「COVID-19との戦い」の意味
-国家権力という文脈で考える-
2020/03/03 updated
「国民の皆様に共通の敵」を設定することによって市民を統制する.それが国家権力の本質である.国家権力に逆らう市民=敵に与する市民「非国民」「ダビデの星」といったラベルを貼り付け刑務所・収容所に送り込む.それが権力の維持と伸張に必須の作業である.ここで問題なのは,国家権力や国民の皆様が容赦なく叩いた結果、敵が絶滅あるいは絶滅危惧種になってしまったり,何らかの事情で敵が自壊してしまう場合である.前者の典型例がサダム・フセイン(*)や日本の暴力団,後者のそれが旧ソビエト連邦である.

*イスラム原理主義という名のハブを駆除するため米英によって導入されたが,実はハブではなくアマミノクロウサギやヤンバルクイナを食べていたマングースと同様,有害生物として米英に駆除された。(マングースはハブと闘わない 有害外来生物をつくり出した学者の責任 The PAGE 2016/5/3

国民の皆様に共通の敵がいなければ取り締まりができない=権力が維持できない.これは国家の危機である.「テロとの戦い」を徹底的に展開した結果,テロリストが消滅する。国家権力にとってそんな悪夢のシナリオが現実となる前に、権力者は次の敵を設定する必要がある.しかし言うは易く行うは難し.三千年の歴史を誇る大国でも、あるいはそんな大国だからこそ、二十世紀になっても三国志顔負けの勝者なき権力闘争が延々と繰り広げられた。目を西洋に転じると、「長いナイフの夜」では,今まで味方だと認定してきた集団を,突然,不倶戴天の敵に仕立てた.絶対的な権力を手に入れるために無二の親友を処刑した結果、短期的には上手くいったように見えたが、結局は身の破滅、延いては千年王国となるはずだった国全体が焦土と化した.

事ほど左様に「国民の皆様に共通の敵」をすげ替えるのは難しい。では、人間ではない、生物や事象を敵としたらどうだろうか、そしてそれが「見えない敵」であれば、敵が内在する市民=「敵」そのものを検出する装置を国の隅々まで整備し、恐怖感に駆られた国民の皆様による「敵」への攻撃を簡単に誘発できる。国民と共に戦うリーダー・黙って俺に付いてこい・言うことを聞かない奴は非国民といったカビの生えたスローガンがたちまちのうちに再生する魔法。
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秘密警察よさようなら ドローンよこんにちは
こうして「テロ」の後任にうってつけの「敵」となったのがCOVID-19である。武器を開発・製造販売する最適の機会が戦争であるように、感染症はテロよりもはるかに効率的に監視国家の体制強化に貢献する。この新しい戦いで活躍するのは武装警官でもなければ秘密警察でもない。北海道(67人/平方キロ)の1/3未満の人口密度(20人/平方キロ)の内モンゴル自治区では、買い物(麻雀?)に出かけようとしたお婆さんに対し、「外に出ては危険だ。おうちへ帰りなさい」との警告が空から聞こえてくる

人口密度が内蒙古自治区のそのまた半分ほど(12人/平方キロ)の新疆ウイグル自治区や1/8(12人/平方キロ)しかないチベット自治区では、ドローンによる監視の効率はさらに高まる。総統閣下も秘密警察長官も牧歌的な時代に生まれたことを泉下で悔やんでいることだろう。彼らが「ユダヤ人との戦い」で発案した監視システムは、せいぜいダビデの星を胸につけさせることぐらいだったし、ゲシュタポだって地道に足で稼ぐ商売だったのだから。

あの内モンゴルのお婆さんの顔は既に当局に把握されている。だから、次回、ドローンの飛んでいない隙にうまく家を抜け出しても、麻雀をやっているところを押さえられたら最期、殺人ウイルスをばらまいた容疑で逮捕される。そして、(初回なら執行猶予がつくが)前回の親切な助言を無視した点で悪質だと認定され、実刑を喰らうことになる。こうして万全の人民監視網を作れれば、全人代の延期など、安い物ではないか。
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南京に見る21世紀のファシズム(2020/3/3追記)
上記に紹介した中国政府による行動制限手法は、内モンゴルにドローンという、いかにも映画にありそうな状況設定で、SFを「実写版」にしたに過ぎない。
一方こちらは人口800万を超える都市での話。普遍的なネットとボランティアによる人海戦術で、さもありなんという現実が、人間の想像力の貧しさを嘲笑う報道である。

街中で体温検査 「新規感染者ゼロの街」新型コロナ封じ込め徹底する中国・南京を歩く
『南京市内には、10路線の地下鉄が張り巡らされている。地下鉄改札の手前には、検査官がいて、体温検査が義務付けられている。さらに乗車後は、窓に貼ってあるQRコードから南京地下鉄が開発したサイトにアクセスし、何時に何号線の何号車両に乗ったのかなど、乗車情報を登録しなければならない。感染者が発生した際に、感染ルートをたどりやすくするための施策である。』

『宅配便の2時間刻みの配達と時速200マイルを超える列車を3分おきに走らせることができるのは、地球上で日本人だけだ』 グラスゴー、チェンマイ、エジンバラ、ワシントンDC、オスロ、ロンドン、台北、マンチェスター、コペンハーゲン、港区の米国大使館、バンコク、ストックホルム、シドニー、マイアミ、ヘルシンキ・・・私は30年以上にわたって訪問した先々(かなり偏ってはいるが)でそう自慢してきたが、この南京の光景を目にして、もう、そんなお国自慢は止めにすることにした。

南京の光景に恐怖を感じるのは、上記の乗車情報登録システム、街角の体温チェック、マンションの警備などを支えているのも「一般市民のボランティア」だという点である。このお祭り騒ぎに各人が自分の「存在意義」を認めている。みんな活き活きと「国難に立ち向かう国民」を演じ酔いしれている(*)。ナチでさえ、ここまで完璧な全体主義は実現しえなかった。

*参考文献: 池田浩士 歴史のなかの文学・芸術―参加の文化としてのファシズムを考える (河合ブックレット)
参考サイト: 新型コロナ 乱立する中国の監視網の課題(The Economist)
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