「科学捜査」による冤罪創作レシピ

 1.測定を杜撰にするのが基本中の基本

ずさん捜査で誤認逮捕、85日も勾留された窃盗の冤罪事件
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
▼事件概要(弁護士事務所による説明)
本件は、ご依頼者様が、日曜日の早朝、家族旅行の際に立ち寄ったセルフ式のガソリンスタンドで、不正に入手した給油カードを使用して、ガソリンを窃取したと いう窃盗の容疑で逮捕・勾留の後、起訴された事件です。警察は、ガソリンが盗まれた際のレシートの記載時間と、ご依頼者様が映った防犯カメラの時間の差を無視し(下記注)、同時刻の他の利用者を調べることなく、容疑を否認するご依頼者様を犯人と断定。検察も、この事実を確認することなく、勾留を決定し、事件を刑事裁判に持ち込むべくご依頼者様を起訴していました。

しかし、事件を担当した赤堀弁護士は、自ら事件現場であるガソリンスタンドでの検証を実施。さらに、事件の1分後にご依頼者様が現場から6.4キロ離れたインターチェンジを利用されていた事実をつきとめ、2度にわたって現場を走行して独自に 実証検証を行い、移動が不可能であることを立証しました(池田注:そりゃそうでしょう。時速384キロの移動ですから。警察に実証させればよかったのに)そして、関係当局に対し、上記時間のズレについての検証不足と、実証検証に基づくご依頼者様のアリバイを提示し、再度の検証を強く求めました。その結果、公判期日当日、検察官が「完全にこちらの間違いです。」の言と共に、勾留取消請求、公判期日取消 請求を行い、ご依頼者様は直ちに留置場から釈放されました。

(赤堀弁護士による解説)
――
なぜ、男性は誤って逮捕されてしまったのでしょうか。
赤堀:逮捕のきっかけは、ガソリンスタンドの防犯カメラの映像でした。盗まれた給油カードが使用された時間に、この男性がガソリン給油する姿が映っていたのです。しかし実際には、このカメラの時間設定は、正しい時間よりも
8分進んでいました。
――つまり、警察や検察は防犯カメラの時間のズレを見過ごしてしまったということですね。
赤堀:警察が男性を誤認逮捕し、検察官も誤った起訴をした原因は、ガソリンスタンドの防犯カメラの時間の誤差と男性の給油後の行動を確認しなかったことです。これは決して難しいことではなく、最も基本的な捜査の一つです。なのに、それを怠ってしまったのです。

-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

このトンデモ冤罪事件もご多分に漏れず大阪府警です。基本中の基本もできていない警察の捜査とそれをまたチェックできない公判検事の能力低下は北陵クリニック事件で嫌と言うほど見せつけられているわけですが、それを話し出すと切りがないので、今回は「物事を測る」という行為をおろそかにすれば、冤罪を創るのは簡単であり、その測定が市民になじみのないものであればあるほど、裁判官や市民をだます(あるいはだまされたふりをさせる。結果的にはどちらでもいいことです)のも簡単だというお話です。

2.全くなじみのない物をなじみのない測定法で測った結果がなじみのない数字
上記のように時間という、誰もが慣れ親しんでいるものを、時計という、これまた子どもでも使う方法で測り、時間、分、秒といった単位で結果が出てくる場合には、その測り違いによるでっち上げを比較的簡単に見破ることができます。

 裏を返せば、筋弛緩剤のような、多くの人にとって一生縁の無い物質を、質量分析のような、多くの人にとって一生縁の無い方法を使って測って、m/z xxxのような多くの人にとって一生縁の無い記号の羅列という結果を得るような測定の場合、そこに膨大なごまかしの余地が生じます。土橋はここを利用したのです.

3.ではそのようなごまかしにどう対抗するか?
なじみのないことをいくら説明しても聞いてもらえません。わかってもらえません。興味を持ってもらうためには、なじみのあることに置き換えて、あなたはどうやってだまされたのか?という説明をして、その説明自体に興味を持ってもらう必要があります。

土橋鑑定の場合には、
@質量分析という方法
A測定の結果である
m/z xxxという記号
B測定対象である分子
の三つの要素全てになじみがありませんから、この三つの一部をなじみのあるものに置き換える必要があります。

4.記号とそれに対応する実体
北緯351分 東経13545分と、北緯3441 東経13531分の違いがわかりますか?わかりませんよね。これはその記号になじみが薄いからです。でも前者が京都、後者が大阪の位置だと言われれば、北緯と東経の数字が自分のよく知っている情報と結びつくわけです。

では、北緯5552分 西経415分と、北緯5557 西経313分の違いがわかりますか?もちろん、わかりませんよね。そして前者がグラスゴー、後者がエジンバラだと言われても、ラグビーファンかサッカーファンでもない限り、ともにスコットランドの大都市で、電車で1時間足らずの距離にあるのに、互いに両極端の個性を持ったライバル関係にあると説明してみても、「それがどうした?」って言われておしまい。何の興味も持ってもらえません。

 大阪で起こったコンビニ強盗事件の捜査で、犯行時間帯に京都で商談中だったというアリバイが明らかな人物に対し、いくら大阪府警の刑事でも逮捕令状は取らないでしょう。では、グラスゴーのコンビニ強盗事件の捜査で(グラスゴーにもセブンイレブンはあります)、犯行時間帯にエジンバラで商談中だったというアリバイが明らかな人物に対してどうするか?大阪府警の刑事は口をもごもごさせるだけでしょうが、スコットランドヤード(ロンドン警視庁の俗称)の捜査官ならば、一笑に付すだけでしょう。実情を知っているかどうかは、現実の判断にそれほど重要な影響を与えるのです。

 地図上の位置という、比較的なじみのある測定法(@に相当)でも、必ずしもその測定法が生み出す記号(Aに相当)の意味がすんなり理解できるわけではありません。さらにその記号と実体の結びつき方が一応理解できてきても、その実体自体(Bに相当)になじみがあるとは限りません。

私がグラスゴーの研究所で働いていた時のことです。その研究所の秘書はTokyoKyotoの音の響きがよく似ているので、しばしば東京と京都を取り違えていました。ましてや大阪と京都がどう違うかなんて、全く知りません。そんな彼女も、グラスゴーとエジンバラが違うのと同じぐらい、大阪と京都も違うと聞いて、納得していました。実情を実際に見聞したことがなくても、自分の知っている情報から類推することはできます。

 m/z 258m/z 279との違いは、大阪と京都との違いよりも大きい。だからm/z 258の正体は、未変化体かもしれないし、開裂かもしれないし、加水分解かもしれないなんて決定は、犯行場所が京都か大阪か名古屋のうちのどこかだ、凶器はタオルか包丁か爪楊枝のいずれかである。そういう認定と全く同じ、吉本新喜劇のシナリオも同然なのです。

目次へ戻る