者にかかるほどのことでもない理由で受診するというのは,逆に余程深刻なことではないのだろうかと考えるべきなのだろう.そう考えると,患者さんの主訴の感度がいかに高いかがわかる.

ニューヨークヤンキースの往年の四番バッター,鉄人ルー・ゲーリッグは筋萎縮性側索硬化症で亡くなった.診断が下されたのは引退後しばらくたってからだが,彼を引退に追い込んだプレーの衰えがこの病気によるものだったかどうか,調べた論文がある.
Kasarskis EJ, Winslow M. When did Lou Gehrig's personal illness begin? Neurology 39:1243-1245.
著者らは,引退前の10年前からの経年的な打率の変化を,ヤンキースのチームメートの平均と,ゲーリッグのそれで比較した.().それによると,両者とも引退前3年までは,徐々に,ゆるやかな傾きの直線で下がっていて,この傾きはチームメートもゲーリッグも全く同じだった.もちろん,ゲーリッグの平均打率はチームペーとよりずっと高かったから,この直線は平行線だったわけだ.しかし,引退前2年になってゲーリッグの打率は急降下し(それでも3割を上回ってはいた),チームメートと同じレベルまで下がってしまったことが,このからよくわかる.

つまり,ゲーリッグ自身が,どんな医者よりも早く,病気の発症を自覚していたということだ.

一方,初発症状が,(それまで得意だった)卓球で空振りをするようになったという脊髄小脳変性症の女性患者さんがいた.この主訴が出現したのが73歳だが,単に年のせいとは考えられなかったのだろう.この症状が出てから,耳鼻科で平衡機能の検査をしても異常なく,その後,歩行時に腰痛が出現するようになったため(神経変性疾患の患者さんでは,歩行障害が明らかになる前に,しばしば腰痛が先行する),整形外科受診しても病気は見つからず,初発症状から1年後に神経内科を受診して初めて脊髄小脳変性症と診断された.


体重減少
体重減少が筋萎縮性側索硬化症の主訴になることがある.そして,原因不明の体重減少として,さんざん悪性腫瘍の検索をされることがある.神経内科医でないからこそ,体重減少の鑑別診断に,筋萎縮性側索硬化症を入れておいてもらいたい.私がある病院で一般内科医として新患をやっていた時に体重減少と嗄声を主訴に,喉頭癌ではないかと心配してきた男性がいた.嗄声ということでとりあえず喉を見ましょうということになり,口を開けてもらったらそこには著明な萎縮と線維束攣縮を呈した舌があった.

また,パーキンソン病で,悪性腫瘍を思わせる急激な体重減少が起こることがある.パーキンソン病では高齢者が多いので,必至になって悪性腫瘍を検索するのだが,見あたらなくて,一体どこに何が隠れているのか冷や冷やしながら見ていると,10kg減って,そこで落ち着いてまた長期間体重は安定し,悪性腫瘍も出てこないという事例は,ある程度経験のある神経内科医ならば一度ならず経験している.

GO TOP


日常生活に関わる問診で当てるパーキンソン病
手が震えますかなんて聞くのは素人.パーキンソン病ではほとんどの場合,手のふるえがあればこちらから聞く前に患者さん自身が訴えてくる.病歴として閾値の低い訴えである.だからかえって,患者が”震える”と言っても,医者がちょっと見ただけでは震えているように見えないことも多い.その場合にはいくつか誘発する手段があるが,一番手軽でわかりやすいのは歩いてもらうことである.パーキンソン病の診断の一環として前傾前屈姿勢を含めた歩行時の姿勢は必須のチェックポイントだが,このとき,手先にも注目すること.歩行は手指振戦を誘発しやすい

一方,寡動・無動や自律神経症状は,こちらから聞かないと話題に上ってこないことが多い.つまり震えと違って閾値の高い訴えだ.パーキンソン病の際,日常の体の動きの中で最も障害されやすいのは,仰臥位からの起きあがりである.これは体軸(首,背中など)の筋緊張の亢進(固縮)によって体をひねったり起こしたりする動作が強く障害されるからである.特にパーキンソン病ではしばしば体軸筋の筋固縮の方が早期に現れるので,”寝たり起きたりする動作や,下着やズボンの上げ下ろしに時間がかかりませんか?”という質問は,初期のパーキンソン病に対してもかなり感度のいい問診事項である.

姿勢反射障害というと,ひどく難しい病態生理のように聞こえるが,要するに,立位歩行の際にバランスを崩さずにうまく体重移動できる能力が低下するということだ.狭いところで体を入れ替える動作が要求される場面で負荷がかかり症状が強く出る.実生活面で言うと,例えば,駅前の放置自転車の間をすり抜けるとか,家の中ではトイレの中で用を足す前後での体の動きに難渋する(体の向きを素早く変えられない)といった具合である.

また,手首関節の固縮も病気の初期から現れることが多いので,歯ブラシを使って歯を磨く,頭を洗う(シャンプー),米をとぐ,生卵をかき混ぜる,大根の千切りといった,手首関節を柔軟に使う動作が初期から障害されやすい

よく言われる書字障害,小字症も,負荷が大きい作業が最も早期に障害される.日常生活で書字負荷の最も大きい作業といえば,年賀状書きである.単に字が書きにくくなりましたかとか,字が小さくなりましたかとか聞いても,実際に何時から障害されていたのか,はっきりしないことが多いが,年賀状は何年ごろまで書いていて,何年から辛くなって止めたかと聞けば,書字障害の時期もはっきりする.手先の作業ではもう一つ服のボタンをはめる動作も,病初期から,高率に障害されるので,重要な問診項目である.

自律神経症状も患者を悩ます症状だが,少し恥じらいのある訴えなので,こちらから聞かないと,自発的には言い出さないことが多い.それは,”よだれが多くありませんか?””目やにが多くて困っていませんか?”である.よだれは唾液分泌亢進であり,目やには皮脂腺の分泌亢進による脂顔(oily face)の延長線上で考えると理解しやすい.

これらの病歴が面白いように当たれば,それはパーキンソン病と断定して間違いなく,診察の必要もないぐらいだ.

また,パーキンソン病では病前性格に特徴があるという言い伝えが神経内科医の間にある.それは几帳面,真面目,冗談を言わないといった性格で,うつ病の病前性格と共通する部分がある.これはパーキンソン病脳でのカテコラミン系の活動低下,monoamine oxidase (MAO)阻害薬が有効なことを考えると,検討してみる価値のある仮説と思われる.このような言い伝えをもとに,神経内科の仲間内で,”おまえはちゃらんぽらんで能天気だから,パーキンソン病にはならない”と言ったりする.

GO TOP


問診で当てる脊髄小脳変性症
神経疾患では,手足の運動ができなくなることが多い.一口に運動ができなくなるといっても,それぞれの疾患で障害の質に差がある.たとえば,パーキンソン病と同じく,脊髄小脳変性症でも,日常生活動作の中で不得手になりやすいものに特徴があり,その病歴だけでも診断ができる.

1.車の運転が苦手:カーブが危険,スピードが急に出てしまう:これは測定過大hypermetrieという,典型的な小脳症状が原因である.常に目標よりも行き過ぎてしまうため,ハンドルを切りすぎる,アクセルを踏みすぎてしまう結果,運転が危なくなるというわけだ.

2.自転車も苦手:平衡感覚が要求される自転車の運転は,脊髄小脳変性症では早期から障害される.本人が怖いと感じるのは後になってからで,何回か転倒を繰り返してからようやく乗るのを止めることが多い.

3.電話が苦手になる:構語障害は直接面と向かっての会話よりも,電話と言う道具を介した間接的な会話で,より敏感に障害が感知される.電話で話が聞き取りにくいと繰り返し言われることによって,電話が嫌になるのである.

4.字を書くのが苦手:書字は運動失調の中でも測定過誤が出やすい.字そのものが下手になる他に,原稿用紙のような升目の中にきちんと字を収めることができなくなる.

5.字を読むのも苦手:眼球運動でもovershoot,測定過大となるので,行を飛ばしてよんでしまう.本や新聞を読むのが苦痛になる.

6.方向転換:後ろから呼び止められるのが苦手:後ろから呼び止められると,すぐさま振り向かなくてはならない.この,とっさの方向転換が苦手になる.とっさに振り向くには,体幹のバランスが何よりも要求される.小脳性の運動失調は四肢ばかりでなく,体幹にも起こる.いや,むしろ四肢よりも体幹の方に早く来ることの方が多いかもしれない.

7.配膳が苦手:食事や飲み物を載せた盆を持ったまま

8.更衣:診察で片足立ちなんかやらせるより,以下のように患者さんに聞くことがよほど感度が高いし効率的である.すなわち,立ってズボンが履けるか,立って靴下が履けるか?



ここから先は皆さんの提案で作っていくスペースです.

お医者さんと生命科学系の研究者のためのページへ