ヨウ化カリウムへの信仰、そして30km圏内のエビデンス

ここには正解はありません。あなたが考えるための材料があるだけです。思考停止が好きな人は、このページには全く興味が湧かないでしょう。どこかに正解があるはずだ、誰かが隠し持っているはずだ、あるいは、自分が愚かだから、努力が足りないから、金を持っていないから、偉くないから、だから自分だけが正解が得られないんだ。 そう思い込む心に振り込め詐欺師はつけ込んできます。あたかも自分が正解を持っているかのように振る舞う人間は、あなたの思考力を自分の口座に振り込めと命令しているに過ぎません。そういう奴は、あなたのことなんて全然心配していません。あなたにとっての正解は、あなたの頭の中にしかありません。リテラシーliteracyとは、そういうことです。

「がんばろう日本」と「進め一億火の玉だ」と、どこが違うというんでしょうか?

ヨウ化カリウムへの信仰 (Ann Intern Medにレターが掲載されました)
    1.リスク評価の難しさ
    2.リスク低減のための介入の有効性・安全性の評価の難しさ。そしてわからないことの素晴らしさ
    3.原爆を落とした国の人間達の行動
    4.ノーベル賞のためならば
    5.子供だまし未満
    6.腰抜けに何ができる
    7.放射性ヨードの使い道

30km圏内のエビデンス

  • 忙しいあなたへ:大気圏内核実験のエビデンス
  • 長崎発のエビデンス
  • 犬が人を噛んだ記事
  • ストレステスト
  • 元祖ならず者国家のリテラシー
  • 核兵器に肩入れし、JTへ貢ぐ人々
  • アルピニストが被災地に届けるもの
  •  「専門家」の定義について
  • デマはこうして造られる科学記事に見る日経記者のリテラシー
  • 弱い者いじめ

  • 当事者意識と共感
  • ダメージコントロール
  • 自分の味方の見つけ方
  • 最も狭き門から
  • 頑張ろうと言われても
  • 頭隠して尻隠さず
  • 頭隠して尻隠さず2
  • パニック障害者の方から
  • 一億総始皇帝とあの人は今・・・
  • 自粛が教えてくれること
  • なぜ当事者意識なのか?
  • 繰り返すもの:ゼロリスク探求症候群
  • パニックと当事者意識の関係
  • 暇人がパニックになり、組織暴力を振るう
  • 八百長だ!
  • CM企画提案
  • アドバンテージ・ジャパン:同情と共感の違い
  • 寄りつかない「トモダチ」
  • これであなたも非国民

    それはあなたが暇だから

    末法思想大廉売:思考停止しない=他者に正解を求めない。自分の安心を他人に担保してもらおうとしない。自分の決定権を他人の口座に振り込まない。

    ヨウ化カリウムへの信仰:

    わが国で既承認のヨウ化カリウム製剤の効能効果は、1.甲状腺腫 (甲状腺機能亢進症を伴うもの)、2.慢性気管支炎,喘息に伴う喀痰喀出困難、3.第三期梅毒 だけです。それ以外はすべて適応外使用になります。それをあたかも効能効果があるように謳うのは、エビデンスに基づく医療ではなく、信仰に過ぎません。教会でいただくパンのようなものです(ただし、教会でパンを配るのは薬事法違反ではありません)。人はヨウ化カリウムのみにて生くるにあらず ですから、一緒に葡萄酒も配ったらどうかと思うのですが、そういう話は寡聞にして耳にしたことがありません。

    そう言うと、必ず「海外データがあるはずだ」という、訳知り顔の連中が出てきます。そもそも、「あるはずだ」という言葉が当事者意識ゼロ、ただの評論家に過ぎないことを示しています。自分で調べればすぐわかることなのに、調べようともしないリテラシーの低さよ。結局は、PMDAにおんぶにだっこの鹿鳴館主義者達よ。

    原子炉事故に伴う被曝のリスク評価と、そのリスク低減のための介入の有効性・安全性の評価の両方について、ヨード131を例にとって、エビデンスレベルの観点から調べてみました。そうすると、ツッコミどころ満載の、如何に頼りないものにならざるを得ないかがわかりました。

    1.リスク評価の難しさ:結局は、わからないことだらけ
    介入試験はもちろんできません。さらに、曝露を事前に予想できませんから、(前向き)コホート研究も絶対できない。となると、観察研究の中でも、エビデンスレベルのより低い研究とならざるを得ません。広島・長崎の被曝者登録研究は、大規模コホート研究という題名ですが、いわゆる「後ろ向きコホート」ですし、被曝線量があくまで推定なので、そのエビデンスレベルの判断も慎重にしなければなりません。さらに、剖検から死亡・罹患・健診・と、モニタすべきイベントの種類とモニタリング方法の多様性だけでも、この種の観察研究の困難さがよくわかります。

    ベラルーシやウクライナよりも公衆衛生インフラが発達しているであろう日本でもこの程度なのです。ましてやチェルノブイリ事故による甲状腺癌のリスク上昇など、一体どうやって正確に評価できるというのでしょう。旧ソ連の解体もあって、急性放射線障害患者の満足なフォローアップと診断基準の統一さえなされていないのです!

    IAEAの調査では、チェルノブイリ事故は、事故がなかった場合に比べて、全悪性腫瘍による死亡を4%増加させとあります。これは被曝が明らかな60万人のうちの10万人の全癌死の上乗せです。つまり、事故がなければ、10万人だったが、事故のために、4千人増えて10万4千人になったということです。
    *Chernobyl’s Legacy:Health, Environmental and Socio-Economic Impacts and Recommendations to the Governments of Belarus, the Russian Federation and Ukraine. The Chernobyl Forum: 2003-2005. Second revised version.

    それでも全癌死だからこそ、数字が推定できるのです、甲状腺癌による死亡が一体何パーセント増えたのか、そもそも増えたのか、あるいは増えていないのか?「まさか減ってはいないだろう」ぐらいのノリです。一番率直なところは、「わからない」のです。

    1986年、チェルノブイリ周辺のベラルーシ、ウクライナ、ロシア三国に在住し、当時14歳未満だった人の中で、1991年から2005年の間に、5127例(18歳未満にすると6848例)の甲状腺癌が診断されています(UNSCEAR 2008)。しかし、この5000-6000人余りの全てがチェルノブイリ事故に起因するものではありません。どのくらいの割合が、チェルノブイリ事故が原因なのか、正確にはわかりません。これは対照群の設定ができず、背景の甲状腺癌発症率も不明なためです。研究のメッカであるはずの長崎大学原研自身がdetection biasの影響を排除できず正確には「わからない」と言っているぐらいです。

    ”甲状腺がんの「増加」の理由については、事故後、甲状腺に注目してスクリーニング(精査)が行われるようになったため、今まで見つからなかった潜在がんや微小がんも含めてその発見頻度が高まったという見解もあります。事実、事故前の正確な疫学データはなく、すぐには、放射線障害によってがんが増えたとは言い切れません。”

    さらに、これはヨウ素の摂取量が日本より遙かに少ない内陸国での調査だということも念頭に置く必要があります。WHOから度々警告が出るぐらいヨウ素摂取が過剰の日本にそのまま当てはめることは決してできないのです。

    ちなみに、このページには「チェルノブイリ周辺では他の放射線障害の代表疾患である白血病などは増加していません」とあります。

    2.リスク低減のための介入の有効性・安全性の評価の難しさ。そしてわからないことの素晴らしさ
    介入の標的であるリスクの評価自体が上記のような貧弱なエビデンスレベルですから、さらにそのリスク低減のための介入の有効性・安全性の正確な評価はほぼ不可能です。

    0.そもそも日本のようなヨード過剰摂取の国
    1.何歳以上?何歳未満の子ども?に、
    2.一体いつからいつまで(そもそもその、服用開始のきっかけとなるイベントさえ、何を基準にしたらいいのかわからない)
    3.どのような用法用量で、ヨウ化カリウムを飲めば
    4.飲まない場合(ただしヨードたっぷりのふだんの食事はそのまま)と比べて、甲状腺癌のリスクが、どの程度低減できるのか?そして、それは、ヨウ化カリウムの副作用に見合った便益なのか?

    世界中誰一人として、この問いに明確に答えられないことは、EBMをちょっとかじっただけですぐわかります。PMDAの治験相談に耐えうるプロトコールが決して作れないこともすぐわかります。

    EBMの一番の醍醐味は、「わからない」ということが「わかる」ことだと改めて実感できます。EBMの最大の特長は、身も蓋もないところです。医学とか科学とか専門家というものが如何に当てにならないか、誰も何にもわかっちゃいないんだ、どいつもこいつも無責任な評論家野郎 ということの「エビデンス」を示すのがEBMの本質です。

    わからないことって、何て素晴らしいんでしょう。わからないことがはっきりすれば、心配することが馬鹿馬鹿しくなりますもの。この忙しいのに、随分と無駄な心配をしていたことがわかり、無駄な心配することよりも、自分の時間をもっと大切なことに使おうと思えるようになるからです。

    我々の欲しいのは、実は安心ではありません。”「安全・安心」だって?馬鹿言っちゃいけねえ。そんなもん、すぐに化けの皮が剥がれること、知らないとでも思っているのか?」。みなさん、そう思っているでしょう。そうなんです、「安全・安心」のスローガンを信用するほど、我々は馬鹿ではない。馬鹿ではないから、「安全・安心」を担保してくれとは言わない。せめて、どのくらいのリスクがあるのか開示してもらいたい。そしてそのリスクを低減するためには、どれほどの手間暇と金がかかるのか、開示してもらいたい。でも、それもできないですって?できないんじゃなくて、もしかしたら、「わからない」んじゃないですか?

    専門家を自称するから、規制当局だから、大きな会社の偉い人だから、何もかも知っている、わからないことはない。そう思われてしまっている人達は、実は可哀想な人達です。だって、その人達は神様ではないから。

    あなたが、どのくらいの量の放射線を浴びた場合に、甲状腺癌のリスクがどのくらい高まって、いつ、どういう場合に、どのくらいの量のヨウ化カリウムを、いつ飲み始めて、いつまで続ければ、そのリスクを下げることができるのか、下げるとすればどのくらい下げられるのか?その下げ方と、副作用のリスクのバランスはどうなのか?そんなこと、世界中の誰一人として知らないのです。EBMはそれを確信させてくれます。そう確信できれば、TVや新聞やネットで、大量に垂れ流される情報は全てゴミとして一括して片付けることができます。もしあなたが暇でなければ。

    EBMの最大の効用は、無駄な心配、無駄な不安を浮かび上がらせることにあります。そうして、大量に垂れ流されるゴミと無縁でいられます。忙しいあなたにぴったりです。

    その一方で、たとえ頑健なエビデンスが確立されていたとしても、そのエビデンスのユーザー達のリテラシーが低ければ、宝の持ち腐れどころか、エビデンスの誤用により、とんでもない診療が行われてしまうことを、ヨウ化カリウムにまつわる信仰はよく示しています。

    3.日本に原爆を落とした国の人間達の行動

    放射性ヨード被曝による甲状腺癌に対するヨウ化カリウム予防内服の有効性は、適切な方法で検証されていません。福島第一原発から80キロメートル圏内には人間どころか原子力空母も近寄るなとか(1)、在日アメリカ大使館が自国民に対してヨウ化カリウムを配るとか(2)、北米でヨウ化カリウムが払底するとか(3)、日本に原爆を二つも落とした国の人間達は、日本よりも一層馬鹿げたことをやっています。

    それに対して、鹿鳴館主義者達は、日本に原爆を落とした国の規制が常に100%正しく、日本の規制が常に100%誤りという奇怪な思考停止の下に、日本の規制当局を執拗に攻撃しています。

    チェルノブイリ事故の時に、ポーランド政府が自国民に対して行ったヨウ化カリウム予防内服を(4)、あたかも有効性の証明であるかのようなデマをばら播く向きがありますが、本当にヨウ化カリウム予防内服が有効だったのかは誰にもわかりません。小規模の症例対照研究の結果からは何も結論できず、しかるべきコホート研究も行われていないので、有効だったかどうかわかりません。オペレーション面でも、配付が間に合わず、内服が遅れる一方、本来適応のない成人数百万人が無駄に服用したりしました。

    1.寄りつかない「トモダチ」

    2.Wall Street Journal. JAPAN REALTIME BLOG. U.S. Embassy Gives Potassium Iodide to Citizens.

    3.Rockoff JD. Potassium Iodide Runs Low as Americans Seek It Out. The Wall Street Journal. 2011 March 15.

    4.Nauman J, Wolff J. Iodide prophylaxis in Poland after the Chernobyl reactor accident: benefits and risks. Am J Med. 1993;94:524-32

    4.ノーベル賞のためならば
    よりによってどうしてバルセロナなんでしょうね。村上春樹もノーベル賞が欲しいと見えます。スペイン語は英仏独に次いでノーベル文学賞の多い言語ですから、Hispanic Maffiaにコネをつけておく必要があると考えたのではないでしょうか。

    大江健三郎がガルシア・マルケスを絶賛していたのも、ノーベル賞欲しさではなかったのかと勘ぐってしまう私です。醜悪極まりない大江の文体と比べて、あの洗練された文体ならば、訳者も楽だと思うのですが、彼の作品で、スペイン語に翻訳されているものは意外にも非常に少ないようです。

    村上の演説そのものも、原発に対する大江の主張をなぞっていますが、大江の「ヒロシマ・ノート」・「沖縄ノート」が後々糾弾されている(最高裁では敗訴を免れましたが)ことを考えると、村上の演説は、国外的には受けても、中長期的に見ると、国内的には叩かれるリスクを伴う内容だと思います。それでも、ノーベル賞を取ってしまえば勝ち確定ですが。

    5.子供だまし未満
    臨床試験の講義で、統計と称したペテンを学生に説明するための材料を捜していて発見しました!

    ”朝ご飯を食べて成績アップ!”が掲載されているのは、なんと、”マナビィくんの「統計」(!)コーナー”なのでした。文科省は、統計数理研究所の所轄官庁でもあるのです。こともあろうに、その文科省が、「どうせ、ガキが相手だから、どんな嘘をついても構わない」とばかりに、確信犯として堂々とペテンを展開しているとしたら、随分とまた大胆な犯行ですこと。

    こんなところを読んでいるあなたなら、ここで私が何が言いたいのかおわかりでしょう。介入試験が不可能なことはもちろん、旧ソ連時代で満足なコホート研究もできなかった時代のデータに全面的に依存して繰り広げられている被曝をめぐる議論の水準は、全て、このペテンのレベルにも遠く及ばない、子供だまし未満に留まらざるを得ないのです。

    6.腰抜けに何ができる
    山下俊一先生は批判するのに、厚労省は非難するのに、警察や検察や裁判所は、決して批判も攻撃もできない.。そんな腰抜け連中に何ができるというのか。

    7.放射性ヨードの使い道

    放射性ヨードは甲状腺癌の治療に使う.こんな基本的なことも知らずに議論する馬鹿馬鹿しさよ.

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    米国では甲状腺癌手術後の放射性ヨード使用が増えている
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    1990-2008年の米国National Cancer Databaseを解析したところ、高分化型甲状腺癌(well-differentiated thyroid cancer)患者の甲状腺摘除術後の放射性ヨ
    ード使用は増えています。また、放射性ヨード使用頻度の病院間のばらつきの多くは病院の特徴に起因していました。

    ..>関連文献
    The Hazards of Evidence-Based Medicine. JAMA. 2011;306(7):762-763. doi:
    10.1001/jama.2011.1181

    Use of Radioactive Iodine for Thyroid Cancer. JAMA. 2011;306(7):721-728.
     doi: 10.1001/jama.2011.1139

    30km圏内のエビデンス

    忙しいあなたへ:大気圏内核実験のエビデンス
    2011年8月14日の日本経済新聞電子版に,コメ放射性物質調査、本格化 セシウム実は59年から測定 規制値超えの可能性低く と題した記事に,1959年からの,米と水田の放射性セシウム濃度の経年変化を示す図が掲載されていた.この図を見ると,1960年代の核実験が,チェルノブイリなど足下にも及ばない,極めて深刻な汚染を日本に及ぼしていたことが一目瞭然である.こんなところを読んでいるあなたは,思考停止を継続して騒いでいる連中と違って,ひどく忙しいはずだ.そんなあなたにこの図は大いに役立つに違いない.この図一つありさえすれば,無駄な議論,無駄な記事,無駄な測定,無駄な心配から距離を置くことができる.あなたには思考停止して騒いでいる連中に構っている暇はないはずだ.

    長崎発のエビデンス
    長崎にプルトニウム核爆弾が落ちてからも、爆心地から半径30km以内を立ち入り禁止にするどころか、原爆が落ちた後、10日足らずの1945年8月15日にも、死者の霊を弔うため、精霊流しは行われたのです(長崎をなめたらいかんぜよ←坂本龍馬気取り)。そして、原爆が落ちる前も落ちた後も、長崎大学医学部は150年前からずっと、Ground zeroから歩いて5分足らず、直線距離で500メートル足らずの(爆心地公園は、毎日の私の通勤経路です)、この長崎坂本の地に留まっています。

    ”プルトニウム粉塵は密度が高いため、大気中でも水中でも沈降速度が大きくあまり遠くへは広がらない。チェルノブイリ原発事故時のプルトニウムの環境への規制値(3.7GBq/km2)を超えた飛散範囲は30km以内であり、セシウム、ヨウ素などがヨーロッパにまで拡散したのと大きな違いがある”プルトニウムの体内動態について)

    長崎こそ、30km以内を立ち入り禁止区域にする選択肢があったのでしょうが、そんなことはおかまいなしに、65年経ってしまいました。でもプルトニウム239の半減期は2万4000年(α崩壊)だそうですから、まだ十分間に合う?いいや、α線だから、「臭いものに蓋」でこれから何万年もこのままでいけばいい?ちなみに、原爆で甚大な被害を受けた長崎市街の広がりは、周囲を山に囲まれていることもあって、東西5km、南北10kmに過ぎません。言い換えれば、アメリカ軍は、それだけ狭いところに大量破壊兵器を投入して効果的に大量殺戮を行ったのです。

    それでも生き残った長崎市民は死者と共に、そして今なお続く人類史上最悪のプルトニウム汚染と共に、この長崎の地に踏みとどまっています。そればかりではありません。独特の文化を持った風光明媚な港町として、全国から観光客が訪れ、今なお続く人類史上最悪のプルトニウム汚染地域で、食文化を堪能しています。我々には、世界中のどこの国もなしえなかった、それだけの実績があるのです。

    プルトニウム239の半減期は2万4000年ですが、1945年8月9日から今日に至るまで、地元はもちろん、県外でも、長崎県産の農産物、水産物、畜産物、乳製品がプルトニウム239の汚染ゆえに風評被害を受け、差別されたことはありません。400年の歴史を持ち、日本全国の生産量の6割を占めると言われる牡蠣を含めて広島県産の農水畜産物も同様です。我々には、世界中のどこの国もなしえなかった、それだけの実績があるのです。

    ストレステスト
    今回の一連の災害が「ストレステスト」となり、いろいろな人・組織がボロを出し、化けの皮が剥がれています。3/11前は一見まともに見えた人、メディア、組織が、3/11以降、実はぼろぼろだったということがわかって、大変得をした気分です。

    ぼろを出しているのは、もちろん日本のメディアだけではありません。日本のメディア以上にセンセーショナルな報道ばかりを繰り返している、ぼろぼろロイターと、The Christian Science Monitor(下記*)のように、気骨のある報道姿勢を保っているメディアを読み比べてみて、その違いがはっきりわかるのも、こういう御時世ならではの楽しみと言えましょう。

    もともと新聞も購読せず、テレビジョンの受像機も家に置いていない生活でしたが、これでまた、目を通す価値がないメディア・記事が数多く判明したので、本当にせいせいしてます。

    (*)福島のレベルを5→7に上げたことの科学的妥当性を疑う記事を捜していたところ、Christian
    Science Monitorにこんな記事が載っていました
    http://www.csmonitor.com/USA/2011/0412/How-can-Fukushima-crisis-be-rated-as-severe-as-Chernobyl
    放射性物質の放出量が1割なのに、どうしてレベルを上げるのか意味がわからんとか、そもそもスケールが無意味だとか、昔の事故と同列に論じるのは意味がないとか、非常にまともな記事になっています。
     

    元祖ならず者国家のリテラシー
    > フランスの専門団がヨウ素内服を推奨しているというインターネットニュース
    > がありますが、なぜそうなるのでしょうかねぇ

    「原発大国の”専門家”だから被曝を知っているに違いない」そんな推測は,あまりにも純朴に過ぎる そう警告を発してくれているのでしょう.自国の大量破壊兵器に対する重篤な記銘力障害あるいは失認を背景とした,かの国における被曝に対するリテラシー(ここではリスク・ベネフィットのバランス判断)の欠如を象徴する事例です.

    水爆大国フランスは、1960年から1996年までの間に核実験を210回実施した国です.このうち193回は南太平洋(仏領ポリネシア)で実施されました。(残り17回はやはり植民地のアルジェリア→参考:アルジェの戦い).マルセイユ沖で実験していれば,より低コストで,より詳しい被曝・汚染データが継続的に取得できたのに,そうしなかった事実は,被曝に対するリテラシーの欠如以外の何物でもありません.リテラシー欠如とは、これまた、私らしくない上品な表現ですって?でしたら、自分の家の便所を使わずに、他人に庭先で排便に及ぶ行為とでも申しましょうか。

    犬が人を噛んだ記事
    そんな恥知らずな奴らに「抗議」なんかしても、無駄。謝罪なんかするわけねえだろうが、犬が人を噛むと同じぐらいの当たり前のことだってのに、それを報道する記事も、そんな記事を載せる新聞も無駄。載せるべきは自分の家の便所を使わずに、他人に庭先で排便に及ぶ恥知らずな国を風刺する記事だろうが。そんな当たり前の仕事ができない三流新聞だから、いくら洗剤をただで配って販促活動しても売れるわけがねえんだよ。
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    仏番組、原爆と震災比べ「復興努力してない」 謝罪拒否
    2011年4月30日20時39分 朝日新聞

     在パリ日本大使館は、フランスの有料テレビ、カナル・プリュスが東日本大震災の直後に放映した風刺人形劇の人気番組に「被災者感情を傷つける場面があった」として、3月にテレビ局側に抗議したことを明らかにした。

     問題の番組は、3月中旬の4日間にわたり放映された「レ・ギニョル・ド・ランフォ」。原爆投下後の広島の写真と今回の震災で被害を受けた仙台の町並みを比べて、「日本は60年間も復興に向けた努力をしていない」というせりふをつけたり、福島第一原発の周辺で復旧作業にあたる作業員を映像ゲームのキャラクターに模したりした。日本の国旗に核マークをあしらったものもあった。

     日本大使館はフランス在住の日本人の視聴者から連絡を受け、番組内容を確認したうえで、3月18日付でカナル・プリュスの編集局長あてに文書で抗議。同21日には口頭で抗議したところ、テレビ局側は「ギニョルはいかなる対象も風刺する番組で、人を傷つけるのが目的ではない。表現の自由がある」などと答え、謝罪はしなかったという。(パリ=稲田信司)
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    フランスの核実験と今日に至るまでの植民地主義に関しては,下記の論考の末尾が参考になります.
    反捕鯨の病理学
    (反捕鯨団体には,国際連合常任理事国(=核兵器を後生大事に保持する元祖ならず者国家)の国民もたくさん参加していますが,自国が所持する大量破壊兵器の方が,よほど鯨の存在にとって(そしてもちろん人間にとっても)脅威のはずなのに,他国の捕鯨の妨害ばかりに躍起になるのは,結局,本気で鯨のため(そして人間のため)を考えて活動しているのではないことを示しています)

    核兵器に肩入れし、JTへ貢ぐ人々
    原子炉事故と原爆とでは汚染・被曝の時間経過が違うから、比較できない?馬鹿言っちゃいけません。なぜそこまで核兵器に義理堅く肩入れするのでしょうか?なぜ米帝にも中共にもロシアにも媚びへつらうのでしょうか?最も率直かつ頑健なエンドポイントは、結果的に殺した人間の数です。チェルノブイリ事故が殺した人数とFat Man(別にLittle Boyでもいいんですけど)が殺した人数のどちらがどれだけ多いでしょうか?このぐらい自分で調べください。1986年からもう四半世紀が過ぎ、セシウム137もほぼ半減しているというのに、チェルノブイリの方が、これから頑張って、もっとたくさん殺していく?冗談も核兵器への肩入れも休み休みにしてください。

    タバコによる思考停止
    *最も信頼のおけるIAEAによる推定によれば、チェルノブイリ事故での放射線障害による悪性腫瘍が原因で亡くなった人の数は、、4千人(*)となっています。一方日本国内だけで、受動喫煙によってだけでも、毎年6千人から3万人の人間が殺されています。つまり、タバコは副流煙だけで、チェルノブイリをはるかに上回る数の「タバコを吸わない日本人」を、毎年毎年殺し続けているのです。チェルノブイリから四半世紀経った2011年まで、タバコはチェルノブイリの犠牲者の数十倍以上もの「タバコを吸わない日本人」を殺してきたのです。なのに生活に欠かせない電気を売る東電を罵倒し、毎年のようにチェルノブイリの犠牲者をはるかに上回る「タバコを吸わない日本人」を殺す商品を売るJTに喜んで貢ぐ日本人が、男性の40%、女性の16%もいるのです。JTは、そういったニコチン依存症の自然治癒を阻止せんと、ここぞとばかりに必死のキャンペーンをを展開しています。その驚異的な粘り腰は、1000年に一度の地震が再び起こる1000年後までも続くでしょう。その頃には、個々の新聞記事にも利益相反が開示されるようになっているでしょう。
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    アルピニストが被災地に届けるもの (猿系新聞 3011.3.29 16:06)
    【トホホ取材記】1000年前の悪夢が再来した東日本大震災を受け、アルピニストの野口犬さん(37)が、避難所生活を送る人たちに向けて、登山家の野口さんならではの発想で、タバコを提供する物資支援が始まった。
    JTからの莫大な義援金で購入したトラックで、被災者に届ける支援物資の内容は、野口さんの決断で決まった。「消防団や特に地元の漁師さんは喫煙率が高そうだったし、JTの出荷停止でニコチン依存症が治ってしまっては、国家財政が危機に陥る」と感じたのだという。「JTの犬!」との心ある非難をものともせず、発癌リスクよりも財政規律を重んじるのは、リスクをものともせず、山の頂を目指すアルピニストだからこその発想なのではないだろうか。

    Conflicts of Interest利益相反の開示:当社は猿系ですが、左前になった当社に対し莫大な資金援助をくださったJT様へのささやかなご恩返しの一環として、敢えて犬の記事を掲載せざるを得ませんでした。なお、この記事と1000年前に存在した三流新聞社の粗悪記事とは何の関係もないことをお断りしておきます。
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    *Chernobyl’s Legacy:Health, Environmental and Socio-Economic Impacts and Recommendations to the Governments of Belarus, the Russian Federation and Ukraine. The Chernobyl Forum: 2003-2005. Second revised version.

    国際連合の常任理事国の国々は、広島、長崎では飽きたらずに、核実験によって、3桁に上る回数の核爆発を行い、膨大な量の放射性物質を地球上にばらまきました。Wikipediaには、たった1回の地下核実験の失敗でも、スリーマイル島原子力発電所で発生した事故の2,000倍の量が漏れたとの記載あります。1963年以前に、地上で核実験行われていた時代には、一体どれだけの放射性物質が大気中にばらまかれていたことか。

    原子炉事故と原爆とでは汚染・被曝の時間経過が違うから、比較できない?馬鹿言っちゃいけません。なぜそこまで核兵器に義理堅く肩入れするのでしょうか?なぜ米帝にも中共にもロシアにも媚びへつらうのでしょうか?エンドポイントしてのセシウム137の体内での経年変化の図は非常に興味深いものです。もし、これが日本人だとしても、セシウム137は国・地域を越えて広がりますし、日本での核実験は広島・長崎の2回だけですから、1964年の高値は広島・長崎以降の、国際連合常任理事国の核実験によるものでしょう。特に1963年までの大気圏内核実験が、チェルノブイリよりもはるかに深刻な地球の汚染をきたしていたことを、この図は如実に物語っていると思います。奴等、放射能汚染の人体実験を地球規模で何度となく繰り返してくれたわけです。核実験で地球を汚しまくった上に、広島長崎の何百万倍もの放射線を放出する核兵器をいまだに後生大事に持っている、それが常任理事国の正体です。そんなアホな奴等に、日本の原発管理云々言ってもらいたくねえっての。

    私は何も原発事故万歳なんて言っているわけではありません。核兵器よりも原発事故の方を重大視する見解は、死者数やセシウム137による汚染という主要なアウトカム(エンドポイント)を全く無視している点でお話にならないと指摘しているだけです。そして、米帝、中共、ロシア、フランス、イギリスといった核大国権力に媚びを売り、さんざん非難されても反論できない弱い立場にありながら、これからも我々に電力を供給してくれる人々だけを攻撃する卑劣漢どもが何を言うかと思うだけです。

    「専門家」の定義について:下記は、ある、非常に優秀な中堅医師とのやりとりです。
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    > ただ、核兵器と原子炉事故では、放射性物質の拡散のレベルが違うという解説もあるようですね。専門ではないので、勉強します。

    そりゃ、「違う」でしょうね。そんなことは何も専門家でなくても、勉強しなくても、あなたのリテラシーがあれば簡単にわかるでしょう。問題はその「違い」に何の意味があるかです。その「違い」の存在意義は、唯一、その「専門家」が偉そうにするため。そんなことがしばしばあります。

    「専門家」と称する人々は、なぜか(どうでもいい)プロセスで比較し、アウトカムで比較しません。なぜかというと、アウトカムで比較すると、「専門家」が不要になってしまうからです。アウトカムで比較すれば、核兵器に肩入れする(大量殺戮を目的とした核兵器よりも原発事故の方が怖いという言説を振りまく)ことの愚かさに誰でも気づけるからです。

    だから、「専門家」達は、アウトカムで比較しません。アウトカムで比較すると、自分たちの存在意義と飯の種の両方を失ってしまうから、「アウトカムによる比較」に対する認知障害であり続けます。専門家とは、「専門家としての存在意義を脅かすもの全てに対する認知障害者」と定義されるのです。
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    以上、狂牛病病原体で汚染されたビーフバーガーをたくさん食べていた経験が、今なお、居住地域としては史上最悪のプルトニウム(半減期2万4000年!何百回でも言ってやるぜ!)汚染地域に来ても大いに役立っていること、危機がリテラシーを育てることが実感できました。

    参考
    核実験・原子炉事故に際して放出される核種と体内動態の概要

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    デマはこうして造られる:科学記事に見る日経記者のリテラシー
    デマはこうして出来上がる、いい見本ですが、。悪意ではなく、単にバカなだけです。いくら英語が読めなくても、いくら馬鹿でも、公器でデマ書いちゃいけません。このトンデモ記事は、すぐ削除になってしまう可能性があるので、下記にコピペしておきます。英語が読めないのと、リテラシーの欠如、鹿鳴館思想・権威に媚びへつらう(東大にいる白人教授ならば地震が予知できるという妄想)の相乗作用の結果と思います。日経の科学技術部のsupervisionとreviewの欠如をよく表しています。

    ゲラーさんは、2011/3/11の地震も津波も予測できなかったことを受けて、地震予知なんかできっこないんだから、「東海大地震」を前提にした地震予知システムとか予算とか法律とか、学者さんとか、審議会・連絡会議なんて、みんな一旦お払い箱にしましょう。地震予知ができないのは、もう明らかになったのだから、予知できないものに、どうやって対処するか考えようと、これまで通り提案しているに過ぎません。

    下記の日本語訳文の中で「想定」ということを反語的に皮肉って書いた部分だけを見て、論説そのものを読めないとこうなるという見本です。野球を知らない人が初めの1イニングだけ見て勝ち負けを判断するようなものです。これじゃあ、百年経っても、誤判が理解できるようにはなれません。

    日本語訳になってはいますが、
    http://www.natureasia.com/japan/nature/special/nature_comment_041411.php
    反語的な皮肉は、原文の方が、よりわかりやすくなっています。
    http://www.nature.com/nature/journal/vaop/ncurrent/full/nature10105.html

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    大震災の発生「想定できた」 東大教授、科学誌に(情報元 日本経済新聞 電子版2011/4/14 11:57)
    大震災は「想定外」ではなく、発生日時や震源などは予測できないものの、起こること自体は容易に想定できた――。地震学を専門とする東京大教授が14日、こうした見解を英科学誌ネイチャー(電子版)に公表した。
    見解を公表したのは、ロバート・ゲラー東京大教授。同教授によると、チリやスマトラ沖など環太平洋地域では過去100年間に、東日本大震災と同様のメカニズムを持つマグニチュード(M)9以上の地震が4回発生。東北の太平洋沿岸でも大きな津波を記録した1896年の明治三陸地震などが起きている。
     こうした世界の地震活動の度合いや東北の歴史を考慮すれば、今回の震災は想定できたと指摘。福島第1原子力発電所の事故についても、設計段階で巨大津波を想定した対策を打つことができたはずだとしている。
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    弱い者いじめ
    広島・長崎の連中も含めて、国民の皆様は、東電の社長の土下座をご存じだろうに。その国民の皆様が、日本に原爆を落とした国の大統領を土下座させようとしないのは、なぜなのだろうか?国民の皆様も、多くのメディアも、弱い者いじめが大好きだ。

    東電は絶対に反論しない。反撃もしてこない。だからいじめる。攻撃する。「薬害」について厚労省を攻撃する時と全く同じ。なのに、警察や検察や裁判所は、決して批判も攻撃もできない腰抜け連中に何ができるというのか。

    当事者意識と共感

    ダメージコントロール
    > 最初から,放射線被曝があってはならない,従って,あってはならないものに対して,あった場合に,治療をどうするか,という議論もあってはならない,という感じがします。

    不沈艦妄想に囚われていると、リスクマネジメントと本来一対で考えるべきダメージコントロールを失認します。不沈艦妄想=悪いシナリオの否認→あってはならないもの=潜在化しているリスク
    の線で思考が停止し、そこから先、つまりリスクが顕在化してダメージが生じた時どうするか(ダメージコントロールとcontingency
    plan策定)を考えなくなります。(計見一雄 戦争する脳 平凡社新書)

    原発事故なんて大げさな事例がなくても、個人で面白く演習できるんですが・・・つまり確実にやってくる自分の死のダメージコントロール演習です。生命保険をかけただけでリスクマネジメント完了!とばかりに、自分が死ぬことを忘れちゃうんですね。生命保険って、自分が死ぬことを忘れるための儀式なんでしょうか。

    自分が死ぬことを忘れなければ、自分の人生にも減価償却やリスク分散の概念やを導入して、こつこつ論文を書いたり、様々な媒体を用いて教育活動をしたりすることによって、自分が持っている知恵・スキル・ノウハウを小分けにして、そのバックアップを世界中のいろいろなところに分散して蓄え、将来にわたって活用してもらおうとするでしょう。私にとっては、TV出演もランセットも仙台筋弛緩剤事件の再審も、全て同じ目的で行っている活動です。

    最も狭き門から
    「愛は家庭から始まります。まず家庭の中で不幸な人を救いなさい。両者が愛し合い、母親が家庭の中心となりなさい。平和とうるおいの家庭が築けたら、隣人を愛しなさい。自分が自分の家庭が、愛に満たされなければ隣人を愛せません。」

    ボランティアという言葉は、もともと、「自分の意思で○○する」です。面白そうだから行く・やってみる というのが、本来のボランティアです。結局は自分がやりたいこと、自分の「趣味」のために出かけるのです。少なくとも私はそうでした。95年1月、神戸市東灘区の住之江公民館に向かった時、自分が他人の役に立てるかどうかなんて、全くわからなかった。あくまで自分の勝手で出かけたのです。

    「他人の役に立ちたい」という気持ちは、「自分は他人の役に立てるはずだ」という、かなり傲慢な前提を必要としますから、「他人の役に立ちたい」と心底から思っているボランティアがそうそうたくさんいるとは思えません。

    もし「自分は他人の役に立てるはずだ」という傲慢な確信を持っている人が被災地に出かけるとなると非常にやっかいです。そういう人は、自分の排尿・排便が被災地では邪魔になることなど一切意に介さないことはおろか、食料や野宿のテントの用意さえもせずに出かけてしまいます。そういう人は当然被災地で歓迎されません。

    「自分の趣味で行く」という当事者意識がしっかりしている人は、自分の能力の限界を弁える謙虚さを持っていますから、あらかじめ、自分が邪魔にならない環境を下調べした上で、食料とテントを持って出かけます。そうして、自分の趣味にあった仕事を被災地で見つけます。そういう人は被災地の人から笑顔で迎えられます。そこで、「ああ、自分が欲しかったのはこの、笑顔だったんだ」と気づきます。

    「他人の役に立つ」ことは「ボランティア」の目的ではありません。「役に立つ」かどうかは他人が決めることです。他人の決めることは、自分ではコントロールできません。自分でコントロールできないことは=「どうでもいいこと」です。つまり「他人の役に立つ」かどうかなんて「どうでもいい」ことなのです。

    「遠く離れた被災地の他人であろうと、近所のじいちゃんばあちゃんであろうと、配偶者であろうと、子どもであろうと、とにかく喜ぶ顔が見たい自分」が一番大切なのです。

    被災地で喜ぶ顔を見るのは簡単です。ところが、自分の家庭で、喜ぶ顔を見るのは、被災地で見るよりはるかに難しい。マザー・テレサはそれを知っていました。実は誰でも知っていることなのですが。だから、彼女は、まず家庭から、最も難しいところから、最も狭き門から入れと、教えてくれたのです。

    頑張ろうと言われても
    そう言われなくても、生活していかなくちゃならいないのは、当事者である私が誰よりもよくわかっているのに、頑張る必要のない人から言われても、総統閣下から「頑張れ」と言われたスターリングラードのドイツ兵みたいな気分になるだけなんですが・・・・

    頭隠して尻隠さず

    放射線のがんリスク、100ミリシーベルトで受動喫煙なみ(日本経済新聞 2011/4/24 19:36)
     放射線を健康に影響が出るとされる100ミリシーベルト程度浴びた場合でも、がんの発生するリスクは受動喫煙や野菜不足並みにとどまることが、国立がん研究センターの調べでわ
    かった。肥満や大量の飲酒、喫煙に比べると低い。低線量の放射線による健康影響を考えるうえで、ひとつの目安になりそうだ。

     広島、長崎の原子爆弾で被爆した人のうち約4万4000人が、その後、どの程度の割合で肺がんなどを発症したかを長期間にわたって追跡調査した放射線影響研究所などの論文
    と、国立がん研究センターなどが実施してきた生活習慣によるがん発生リスクの疫学研究とを、津金昌一郎・予防研究部長らが比較検討した。
     原爆で100ミリ?200ミリシーベルトの放射線を浴びた集団は浴びていない集団に比べてがんになるリスクが1.08倍だった。生活習慣によるリスクと比較すると、1日1箱たばこを吸う
    夫を持つ妻が受動喫煙でがんになるリスク(夫が禁煙の妻と比較して1.02?1.03倍)や野菜嫌いな人のリスク(野菜を食べる人と比較して1.06倍)よりもわずかに高い程度だった。
     肥満や運動不足、塩分の取り過ぎなどでがんを発症するリスクは1.1?1.2倍程度で、放射線を100ミリ?200ミリシーベルトを浴びた場合よりも高い。
     一方、男性の喫煙者はたばこを吸わない人よりも1.6倍がんになりやすい。放射線の被曝(ひばく)量でみると2000ミリシーベルト以上浴びた場合のリスクとほぼ同じだという。
     津金部長は「がんは様々な要因が複雑に絡み合って発症する。放射線リスクだけを気にしすぎないようにしてほしい」と話す。

    放射線と生活習慣の発がんの相対リスク比較
     
    受動喫煙の女性 1.02〜1.03倍
    野菜不足 1.06倍
    100〜200ミリシーベルトを浴びる 1.08倍
    塩分の取りすぎ 1.11〜1.15倍
    200〜500ミリシーベルトを浴びる 1.16倍
    運動不足 1.15〜1.19倍
    肥満 1.22倍
    1000〜2000ミリシーベルトを浴びる・毎日2合以上の飲酒 1.4倍
    2000ミリシーベルト以上浴びる・喫煙・毎日3合以上の飲酒 1.6倍

    (注)相対リスクは、例えば喫煙者と非喫煙者のがんの頻度を比較した数字

    頭隠して尻隠さず2
    2001/9/11以降、航空機で移動する人が減少し自動車で移動する人が増えたため、2001年10月〜12月の間に自動車事故での死者が平年より1000人以上増加した。(Ropeik D. The consequences of fear. EMBO Reports 2004;5:S56-60)

    パニック障害者の方からのお手紙への返事
    > 先生に聞いていただきたくメールしてしまいました・・・とりとめなくすみません。。
    お手紙ありがとうございました。今回、私にお手紙をくださった背景を、おそらくご自身もお気づきのことと思います。

    > 私は以前匿名で某MLにてパニック障害の相談をした当事者です。
    そうです。パニック障害当事者研究者としての自覚です。パニック障害当事者研究は、べてるの家からの出版物の一部に記載されているだけで、その詳細な内容はまだ、明らかになっていません。あなたは、地球上でも極めて数少ない、貴重なパニック障害当事者研究者の一人というわけです。

    パニックは、パニック障害とラベルを貼られた「患者」の独占物ではありません。「健常者」を自認する人々にも、パニックは日常的に起こっています。ただ、健常者を自認する人々は当然のことながら病識がないので、パニックを起こしていても、全く苦しまないところが、パニック障害の素人たる所以です。

    > 今回震災もあり本当にしんどい事だらけです。
    今日コップ一杯の水道水を飲むと10年後に確実に癌になるという妄想に駆られて、ミネラルウォーター買い占めに走るパニック行動に陥っても、これは正しい反応だと無邪気に信じ込んでしまう分、社会に大きな損害を与えてしまっています。これだから素人は困ります。

    四苦八苦と申します。生老病死、愛別離苦 、 怨憎会苦 、 求不得苦、五蘊盛苦。健常者を自認する人々も、日常的にパニックに陥り、あがいています。ただ、健常者を自認する人々はパニック障害者としての病識がない分、見苦しいだけです。

    > 自分は昔から心配性不安体質で恐怖を克服しようと必死で生きてきました。
    「べてるの家」の有名なキャッチコピー「勝手に治すな自分の病気」を御存知でしょうか。自分は心も体も健康であるとの妄想は、自分が持っている障害に対する病識と、その障害による自分と周囲への悪影響に対する視力の両方を消失させてしまいます。自分は心も体も健康であるとの妄想に囚われることによって、自分に対する考察の光を失ない、自分自身を暗闇に閉じ込めてしまうのです。恐ろしいことです。

    心配性を克服しよう(=絶滅させよう)と試みる→でも心配性を絶滅させるなんて無理→心配性と折り合いを付けられるようになる→心配性の利用価値を見出す→心配性を絶滅させないでよかったと気づく 徐々にそのような過程を経て、パニック障害の当事者研究が進んでいきます。

    一億総始皇帝。そしてあの人は今・・・
    「一億総始皇帝」はなかなか粋なキャッチコピーだと思っているのですが、ゼロリスク探求症候群ほどは広まりません。なぜかというと、病識欠如が甚だしい疾患だからです。健康は素晴らしい。病気は悪夢。塵や汚れとは無縁の人生を送るのは人間としての正当な権利である。義援金という名の金さえ払えば、福島県産の農産物・水産物を拒絶する権利が買える。

    「買ってはいけない」の著者、あるいは、原発からの電気を使って印刷され、原発からの電気を使った照明の下で販売されていた「買ってはいけない」の印税を懐に入れた張本人は、今どこでどうしているのでしょうか?原発も、著者がダイオキシンを出しまくると信じる火力発電所もないところ(それって一体何処?)へ逃亡し、プリオンからも口蹄疫からもインフルエンザからも逃れるために、牛肉も豚肉も鶏肉も食べずに、ろうそくを頼りに生活しているのでしょうか?もっともろうそくはダイオキシンを出さないと検証できていればの話ですが。

    「買ってはいけない」の根底にあるのは、共感の欠如に基づく差別です。自分は健康だ。絶対的な清潔を尊重する文明人だ。ダイオキシンが0.00001ppmでも混入しているラップで包まれた食い物を食べるような野蛮人にならないためには、金ならいくらでも出す。「買ってはいけない」の印税も惜しみなく出す。そういう宣言です。

    そこには、限られた資源と環境の中でひたむきに生き抜いていこうとする人間に対する共感はありません。

    「買ってはいけない」を書いた人は、今頃どうしているのでしょうか?印税を使って、アイスランドにでも移住したのでしょうか?熱烈な多くの読者たちを日本に置き去りにして・・・

    参考サイト
    一億総始皇帝化への対処
    有病率100%
    米国産牛肉の輸入問題

    自粛が教えてくれること
    自粛は大切なことを教えてくれます。それは、優先順位と当事者意識の大切さと、それから、あなたが暇人かどうかです。本当に必要なことならば、「自粛」はできません。雨が降ろうが槍が降ろうが、やるでしょう。だから、自粛したことは優先順位が低いのです。そのことをしっかり覚えておくといいでしょう。もしあなたが忙しいのならば。逆にもしあなたが暇人ならば、何を自粛したのかすっかり忘れて、喉元過ぎれば再びどうでもいいことに血道を上げるようになり、人生の浪費を自粛しない生活を続けることになるでしょう。

    また、自粛したことは当事者意識の乏しかったことでもあります。もしあなたが忙しいのなら、自分にとって、どの程度必要なことなのか厳密に吟味した上で、行動に移るでしょう。逆にもしあなたが暇人ならば、何を自粛したのかすっかり忘れて、喉元過ぎれば再びどうでもいいことに血道を上げるようになり、人生の浪費を自粛しない生活を続けることになるでしょう。

    なぜ当事者意識なのか?
    あなたにとっての正解は、あなたの頭の中にしかありません。当事者意識があれば、あなたにとって何が正解か、何がデマか、あなたにしか決められないことはすぐにわかるでしょう。だって、熱心にネットに書き込む、にわか放射線オタクはもちろん、テレビに出てくる大先生だって、あなたのことなんか、これっぽっちも知っちゃいないんですから。

    当事者意識がないと、偉そうな肩書きを持った評論家先生の言うことと、ネットの上の「極秘情報」の間で右往左往することしかできません。偉そうな肩書きを持った評論家先生も、有名大学教授も、「極秘情報」を流してくれる匿名の与太者も、あなたのことなんか、何も知っちゃいません。あなたがどうなろうと、全く関心がありません。そんな連中が、「私が正しい。私が正解を持っている。だから思考を停止して、私の正解を受け入れろ」と、テレビで、新聞で、ネットで、自分の言説を垂れ流しているだけです。

    彼らのほとんどに悪意がないのもやっかいです。「実は何にもわかっちゃいないんだ」という現状に対する認知障害の上、さらに、「自分は「専門家」だから、極秘情報を知っているから、万人にとって、いつ如何なる時でも通用する「正解」を提示できる」。そんな病識欠如があります。彼らはそういう二重の障害に基づいて発言・行動しているだけで、悪意はないのです。

    「では何を信じたらいいんだ」。ほうら、そうでしょう。私に答えを求めようとしている。ここには正解はないと言っているのに。日本では信仰の自由が保証されていることをお忘れか?何を信じようとあなたの「自由」なのです。「自分を信ぜよ。さすればありがたい御利益があるであろう。」そう御託宣を垂れる有象無象で、世の中はごった返しています。まるで30年前の夏の休日の湘南海岸のように。その中の誰を信じようと、あなたの自由です。当事者意識を捨てて思考停止さえすれば。

    繰り返すもの:ゼロリスク探求症候群
    パニックは流行病です。石油ショックの時のトイレットペーパーの買い占め、狂牛病、カイワレ大根(官邸屋内避難するばかりで全然出てこないあの人、今度は福島県産のほうれん草を食べれば、人気が出る?のに)、SARS、新型インフルエンザ、メタミドホス餃子、そして原発・・・・流行は繰り返します。

    国民の皆様が”薬害を繰り返す厚労省はけしからん”と言いながら、”そんな厚労省は潰してしまえ”とは決して言わないのは、パニックを繰り返す自分たちの体質が、薬害を繰り返す厚労省と同じだとわかっているからです。

    繰り返すものと言えば、ゼロリスク探求症候群です。えっ、ゼロリスク探求症候群をご存じない?ご冗談でしょう。あなた、2001年9月10日、(9/11の前日なんです。実は)、日本で初めて狂牛病が出た後、喜んで牛肉の買い占めに走ったわけじゃありませんよね?(もちろん私も牛肉のデリバティブ←そんなものがあればよかったのに で大儲けしたってわけじゃありませんが)。あの時は、豚肉もあったし鶏肉もあったし、ベジタリアンだったことを喜んだ人もたくさんいたでしょう。今度はどうします?福島から遠く離れた、たとえば、2万4000年の半減期に比べたらできたてほやほや同然のプルトニウム239が今でも息づき、プルサーマルで名高い玄海原子力発電所からもわずか80kmと絶好のロケーションに位置する長崎への引越なんかどうでしょう。

    ゼロリスク探求症候群の原典である「食のリスクを問いなおす」が入手不可能なのは著者としても非常に残念です。増刷まで期間限定で、原稿からゼロリスク探求症候群の部分を抜粋し、読めるようにしましたので、どうぞ御覧ください。BSEパニックについておさらいしたい人は→こちらへどうぞ 現在、我々が置かれている状況について思考停止に陥らないために、役立つリソースがたくさん見つかると思います。

    ゼロリスク探求症候群は、ある特定のリスクだけをゼロにしようとして、他のより深刻なリスクを拡大あるいは顕在化させてしまいます。抗菌薬乱用による耐性菌の出現はその典型です。このような滑稽な現象は、日本に限ったことではありません。
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    韓国などアジア各国、抗生物質の乱用深刻
    聯合ニュース 2011/04/06

    【ソウル6日聯合ニュース】韓国を含むアジア各国の抗生物質乱用が深刻であることが分かった。
     「抗生物質と抗生物質耐性に関する国際シンポジウム」が6日、ソウルの総合展示場・COEXで開幕した。アジア太平洋感染財団主催で3日間にわたり開かれるもので、国内外40カ国・地域から2000人余りの感染疾患分野の医学者が参加。世界の深刻な抗生物質の乱用現況を報告し、これを防ぐための議論を行っている。
     この日の学会で発表された調査結果をみると、韓国を含むアジア国の抗生物質の乱用がどれだけ深刻なのかが分かる。まず、アジア各国の抗生物質耐性肺炎球菌の出現頻度をみると、中国96%、台湾85%、ベトナム80%、日本79%、韓国77%、香港75%などを記録。南アフリカ共和国(61%)、フランス(46%)、スペイン(43%)、米国(38%)を大幅に上回った。韓国は米国の2倍に達した。
     サムスンソウル病院の宋在フン(ソン・ジェフン)教授は、「アジアは抗生物質の処方率が非常に高く、抗生物質の乱用問題が深刻だ。その理由は抗生物質の正しい使用法や抗生物質の耐性に対し、一般人と医療人の認識度が非常に低いため」と説明した。
     実際に韓国の場合、風邪に対する抗生物質処方率が55%に達し、医療先進国の日本も60%に達した。
     これに伴い、アジア太平洋感染財団は今年からアジア各国で抗生物質耐性予防に向けたキャンペーンを展開する予定だ。財団は同キャンペーンを通じ、抗生物質や耐性に対する理解を高め、抗生物質の正しい使用、感染管理や予防接種などを集中広報するとの計画だ。
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    パニックと当事者意識の関係
    > パニックの余裕のある者がパニックになるというのは、なるほどと思いました。
    > パニックで人が死ぬわけでもありませんから、案外そのまま騒がせておいても構わないのかとも思いました(?)
    > 説得しようとすればするほど、反対の泥沼に嵌るようにも思えます。

    御意。実はパニックも当事者意識の欠如の現れそのものなんです。だって、「当事者になりたくない!」っていう意識が底にあるのがパニックでしょ。それもご丁寧に、その「当事者意識の欠如」に気づいていない。これが「当事者意識の欠如」でなくて何でありましょう。

    一体全体、その心配が一体何の役に立ったというのでしょうか?心配して、心配して、心配しまくって、何かいいことありました?あなたが心配したことで、状況が改善しましたか?結局、「日本は滅亡の道まっしぐら」と念仏を唱える詐欺師達の振り込め詐欺に引っかかっただけでしょ。馬鹿馬鹿しい。

    ハルマゲドン妄想を煽るのならば、24万人が死んだ広島、14万人が死んだ長崎といった、ハルマゲドンの実例を挙げればいいものを、引用しないのはなぜか?それは、実際のハルマゲドンでは、人々は決してパニックにならないからです。だから話として「つまらない」。だから引用しない。

    大東亜戦争、原爆といった、現実にあった局地的な末法では、パニックになる余裕なんかこれっぽっちもないから、パニックになりませんでした。余裕があるからこそパニックになってしまうのです。パニックは状況が作るのではなく、余裕のある人間の認知の歪み(潜在的なリスクの過大評価)が作り出すものです。だから、その認知の歪みの是正を考えずに、「正しい知識とか」「風評に惑わされないように」とか言ってもパニックが静まらないのは当然です。

    ですから、パニックを起こしている人に向かって、「冷静に」とか「正しい知識を」とか言っても何の役に立ちません。敢えて言うなら「お暇なんですね」なのですが、正面切ってそう言うと、こちらも暇人だと思われて喧嘩になるから、黙って放っておくに限ります。パニックになっていない人は、パニックを起こしている暇人に関わっているほど暇じゃないってことで。

    暇人がパニックになり、ゼロリスク探求症候群による組織暴力を振るう
    パニックになるのは、金と暇を持て余している人達です。だってそうでしょう。実際に被災した人は、パニックになりません。金も暇もない被災者の切なる願いは、「元の生活に少しでも近づけるように」です。その一方で、普段の生活の大切さ・有り難さをすっかり忘れ、暇に飽かして「極秘情報」を調べまくり、金に飽かして保存食とミネラルウォーターを買い漁る人がいる。義援金に回す金があれば、それで福島県産の野菜を買い占めれば、それが真の意味での支援になるのに、そういう発想が全くできずに思考停止に陥ってしまうのも、パニック者の特徴です。そこには被災者との共感は、これっぽっちもありません。

    「自分みたいなちっぽけな人間が不安になってささやかな”安全確保”の手段に走るのは仕方がない。全ては国が悪いんだ。自分たちに罪はない」という意味不明の言い訳は通じません。だって、そのささやかな「安全確保」による組織暴力が、スーパーの棚から保存食とミネラルウォーターを一掃し、福島県産の農水産物を拒絶し、被災者の「元の生活に少しでも近づけるように」という切なる願いを踏みにじっているのですから。これが、ゼロリスク探求症候群による、組織暴力の実体です。

    BSEパニックの時は、まだ他の食品への逃げ道がありましたし、ゼロリスク探求症候群患者達による組織暴力の被害者が、牛畜産業者・牛肉の流通・小売り業者と限定されていたので、病識が社会的に希薄だったのです。しかし、ここまでリスクが普遍化すると、自分が福島県産の農水産物を拒絶することが、被災者の数を増やすことになると、より多くの人が気づき、病識が持てるようになります。潜在的なリスクが普遍的に意識される社会は、リスクに対するリテラシーをより多くの人が獲得できる絶好の機会なのです。

    八百長だ!
    原発賛成・反対の議論は八百長です。賛否双方とも本気じゃないからです。なぜ本気じゃないかというと、電気には色がついていないからです。

    原発に反対しているのに原発からの電気はありがたく使う?当事者意識ゼロ!とても本気に見えません。たとえその人が自家発電装置だけで生活していたとしても、その人の着る物も飲み水も食べ物も、全て原発の電気が貢献しているでしょう。その人が書いた反原発の本を買ってくれる読者も、原発が生み出す電気の恩恵を思いっきり被っています。だから、当事者意識ゼロ!とても本気に見えません。

    原発を推進したいのに、原発からの電気を優先的に使っているわけでもなし、原発からの電気が増えるにつれて割増料金を払うわけでもなし。そして東電が窮地に陥っても東電を応援するわけでもなし、逆に沈黙してしまう?だから、当事者意識ゼロ!とても本気に見えません。

    そういうのを、「八百長」って言うんじゃなかったんでしたっけ?もう皆さん、相撲のことなんてどうでもよくなっちゃったみたいですけど。

    CM企画提案
    (広島では、首都圏の水道に放射性ヨードが検出されたとの報道が流れた3月24日の夜のうちに、市内のスーパーマーケットからミネラルウオーターの箱がなくなったという、メーリングリストへの書き込みを読んで)の返事

    こともあろうに、聖地広島で、被爆体験が風化してしまった現実を目の前に突きつけられたわけですか・・・・・

    2001年9月から翌年にかけて起こったBSEパニックの時のpublic relations, media
    relationsの経験から申し上げますと、政治家がテレビカメラの前で牛肉を食べても、偉い先生が「正しい知識」とか「風評に惑わされないように」と説明しても、残念ながら人々の行動変容には結びつきませんで、パニックで甚大な被害を受けた人々(BSEパニックの場合には畜産農家や焼き肉屋さん)への共感を呼び起こすのが一番効果的でした。

    広島の場合には、被爆体験のある星一徹タイプのおじいちゃんが、「わりゃぱーか!このびったれが!」と言いながら、ミネラルウォーターが置かれたちゃぶ台をひっくり返す公共広告機構のCM(←そんなもんないって)を流すのが効果的と思います。

    気になって、今朝、出勤途中で、コンビニを3軒ばかり覗いてきたのですが、どの店にもミネラルウォーターはしっかり置いてありました。私の出勤経路の都合上、それぞれのロケーションが平和公園下、原爆資料館の斜向かい、原爆資料館裏と、長崎の中でも特に被爆体験の色濃い土地柄(いずれも爆心地から500m以内)というバイアスが入っているからかもしれませんが。

    アドバンテージ・ジャパン:同情と共感の違い
    被災、被曝、難民・・・どれも何も好んで受けた災難ではありません。でも災難を受けた人間は、同情より共感が欲しいものです。同情と共感は全く違います。同情の背景にあるのは「自分はあんな風にならないでよかった」という差別感情であり、共感の背景にあるのは「自分があの立場になったら、何を考え、どう行動するだろうか」という学習意欲に基づく親近感です。

    その昔、狂牛病発生率世界一のスコットランドで、感染型プリオンてんこ盛りのビーフバーガーという災難を受け、今では地球の裏側の、プルトニウム核爆弾という、全く別の災難を受けた土地に住んでいる私にはそれがわかります。

    そして、日本の国全体としても、地球上で唯一の被爆国という、天(実際にはB29ですが)が与えてくれた災難があります。しかし、その災難はまた、極めて有利な点でもあります。今、ここで、地球上で唯一の被爆国というカードを使わない手は絶対にありません。このカードはどういう点で有利かというと、被災、被曝、難民といった災難を負った人々に対し、同情ではなく、共感が生まれるからです。共感が持てれば、ネラルウォーターの買い占めなんて馬鹿げた行動には決して走りません。これが、地球上で唯一の被爆国という事実が、アドバンテージである所以です。

    それにしても日本の民族主義者達は一体何をのんびり構えているのでしょうか?今なら、国産の野菜を満載した船を仕立てれば、竹島にも尖閣諸島にも簡単に上陸して日の丸を立てられるのに!

    参考記事:寄りつかない「トモダチ」
    これがほんとに「抑止力」?風に怯えるロナルド・レーガン:おまえ、「原子力」空母だろうが!アメリカ軍、ほとんど吉本新喜劇!
    米艦船、原発の風下避け配置 仙台北方沖で活動再開(朝日新聞3月15日)
     【ワシントン=望月洋嗣】米海軍は14日、東日本大震災の被災者救援などにあたる艦船が、仙台の北方沖で活動を再開したと発表した。ただ、放射能漏れ事故があった福島第一原発の風下を避ける形で艦船を配置させるなど、慎重な活動を強いられている。
     東北沖には原子力空母ロナルド・レーガンなどの艦船が展開しており、米軍は計14隻態勢で救援活動を本格化させる方針だ。だが、福島第一原発の放射能漏れ事故を受けて、日本時間の14日までには近海から退避し、活動も一時的に停止していた。米海軍は「今後数日、風を注意深く観測し、艦船や航空機を福島からの風を避けるように運用していく」とコメントしている。

    これであなたも非国民

    どこの国でも非国民を規定することによって世論は形成されます。「国家存亡の危機」にあたって、この運動は顕著になります。

    2001年9月11日の後、大量破壊兵器により世界征服を企んでいるとされた(後で嘘っぱちと判明)国で大量殺戮を行うことに反対する人々は非国民扱いされました。

    狂牛病パニックの時に牛肉を食えといった(でも牛肉をネタにしたデリバティブ商品が開発されていなかったので、儲け損なった)私、パニックを起こすのは思考停止した暇人という私、自分は頑張る必要のない環境にいる人間に限って「義援金を払ったから後は頑張れ」を連発するという私、東電の社長の土下座させて日本に原爆を落とした国の大統領を土下座させようとしないのは、単なる弱い者いじめに過ぎないという私、そしてこんなところを読んで面白がっているあなたも、非国民というわけでした。

    それはあなたが暇だから

    そもそもあなたが放射線のことを心配しているのは何のためなのだろうか?

    あなたが放射線のことを心配することで、あなたは幸せになっただろうか?
    あなたが放射線のことを心配することで、あなたの家族は幸せになっただろうか?
    あなたが放射線のことを心配することで、あなたは安心するようになっただろうか?
    あなたが放射線のことを心配することで、あなたの家族は安心するようにになっただろうか?
    あなたが放射線のことを心配することで、あなたの被爆リスクは低減できただろうか?

    あなたが菅直人を非難することで、菅直人は改心しただろうか?
    あなたが東京電力を非難することで、東京電力の社長は改心しただろうか?あるいは東京電力のパフォーマンスは向上しただろうか?

    あなたは、自分に、菅直人を改心させる力があると信じているのだろうか?
    あなたは、自分に、東京電力の社長を改心させる力があると信じているのだろうか?あるいは東京電力のパフォーマンスを向上させる力があると信じているのだろうか?

    そもそも、あなたはなぜ上のような素朴な疑問を持たずに、ひたすら放射線を心配し、菅直人と東京電力の社長をひたすら呪うことができるのだろうか?

    それはあなたが暇だからだ。暇でなければ、なぜそんな何の役にも立たない暇つぶしを繰り返すものか。

    追伸:これだけたくさんの暇人が、弱い者いじめばかりしていないで、自分の暇の一割でも、司法事故を考えるために使ってくれたら、それこそ「日本再生」につながる動きが起こるのに。

    末法思想大廉売:思考停止しない=他者に正解を求めない。自分の安心を他人に担保してもらおうとしない。自分の決定権を他人の口座に振り込まない。

    末法思想は愚か者が愚か者に売りつけることができる唯一の商品です。そのお札(ふだ)が無意味であることは、少なくともノアの方舟以来(おそらくはただの一度も)人類が滅亡していないことによって証明済みなのにもかかわらず、いつの世でも末法思想とタバコが売れるのは、世に愚か者の種が尽きないことを示しています。

    愚か者同士の商売は簡単です。末法思想の売り手が「こんな末世でお前が死んでいくのは、お前が愚かだからだ。死にたくなければ、賢い俺様のお札を買え」と言うだけです。思考停止した買い手は、無批判にその札を買うだけです。

    「お前は馬鹿だ。私は賢い。お前は馬鹿だから正解を知らない。私は賢いから正解を知っている。だから私のお札を買え」

    そうです。末法思想を売って歩く連中は、人を馬鹿にして商売をしているのです。だから相手が愚か者の場合に限って成り立つ商売なのです。不安感を増大させて、判断力を奪い、思考停止に陥れる。思考力・判断力の振り込め詐欺です。

    安心を他人に担保してもらおうとするような馬鹿な真似はおやめなさい。あなたが安心するかしないかは、あなたしか決められません。そんな大切な決定権までも他人の口座に振り込んでしまったら、安心どころか不安になるばかりじゃありませんか。馬鹿馬鹿しい。

    どこかに正解があるはずだ、誰かが隠し持っているはずだ、あるいは、自分が愚かだから、努力が足りないから、金を持っていないから、偉くないから、だから自分だけが正解が得られないんだ。 そう思い込む心に振り込め詐欺師はつけ込んできます。あたかも自分が正解を持っているかのように振る舞う人間は、あなたの思考力を自分の口座に振り込めと命令しているに過ぎません。そういう奴は、あなたのことなんて全然心配していません。

    あなたにとっての正解は、あなたの頭の中にしかありません。そして、あなたにとっての正解は、いつも一定ではありません。周囲の状況が変われば、あなたにとっての正解も変わります。ですから、正解から遠ざからないために、常に考え続けなければなりません。思考停止者は正解を得られません。自分の思考を他人の口座に振り込んで正解が得られるわけがないのです。

    リテラシーliteracyは、実はあなたが生きていくために必須なものではありません。リテラシーがなくても、生きていけます。どんなにみっともなく、だらしなく見えても良いなら。

    「がんばろう日本」と「進め一億火の玉だ」と、どこが違うというんでしょうか

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