ディオバン事件「真相究明」の真相〜詐欺師と裸の王様と 
「SBP」「ARB」・・・次々に出てくる専門用語についていけない。大学院で研究した天文学の分野の論文だったら知らない単語はないのにと自分が歯がゆかった。(河内敏康・八田浩輔 偽りの薬 毎日新聞社)
日経メディカルオンライン(2016年8月18日掲載記事)
無知の連鎖で「事件」と偽装
 無知の「知」とはリテラシーを意味します。リテラシーは知識の寄せ集めではありません。たとえ辞書に載っている医学用語を全て覚えたとしても、臨床研究は理解できません。分野を問わず、研究者としての最低限のリテラシーさえあれば、ジャーナル編集部が原稿を受け取ってからアクセプトまでたったの9日間しかないことの重大性は理解できるはずですが、天文学は例外と見えます。 ディオバンがベストセラーARB(アンジオテンシン受容体拮抗薬)だったことは、広告価値ゼロのイカサマ論文とは何の関係ありません。 他のARBより安かったから。ただそれだけの理由です。「専門用語」のお勉強はみのもんたとの差別化戦略だったのかもしれませんが、それ以前に学ぶべきことがあったでしょうに。

KHS (Kyoto Heart Study)論文をはるかに上回るイカサマ度での「降圧を超えた効果」を偽証したCOOPERATE研究をランセットが取り下げた時は(関連記事)、刑事告発のけの字も出ませんでした。事件ではなかったからです。では一体誰がどうやってKHSを事件と偽装したのでしょうか。 デマを流すのに悪知恵は無用。無知でさえあればいい。ディオバン事件はそう教えてくれます。ARBが何の略号かをお勉強した自称医学ジャーナリスト達が、t検定一つやったことのない特捜検事を籠絡し、事件性のないイカサマ論文を「動かぬ証拠」と認定させた。ディオバン事件裁判は、北陵クリニック事件同様、無知の連鎖による司法事故の典型例でした。

二つの刑事告発オンブズパーソンも政治家も踊った
「添付文書一つ読めない日本中のおバカな医師達を騙した極悪企業」。ノバルティス社をそう断罪した告発状を、2013年11月1日に東京地検特捜部に提出したのが、薬害オンブズパースン会議 (以下YOP)です。医薬品の専門家集団を自負し、SBPやARBが何の略号かも熟知しているYOPのことですから、KHS論文に広告価値がないことを百も承知の上で白橋伸雄氏を被告人席に追いやったことになります。

 ではYOPの2ヶ月後になされた厚生労働省による刑事告発の意図は何だったのでしょうか。無論、厚労省もKHS論文がイカサマだと発表当初から知っていました。一方特捜は、かつて血友病HIV/AIDS>問題で松村明仁元課長を業務上過失致死罪で有罪に追い込んだほどの力を持っています。そんな特捜にガセネタを掴ませたことが後でばれたら、百倍返しで自分達が潰されることを厚労省は百も承知でした。ここがYOPと厚労省との決定的な違いです。

 にもかかわらず、厚労省の名前で刑事告発が行われたのは、自称医学ジャーナリスト達に焚きつけられた官邸の巨大な圧力があったからです。上掲の『偽りの薬』の「官邸動く」と銘打った章には、自分たちのスクープが官邸主導による刑事告発を実現させたと大はしゃぎする彼らと、彼らにまんまと一杯食わされた政治家達の姿が生き生きと描かれています。推定無罪どころか「有罪断定」のお祭り騒ぎで白橋氏を吊し上げ、「調査報道の真骨頂」を気取れるのですから、また随分とお気楽な商売があったものです。

王様を裸にした詐欺師の手口
 組織にせよ、個人にせよ、弱体化させるのに一番効果的な方法は、媚びへつらうだけで絶対に批判しないことです。ジャーナリスト達は自分たちを正義の王様である警察・検察の忠実な番犬と位置づけることによって、その王様からメディアリテラシーを搾取してきました。「ブンヤ風情が俺様をだますだと?」。今でもそう信じている警察官・検察官が圧倒的多数だからこそ、冤罪が繰り返されるのです。  ディオバン事件で自称医学ジャーナリスト達が「愚か者には絶対見えない立派な衣装」として使ったのが、「誇大広告」というキャッチコピーでした。極めて特異な事例のように見えますが、冤罪創作という観点からはごく一般的な手口です。特に北陵クリニック事件(北陵)とディオバン事件(ディオバン)は下記に示すように瓜二つです。

1.大々的に展開された「有罪断定」吊し上げキャンペーン
2.「犯罪を証明する動かぬ証拠」のでっち上げ。北陵では「全ての患者体液から検出された筋弛緩剤」、ディオバンでは「KHS論文は悪質な誇大広告」「日本の医者は全て添付文書一つ読めない大馬鹿者揃い」。
3.検察側証人となった医師の役割と被告人の関係。業務責任者だった医師が検察側証人として、末端で支援業務に携わっていた人物に責任を転嫁し犯罪者として断罪した構造は両事件に共通している。
4.数多くの公人、公的機関も寄ってたかって王様を裸にした。北陵では当時の東北大学医学部の一部の教授、宮城県警、大阪府警科捜研。ディオバンでは上記の通り。
5.冤罪が本質的な問題を隠蔽した。両事件ともに様々な問題が隠蔽されているが、何より共通しているのは、裸の王様の医学・医療に対する無知。マスメディア・警察・検察が日本最悪の無医地区の地位を争っている事実。そして裁判真理教

 詐欺の成功の秘訣は,他人を騙す前にまず自分を騙すことです.何人もの日本人専門医だけでなく,海外トップジャーナルの編集長をも騙した前代未聞の極悪詐欺師.それが白橋伸雄だと何の根拠もなく(何しろ「真相」は誰にも究明できなかったぐらいですから)告発できたのは,自分は正義の敏腕医学ジャーナリストであると確信していたからです.その並々ならぬ自信で書いた「スクープ」が,官邸政治家,薬害オンブズパーソン,特捜検事を動かしました.ARBが何の略号かも知らなかったぐらいですから,報道の暴力の怖さなど知る由もなかったのです.自分で自分を騙せれば,誰でも一流の詐欺師になれる.ディオバン事件はそう教えてくれます.

自称医学ジャーナリスト達は、今はまるでバルサルタン問題などこの世に存在しなかったかのように、ディオバン「事件」の裁判を無視しています。裁判真理教を信奉し「真相究明」を大声で叫んでいた彼らが。その肝心な裁判に対して完全黙秘している所にこそ、彼らにとっての「不都合な真実」があります。 1837年に発表されたアンデルセンの原作では、詐欺師達はいつの間にか姿をくらまして、決して断罪されることはありませんでした。肝心の王様は、「王様は裸だよ」と子供が叫んだ後も行進を続けました。 ディオバン事件裁判は、180年もの時間も、日本とデンマークの間にある空間も超えて、詐欺師と王様との関係の普遍性を我々に教えてくれているのです。

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