寒冷凝集素症
【寒冷凝集素症とは】
自己免疫性溶血性貧血(autoimmune hemolytic anemia; AIHA)の一つで、体温では赤血球と反応しないものの、体温以下の温度で赤血球と反応する抗体(寒冷凝集素)によって起こる溶血性貧血です。CAD (cold agglutinin disease)と略される場合もあります。
赤血球に対する自己抗体が産生される機序については不明な点が多くありますが、膠原病関連疾患などの自己免疫性疾患に合併する場合があるいわゆる二次性の場合がある一方、特別な背景疾患がはっきりしない、いわゆる特発性の場合もあります。二次性の場合はSLEをはじめとする自己免疫性疾患や特に慢性リンパ性白血病などのリンパ増殖性疾患に合併する場合が挙げられます。また小児ではマイコプラズマ感染症後に認められす場合があります。

【病態】
何らかの機序により赤血球膜に対する抗体が産生されます。原因となる寒冷凝集素は冷式抗体は体温(37C)以下の低温で赤血球と反応する抗体で,4°Cで最大活性を示す場合が多いとされています。4°Cで最大活性を示すと言っても、実際の生体内の血液が4°Cまで低下することは通常あり得ません。このため寒冷凝集素では作用温度域が重要で、体温近くの温度で抗原抗体反応が惹起されない場合は臨床的には溶血反応や凝集反応は起きず、臨床的には無症状です。逆に体温近くの30°C程度の温度で抗原抗体反応が起きる抗体の場合は、力価が低くても臨床症状を呈する場合があります。寒冷凝集素の抗体の種類はIgMですが、IgMは力価が十価で凝集反応が強い抗体であり、また補体活性化能も高い抗体です。このため、寒冷凝集素症では、温式抗体による溶血反応と同様に血管外溶血が惹起されますが、血管内での赤血球凝集に伴う物理的溶血や血管内での赤血球表面上での補体活性化に伴う溶血などのため、血管内での溶血が惹起されます。また赤血球凝集塊のため局所循環が障害され、虚血性の合併症も発症する場合もあります。

【臨床症状】
貧血に関連する症状を主体とします。寒冷に暴露されていない状態では、溶血反応が慢性かつ潜行性に進行しますので、軽度の貧血が持続していることが多く、倦怠感などを認める程度です。しかし寒冷に暴露されると、発作性に溶血反応が惹起され、急速な貧血を発症します。また赤血球の凝集のため、微小循環不全が惹起され、循環障害の症状として、四肢末端や鼻尖、耳介などのチアノーゼ症状や感覚異常、レイノー現象などがみられる場合もあります。皮膚の網状皮斑を認める場合もあります。

【検査所見】
赤血球系の血算値の異常
溶血による影響とともに、赤血球に対する抗体の影響で赤血球系の血算値に対する測定上の影響(偽値)を示す場合があります。特に寒冷凝集素症では偽値を示す場合が多く、採血後の検体の取り扱いに配慮(検体保温器の使用や速やかな測定など)が必要な場合があります(配慮しても影響は避けられませんが)。
・ヘモグロビン値;低下
溶血性貧血に伴う検査値異常を示しますが、貧血の程度は個人差が大きく、ヘモグロビン値で2g/dL近くまで低下する著しい貧血を呈する場合から、12g/dL程度の軽度の貧血にとどまる場合まで様々です。臨床症状とHb値は必ずしも一致しません。
ビリルビン値が異常高値の場合にHbの値が上昇する可能性はありますが、基本的には測定上の誤差はありません。

・MCV;基準値内〜上昇
溶血性貧血では基本的にはMCVは基準値内の正球性貧血を示しますが、比較的MCVが大きい幼若赤血球数が増加している場合はMCVが基準値を超える値を示します。また、血球が凝集している場合には、偽値としてMCVが高値を示す場合があります。寒冷凝集素ではこの凝集の影響は特に大きく、巨赤芽球性貧血の場合に示される値に近い場合もあります。

・赤血球数;低下
溶血による低下とともに、凝集による偽値としての低下が認められる場合があります。

・ヘマトクリット;低下
溶血による低下しますが、偽値として低下します。これは現在使用されているヘモグラムの測定機器が、ヘマトクリット値はMCVと赤血球数の積として「算出」されていることが影響しています(現在の機器ではヘマトクリット値は「測定」はされていません)。
現在のヘマトクリット測定機器の多くは、赤血球を「粒子」として捉え、その「粒子」を直流電気の電界中を通過させるとこ生じる電気抵抗のパルス数を「粒子の数」(=赤血球数)、電気抵抗の大きさを「粒子の大きさ」として測定しています(赤血球は脂質である細胞膜に囲まれているので、電気抵抗があります)。寒冷凝集素などで赤血球が凝集するとパルス数は凝集した赤血球数に反比例するようには低下しますが、抵抗値は凝集数に比例して上昇するものではありません。例えば5個の赤血球が凝集した場合、パルス数は5 → 1へと減少しますが、抵抗値は5倍になるものではありません(上昇はある程度します)。このため両者の値から算出されるヘマトクリット値は低下します。

・MCH, MCHC;基準値内〜上昇
赤血球の凝集がない場合、もしくは軽度の場合には測定値には影響はありませんが、凝集によって上記のように赤血球数やヘマトクリット値が偽値を示す場合には、これらの値から算出されるMCHやMCHCも偽値を示します。特にMCHCは物理的にあり得ない数値を示す場合もあります(ヘモグロビンは赤血球に限界まで詰め込まれているので40%などの数字はあり得ない数値です)

・網状赤血球;基準値内〜上昇
赤血球寿命が短縮しているため網状赤血球は一般に増加しますが、溶血発作直後では増加していない場合もあります。

末梢血塗沫標本象
多染性や大小不同、有核赤血球など溶血性貧血の所見が認められます。また寒冷凝集素症では赤血球凝集が認められる場合があります。赤血球凝集は温式抗体でも認められる場合があります。

直接抗グロブリン試験
検体が保温されている場合には直接抗グロブリン試験は陰性の場合もありますが、検体が低温の場合には寒冷凝集素症でも陽性になる場合があります。この場合検体の温度を37°Cにすると陰性化する場合もあります。

寒冷凝集反応
寒冷凝集素症では陽性になります。注意するべき点として、採血後、血清分離までは37°Cで保存し、速やかに血清分離を行う必要があります。37°C以下で保存した場合、寒冷凝集素が赤血球と反応し、血清中の抗体力価が低下(場合によっては陰性化)する可能性があります。

【鑑別疾患】
溶血を示唆する臨床所見や検査所見(貧血、網状赤血球上昇、ビリルビン上昇、LD上昇)などに直接抗グロブリン試験陽性などの特異的な検査所見から、一般に診断は難しいものではありません。しかし直接抗グロブリン試験力価が低い場合などは他の溶血性貧血との鑑別に困難をきたす場合もあります。

【治療】
寒冷暴露を避け、保温することが治療の基本となります。寒冷暴露を避けるだけで、その他の治療が必要ない、もしくは冬季の数回の輸血で済む場合もあります。寒冷凝集素症の場合は一般にステロイドの効果は温式AIHAに比べると、その奏功率は低く、治療効果は限定的です。リツキシマブの効果も最終的な結論は得られていません。これに対して発作性寒冷ヘモグロビン尿症ではステロイドが有効とされています。血管内溶血であるため一般に脾摘は効果がないとされています。寒冷凝集素症では補体C1sに対するモノクローナル抗体であるスチムリマブが保険適応になり、一定の効果が報告されています。