第6回 人と動物の共通感染症研究会学術集会 研究会目次


[教育講演] 日本紅斑熱の最近の知見 〜人、マダニ、動物〜
 
馬原文彦
馬原医院院長(徳島県阿南市)
  
  1984年5月徳島県阿南市郊外の演者の診療所を63才の農家主婦が高熱と発疹のため訪れた。この症例は汎用されていたセフェム系抗生物質がほとんど効かず特異な経過をたどった。2週間後、第2例目がやってきた。同じような紅斑と発熱、そして付き添いの家族が山でダニに刺されてから熱が出たと言う。日本紅斑熱との出会いの瞬間である。その後1999年感染症新法で第4類届け出伝染病に指定されるなど臨床的疫学的疾患概念はほぼ確立したかと思わせたが、2004年意外な展開をみせる。この年は日本紅斑熱が最も多発した年であるが、臨床、疫学、媒介動物などの分野で次々と新しい問題が提起された。これらの問題を含めて日本紅斑熱の疫学、臨床像を中心に自然界との関わりについて言及したい。
 
【疫学】
 発生数は希少感染症として研究者の間で集計されていたが、1999年の感染症新法により届出義務が生じたことから全国情報が蓄積され、以来38、38、38、36、51例が報告され、2004年は67例、2005年は62例と多発した。発生地域も拡がりをみせ、九州、四国では沖縄、香川を除く全域、本州では関東以西の比較的温暖な太平洋岸沿いに多く報告されていたが、島根、鳥取や福井など日本海側でも発生が確認された。
  発生時期は春先から晩秋まで発生する。好発時期はダニの植生や人とダニとの接触の機会などの地域特性により異なる(徳島県では春と秋、高知県では夏に多い)。
  福井県で報告された症例は、最近日本紅斑熱リケッチア(R. japonica)以外の紅斑熱群リケッチア(R. helvetica)による感染が示唆された。
【臨床症状】
 2-10日の潜伏期を経て、高熱、悪寒戦慄を伴って急激に発症する。紅斑、高熱、刺し口が3徴候であり、臨床症状は恙虫病のそれと類似するが、詳細に見ると皮疹の性状、分布、刺し口の大きさ、形状等が異なっている(臨床写真供覧)。
 
【治療】
  日本紅斑熱は恙虫病に比して重症化しやすく早期の有効治療が必要である。日本紅斑熱の治療は、「テトラサイクリンを第一選択薬とし、重症例ではニューキノロン薬との併用療法を行う」としてきた(日本医師会感染症ガイドライン2004)。しかし、近年の重症例、死亡例の蓄積と共に治療法の再検討を行った結果、日本紅斑熱と診断した場合「テトラサイクリンを第一選択薬とするが、一日の最高体温39℃以上の症例では、直ちにテトラサイクリン薬とニューキノロン薬による併用療法を行う」とすることを提唱したい(国立感染症研究所HP:http://idsc.nih.go.jp/iasr/27/312/dj3128.html)。
 
【診断】
  確定診断はIP、IFA、PCRなどを行う。2004年5月、7名が無人島に入り3名が本症に感染(2名が重症化、うち1名死亡)する事例が発生した。2例は特異的血清診断にて血清抗体価の上昇を確認したが、死亡した1例は抗体価の上昇前であったため、臨床的に日本紅斑熱と診断した。この症例を契機として、その後に発生した日本紅斑熱症例について、刺し口、紅斑部の皮膚生検を行い酵素抗体法にて早期診断を試み、入院日を含む検体採取日に陽性所見を得た。
  酵素抗体法は今後本症の早期診断、確認検査として有用な方法となりうる。
 
【媒介動物】
  媒介マダニの研究は本症の発見以来継続して行われている。マダニから分離された紅斑熱群に属するリケッチアは現在少なくともR. japonicaを含む4種類あり、病原性を含めて研究がなされている。媒介するマダニ種も徐々に特定されつつある。一方、マダニを巡る共通感染者もしくは自然界におけるリザーバーに関してはまだ十分に解明されていない。2004年日本紅斑熱に罹患して入院中の患者の家のイヌが急死した。剖検を行い酵素抗体法で日本紅斑熱リケッチア感染を証明した。
  人獣共通感染症としてのペットや家畜の関わりに関する研究は今後重要な課題であると考える。
感染症例
Mahara F. : 4th International Conference on Rickettsiae and
Rickettsial Diseases Logrono ( La Rioja ), Spain - June 18-21, 2005
 
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