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医局員の声Voice of members


野宮 明

東京大学医学部泌尿器科助教
平成14年 京都府立医科大学卒業
平成14年 入局

【私の経歴】
 その年の7月からは、同期入局6人の希望も私は、2002年に京都府立医科大学を卒業して東京大学泌尿器科学教室に入局いたしました。
 入局前には、複数の泌尿器科を見学させて頂き、それぞれの臨床・研究での特色に魅力を感じておりましたので、最後までどの教室の門戸を叩かせて頂くか迷っておりました。最終的には、関連病院のほとんどが東京都内にあることに加えて、医局の雰囲気がアットホームなことに惹かれて、伝統ある東京大学泌尿器科学教室の末席に身を置かせて頂くことにいたしました。
 入局後、1年目に国立国際医療センター、2年目に大学病院、3・4年目に武蔵野赤十字病院で貴重な経験をさせて頂き、以降は大学病院に籍を置き、手術・外来診療・病棟管理など泌尿器科全般の診療に従事しております。加えて、本間之夫教授就任後は、当科の特徴でもある間質性膀胱炎の診療とそれに関連した基礎研究を担当させて頂いております。

【間質性膀胱炎との出会い】
 間質性膀胱炎というと、皆さんなかなか聞きなれない病名かと思います。
 間質性膀胱炎とは、原因不明の膀胱の慢性炎症疾患で、患者さんは、程度は様々ですが、頻尿・膀胱痛・膀胱不快感などの種々の症状により、仕事や学業はおろか、日常生活にも不自由を感じています。現在、原因が不明であることもあり、対症療法でいかに症状をコントロールしていくかが泌尿器科医の臨床的な役割であり、基礎研究を通じてこの疾患の原因、ひいては治療法を見出していくことが研究者としての課題です。
 今ではどっぷりと間質性膀胱炎の基礎・臨床に浸り、少しでも患者さんたちのお役に立てればと、日々診療・研究に勤しんでおります。しかし実際、私も入局当時は名前すら知らない病気で、まさか自分が将来専門にするとは思いも寄りませんでした。
 ここに至るまでにはもちろん色々紆余曲折がありました。正直に言うと医療崩壊が声高に叫ばれていた時期に、一度は一泌尿器科医として生きていくこと(=退局して市中病院に就職すること)を考えた時期もありました。もちろんその時期には、もはや医学者としての探究心を失い、日々の臨床に疲れ果てて、ただ業務を仕事としか考えずにこなす職業人としての医師という自分がおりました。
 自分の身の処し方に悩みつつ、専門医の資格を取得した頃です。本間教授が就任され、ある学会の懇親会の帰りに「野宮は間質性膀胱炎を診療してみたらどうだ」と言って頂いたのが転機となり、本間教授のご指導のもとで間質性膀胱炎の診療に関わるようになりました。診療に関わるうちに、原因不明とされ多くの患者さんが苦しまれている現実を前に、忘れかけていた医学者としての探究心が再び呼び覚まされました。それがかつては自分なんかが関わることがないと思っていた間質性膀胱炎の動物モデル作成などの基礎研究につながり、また若輩ながら間質性膀胱炎に関連した臨床研究を企画するなど間質性膀胱炎を基礎・臨床の両面で知見を掘り下げていくことができました。

【東大泌尿器科に入局して】
 さまざまな情報が錯綜するこの時代のなかで、実際自分も医学を志した初心を忘れ、自分を見失いかけたものの、間質性膀胱炎と出会い、それを軸として基礎・臨床に自分の世界を広げることができたからこそ、医師を志したあの日、自分が思い描いていた医師像を目指すことが出来ているのだと考えております。また、ここまでやってこられたもう一つの理由として、やはり励ましあえる同期をはじめ、先輩・後輩に恵まれたことも大きかったです。

 この春で、入局(=泌尿器科医師になって)10年目という節目の年を迎えました。総括しますと今自分は、間質性膀胱炎というテーマのもとに基礎・臨床で忙しくはありますが、間質性膀胱炎以外にも腹腔鏡手術に携わらせていただき、若輩ながら腹腔鏡手術の技術認定医試験に合格することが出来、充実した日々を送っており、置かれている境遇に大変満足しております。東大泌尿器科への入局を決めた当時の自分の選択に間違いはなかったと確信しております。