誰から何を護るのか、04/05シーズンの超過死亡数を見ながら

H17.11/23

高齢者がインフルエンザワクチンを接種する補助金が開始となった健発第1058号(2001年)以後、最大の流行になり死亡者も15,100人に上った。しかし、1770万人という流行規模は02/03シーズンの1450万人を2割上回り死亡者は34.6%上回った。
詳細は04/05シーズンインフルエンザ流行のインパクト(IASR)を参照されたい。
平成17年4月まで流行が延びたので平成16年の人口動態統計でのインフルエンザを直接死因とした数字「平成15年1,171名に対して平成16年694名」をみて安心してはいけない。統計は来年の平成17年に反映される。

ノロウイルスもインフルエンザも老人ホームなどで集団発生があると、困る。
施設運用者や行政が責め立てられ、報道機関からの夜討ち朝駆け・偽計業務妨害の嵐に遭い、鬱に依る自殺者や倒産まで危惧されるからである。
ノイラミダーゼ阻害剤やアマンタジンなどの不要な予防投与が行われる背景はそこにある。
弱者は守られなければならないが、自然な順番という物も存在する。
ワクチンの悲劇や薬害の悲劇は確かに否定はしない。
しかし、ワクチンを止めた10年間に700名余りの小児の超過死亡[Sugaya N, Clin Infect Dis 41(7) p939-947]と97/98シーズンには高齢者を中心とした3万人もの超過死亡があった[Sugaya N, NEJM 344(12) p889-896]。
94年にワクチンを止めるまでは少なかった臓器障害が止めたとたんに多く報告されている(IASR Oct '96, fig 2[gif])
では、解熱剤を94年にワクチンを止めるまで使わなかったかというとそう云う訳でもない。ウイルスが分離同定された脳炎・脳症は、99/00シーズンは65例、98/99シーズン:91例、97/98シーズン:75名で96/97シーズン:19例を除き過去最高であった。00/01シーズンは流行規模も小さく32例であった。流行規模が大きく、そのため稀な脳炎が多発していた。解熱剤に罪を被せても、或はノイラミダーゼ阻害剤に罪を被せても、流行規模に規定されているのであれば、ワクチンしか、解は無いだろう。
しかし、ワクチンを高齢者の47%に渡って接種した2004/05シーズンには1770万人という大きな流行規模になった。超過死亡は減るが流行規模は減らないと、云える。
もっとも、流行の主体がB型であり症状の酷い・予後の悪いA型は半分であったので、その結果感染者数は多くてもA型の流行が防がれた結果超過死亡が抑制されたともとれる。
1990年代、ワクチンを継続していた米国よりもワクチンを止めていた時期に日本で超過死亡が多く、超過死亡以外にも脳炎など重症例が増えていた。ワクチンを再開して流行規模の抑制が図られ、総体が小さくなったので重篤例も少なくなった。ノイラミダーゼ阻害剤の導入や解熱剤の使用制限も同時に行われているので目に付きにくくなっている。

稀な事象に振り回される…

まさに輪廻である。

インフルエンザワクチンの副作用により

小児はギランバレー中4名、死亡は無い。

ただし、これが乳児となるとまた異なる。
東京地裁昭和59年05月18日判決で述べられている様に昭和46年に行われた「インフルエンザワクチン接種で神経系の障害を残したもの二四例中、二歳以下のものが一三例であり、そのうち一一例は一歳以下で」となっている。もっとも、保育園など家庭外にて流行にさらされる場合は別の思慮が必要で両親が免疫を得ているという限定つきの判断である。
乳幼児は別にして、学童期のワクチン接種は比較的安全に行われるであろうと推察される。

裁判で接種をボイコットした前橋市では超過死亡が見られなかったとする、前橋リポートをもとに、反ワクチン派の反論もあるが、前橋などという小都市で検出出来る話ではない。
全国規模で漸く万の値になり、小児の過剰死亡が10年で千人に満たない。群馬県だけでは小児のインフルエンザ関連死亡が2人いるか居ないかというレベル、前橋だけでインフルエンザ関連死が検出出来る問題ではない。副作用の方は2000万分の200例程度の話なので、前橋全部で1例あるかないかである。しかも、前橋以外の高崎などでは接種が続いていた時代の話であり、周囲の理解に支えられた感染症制圧を一人前橋の「先進性」と誤解してはならないと考える。
前橋で検出出来ない僅かな利益を得るのに、学童を防波堤とするべきではないと云われても、全国規模での全身合併症はワクチン中止後著増したのは先に述べた。
アジア型の流行から間を空けない時期であったが昭和52年に学童にインフルエンザワクチン接種が義務化される前75/76シーズンは著しい過剰死亡の増加を見ていた(IASR Dec'90, fig [gif])。それが接種義務化されていた77~87年の間は超過死亡が抑制されていて、任意接種に戻った87年から再興し、学校での接種が停止された94年以後は著しい増悪をしめしている。もちろん高齢者比率の問題も平行して議論しなければならないが、先ほどのウイルスが分離同定された脳症の著増と併せてワクチン接種の有効性がここにも現れていると考えられる。
先ほどの地裁判決にも「一九八〇年(昭和五五年)から一九八一年(昭和五六年)にかけてアメリカ合衆国ではインフルエンザの大流行があり、超過死亡数は一五万名以上と推定されたが、日本においては小・中学校の学童にインフルエンザワクチン接種を実施しているので流行の拡大がかなり防止されたとする見解があること、がそれぞれ認められる。」等として、「インフルエンザワクチン接種を実施させた過失」については棄却されている。

自分の身におこった事は憤怒し原因を求めそれによりカタルシスを得る。それは残された者として当然の権利であろう。過失無しでの補償の道も開かれている。しかしながら、他人の利益を阻害してまでの自己正当化は社会が払う費用としてはかなり過大である。75/76, 94/95, 98/99のワクチン無しのシーズンに比べて酷い今年も1万5千人で「済んでいた」のはワクチンのせいであろうか。

いずれの世界を選ぶとしても、
泣く人、憤りを抱える人は、ゼロにはならない。

そして、また話を戻すと、「稀な事象に原因究明というニュース素材を求めてフレームアップ」して「不必要な過剰防衛」というコストを掛けるのは一番の社会的不利益である。
新型であろうが鳥型であろうが、旧来型であろうが、死ぬ時は死ぬ。死んで減るコストと掛けるコストのバランスまで考えた良識を超えた中立的な論議が出来ないのは文明社会で生きる最大のコストである。
3万に昇る可能性もあった超過死亡を1.5万に抑えた。しかし、その利益は高齢者の(ADLの低い、介護度の高い)層に還元されている。1万人の要介護者が永らえ、今年も福祉に多額の資源が必要になったと、冷たく突き放す論調も採れる。

小児の脳症と云っても百から五百名で二百名の死者と二百名の障害者が出るのみである。インフルエンザの副作用でも百名でるから600万余りの小学生4人助けるのに1人の副作用を容認するかどうか?ということになる。副作用百名と云っても発赤腫脹を含むから、ギランバレ−4名であるから元は取れると看過するか。
しかし、タミフル以後ステロイドパルスの早期施行も相俟って脳症の死亡率は当初の30%から03/04シーズンは10%に軽減しつつある。老人を社会の防波堤として使った為か、脳症の報告も減少しつつある。発症者の接種率は全体に比べて大差なく有意ではないが、流行規模を20-30%減少させる事で、脳症に陥る人数を減殺する効果が期待されている。実際に、発症が減少してきている。これが昨シーズンの流行が比較的脳症の頻度の低いB型主体であったためと考えれば、すくなくともA型の流行を抑制したと捉える見方もある。インフルエンザ脳症の発症については一部でSNPsの関与が指摘されている。
乳児ではあまり効果がない一方で、先ほどの訴訟で示された様に副作用は大きい。これは不活化ワクチンであるからである。ウイルスの免疫に必要なT細胞を主体とした免疫系の賦活化は行われず、抗体の産生も皮下注射なので粘膜の防御に必要なIgAではなくIgGが作られるためである。T細胞の免疫には生ワクチンが、IgAの産生には経鼻アジュバントワクチンが望まれるが後者は顔面神経麻痺の発生が多く開発が停滞している。一回罹患した事のある学童や成人には不活化ワクチン接種でも、免疫の記憶を蘇らせる「ブースター」効果があるので、接種にメリットがある。

新型インフルエンザに今シーズンのインフルエンザワクチンは無効である。それは間違いないが、今のインフルエンザに対しても1万5千余りの超過死亡をだすなど、十分ノイラミダーゼ阻害剤が役立っていない以上、過大な期待を示す必要は無い。死ぬのは65歳未満ではなく。ADLのしっかりしている、タミフルの買いだめが出来る金持ちではない。

超過死亡
シーズン超過死亡人口全体に占める
65歳以上の割合
ワクチン接種率(高齢者)脳症報告数脳症致命率
89/906,36912.1%N/A 学童あり
92/939,540N/AN/A 学童無し
94/9522,44614.5%N/A 学童無し
96/9714,43215.1%N/A 学童無し
98/9932,75816.7%N/A 学童無し217例30%
99/0013,84617.3%N/A 学童無し109例
01/021,07818.0%27%227例15%
02/0311,21519.0%35%160例19%
03/042,40019.5%45%99例10%
04/0515,10020.0%47%51例16%

インフルエンザと人口減少[H17.9/2]
予防接種の審議会


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