うつ状態での過ごし方 

 

 うつ状態にどうつき合うかは、躁うつ病の方にとっては大きな課題の一つです。

 リチウムなどを服用していれば、ひどい躁、ひどいうつはなくなりますが、軽躁、軽うつは残ることもあります。軽躁はまったく苦になりませんから、うつとどうつきあうかが問題になるというわけです。

 うつになると、感じ方(やる気がしない、抑うつ的だ)−行動(家に引きこもる)−考え方(自分はだめだ)という3つの側面が同時に障害されます。これらはすべて、うつ状態で起きている脳内の変化を反映していますが、お互いに悪循環をなしています。うつ状態で起きている脳内の変化そのものや、何とも言えない嫌な気分そのものを、薬以外の方法ですっかり治すのは容易ではありませんが、それに伴って起こった考え方や行動の変化については、対処する方法があり、これら3つの因子の悪循環を防ぐことができます。(通常、認知行動療法と言われるものです。)

1) うつ状態の時の考え方への対処法

 うつになると、何をしていても、あるいは何もしていなくても、とにかく嫌な考えばかりが頭に浮かびます。これを「否定的自動思考」と呼んでいます。元気なときでも、多少は「否定的自動思考」はあるのが普通ですが、私たちの生活全体を占めているわけではなく、考えを切り替えることができます。しかし、ひどいうつ状態になると、考えることのすべてが「否定的自動思考」になってしまうのです。

 これは、うつ状態による脳内の変化に対応して出てくるもので、これが浮かんで来ること自体を止めるのは容易ではありませんが、自動思考が出てきた時、これが「うつ状態のせいで出てきた『否定的自動思考』だ」と認識して、もっと合理的な考え方で反論することは、練習をすればできるようになります。その方法が認知行動療法なのです。

うつ状態で出てくる「否定的自動思考」には、決まったパターンがあります(表1)

嫌な考えが出てきた時、その嫌な考えがどのようなパターンに基づいた否定的自動思考かを分析し、合理的な考え方の練習をします。

 例えば、「今日も何も仕事が進まなかった。やっぱり自分はだめな人間だ」と思ったとします。これは「今日も」「何も」の部分は過剰な一般化であり、合理的には、「今日ダメだからといって今までいつもダメだった訳ではない、何もできなかったのではなく、できた仕事の量が少なかっただけで、できた部分もある」と考えることができます。また、「仕事が進まなかった→自分は無能な人間だ」という考え方は、ラベリングにあたります。自分の特徴は仕事が進まないだけではありません。まわりの人に気を使ったり、家族を大切にしたり、良い面もあるはずなのです。仕事ができない部分だけを取り上げて自分がだめな人間と決めつけるのは行き過ぎです。

 このように練習する方法、すなわち認知行動療法の詳しいやりかたは、本やホームページで学ぶことができます。

高橋 良斉著 「うつ」と上手につきあう心理学 自分でできる認知療法入門 (ベスト新書 38) 、ベストセラーズ、2002、\680

デビッド・バーンズ著、野村総一郎他訳、いやな気分よ、さようなら、星和書店、1990

大野裕著、「うつ」を生かす−うつ病の認知療法−、星和書店、1990

 とりあえず、今すぐにでも何か始めてみたい、という方に、すぐにでもできそうな方法は、以下のような感じです。

1)日記をつけるとき、左側のページだけに書き込むようにする。

2)うつ状態に特徴的な誤った考え方の部分に下線を引き、右のページに、それが表1のどれに当たるかを書き込む。

3)それに対応した、合理的な考え方を書き込む。

 最初は「先生ならこういうかも知れないけど、自分はこうはとても思えない」と苦々しく思いながらでも構いません。繰り返し練習するうちに、苦々しく思いながらも、「合理的に考えればこうなんだろうけど」と考える自分がでてきたらしめたものです。いずれは自然とこういう考え方ができるようになってくるはずです。

 

2)うつ状態での生活

休みをとる

ストレスは、うつ状態の引き金になります。仕事で忙しく、もう限界だな、と思った時、「でも会社に迷惑だから休めない!」と思ってしまう人は、うつ状態になりやすいのです。そこで無理をしてうつ状態になり3ヶ月休むのと、早めに2、3日休みを取ってすぐ復帰するのと、どちらが会社に迷惑でしょうか? 自分の健康管理も仕事のうち、なのです。(私も、当直続きで全く休めず、帰宅しても緊張が取れない日々が続き、これはもうだめだ、と思い切って仕事を他の先生に頼み、休みをとって南の島に行ったことがあります。)

日の光を浴びる

 うつ状態になると、1日の生活のリズムがはっきりしなくなります。昼間もすっきり目が覚めた感じがしないし、夜はよく眠れません。ひどいうつ状態になると、家に引きこもり寝てしまい、日中太陽の光にあたることが減り、ますます生活のリズムが崩れてしまいます。なるべく毎朝太陽の光の浴びることにより、1日のリズムをつけるようにすると、生活のリズムができ、悪循環に陥るのを避けることができます。(ただし、朝光を浴びるだけでうつ状態が全て治るという訳ではないので、誤解のないようにして下さい。季節性の躁うつ病、すなわち冬にうつ状態になり、春に軽躁状態になる場合は、毎朝6時から強い光をあびる光療法の有効性が確立していますが、季節性で無い場合の有効性は確立していません。光療法の代わりに、しばらく南の島に行って常夏の太陽の下でのんびりする、というのも同様に有効なようです。)  

スケジュールを考える

 うつ状態の時に、これをしていると気が楽になる、ということが1つでもあれば、それを1日のスケジュールに組み入れましょう。例えば、散歩、音楽を聴く、など何でも構いません。1つでもうつが楽になる方法があるのは、とてもありがたいことですから、積極的に取り入れましょう。もちろん、無理をする必要はありません

音楽を聴く

 うつ状態の時は、好きな音楽を効くことで心が安まり、回復の助けになります(Hanser SB et al, J Gerontol. 49: 265-269, 1994)。音楽の好きな方は、元気を出そうとして、つらい思いをしてまで陽気な音楽をきく必要はありません。むしろ、その時の自分の気分にあった、静かな調子の曲を聴いた方が気が休まります。ただ、患者さんの周囲の方が、この曲を聴いたら気分が良くなるよ、とやたらと勧めるのは考えものです。自分がリラックスできる曲というのは、その人の個人的な体験や趣味に大きく左右されるので、他に人には分かりませんから、あまり強く勧めると、押しつけのように感じてしまうかも知れません。その時の気分にちょうどあった曲を探すのは、聞き慣れた音楽のレパートリーが広くないと難しいので、普段から幅広い音楽を聴くように心がけると良いかも知れません。(気分に合わせた音楽選択の例−私の場合)

生活のリズムを守る

 寝る時間、起きる時間が不規則というのも、躁うつを繰り返す原因になります。躁・うつを繰り返して止まらない患者さんに、1日の生活のリズムをきめてもらったら、躁もうつもすっかりなくなった、という報告があるほどです(Wirz-Justice A et al, Biol Psychiatry 45:1075-7, 1999; Wehr TA et al, Biol Psychiatry 43:822-8, 1998)。うつ状態に対して「断眠療法」という方法があるので、一部に自ら実践している患者さんもおられるようなのですが、断眠療法をすると、多くの躁うつ病の患者さんは躁転してしまい、危険です。すなわち、うつそのものは治っても、病気全体としては不安定になってしまうのです。(『葬式躁病』といって、葬式の後に躁状態になる方が多いのも、単に親しい人を失った悲しさだけでなく、眠れないことや生活の乱れにもよると考えられます。) 徹夜だけは、避けた方が良いでしょう。

 仕事が忙しくて、と夜遅くまで出歩いて、だんだん生活が乱れてしまう方がいますが、先ほども書いた通り、自分の健康管理も仕事のうちです。あなたが無理をして再発を繰り返すより、多少の犠牲を払ってでも、生活のリズムを守って躁うつの波なしに生活できるようになれば、必ずあなたの会社や家庭にとってもプラスになるはずです。

食生活に気をつける

 トリプトファンというアミノ酸の不足は、うつ病再発のきっかけになります(Delgado PL et al, Arch Gen Psychiatry. 1990;47:411-418)ので、トリプトファンを含まない食品(トウモロコシなど)ばかりを摂取するのは避けた方が良いでしょう。(ただし、双極性障害の方の場合は、トリプトファン摂取不足の悪影響はあまりないようです[Benkelfat C et al, Archives of General Psychiatry. 52:154-6, 1995]。) しかし、特定のアミノ酸を多量に摂取するのも、アミノ酸吸収のバランスを崩して良くありません。その他、青魚に含まれるDHAが躁うつ病の予防に有効であったという報告(Stoll et al, Archives of General Psychiatry. 56:407-12, 1999)もあり、いずれにせよ、特定の食品に偏らずに摂取することが大切でしょう。

 うつ状態で食欲がないからといって、食事と全く取らないと、悪循環になりかねませんので、バランスの良い栄養食品などを、薬だと思って何とか摂取する方が良いと思います。

 なお、直接関係ありませんが、グレープフルーツジュースの中には、薬の分解を阻害し、副作用を強める物質が含まれているので、グレープフルーツジュースで薬を飲むのは避けた方が良いです。

香りを利用する

 うつ状態には、レモンなどの柑橘系の香料が有効との報告があります。また、不眠に対しては、ローズ、パイン、ペパーミント、ラベンダーなどの香りの有効性が示唆されているようです(小森、1999)。まだ研究が乏しく、民間療法の域を出ませんが、必要な薬を使ってもまだ十分に改善していない抑うつや不眠に、あるいは薬を使うほどではない軽い抑うつや不眠にはこうした香りも役に立つかも知れません。使用法としては、市販の精油を枕に少量スプレーする、発香器を用いるなどの方法があるようです。(ちなみに、私もストレスがたまった時にはカモミールのハーブティーを飲んだり、それなりに利用しております。)

注意

 本稿でご紹介した対処法は、あくまでも補助的なもので、気分安定薬はすでに服用していて、抗うつ薬をのむ程ではない軽うつ状態になってしまった方や、抗うつ薬などの薬物療法は十分に受けていて、薬物療法以外にも積極的な対処法を望まれる方などを対象としてご紹介しました。

 死ぬことを考えるほどのうつ状態、食欲が無くて体重が減るほどのうつ状態の場合、こうした補助的な治療法だけに頼るのは大変危険です。まずは主治医とよく相談し、必要な治療をきちんと受けた上で、更なる改善を目指したい場合にのみ、こうした補助的な治療法に目を向けるようにして下さい。

 

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