理事長あいさつ2016.7 of 日本甲状腺外科学会

 日本甲状腺外科学会は昭和43年(1968年)に前身である甲状腺外科検討会として設立された伝統ある学会です。外科・耳鼻咽喉科などの外科系診療科のみならず、内科・病理・放射線科・核医学科など診療科の枠を超えた会員の参加により日本の甲状腺・副甲状腺外科を常にリードしてきました。設立された当初から甲状腺外科に関する熱い質疑応答が交わされてきました。1998年に甲状腺外科研究会と名前が変更になりましたが、施設会員が中心である形態はそのまま引き継がれました。2006年に日本甲状腺外科学会に発展し、施設会員ではなく個人会員中心の学会となりました。学会となりました今も、甲状腺外科に関して熱く議論するという伝統は受け継がれております。学術集会の開催、専門医制度の維持管理・新専門医制度への対応、日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌の発行、甲状腺癌登録のためNCDデータ利用に向けた取り組み、甲状腺癌取扱い規約改定、甲状腺腫瘍診療ガイドライン改定など、現在学会として取り組むべきことは多く、必要な作業を継続して行っております。これからも甲状腺外科に関する標準的医療の確立・普及、先進的医療の開発、若手臨床医・研究者の育成、甲状腺外科に関する社会的責任など、この学会に課せられた多くのミッションを滞りなく遂行していくよう努力いたします。

 近年の本学会でのトピックスとして甲状腺癌に対する治療戦略の見直しが挙げられます。長年本邦での甲状腺癌に対する標準的術式であった甲状腺亜全摘術が減少し、甲状腺全摘術もしくは甲状腺葉切除術に二極化するという大きなパラダイムシフトがありました。これは2011年に本学会と日本内分泌外科学会で刊行した「甲状腺腫瘍診療ガイドライン」の役割が大きかったと考えます。時期を同じくして外来アブレーションが可能になったことも甲状腺全摘術が増加する要因となりました。2014年には甲状腺癌に対して分子標的薬が保険収載されましたが、甲状腺分化癌に対する分子標的薬の適応基準は甲状腺全摘後の放射性ヨウ素内用療法抵抗例であること、かつ進行が速い症例であることです。こうした新しい治療戦略の一環としても、甲状腺癌に対して甲状腺全摘術が選択されることが増加すると考えられます。
甲状腺癌の術後経過観察の多くを外科医や耳鼻咽喉科医が行ってきたというのが本邦の実情であります。すなわち分子標的薬の適応となる患者さん、今後適応となるであろう患者さんを実際に診ているのは本学会の会員であることが多く、会員が分子標的薬の薬物治療に携わるためにも、学会として甲状腺癌薬物療法の教育・啓蒙などの活動が必要と考えています。

 海外の状況をみると日本より先んじること25年、1990年ころから甲状腺全摘術が癌に対する術式として注目されてきました。様々な意見がある中で、甲状腺癌手術に対する甲状腺全摘術の適応は海外においていち早く普及しました。しかし海外では副甲状腺機能低下症などの合併症を軽減するため、反回神経喉頭流入部近傍の甲状腺組織を上副甲状腺と一緒に残す甲状腺準全摘術が行われているところも多くあります。甲状腺準全摘術後であっても海外では放射性ヨウ素の使用制限が緩いため大量の放射性ヨウ素を使用してアブレーションが達成可能で、甲状腺準全摘術は甲状腺全摘術と同等とみなされます。残念ながら日本では外来で使用できる放射性ヨウ素は30mCiまでと決められており、より大量の放射性ヨウ素でアブレーションを実施できる入院病床が極端に不足しています。甲状腺準全摘術では日本の多くの施設で実施可能な30mCiではアブレーションは達成できないと考えられます。このように日本ではアブレーションを考慮すると外科医・耳鼻咽喉科医が甲状腺準全摘術ではなく甲状腺全摘術を行わざるを得ない環境にあります。
反回神経を確認・温存し、副甲状腺機能を温存した甲状腺片葉切除術を適切に行えることが甲状腺外科医としての基本です。この手技をマスターすれば安全に甲状腺全摘術は行えます。そのための手技の詳細を含む教育、および使用できる器械などの情報を学会として様々な機会を捉えて提供できればと考えます。甲状腺外科学会へ入会した外科医・耳鼻咽喉科医が専門医資格を取得するころには、甲状腺全摘術を合併症なく実施できるようになり、内科や放射線科の先生方から信頼を得られるようになることが目標です。

 2011年の東日本大震災の関連で、東京電力福島第一原子力発電所の事故により放出された放射性物質による影響調査のため、福島県民健康管理調査事業が継続して行われています。甲状腺外科学会としても甲状腺外科の専門医集団として引き続き必要なサポートを行っていく所存です。上述の活動を含め甲状腺外科に卓越した医師を育成すること、甲状腺外科技術のさらなる発展を目指していくことが、本学会としての社会的責任を果たすことになると考えております。会員の皆様、学会支援者の皆様には、なにとぞより一層のご協力を賜りますよう心よりお願い申し上げます。

2016年7月
日本甲状腺外科学会
理事長 今井常夫
国立病院機構 東名古屋病院 院長