新聞とJALとの違い
日本航空の場合には,「JALが潰れたら困る」と思った人がそれなりの数いたからこそ,再建された.「新
聞という媒体が無くなると困る」と思っている人はまだまだいるだろうが,「○○新聞社が潰れると困る」と思っているのは,当の○○新聞社から某かの収入を
得ている人達だけだろう.それ以外の大多数の人達は「勝手に潰れろ」と思っている.
以下はSafety Japanのインタビューシリーズか
らの抜粋で,2006年4月の時点での議論である.9年経っても論点が変わっていないということは,それが頑健な真実であり,多くの人が賛同しているとい
うことだろう.一方で9年経っても新聞社が潰れたという話は聞かない.つまり,戸別宅配制度と再販制度・価格カルテルの二重の庇護の下,経営危機には陥っ
ていない.
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年近くも前から,これだけおおっぴらに新聞社の危機が語られているのだから,そこから逃避する人間は,何もわざわざ「船が
沈むぞ!」と大声を出す義務は感じることなく,静かに退出していったはずだ.,改革の機会はこの9年間も訪れなかったし,これからも訪れないまま,新聞に
対するサイレントクレーマーだけが増殖し,ある時期に突然,100年以上続いた新聞バブルが崩壊するということなのだろう.人は「自分は死ぬまでは生きて
いるだろう」と思う.ところが肝心の自分の死ぬ時期が「いつまで経っても」わからないものだから,「あなたの余命は○ヶ月」とか言われると突然に慌て出
す.そういう人間が集まった組織では組織行動として同様のことが起こる.→参考:余命宣告.
歴史的経緯
日露戦争で確立した新聞のビジネスモデル:当
時は無線電信はあったものの、電話もラジオもない。情報を手に入れる手段は何より新聞だったのです。当時の新聞はとても値段が高くて、1ヶ月の購読料でだ
いたいいまの30キロ分ぐらいのお米が買えた。およそ
1万~1万5000円くらいでしょうか。 そんな高いにもかかわらず、日清戦争から日露戦争にいたる10年間に新聞の部数は5倍の163万部に膨れあがり
ました。みんな戦況を知りたかったのですね。(中略)
現
在、販売店は全国で2万1000店舗もあります。寺院の7万、コンビニの4万5000にはおよばないが、郵便局と小学校の2万3000とはほぼ肩を並べて
います。これほどきめ細かな販売網による宅配システムを作ったからこそ、ここまで部数が伸びたわけです。だが、その一方でこれだけのシステムを維持するに
は膨大な経費がかかっている。下の図をご覧になるとわかりますが、新聞社が宅配から上げている年間販売収入は約1兆7500億円。ここから販売店に配達料
6500億円と拡張補助金として1500億円が戻される。つまり、8000億円が店の取り分であり、新聞社は9500億円を得る。実に売上げの4割以上が
新聞の出前費用に使われているのです。日本の新聞が世界一高いというのも、その経費が上乗せされているからです。(歌川令三 『ネットは新聞を殺すのか?』&『新聞のなくなる日』(その1)
下記は新聞宅配制度関連記事
新聞の不思議 その2 日本の新聞宅配制度について
小新聞(こしんぶん):
実は日本の新聞には顔がないんです。私はこの問題に相当悩まされました。絶望したり、あきらめたり。なぜ、日本の新聞が信念を持った発言をしないのかとい
うと、それは歴史的な問題なのです。明治時代に「大新聞(おおしんぶん)」と「小新聞(こしんぶん)」という言葉がありました。これは発行部数を指す言葉
ではなくて、社論という顔があるかどうかなんです。大新聞が政論を漢文調で主張する硬派であるのに対し、小新聞は下世話な世相や事件を取り上げた。発行部
数は小新聞の方が多かったんです。現在残っている全国紙は小新聞の系統なんですね。大阪の朝日新聞がその歴史を作ったといわれていますが、多数の人に売る
ために客観主義を標榜した。だから、顔がないというのは明治から始まっているのです。(歌川令三 『ネットは新聞を殺すのか?』&『新聞のなくなる日』
(その3)2006/4/17)
権力と緊張関係のない日本の新聞:日本のジャーナリズムは政府や軍の弾圧の下にあった。そのため、日本のジャーナリズムは権力者と戦わなければならないという思いを強く持つようになりました。(歌川令三 『ネットは新聞を殺すのか?』&『新聞のなくなる日』(その2))2006/4/10)
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これには異論がある.緊張関係がないというより,警察・検察・裁判所といった国家の最高権力の走狗となっているのが現実である.さらに,「戦争中、日本のジャーナリズムは政府や軍の弾圧の下にあった」とあるが,これもGHQのデマである.開
戦前後に首相秘書官を務めた西浦 進の著書(日本陸軍終焉の真実 日本経済新聞出版社)には,対米開戦をためらっていた東条英機首相を「弱腰」と盛んに非難する国民の皆様の声が,歴史的事実として淡々と記されている.
陸軍省の記者クラブの連中が,和,戦何れかの情報取りに大臣官邸に来て,大臣に面会を求めた.今迄よく知っている連中である.私をとりまいて一人が言った.「どうですか,対米交渉は.国民の間にはもう東条内閣の弱腰に非難の声が起こり出した」云々と.
A
級戦犯達が国民を騙して戦争を始めたというのは,北陵クリニック事件なんぞ足下にも及ばないような壮大な虚構である.その虚構を創ったのはルーズベルトで
もなければマッカーサーでもGHQでもない.八紘一宇を信じて鬼畜米英を叫んだ国民の皆様とその声を伝えたメディアの記銘力障害に他ならない.
今後は?
底が浅い:日
本の新聞社が作る電子新聞は底があまりに浅すぎます。例えば、私が『新聞がなくなる日』という本を書くときにアメリカの新聞社の電子新聞を調べましたが、
情報が大量にある上にリンクを縦横に張って、どんどん奥底まで調べていける。ところが、日本の電子新聞はほとんどリンクを張っていないし、情報量も少な
い。お皿にケチな人が盛ったちらし寿司みたいなもので、ハシがすぐに皿に当たっちゃう。ケチなことをせずにどんどんリンクを張って、記事の内容で真剣勝負
をしてほしい。(歌川令三 『ネットは新聞を殺すのか?』&『新聞のなくなる日』
(その3)2006/4/17)
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別にケチなことをしているつもりはなく,書く人間の底の浅さと手抜きをそのまま反映しているだけのように思えるのだが.
全国紙より地方紙の方が生き残る:
地方紙には地方広告の需要があるからです。例えば、全国紙でも地域ごとにたくさんのチラシが入っていますね。インターネットがこれほど普及してもチラシは
減らない。それは、ニュースのポータルサイトには地域的な広告がなじまないからなんです。(湯川鶴章 『ネットは新聞を殺すのか?』&『新聞のなくなる
日』(その2)~「幕の内弁当」新聞は終わり、記者の役割も変わる~)
“カニバリ”のため電子に移行できない:新
聞が本当に技術革新に対応するならば、自分を食べてしまわないといけない。それがこわくて放っておけば、ぬるい風呂の中で、そのうちカゼをひいてやはり死
んでしまう。そこにジレンマがあるんです。アメリカの場合は覚悟を決めれば比較的楽に電子媒体に移行できます。というのも、日本の新聞の広告収入が
35~40%程度に対して、アメリカでは80%以上が広告収入。ニューヨーク・タイムスにいたっては95%も広告です。広告収入が維持できれば、思い切っ
て電子に移れる。ところが日本は販売収入に大きく依存しており、決断できないのです。日本の新聞は経営的に見ると、“カニバリ”たくてもできない。そのま
まカゼをひくまでぬるい風呂に入っているしかないという状況に追い込まれているのです。(歌川令三 『ネットは新聞を殺すのか?』&『新聞のなくなる日』(その1))
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戸別宅配制度と再販制度・価格カルテルの二重の庇護が構築した販売収入依存体制が改革を阻んでいるという構図
今後は製造部分だけが残る:報
道機関の役割には二つある。一つはコンテンツ制作、もう一つはその流通です。製造と流通の両方の機能を新聞社は持っているわけですが、少なくとも製造の部
分は残ると思います。しかし、インターネットで高価な輪転機なしでも自由にも誰もが情報発信できるようになったことで、流通機能は独占できなくなりまし
た。これまで実は流通のところでかなりの利益を上げてきたわけですが、それがすっ飛んでしまう。これから新聞社は厳しいリストラをせざるを得ないでしょ
う。
そして、コンテンツ制作機能だけが残って、小さいながら筋肉質の体質に転換することになるのではないでしょうか。(湯川鶴章 『ネットは新聞を殺すのか?』&『新聞のなくなる日』(その1)
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こ
の「コンテンツ制作機能」は「新聞社」という組織に存在するのではなく,個々の記者に存在する.つまり,優秀な記者が泥舟に見切りをつけてフリーランス
ジャーナリストとしてスピンアウトしてしまえば,新聞社という建物に残るのは,コンテンツ制作機能も自分のキャリアの危機管理能力も持たない烏合の衆とい
うことになる.それが実際に今静かに起こっていることではないのか.
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