和田賞

第10回和田賞 (2021)

阿部知子(理化学研究所・仁科加速器科学研究センター副センター長)

「重イオンビームを用いた育種法の開発と染色体再編成変異の分子機構の研究」

重イオンビームはイオンの種類や速度を選択することで LET を制御することができます。これを利用して、変異率が最大となるLETmaxを発見し、LETが大きくなるとDNAの欠失サイズが大きくなり、染色体再編成変異の割合が増えることを見いだし、 重イオンビーム育種法を完成させた功績は国内だけでなく世界的にも高く評価されています。また、全ゲノム リシーケンスやエキソーム解析用の変異検出パイプラインの開発によって、全ゲノムレベルでの変異検出並びに変異体の原因遺伝子の迅速な同定を可能にした功績は大きく、 ダイナミックな染色体再編成の分子機構の解明も近いと期待されています。

今回の受賞はキトロギアで重イオンビーム特集を組み、重イオンビームが育種と遺伝子機能の解明に極めて有効であることをアッピールした2021年度の8編の論文のなかでも、 大扉(表紙)とTechnical Noteを論文賞の対象としました。

キトロギア86巻4号の大扉(表紙)

表紙になったのは阿部博士が活躍する理研RIビームファクトリー(RIBF)で、ここは重イオン加速のための世界最大の施設の1つです。 核物理学はRIBFで研究されている主要な分野であり、理研はその核物理学研究所で知られていますが、その活動は農業を含むすべての科学技術分野をカバーしています。 RIBFの粒子加速器からの重イオンビームを使用して、農学と加速器物理学を結びつけて、突然変異を誘発する独自の方法を開発しました。 この技術を使用して、阿部博士は、2001年以来、日本、米国、カナダ、および欧州連合で30の新しい品種を販売してきました。

2021年度(8編)

  • Ishii, K., Kawano, S. and Abe, T.: Technical Note: Creation of Green Innovation and Functional Gene Analyses Using Heavy-Ion Beam Breeding. Cytologia 86(4) 273–274, 2021.
  • Takeshita, T., Takita, K., Ishii, K., Kazama, Y., Abe, T. and Kawano, S.: Robust Mutants Isolated through Heavy-Ion Beam Irradiation and Endurance Screening in the Green Alga Haematococcus pluvialis. Cytologia 86(4) 283–289, 2021.
  • Sato, Y., Hirano, T., Hayashi, Y., Fukunishi, N., Abe, T. and Kawano, S.: Screening for High-Growth Mutants in Sporophytes of Undaria pinnatifida Using Heavy-Ion Beam Irradiation. Cytologia 86(4) 291–295, 2021.
  • Hashimoto, K., Kazama, Y., Ichida, H., Abe, T. and Murai, K.: Einkorn Wheat (Triticum monococcum) Mutant Extra-Early Flowering 4, Generated by Heavy-Ion Beam Irradiation, Has a Deletion of the LIGHT-REGULATED WD1 Homolog. Cytologia 86(4) 297–302, 2021.
  • Morita, R., Ichida, H., Hayashi, Y., Ishii, K., Shirakawa, Y., Usuda-Kogure, S., Ichinose, K., Hatashita, M., Takagi, K., Miura, K., Kusajima, M., Nakashita, H., Endo, T., Tojo, Y., Okumoto, Y., Sato, T., Toriyama, K. and Abe, T.: Responsible Gene Analysis of Phenotypic Mutants Revealed the Linear Energy Transfer (LET)-Dependent Mutation Spectrum in Rice. Cytologia 86(4)303–309, 2021.
  • Hirano, T., Matsuyama, Y., Hanada, A., Hayashi, Y., Abe, T. and Kunitake, H.: DNA Damage Response of Cyrtanthus mackeniiMale Gametes Following Argon Ion Beam Irradiation. Cytologia 86(4) 311–315, 2021.
  • Matsuta, A., Mayuzumi, T., Katano, H., Hatashita, M., Takagi, K., Hayashi, Y., Abe, T., Murai, K. and Kazama, Y. The Effect of Heavy-Ion Beams with High Linear Energy Transfer on Mutant Production in M1 Generation of Torenia fournieri. Cytologia 86(4) 317–322, 2021.
  • Aonuma, W., Kawamoto, H., Kazama, Y., Ishii, K., Abe, T. and Kawano, S.: Male/Female Trade-Off in Hermaphroditic Y-Chromosome Deletion Mutants of the Dioecious Plant Silene latifolia. Cytologia 86(4) 329–338, 2021.

第9回和田賞 (2019,2020)

日本メンデル協会は、この度、第9回和田賞と記念の楯を、東京大学名誉教授で日本学士院会員の黒岩常祥博士に授与いたしました。
 黒岩博士の受賞を祝するとともにその業績をここで紹介いたします。今回の和田賞受賞は「シゾンの核型に関する主論文の他に国際細胞遺伝学雑誌キトロギアの発展に貢献した数々の論文」が対象となっております。下記の主論文は、Cyanidioschyzon merolae(シゾン)で、初めての有糸分裂染色体の可視化に成功し、染色体凝縮が葉緑体分裂の直後の有糸分裂中期に起こることを突き止めております。また、Medakamo hakoo (8 Mbp)とC. merolae (16.5Mbp)とのゲノムサイズの違いを比較しながら、C. merolaeでは凝縮した染色体が観察されることの進化的意義付けがなされており、細胞学あるいは細胞遺伝学の国際誌キトロギアに極めてふさわしい論文です。

Kuroiwa, T., Yagisawa, Y., Fujiwara, T., Inui, Y., Matsunaga, T. M., Katoi, S., Matsunaga, S., Nagata, N., Imoto, Y., and Kuroiwa, H.: Mitotic Karyotype of the Primitive Red Alga Cyanidioschyzon merolae 10D. Cytologia 85(2), 107-113 (2020)

今回、主論文の他に特に「国際細胞遺伝学雑誌キトロギアの発展に貢献した数々の論文」となっているのは、黒岩博士には、1970年のCrepis capillaris(フタマタタンポポ属の種)の体細胞染色体のDNA複製の論文(クレピス論文)から始まり爾来50年で63報の論文に加え他にも関連する大扉が5報もあることによります。これらの論文や大扉の数だけでもキトロギア発展の最大の貢献者でありますが、黒岩博士は1993年から2007年の15年間キトロギア編集長として活躍なさったことも記憶されるべきでしょう。

Kuroiwa, T. and Tanaka, N.: DNA Replication Pattern in Somatic Chromosomes of Crepis capillaris. Cytologia 35(2), 271-279 (1970)

今回の受賞論文によって、シゾンの核型解析の可能性が出てきて、シゾンを含む微細藻類の染色体研究が発展するのではないかと大いに期待されるところです。黒岩博士の和田賞受賞講演会に関しては、コロナ禍の終息が見通せないので今のところ未定ですが、東京大学理学部2号館の大講堂での講演が可能になればすぐにでも開催する予定でおります。
 なお、日本メンデル協会の和田賞選考委員会(キトロギア編集委員会)は、2019年がキトロギア創刊90周年に当たることもあって、2019年度の和田賞受賞候補者に黒岩博士を選考いたしました。キトロギア創刊90周年を記念して3回シリーズの講演会が予定されておりましたので、その最後に黒岩博士の和田賞授賞式と受賞記念講演会を執り行う予定でした。ただ、新型コロナ感染症の未曾有の広がりで、これら全てが延期を余儀なくされております。コロナウイルスの猛威は未だ衰えておりませんが、2021年には必ず黒岩博士の受賞講演会が開催できるものと願っております。

第9回和田賞 記念プレート


第8回和田賞 (2018)

日本メンデル協会に設置された和田賞選考委員会はこのほど全会一致で、第8回和田賞授賞者に京都大学名誉教授で日本学士院会員の常脇恒一郎博士を選びました。博士がCYTOLOGIAに寄稿された下記の論文は、コムギの染色体研究の黎明期における株の入手過程と、その後の発展の経過について書かれています。2018年は、パンコムギの全ゲノムが決定された記念すべき年でもあります。まさに歴史的論文であることが高く評価されました。

Koichiro Tsunewaki: Dawn of modern wheat genetics: The story of the wheat stocks that contributed to the early stage of wheat cytogenetics. CYTOLOGIA 83, 351-364 (2018)

和田賞授賞式と受賞記念講演は2019年3月30日、東京大学本郷キャンパスの理学部2号館大講堂にて、キトロギア創刊90周年記念講演会の最後を飾るものとして執り行われました。常脇博士は、「コムギ遺伝学の曙ーコムギ細胞遺伝学の幕開けに寄与したコムギ系統の来歴ー」と題して、第一次世界大戦とロシア革命に翻弄されながらも、研究者たちの努力と情熱によって連綿と受け継がれたコムギ系統とコムギのゲノム研究が現在の発展に至った経緯をご講演されました。その講演は、内田ゴシックと呼ばれる伝統ある建築様式の理学部2号館にふさわしい壮大なもので、会場全体に芳醇な時が流れるように思われました。

常脇先生 ご講演の様子 花束と和田賞楯

第7回和田賞 (2017)

日本メンデル協会、和田賞選考委員は厳重な審査を経て、香川大学・農学部・応用生物科学科の柳智博教授に第7回和田賞を授賞することに決めました。 授賞対象は以下の論文で、一連のイチゴの染色体研究が認められました。授賞式は6月の予定です。公益財団法人日本メンデル協会評議員会の席上で授賞式を執り行います。

Tantivit, K., Isobe, S., Nathewet, P., Okuda, N. and Yanagi, T.: The Development of a Primed In Situ Hybridization Technique for Chromosome Labeling in Cultivated Strawberry (Fragaria×ananassa). Cytologia 81: 439–446, 2016.


第6回和田賞 (2016)

第6回和田賞はイランのShahid Beheshti大学のマスード・シェダイ(Masoud Sheidai)教授に決まりました。イランを中心とする植物染色体の多様に関する長年の研究が認められました。以下はその代表的なキトロギア論文です。

Sheidai, M., Jafari, S., Taleban, P., and Keshavarzi, M.: Cytomixis and Unreduced Pollen Grain Formation in Alopecurus L. and Catbrosa Beauv (Poaceae). Cytologia 74, 31-41, 2009.

第5回和田賞 (2015)

第5回和田賞は、独立行政法人放射線医学総合研究所の數藤由美子博士に決まりました。2011年にキトロギアに掲載された以下の論文では、他に類を見ない芸術的ともいえる染色体の顕微鏡写真(GISH)の撮影にも成功しています。

Suto, Y., Akiyama, M., Sugiura, N and Hirai, M.: Technical note : Multiplex Fluorescence In Situ Hybridization Visualizes a Wide Range of Numerical and Structural Chromosome Changes Induced in Cultured Human Lymphocytes by Ionizing Radiation. Cytologia 76, 373-374, 2011.

 また、2012年の以下のキトロギア論文では、その研究手法に著しい進捗がありました。

Suto,Y ., Hirai, M., Akiyama, M., Suzuki, T., Sugiura, N.: Sensitive and Rapid Detection of Centromeric Alphoid DNA in Human Metaphase Chromosomes by PNA Fluorescence In Situ Hybridization and Its Application to Biological Radiation Dosimetry .Cytologia 77, 261-267, 2012.

 和田賞は「アジア、アフリカ、中南米の国々の研究者と地域に根ざした研究をできるだけ支援したい」という趣旨によるものであるが、數藤博士のように日本人ではあっても特に優れた論文の筆者で、キトロギアへの貢献が大きいと認められ、2013年に出された論文もキトロギアとしては高い被引用件数があり、數藤博士には今後益々の活躍が期待できます。

Suto, Y., Akiyama, M., Gotoh, T., Hirai, M.:A Modified Protocol for Accurate Detection of Cell Fusion-Mediated Premature Chromosome Condensation in Human Peripheral Blood Lymphocytes. Cytologia 78, 97-103, 2013.  

 和田賞創設5年にして日本人初めての授賞となるが、その論文の質の高さはキトロギア投稿論文の良き見本となるでしょう。


第4回和田賞 (2014)

第4回和田賞は、インドのパンジャブ大学ラグビー・チャンド・グプタ(Raghbir Chand Gupta)教授です。インドのヒマラヤ西部のAgrimonia eupatoria L(Rosaceae)における細胞内の細胞形態学的多様性の探索に貢献したことが今回の授賞理由です。パンジャブからヒマラヤへかけての長期間にわたる植物染色体の多様性研究が今回認められました。以下はその代表的なキトロギア論文です。

Kumar, S., Jeelani, S. M., Rani, S., Kumari, S. and Gupta, R. C. 2011. Exploration of Intraspecific Cytomorphological Diversity in Agrimonia eupatoria L. (Rosaceae) from Western Himalayas, India. Cytologia 76: 81-88.


第3回和田賞 (2013)

和田記念賞の3番目の受賞者は、インドのパンジャブ大学のビジェイ・クマル・シンハル(Vijay Kumar Singhal)教授です。シンハル教授と彼の同僚による次の記事は、過去5年間のCytologiaで最も頻繁に引用されている論文です。

Singhal, V. K., Kaur, S. and Kumar, P. 2010. Aberrant Male Meiosis, Pollen Sterility and Variable Sized Pollen Grains in Clematis montana Buch.-Ham. ex DC. from Dalhousie hills, Himachal Pradesh. Cytologia 75 : 31-36.


第1回和田賞と第2回和田賞

 輝く第1回和田賞の受賞者はバングラデシュのSheikh Shamimul Alam博士が2011年の論文で、第2回和田賞の受賞者はタイのAlongklod Tanomtong博士が2012年の論文で受賞しました。それぞれの論文のタイトルと共著者を以下に示します。バングラデシュのオナモミ(Xanthium strumarium)とタイのクマノミ(Amphiprion polymnus)の核型解析です。なお、受賞者には、添付した写真のようなキトロギアのロゴと1929年創刊を示す王冠があしらわれた記念プレートが贈呈されます。

Karyotype Analysis in 2 Morphological Forms of Xanthium strumarium L. 
Sheikh Shamimul Alam, Mahfuja Binte Sukur, Md. Yahia Zaman 
CYTOLOGIA Vol. 76 (2011) No. 4, 483-488.

First Report of Chromosome Analysis of Saddleback Anemonefish, Amphiprion polymnus (Perciformes, Amphiprioninae), in Thailand. 
Alongklod Tanomtong, Weerayuth Supiwong, Arunrat Chaveerach, Suthip Khakhong, Tawatchai Tanee, La-orsri Sanoamuang CYTOLOGIA Vol. 77 (2012) No. 4, 441-446.

第1回と第2回の和田賞の記念プレート

第1回と第2回の和田賞の記念プレート  

和田賞について

和田賞は国際細胞学会誌『キトロギア(CYTOLOGIA)』の論文賞です。その年にキトロギアに掲載された論文のうち最も優れた論文の著者に授与されます。我が国初の国際欧文誌として1929年に創刊されたキトロギアは、細胞遺伝学や細胞学に関する国外からの投稿が多く、原著論文投稿数は年120編以上あり、約70%が海外24カ国以上からの投稿論文です。最近の出来事で特記したいのは、2006-2013年にタイから連続して投稿された霊長類と野生のネコ科の染色体に関する研究です。和田賞は、必然的に、欧米の雑誌ではこれまであまり注目されることのなかった、アジア、アフリカ、中南米の国々の研究者と地域に根ざした研究をできるだけ支援したいと考えています。

和田賞の「和田」は賞の実施を一番に後押ししてくださった和田薫幸会の「和田」です。和田薫幸会は、豊前国下毛郡(大分県)中津町で中津藩士和田薫六と幸の長男として生まれ、明治大正期に大実業家となった和田豊治氏が、社会事業を広く援助する団体として両親の名を取って設立したもので、現在は一般財団法人和田薫幸会(石川清子会長)となっています。キトロギアはその創刊からしてキトロギアは和田薫幸会とは浅からぬ縁で結ばれています。それは、和田豊治氏の甥にあたる当時は小石川の植物園にいた和田文吾博士を通して、援助金の話が東京大学理学部の藤井健次郎教授に伝えられたことに始まります。この基金で1929年に創刊されたのが細胞学に関する国際学術雑誌『キトロギア』です。和田博士は、1949年に教授に就任し、1961年に東京大学を定年するとキトロギアに専念し、1987年頃までキトロギアの発展に尽力されました。キトロギアの論文賞が「和田賞」と呼ばれるのは、キトロギアの創刊と発展そして現在、3つの「和田」を記念してのことです。