「刑事裁判はすべて冤罪である」「裁判は真実発見の場ではない」(森 炎 教養としての冤罪論 岩波書店)
バルサルタン問題における黒幕
Jikei Heart Study (JHS)、 Kyoto Heart Study(KHS)を含め,日本のいくつかの大学で行われたバルサルタンの市販後大規模使用成績調査(種まき試験seeding trial)の軍資金となった数千万単位の奨学寄付金が、バーゼルにある本社のOKを取らずに出せるわけがなかった。JHSのエンドポイント工作にせよ,KHSの9日間神速アクセプトにせよ,世界でただ一人JHSとKHSの両方で著者になったBjörn Dahlöfと、Lancet 、European Heart Journalそれぞれの編集長との談合・裏工作なしに実現できるわけがなかった.
こういった海外の黒幕達に、臨床試験と市販後使用成績調査の区別もつかないうぶな大学教授達がつけこまれ、利用され、使い捨てられた.それがバルサルタン問題の本質である.言い換えれば、臨床試験と市販後使用成績調査の区別がつかない人間は(もちろんARBが何の略号だか知らない人間も)バルサルタン問題の本質を理解できない。
「白橋伸雄真犯人説:この見え透いた子供だまし
ディオバン「事件」の裁判で被告となっている生物統計家の白橋伸雄氏は、Jikei
Heart Study (JHS)とKyoto Heart Study (KHS)の両論文を単独ででっち上げた極悪人。使途を限定しない何千万もの資金を提供してくれたノバルティス社は、自分達を陥れた悪の帝国。松原弘明氏(元京都府立医科大学教授)を筆頭にKHSを推進したお医者様たちは白橋に騙された哀れな犠牲者。それが検察が創作したシナリオである。ところが,この白橋単独犯行説シナリオは,とっくの昔に破綻していた.
JHSやKHSの不正に関する資料はネット上で公開され、盛んに議論されていた。JHSが噴飯物のインチキ研究だったことは、2007年4月にランセットに論文が出る2年も前から「公然の事実」だった。JHS, KHSの両方の研究に関与し、いずれの研究でもExecutive
Committeeメンバーとして両研究を主導したBjörn Dahlöf(イェーテボリ大学医学部講師)と、JHS論文筆頭著者兼責任著者である望月正武氏(当時東京慈恵会医科大学教授)は、試験終了8ヶ月も前に、主要評価項目の内容を含めた中間解析結果を熟知していたことを、何と当のご本人達が喜色満面の対談記事の中で暴露している(関連記事)。
これは「本来研究者とは完全に独立していなければならないはずのデータ安全性モニタリング委員会(DSMB)は、JHSでは有名無実だった」と主任研究者自らが宣言したことを意味する。さらに論文が発表されると、主要評価項目の操作(プロトコール論文では「心血管疾患の発症」とあったものを本論文では「心血管疾患による入院」にすり替える)というインチキの上塗りが判明した(関連記事)。ご丁寧なことに、JHS論文には DSMBは適切に機能していたとの真っ赤な嘘も明記してある。
JHS論文の末尾にある謝辞(Acknowledgments)には、ノバルティス社から使途自由の奨学寄付金が提供されたと明記されている。
ところがKHS論文には、研究資金は京都府立医大から提供されたとあるのみで、利益相反の項を含めてノバルティス社の名前は論文のどこにも見当たらない。露骨な奨学寄付金ロンダリングであ。
KHS研究がノバルティス社から奨学寄付金が受けて行われたことは誰でも知っていたのに、なぜこんな見え透いた嘘をつく論文が査読を通ったのだろうかと、JHS論文と同じ疑問が湧くが,何のことはない。解答はKHS論文の表紙に載っている。
「Received 4 August 2009; accepted 13 August 2009」編集部が原稿を受け取って、9日後にはアクセプト。つまり査読が免除されていた。KHSの「一番煎じ」のJHSでも査読が免除されたと考えれば、JHS論文にまつわる疑問も一気に氷解する。
Lancet, European Heart Journalの編集部にそれぞれ交渉して、JHS, KHSの査読を免除させる。これは組織,それも日本の製薬企業だけでは決してなしえない離れ業である.それともディオバン「事件」裁判のシナリオを創作したお医者様たちは、それも白橋氏一人の仕業だとでも言うのだろうか。
ディオバン「事件」の勝者とは?
末端の医療者や研究者が真犯人であるとする空想医学物語をでっち上げ、医学ジャーナリスト、検察官、裁判官、そして裁判真理教を信奉する国民の皆様をまんまとだまして有罪判決を勝ち取った後は完全黙秘。北陵クリニック事件、医療事故裁判、そしてディオバン「事件」。勝者はいつも偉いお医者様達と、そのお医者様の所属する、あるいはそのお医者様を支援する組織だった。
しかし何と虚しい「勝利」だろうか。いや、それは決して勝利ではなく、恥の上塗りに他ならない。それまでの医師人生の中で、事実を尊重し弱者を守ることを生業としていたはずの彼らを、それほどまでに追い詰めたものとは一体何だったのだろうか。