2009-02-20
厚生労働大臣がマニュアル整備と体制の構築というありきたりなコメントを述べている。
マニュアルの不備だけが問題ではなく再発の防止には繋がらないと思われる。必要なのは人的配置を手厚くすることである、そのために十分な価格設定をして、それを支払う意欲がある方にだけ医療を提供する枠組みの設定であろう。需要を絞り、供給に見合った人的経済的資源の投入を行い、繁忙を避けることが、真の体制の構築であろう。公的資金をつぎ込み、簡単に生殖医学に踏み出すのは避けるべきだろう。量や機会の拡大が安全に優先してはいけない。
61歳の部長が自ら培養に携わっていた。この事自体が、事件の原因であろう。
指導的立場にある医師は単に不妊治療だけに心血は注げない。職歴から不妊医療に長く携わり、単に治療の場にあるだけでなく、行政や啓蒙などにも時間を割かれていた多忙な中、サポートする人材を十分配置されていたのであろうか?書面を整えるより、その仕事がそこでなされるべきかという所にまで、立ち返る必要があるかに思える。
培養などの作業には、胚培養士という専門職がある。
生殖補助医療胚培養士自体は、歴史の浅い資格・制度であり、確かに潤沢な人材が得られるほどではないが、仕事の分担を行い業務に支障がないように体制を整えるのが、再発防止策であろう。
自治体には定数の問題があり、胚培養士も独りだけでなく複数の配置が必要であろう。そこまで踏み込んで考えると自治体病院が不妊治療に携わるのがあるべき姿なのか、検討も必要になるだろう。不妊治療よりも、望まれない妊娠で中絶にあう子や既に産まれてきた子どもの福祉に税金を振り向けるべきではなかろうかという立脚点もあわせて論議が必要になる。
近くの病院で最善の医療を受けたいといっても、質を求めれば無駄遣いしなくとも資金は嵩む。医師が全部背負う事で解決しようと言うのが、そもそもの取り違えである。
定数が配置されていないが故に各地で支障が生じているのは、放射線治療の際に照射[pdf]の手違いも同じである。物理や工学の面から専門的に検討をする医学物理士の不足があるが、定数として織り込まれていないので、キャリアパスが開けず、育成数も伸びない。そして、職域に適した人材配置がなされないので、事故が繰り返されている。
医者だけが医療を行う時代ではない。それを行政や政治がどれだけ理解し、「消費者」である患者さんも対策を講じるか、コストを選択するか、忌憚のない論議をする必要を、今回の取り違えは照らし出したと思う。
2009-02-21
GMP(good manufacturing practice)とは医薬医療機器における製造工程の構造設備および製造管理の手順を定める規制である。
薬を飲むとき、それが偽物かと苦悩して判断するようなことはすくないだろう、その陰にはこのような制度で製品の品質を守っているからである。逆に言えば、そのために製薬会社は膨大なコストを投じ、製品の価格として回収している。
最近、話題に上がったのは輸血製剤のGMP適合化に伴い、各府県で行っていた日本赤十字社の献血からの血液製剤の製造がブロック化されたことに伴い配達の遅れが危惧された[1]ことや、骨髄移植に必要なボーンマローコレクションキット[2]の製造所が米国からカリブ海の国に移転したことに伴う製造承認の遅滞から欠品の恐れが高まったことがあげられる。
なお、前者については輸血後肝炎や血液製剤による後天性免疫不全症候群の発症にともなう、再発防止策の一環として手続きが強化された。国民の声を反映した対策を講じた結果である。
このたび、人工授精に伴う受精卵の取り違えが起こった。
報道各社等は「マニュアル不備」との報道を行ったが、では再発防止のためにどのような方策がなされうるか、推察してみよう。
まず、受精卵もヒト由来の特定生物由来製剤とみなすことが出来る。そのなかでも「ヒト細胞組織加工医薬品」が相当する[pdf]。「『細胞・組織の加工』とは、疾患の治療や組織の修復又は再建を目的として、細胞・組織の人為的な増殖」とあり、不妊の治療のために胚を培養する、生殖医学も包括されよう。
今回は取り違えだけが話題に上ったが、培養液の受精卵に与える催奇形性や培養液に由来する感染症については未だに規定がなされていない。これらの事象が生起する前に予防しようと考えると、移植用の皮膚などですでに取り組みがなされている、細胞性医薬品のGMPを引き写しで適応するのが、役所として取りやすい方策である。すでに部内での検討が済み実行に移している策を敢えて否定するものではないからだ。
また、今後培養した臓器(皮膚、軟骨、樹状細胞などの免疫細胞)による取り違えについても包括して役所が対応できる点も仕事が進みやすい利点である。例えば、活性化した免疫細胞が取り違えで移植された場合、移植片による拒絶反応(移植片対宿主病GVHD)が生じ死を招きかねない。
だたし、GMPによる胚培養胚移植の統制は、多額のコストを伴う。
文書による手続きをマニュアルと間違える向きもあるが、構造設備についても規定される。零細なクリニックの多くでは、GMP基準を前提とせず、性善説に基づいて、実験室程度の道具で個々の病院診療所の創意工夫で行われている。現状の生殖医学ではついていくに多額の投資を伴うだろう。
今回の香川の事例では、医師が独りで黙々と患者さんのためと心骨を注いで、日常診療の傍ら胚培養に携わっていた。
GMPが適応されれば、パートタイム的なその作業ではなく、専属の人員の定数配置や、人手を排した無人化の設備、そしてセキュリティーにいたるまで徹底した設備投資が求められるであろう。
輸血センターが集約化されたように、胚の培養は専門の業者が集配し採卵と移植を末端の医療機関で行うか、道州レベルの限られた医療機関に出向いて胚移植を受けるようになろう。
姉歯事件に対処するために建築法令の見直しに匹敵する、生殖医学・生殖工学への規制強化を想定する事も容易である。
血液製剤にたいする裁判闘争が、「安全な血液製剤の安定供給の確保等に関する法律」の制定や「薬事法」などの法令に改正として「行政の責務の増長」の形に結実したように、安易安価簡便から生殖医療は切り離されたものとしないと、「安心安全」=再発防止は望めない。善意や性善に期待するアクセスの容易さを脇においても、取り違えを容認できないという声が大勢なら、それに対応するコストは膨大である。
胚細胞士や細胞性医薬品製造士(仮)などの養成や国家資格化、過渡期の人材の認証制度を整えるところから始まり、医薬品であれば医薬品医療機器総合機構が行っているようなGMPの検査をだれが行いどのように認証するか、その主体となる法律の制定と法人の設立まで視野に入る。
従来でも気軽に胚移植を受けた訳でもないであろうが、今後「安心安全」に徹しようとすれば、金銭のみならず、時間や労力と言ったコストはさらに嵩むが、今までの安易さと経済的負担のままで居たいなら、「今回の失敗」のような取り違えもコストとして織り込むという選択もある。何が最善なのか、選択する議論が待たれよう。
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