研究

薬理学講座の大きな研究テーマは、神経精神疾患病態の解明を通して、新しい作用機序に基づいた薬物開発の基盤を探索することです。 精神疾患は多因子疾患であるため、遺伝、環境、薬物、発達等の多様な要因の関与を検討する必要があります。 こうした研究を遂行するためには、分子生物学、電気生理学、動物行動学、画像解析法など多様な研究手法を駆使し、ヒトを対象とした研究と動物実験の双方からアプローチすることが重要です。
こうした研究手法と研究対象の2つの軸の組み合わせによって、科学的事実に基づいた疾患単位の確立と治療に取り組むため、当教室ではそのほとんど全てを網羅するべく研究プロジェクトを進めています。 以下に簡単に紹介します。
動物を用いた研究
a)  海馬と精神疾患
海馬という脳部位は記憶に重要であることが広く知られていますが、近年、うつ病、統合失調症等の精神疾患との関連においても注目されています。 海馬の歯状回では成体においても神経細胞が新生されており、抗うつ薬の効果にはその神経新生が必要であることが報告されています。 薬理学教室では、遺伝子改変技術や薬物投与によって作製した「精神疾患モデルマウス」を用いて、海馬機能の異常を細胞・シナプスレベルで解析しています。 最近の研究によって、歯状回の神経細胞機能不全及び歯状回から他の部位への情報伝達の異常が、精神疾患に関与することを示唆する結果が得られています。 このようにして、精神疾患に対する海馬の関与を明らかにし、海馬を標的とした治療薬開発の基盤作りをすることを目標としています。

b)  小脳は運動の制御・学習において重要な役割をしていると考えられていますが、同時に自閉症などの神経精神疾患との関連も重要視されています。 これらの疾患にはノルアドレナリンやセロトニンなどのアミン系神経伝達物質の異常が考えられているので、シナプス伝達に対するアミン系神経伝達物質による修飾作用を詳細に検討して、小脳の生理的機能や病態との関連を探っています。

c)  神経損傷によっておきる慢性的な痛みは神経因性疼痛と呼ばれ、難治性であるため治療上の大きな問題となっています。 この疾患モデル動物を作製し、疼痛の発症と維持にどのような機構が働き、疼痛緩和に向けてどう介入できるかを検討し、病態の解明と鎮痛薬の開発を目指しています。

d)  タキキニンと呼ばれるペプチドは神経伝達物質として、痛覚や情動に関わる神経系で働くことが判っています。 我々はこのペプチド神経系の働きを生体で観察するため、放射線医学総合研究所と共同で、陽電子断層撮像法(PET)を用いた研究を行っています。 これまでのところ、げっ歯類の脳におけるタキキニン受容体の空間分布を画像化することに成功しています。 今後、本学・精神神経科と共同でヒトの脳を対象としたPET研究を行い、臨床応用の可能性を模索することを計画しています。

e) 神経精神疾患は症状が出現する好発年齢があります。 しかしながら、発症まで脳内ではどのような変化が起きているのか、あるいは生前と生後の要因がどのように絡み合って発症に至るのかは判っていません。 これらの問題に取り組むため、ラットを用いて病態モデルを作製し、神経系の発達変化を観察しています。

f) 細胞は生命現象の基本的構成単位であり、細胞周期や細胞死の制御機構は、恒常性維持やその破綻による病態などに重要な役割を果たしています。 これらの機能に関わる細胞周期制御分子が、神経精神疾患の原因分子と相互作用することが最近の研究で判ってきました。 そこで、これらの分子の役割について細胞生物学的手法を用いて研究を進めています。
ヒトを対象にした研究
本学・精神神経科との共同で、機能的磁気共鳴撮像法(fMRI)を用いた脳科学研究を行っています。 fMRIを用いると、注意・情動・記憶・言語といったヒトの認知機能に関連する脳活動を秒単位で可視化することが出来ます。 これによって我々は、健常群と精神疾患群との間で脳活動の異同を検討したり、抗精神病薬・抗うつ病薬などの薬物が脳機能に及ぼす影響の評価を行っています。 上に挙げた動物研究とも組み合わせ、精神疾患の病態に関する理解を一層深めることを目指しています。