自己免疫性溶血性貧血
【自己免疫性溶血性貧血とは】
自己免疫性溶血性貧血(autoimmune hemolytic anemia; AIHA)は、赤血球膜上の抗原に対する自己抗体が産生される自己免疫性疾患の一つです。この抗体が赤血球表面の対応抗原と反応し抗原抗体複合体を形成するため赤血球寿命が著しく短縮します。その結果、いわゆる溶血性貧血が引き起こされます。
赤血球に対する自己抗体が産生される機序については不明な点が多くありますが、膠原病関連疾患などの自己免疫性疾患に合併する場合がある一方、特別な背景疾患がはっきりしない、いわゆる特発性の場合もあります。免疫抑制に対する反応性や、発症後の臨床経過、並びに予後などでも多様性に富む不均質な病態群と考えられます。
原因となる自己抗体の赤血球結合の最適温度によって温式AIHAと冷式AIHAに大別されます。伝統的に単に「自己免疫性溶血性貧血」とか「AIHA」と呼ぶ場合には温式抗体によるAIHAを指します。一方冷式AIHAは「寒冷凝集素症」と「発作性寒冷ヘモグロビン尿症」とに分けられます。
また基礎疾患を認めない特発性AIHAと先行または随伴する基礎疾患を認める発性AIHAに分けられます。さらに経過によって推定発病または診断から6か月までに寛解する急性AIHAと推定発病または診断から6か月以上遷延する慢性AIHAの二つのタイプがあります。

【病態】
何らかの機序により赤血球膜に対する抗体が産生されます。抗体の特性によって病態形成機序が異なり、結果として臨床症状にも違いが生じます。

1. 温式抗体
温式抗体は体温付近で最大結合能を発揮する抗体で、ほとんどがポリクローなるなIgGクラスです。標的抗原は、Rhポリペプチド、バンド3蛋白,グライコフォリンAなどで、特にRhポリペプチドとの関係が深いと考えられています。IgG抗体と結合した赤血球は貪食細胞のIgG Fcレセプターによって認識され,貪食されます。したがって温式抗体によるAIHAは血管外溶血です。IgGのサブクラスから考えると、貪食細胞のIgGレセプターはIgG1とIgG3に対するもので、IgG2やIgG4に対してはレセプターとしては働きません。また貪食細胞は補体第3成分(C3b)に対するレセプターありますが、IgGの補体活性化能はIgG3が最も強く,次いでIgG1に活性化能があります。これに対してIgG2はわずかに活性化能があるのみで、IgG4は活性化能がありません。赤血球表面で補体が活性化されるとC3bが沈着し、IgGとともに作用することになりますので、著しく貪食されやすくなります。これらのことから赤血球に対する抗体のサブクラスがIgG2やIgG4のみの場合には、直接抗グロブリン試験(直接クームス試験)が強陽性でも溶血を呈さない場合があります。

2. 冷式抗体
冷式抗体は体温(37C)以下の低温で赤血球と反応する抗体で,4°Cで最大活性を示す場合が多いとされています。4°Cで最大活性を示すと言っても、実際の生体内の血液が4°Cまで低下することは通常あり得ません。このため冷式抗体では作用温度域が重要で、体温近くの温度で抗原抗体反応が惹起されない場合は臨床的には溶血反応や凝集反応は起きず、臨床的には無症状です。逆に体温近くの30°C程度の温度で抗原抗体反応が起きる抗体の場合は、力価が低くても臨床症状を呈する場合があります。寒冷凝集素と呼ばれるIgM抗体と二相性溶血素(Donath-Landsteiner抗体)と呼ばれるIgG抗体が代表的な抗体です。
a. 寒冷凝集素
寒冷凝集素の抗体の種類はIgMですが、IgMは力価が十価で凝集反応が強い抗体であり、また補体活性化能も高い抗体です。このため、寒冷凝集素症では、温式抗体による溶血反応と同様に血管外溶血が惹起されますが、血管内での赤血球凝集に伴う物理的溶血や血管内での赤血球表面上での補体活性化に伴う溶血などのため、血管内での溶血が惹起されます。また赤血球凝集塊のため局所循環が障害され、虚血性の合併症も発症する場合もあります。
b. 二相性溶血素(Donath-Landsteiner抗体)
IgGクラスに属する抗体ですが、赤血球との反応が温式抗体とは異なり、低温の場合に抗原抗体反応が惹起される抗体です。この状態でも温式抗体と同様に血管外溶血を引き起こし得ます。また寒冷凝集素と同様に赤血球の凝集反応を惹起する場合もあります。しかし最も重要なのは二相性溶血素は補体活性化能が高い点です。二相性溶血素は低温状態でも補体第1因子が抗原後退複合体に結合します。二相性溶血素は、体温近くまで温度が上昇すると抗体が赤血球から遊離しますが、この時補体の活性化が惹起され、溶血反応が惹起されます。このため二相性溶血素による溶血は血管内溶血であり、時に急速な溶血反応が認められます。

【臨床症状】
貧血に関連する症状を主体としますが、温式抗体によるAIHAと冷式抗体によるAIHAでは臨床症状が異なります。
1. 温式抗体によるAIHA(いわゆるAIHA)
自覚症状を自覚しない場合から、貧血に関連した症状を呈する場合まで様々です。症状の強さには貧血の進行速度によって大きな差があります。貧血の進行が著しい場合は心不全や呼吸困難、意識障害などが認められる場合があり、発熱を呈する場合もあります。またヘモグロビン尿が認められたり、時に急性腎不全による乏尿が認められる場合もあります。肉眼的な黄疸が認められる場合もあります。
一方溶血反応が軽度な場合や進行が緩やかな場合は臨床症状は明かではなく、臨床検査の結果でその存在が認識される場合も少なくありません。

2. 冷式抗体によるAIHA
a. 寒冷凝集素症
寒冷に暴露されていない状態では、溶血反応が慢性かつ潜行性に進行しますので、軽度の貧血が持続していることが多く、倦怠感などを認める程度です。しかし寒冷に暴露されると、発作性に溶血反応が惹起され、急速な貧血を発症します。また赤血球の凝集のため、微小循環不全が惹起され、循環障害の症状として、四肢末端や鼻尖、耳介などのチアノーゼ症状や感覚異常、レイノー現象などがみられる場合もあります。皮膚の網状皮斑を認める場合もあります。
b. 発作性寒冷ヘモグロビン尿症
寒冷曝露によって溶血発作が誘発され,発作性反復性の血管内溶血とヘモグロビン尿を呈します。気温の低下や冷水の飲用、洗顔・手洗いなどによっても誘発される場合があります。寒冷曝露から数分〜数時間後に,背部痛,四肢痛,腹痛,頭痛,嘔吐,下痢,倦怠感などの症状が出現し,その後に悪寒と発熱を呈します。はじめの尿は赤色ないしポートワイン色調を示し,数時間続きます。遅れて黄疸が出現します。

【検査所見】
赤血球系の血算値の異常
溶血による影響とともに、赤血球に対する抗体の影響で赤血球系の血算値に対する測定上の影響(偽値)を示す場合があります。特に寒冷凝集素症では偽値を示す場合が多く、採血後の検体の取り扱いに配慮(検体保温器の使用や速やかな測定など)が必要な場合があります(配慮しても影響は避けられませんが)。
・ヘモグロビン値;低下
溶血性貧血に伴う検査値異常を示しますが、貧血の程度は個人差が大きく、ヘモグロビン値で2g/dL近くまで低下する著しい貧血を呈する場合から、12g/dL程度の軽度の貧血にとどまる場合まで様々です。臨床症状とHb値は必ずしも一致しません。
ビリルビン値が異常高値の場合にHbの値が上昇する可能性はありますが、基本的には測定上の誤差はありません。

・MCV;基準値内〜上昇
溶血性貧血では基本的にはMCVは基準値内の正球性貧血を示しますが、比較的MCVが大きい幼若赤血球数が増加している場合はMCVが基準値を超える値を示します。また、血球が凝集している場合には、偽値としてMCVが高値を示す場合があります。寒冷凝集素ではこの凝集の影響は特に大きく、巨赤芽球性貧血の場合に示される値に近い場合もあります。温式抗体でも、凝集によるMCVの上昇(偽値)が認められる場合があります。

・赤血球数;低下
溶血による低下とともに、凝集による偽値としての低下が認められる場合があります。

・ヘマトクリット;低下
溶血による低下しますが、偽値として低下します。これは現在使用されているヘモグラムの測定機器が、ヘマトクリット値はMCVと赤血球数の積として「算出」されていることが影響しています(現在の機器ではヘマトクリット値は「測定」はされていません)。
現在のヘマトクリット測定機器の多くは、赤血球を「粒子」として捉え、その「粒子」を直流電気の電界中を通過させるとこ生じる電気抵抗のパルス数を「粒子の数」(=赤血球数)、電気抵抗の大きさを「粒子の大きさ」として測定しています(赤血球は脂質である細胞膜に囲まれているので、電気抵抗があります)。寒冷凝集素などで赤血球が凝集するとパルス数は凝集した赤血球数に反比例するようには低下しますが、抵抗値は凝集数に比例して上昇するものではありません。例えば5個の赤血球が凝集した場合、パルス数は5 → 1へと減少しますが、抵抗値は5倍になるものではありません(上昇はある程度します)。このため両者の値から算出されるヘマトクリット値は低下します。

・MCH, MCHC;基準値内〜上昇
赤血球の凝集がない場合、もしくは軽度の場合には測定値には影響はありませんが、凝集によって上記のように赤血球数やヘマトクリット値が偽値を示す場合には、これらの値から算出されるMCHやMCHCも偽値を示します。特にMCHCは物理的にあり得ない数値を示す場合もあります(ヘモグロビンは赤血球に限界まで詰め込まれているので40%などの数字はあり得ない数値です)

・網状赤血球;基準値内〜上昇
赤血球寿命が短縮しているため網状赤血球は一般に増加しますが、溶血発作直後では増加していない場合もあります。

末梢血塗沫標本象
多染性や大小不同、有核赤血球など溶血性貧血の所見が認められます。また寒冷凝集素症では赤血球凝集が認められる場合があります。赤血球凝集は温式抗体でも認められる場合があります。

骨髄所見
末梢血液象や生化学検査、免疫学的検査で診断がつくことが多く、溶血性貧血の診断のためだけに骨髄穿刺を行う必要はありません。しかし二次性の溶血性貧血が疑われる場合や、寒冷凝集素症でリンパ増殖性疾患が疑われる場合には施行する必要があります。定型的には強い正赤芽球過形成像を示しますが,急激発症例などでは,赤芽球増加がなく,逆に減少していることもあります。基礎疾患が存在する場合は、それに応じた所見が認められます。

生化学所見
溶血性貧血に伴うLD上昇(アイソザイムとしてはI, II優位)、GOT上昇(LD/GOT比、30以上)、間接ビリルビン優位の抗ビリルビン血症、ハプトグロビン低下などが認められます。

直接抗グロブリン試験
温式AIHAでは陽性になります。また検体が低温の場合には寒冷凝集素症や発作性寒冷ヘモグロビン尿症でも陽性になる場合があります。この場合検体の温度を37°Cにすると陰性化する場合もあります。

寒冷凝集反応
寒冷凝集素症で陽性になります。注意するべき点として、採血後、血清分離までは37°Cで保存し、速やかに血清分離を行う必要があります。37°C以下で保存した場合、寒冷凝集素が赤血球と反応し、血清中の抗体力価が低下(場合によっては陰性化)する可能性があります。

【鑑別疾患】
溶血を示唆する臨床所見や検査所見(貧血、網状赤血球上昇、ビリルビン上昇、LD上昇)などに直接抗グロブリン試験陽性などの特異的な検査所見から、一般に診断は難しいものではありません。しかし直接抗グロブリン試験力価が低い場合などは他の溶血性貧血との鑑別に困難をきたす場合もあります。

【治療】
温式AIHAの場合はステロイドによる免疫抑制を基本とします。ステロイドに対して不応性の場合や併発症などでステロイドの使用が困難な場合などは、脾摘を考慮します。シクロスポリンなどの免疫抑制剤の効果も報告されています。リツキシマブも効果があるとの報告があります(保険適応はありません)。赤血球輸血は禁忌ではありませんが、輸血した製剤の寿命も短縮していますので効果は限定的です。さらに輸血により同種抗体が産生される可能性もあり、病態を複雑にします。また輸血により鉄過剰になるリスクもあります。
一方、冷式AIHAの場合は寒冷暴露を避け、保温することが治療の基本となります。寒冷暴露を避けるだけで、その他の治療が必要ない、もしくは冬季の数回の輸血で済む場合もあります。寒冷凝集素症の場合は一般にステロイドの効果は温式AIHAに比べると、その奏功率は低く、治療効果は限定的です。リツキシマブの効果も最終的な結論は得られていません。これに対して発作性寒冷ヘモグロビン尿症ではステロイドが有効とされています。血管内溶血であるため一般に脾摘は効果がないとされています。寒冷凝集素症では補体C1sに対するモノクローナル抗体であるスチムリマブが保険適応になり、一定の効果が報告されています。