熊本大学病院 輸血・細胞治療部
Department of Transfusion Medicine and Cell Therapy, Kumamoto University Hospital
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補正試験
【補正試験とは】
凝固時間が延長している場合に原因を特定するためにまず行うべき検査の一つです。患者血漿と正常血漿を混和し、延長していた凝固時間が正常化するかどうかをみる反応です。凝固時間が延長している原因が因子欠損によるものなのか、凝固反応を阻害する物質によるものなのかを鑑別する上で有力な検査法です。

【補正試験の原理】
凝固因子が欠損・低下している検体では、欠損している因子の種類及びその低下の程度に応じて凝固時間(PT及びAPTT)は延長します。この様な検体に正常血漿を添加すると、添加量に応じて凝固時間は改善します。一方、患者血漿の中に凝固因子の活性を阻害する抗体が存在している場合(後天性血友病など)や凝固反応を阻害する物質(ヘパリンやループスアンチコアグラントなど)が存在している場合には、正常血漿を添加しても凝固因子活性が阻害されたり、凝固反応が阻害されたりするために、正常血漿の添加の割には凝固時間の改善が認められません。

【補正試験の実際】
  • 採血方法及び検体処理
     熊本大学では特にAPTTの補正試験の場合は、新たに補正試験専用に採血をおこなっています。凝固検査の残余検体で行うことはほとんどありません。これは残存血小板が補正試験に大きく影響する場合があるためです。特にループスアンチコアグラントなどでは残余血小板が影響するため、適切な遠心条件(1,500 g、15 分以上、18-25°C、スイングローター)で遠心した検体から、バッフィーコートより5 mmより上の血漿を静かに採取した検体で測定しています。

  • 希釈比率
     補正試験の患者血漿と正常血漿の混合比については標準化されていません。1:1の混合比を基本とすることは国際的にも推奨されていますので、この比率を基本とします。しかしこの一点だけでは判定が難しいため、いくつかの混合比を追加している施設がほとんどです。熊本大学では患者血漿と正常血漿の比率を1:1に加え3:1と1:3の2点を追加しています。患者血漿単独および正常血漿単独も測定までの影響を考慮し同時に測定していますので、合計5点をone setとして測定しています。また凝固因子に対する抗体の中でも、特に第VIII因子に対する抗体の場合、凝固因子との抗原抗体反応に時間を要するものが存在し、混和直後では補正されるものの、混和から一定時間を経ると補正されない場合があります(時間依存性の阻害と呼んでいます)。このため、我々の施設では混和2時間後の測定を基本とし、混和直後の検査と比較して判定を行なっています。
     一部のガイドライン(例えば血栓止血学会の後天性血友病A診療ガイドライン 2017年改訂版)では患者血漿と正常血漿の混合比率が混和直後で9:1、8:2、5:5、2:8、1:9及び患者血漿と正常血漿の7点を測定し、混和2時間後は5:5(及び患者血漿と正常血漿)を測定する様示されています。しかしこの混和比率は本来、ループスアンチコアグラントの検出のための比率で、後天性血友病などを含む、凝固時間延長の原因検索のスクリーニング試験としては適切な比率かどうか疑問があります。事実血栓止血学会の後天性血友病ガイドラインの第一版では、熊本大学で施行している比率(直後も2時間後も)が推奨されていますし、2時間後が5:5の混合比率では後天性血友病の可能性に気がつきにくい例も経験しています。

  • インキューべション条件
     混和2時間の検体では37°Cで保存するため、検体からの水分の蒸散に気をつける必要があります。適切な大きさのエッペンドルフチューブなど、蓋つきのチューブなどを使用しています。

  • 解釈
     補正試験の結果の解釈の基本は、1:1の混和で凝固時間が正常化するかどうかということです。しばしば,「上に凸」とか「下に凸」とかいう表現を見ますが、本来の解釈ではこのような方法は用いられず、また国際的にも使用されない判断法です。しかし、「正常化」というのも曖昧な表現であるので、いくつかの解釈法が報告されています。

    1. Index of circulating anticoagulant; ICA
    ロスナーインデックスとも知られている指数で、補正試験の代表的な解釈法の一つです。式は \[\displaystyle Rosner's\,index = \cfrac{APTT_{1:1mixing} - APTT_{control}}{APTT_{patient}} \times 100 \]
    ですが、本来、1:1の混合比のサンプルの解析にか使えません。またオリジナルはカオリン凝固時間でのループスアンチコアグラント診断に用いられた値ですので、APTTなどに使用して良いか、後天性血友病などの他のインヒビター診断に用いて良いのかなど、多くの微妙な問題を含んでいます。またカットオフは各施設で設定する必要があります。

    2. Mixing test-specific cutoff (MTC)
    1:1の混合比のサンプルのAPTTと、正常血漿基準値との差もしくは比の値です。この値を用いたカットオフ値(秒数差; Cut-off values based on clotting times, 秒数比; Cut-off values based on assay ratios)は各施設で設定する必要があります(現実には設定できるほどの症例を経験する施設は少ないと考えられます)。

    3. 調和平均指数(Index of harmonic mean; IHM)
    重み付き調和平均」を用いることで、予測APTTを算出できます。式は \[\displaystyle 予測APTT = \cfrac{ 患者血漿比率 + 正常血漿比率 }{\cfrac{患者血漿比率}{APTT_{patient}} + \cfrac{正常血漿比率}{APTT_{control}}}\\\] です。
    この予測APTTに対する実際のAPTTの比を調和平均指数(Index of harmonic mean; IHM)とします。 \[\displaystyle IHM = \cfrac{実測APTT}{予測APTT} \]
    この指数は上記二つの指数と異なり、1:1以外の混合比でも適応でき、またカットオフ値も同じ1.02を用いることができます。1.02以下では補正が認められると判断し、1.02より高い場合は補正されないと判断します。さらに予測APTTと実測値を同一グラフ内に描くことができ、視覚的にも補正を確認できます(ロスナーインデックスやMTCでは予測曲線を書くことはできません)。さらに混和直後の調和平均指数(IHMi; iは直後;immediatelyです)と混和2時間後の調和平均指数(IHMd; dは遅延;delayedです)の二つの指数の比(調和平均比)を用いることで、インヒビターの阻害用式が時間依存性があるかどうかの検討が可能です。
    \[\displaystyle 調和平均比=\cfrac{IHMd}{IHMi} \]
    調和平均比のカットオフ値は1.2で、1.2以下の場合は時間依存性が認められず、1.2より高い場合は時間依存性が認められると判断します。熊本大学では、この調和平均を用いた補正試験の判定をおこなっています。詳細は文献を参照してください。