研究の概要
(1)背景
黎明期の生体腎移植を除き臓器移植が日本で本格的に実施されるようになってまだ肝臓で20年、心臓、肺に至っては10年である。日本における移植後長期管理は特定の施設で特定の医師が担っており、その卓越された観察力と経験に裏打ちされた判断力に負うところが多いまさに名人芸となっているが、その後継者の育成は話題にはなることはあってもその方法論については議論すらされていないのが現状である。一方、臓器移植成績の向上に伴い長期生存患者は増加しており、現在の限定された施設・医師の体制ではすでに飽和状態となっており、近い将来対応が困難になり、移植難民が発生すると予想される。その解決策として最新の科学技術とエビデンスに裏打ちされた管理ロジックの確立と人材育成が急務である。日本移植学会では、2017年に短期・長期成績に影響の強い抗体関連拒絶克服のためにプロジェクトを立ち上げ、その一部は2017年にAMED江川班「臓器移植における抗体関連拒絶反応の新規治療法の開発に関する研究」(2017-2019)に採択され、新規治療薬適応拡大のための臨床研究、ガイドライン出版、遺伝子多型レジストリー作成と成果をあげた。さらに日本移植学会は、新たな専門職を創出することで、これまで術前から手術、周術期管、理、長期管理と全てを担ってきた移植外科医の負担軽減と患者の安全な管理体制確立を目指して、2020年1月に移植内科医育成プロジェクトチームを立ち上げた。
本研究遂行のための体制として、日本移植学会が保険適応拡大で培った卓越した情報収集能力を持つ全臓器・全移植施設ネットワーク(日本移植学会保険診療委員会)とAMED 江川班・AMED大段班で確立した遺伝子バンクを備えた1000例のレジストリーと遺伝子関連情報解析システム(日本移植学会トランスレーショナル委員会)と数々のガイドラインを出版した日本移植学会医療標準化・検査委員会が整っている。
(2)目的
効率的な移植後長期管理体制の確立を目指す。(3)新規性・独創性・優位性
長期成績については様々なコホートで原因疾患の移植後再発やその危険因子の検証、臨床情報と長期予後との関連などの調査、特定の合併症のアンケート調査などが単発的に後ろ向き研究で実施されてきたが、多施設の多臓器の症例で遺伝子関連情報を合計1000例のレジストリーで網羅的に臨床経過情報を収集し、その関連を検証した研究は世界に類を見ない。また、長期生存症例の予後に影響する因子が多岐に渡ることから管理ロジックを確立する試みは未だ報告されていない。さらにこのロジックを活用する移植内科医という新たな専門職を育成することで移植医療を持続可能な医療として定着さようとする計画も革新的である。小児期の移植患者の長期管理、いわゆるキャリーオーバー管理、も含まれる点も重要である。(4)方法・概略
研究計画及び方法本研究は、効率的な移植後長期管理体制の確立を目指すために、革新的技術とエビデンスに裏打ちされた長期管理ロジックの確立と人材育成をめざす。
I)長期管理ロジックの確立
臓器移植後長期予後を左右する因子は、拒絶と感染症、悪性疾患、高血圧、腎障害、糖尿病、心血管障害などの免疫抑制剤関連有害事象である。言い換えれば、長期管理の基本戦略は拒絶予防と免疫抑制剤関連有害事象の均衡保持である。近年、免疫モニタリングや、薬剤感受性に関連する遺伝子多型の情報解析が可能になった。本研究では、これらを指標とした長期管理ロジックを組み立てることをめざす。
①遺伝子多型レジストリー研究
AMED江川班「臓器移植における抗体関連拒絶反応の新規治療法の開発に関する研究」(2017-2019)で作成した遺伝子多型レジストリー(心・肺・肝・腎・膵:計1000例)症例の臨床情報を本研究で網羅的に収集する。FcγR、HMGB1、Foxp3遺伝子に加え、AMED大段班「臓器移植を革新する免疫プロファイリングによる個別化医療の開発」(2019-2021)において予後に影響する遺伝子多型の候補が明らかとなった場合その候補遺伝子も合わせて、遺伝子多型レジストリーの遺伝子多型情報、臨床情報、ドナー情報、手術関連情報と有害事象などの術後長期予後との関連について統計モデルを用いた解析を行い、リスク因子の同定、高リスクグループを同定することを目的としたリスク指標の構築などを行う。これらの結果をもとに「遺伝子多型を指標にしたゲノム診療ガイドライン」(同医療標準化委員会:佐藤滋委員長)を作成する。
②抗体関連検査実態調査
免疫抑制剤の進歩により細胞性拒絶はほぼ克服されたが抗体関連拒絶は難治性である。上記AMED江川班では2016年までの症例で術前脱感作治療と術後抗体関連拒絶治療の全国・全臓器実態調査を実施した(同保険診療員会:中川健委員長)。2018年に抗HLA抗体測定が保険収載されあまねく測定することが可能となった。これに合わせてAMEDの要請に基づき、上記AMED江川班が「臓器移植抗体陽性診療ガイドライン2018」を作成した(同医療標準化委員会)。保険収載後2年が経過したこともあり、本研究で抗体測定実数、施設の実施率、測定症例における測定頻度、陽性率、治療内容、治療成績などの実態調査を行い、合わせて、次世代抗体検査(補体活性、IgG サブクラス解析)や新規治療薬に関する現場の要望を収集する。これらの成果をそれぞれ論文化し、欧米の新規報告とともにエビデンスに織り込み「臓器移植抗体陽性診療ガイドライン2018」改訂作業(同医療標準化委員会)を行う。
③「移植後長期管理診療ガイドライン・ベストプラクティス」作成
R3年から策定委員会を立ち上げR4年完成を目指す(同医療標準化委員会)。今後の議論の中で「遺伝子多型を指標にしたゲノム診療ガイドライン」と「移植後長期管理診療ガイドライン」は合体する可能性もある。最終的に、ゲノム診療や免疫モニタリングだけでなく社会復帰支援、精神衛生学的支援も含まれた「ベストプラックティス」を作成し、長期管理ロジックとして日常診療の羅針盤とする。なお、小児期の移植患者の長期管理、いわゆるキャリーオーバー管理、も含まれる。
II)効率的な移植後長期管理を実践する移植内科医育成
年間数例しか実施されていなかった特殊な医療から一般医療への過渡期にある移植医療を担える移植内科医の育成を目指し、日本移植学会は2020年1月に移植内科医育成プロジェクトチーム(Transplant Physician 委員会:布田伸一委員長)を立ち上げた。まず、移植臓器関連の内科系学会に移植内科医の社会的重要性と学術的魅力を啓発する。具体的には学術発表や展示ブースの手段で情報発信することで内科医の関心を高める。教育コンテンツとして診療ガイドラインを作成し、移植関連内科学会での教育セミナーなどの教育活動を行う。
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