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新医療 25(9) 100-103, 1998


インターネットを利用した臨床検査医による公開コンサルテーション



西堀眞弘

東京医科歯科大学医学部附属病院検査部


はじめに

 話の本題に入る前に、私ども臨床検査医について余りご存じない方もおられると思うので、少し説明を加えておきたい。臨床検査医は日本臨床病理学会の認定する臨床検査の専門医で、認定試験は1984年から実施されている。その担当分野を表1に示すが、検査実務、診療、教育、研究の各方面で、受診者、臨床検査技師、臨床医、学生、病院経営者、検査実施施設、医師会あるいは行政と係わりあいながら、さまざまな役割を担う能力が要求される。

表1 臨床検査医の基幹GIOs(General Instructional Objectives)
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 1.各種臨床検査に関して臨床医のコンサルタントとして機能できる.
 2.臨床検査医の診断・コメントが必要な各種検査報告書を発行できる.
 3.臨床病理学(臨床検査医学など)の医学部卒前教育を始めとして,その他の学際
  的分野においても,教育に寄与できる.
 4.臨床病理学の実践を通じて,予防医学・健康管理の分野で貢献できる.
 5.臨床病理学の分野での研究能力を育成し,将来的に研究指導ができる.
 6.臨床検査部(室)ならびに臨床検査に関連した部署の適切な管理・運営の基本を
  身につける.
 7.行政関連ならびに日本医師会,各地区医師会などの精度管理事業の企画・実行に
  協力し,精度管理調査・監査報告書の作成ができ,さらに立ち入り検査では学識経
  験者として監視指導ができる.
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(日本臨床病理学会の「基本的臨床研修目標ガイドライン」より)


表2 臨床検査医の所属県別人数(1998年1月1日現在)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
北海道   7   新潟県  2   岡山県  6
青森県   2   富山県  3   広島県  6
岩手県   3   石川県  6   山口県  7
宮城県   4   福井県  0   徳島県  2
秋田県   0   岐阜県  5   香川県  1
山形県   1   静岡県  6   愛媛県  4
福島県   3   愛知県 15   高知県  4
茨城県   4   三重県  3   福岡県  3
栃木県   7   滋賀県  2   佐賀県  1
群馬県   1   京都府  7   長崎県  2
埼玉県  15   大阪府 21   熊本県  1
千葉県   9   兵庫県 11   大分県  3
東京都 109   奈良県  7   宮崎県  1
神奈川県 24   和歌山県 2   鹿児島県 2
山梨県   5   鳥取県  1   沖縄県  0
長野県   2   島根県  2
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 このように臨床検査医は臨床検査にかかわる広範な領域を取り扱う責務を負っているが、未だに全国で400名に満たず、必要数をはるかに下回っている。そのうえ多くが大学に所属し、表2に示すように地域による偏りが著しく、現状では津々浦々に広がる診療現場や検査実施施設のニーズに十分に応えることは不可能に近い。このような現状を踏まえ、臨床検査医の全国組織である日本臨床検査医会では、専門医の育成と拡充を全面的に支援するとともに、会員有志を中心に早くからインターネットを積極的に活用し、臨床検査医のネットワーク化に取り組んできた。その全貌は既報[1-3]に譲るが、本稿では臨床検査医の基幹業務のひとつである、コンサルテーション活動への応用事例[4-6]を紹介する。

システム構成と運用

 図1に本コンサルテーションシステムの概念図を示す。インターネット上に「仮想シンクタンク」となるホームページを開設し、質問を電子メールで受け付ける旨を公告する。できるだけ広い範囲のニーズに応えるため、臨床検査に関する質問という以外には一切制限を加えない。ただし、質問者のプライバシー保護および法的・社会的トラブルの回避のため、表3のような内規を設けた。

図1 インターネットを用いたコンサルテーションシステム

表3 運用内規
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
●直接的な診断行為あるいは治療行為は避ける
●個別症例が特定される得る内容は扱わない
●緊急性が要求される内容は扱わない
●他の手段で信憑性が確認できるような掲載内容とする
●著作権者の了解を得た文書だけを掲載する
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 電子メールで寄せられた質問に対し、受付ではこの内規に照らして質問内容をチェックしたうえ、受領の電子メールを返送すると共に、日本臨床検査医会に所属する該当分野の専門家の協力を得て回答作成を依頼する。回答は電子メールで質問者に返送するとともに、その一部を、質問者と回答者の了解を得て編集のうえ、いわゆる「FAQ」としてデータベース化し、ホームページ上で一般に公開する。FAQは質問の重複を避ける目的だけでなく、臨床検査医自身のコンサルテーション活動の貴重な資料として活用される。明らかに医療相談に該当するものなど、内規を逸脱するものについては、直接の回答ではなく、適切な医療機関に相談するよう勧める内容の電子メールを返送する。

質疑応答の実際

 日本臨床検査医会のホームページ(http://www.jaclap.org/)にアクセスし、その目次から会員有志が運営する「臨床検査医のページ」を選ぶ。表示される目次(図2)の「臨床検査公開コンサルテーション」に質問受付アドレス(図2の白抜き部分)が記載されている。質問を送る前に、「臨床検査公開コンサルテーション」のタイトル部分をクリックし、FAQの掲載された「臨床検査Q & A」のページ(図3)を表示させ、過去に同じ質疑応答がなかったかどうかをチェックする。見当たらない場合は、メールソフトを使って受付アドレスに質問を送るか、あるいはアドレスの文字を直接クリックして電子メールを編集するウインドウ(図4)を表示させ、質問内容を入力して送信ボタンを押す。うまく送信された場合は、1〜3日の内に受領確認の電子メールが返送される。内容の難易度によってかなり異なるが、その後だいたい1週間から1ヵ月の間に電子メールで回答が送られてくる。図5は「臨床検査Q & A」のページに掲載された回答例である。使っている端末の機種やソフトによって具体的な操作方法は少しずつ異なるが、この説明で分かる通り、やり方さえ覚えれば誰でも気軽に利用することができる。

図2 臨床検査医のページ

図3 臨床検査Q&A

図4 メール作成画面

図5 回答例

運用状況

 メニューページである「臨床検査医のページ」、「臨床検査Q & A」および日本臨床検査医会のホームページへのアクセス件数の推移を図6に示す。1997年5月〜6月に調査した結果によると、クライアントマシンのドメインごとの数は、大学(ac.jp:106)、政府機関(go.jp:11)、企業またはプロバイダー(ad.jp, co.jp, ne.jp, or.jp:1045)、国外(jp以外:96)、不明(185)と多岐に渡っており、多様な閲覧者を得て順調にアクセス数が増加していることが分かる。寄せられた質問の件数および「臨床検査Q & A」のページへの掲載数につき月次の推移を図7に示す。また質問内容の内訳を図8に、質問者の職種を図9に、質問者の県別所在地を表4に示す。当初の狙い通り、質問者の所属や所在地に制約を受けずに数多くの質問が寄せられていることが分かる。

図6 ホームページへのアクセス数

図7 質問件数の月次推移

図8 質問分野(述べ203件の内訳)

図9 質問者種別(述べ192名の内訳)

表4 質問者の所在地(延べ192名の内訳)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
北海道  5	新潟県  1	岡山県  1
青森県  2	富山県  1	広島県 13
岩手県  1	石川県  3	山口県  0
宮城県  1	福井県  0	徳島県  0
秋田県  1	岐阜県  0	香川県  1
山形県  0	静岡県  2	愛媛県  0
福島県  1	愛知県  6	高知県  0
茨城県  0	三重県  3	福岡県  9
栃木県  3	滋賀県  0	佐賀県  0
群馬県  1	京都府  1	長崎県  0
埼玉県  2	大阪府 24	熊本県  1
千葉県  1	兵庫県  1	大分県  0
東京都  8	奈良県  2	宮崎県  5
神奈川県 6	和歌山県 0	鹿児島県 3
山梨県  1	鳥取県  0	沖縄県  2
長野県  5	島根県  5
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セキュリティ・コントロール

 このようにインターネットは人と人との間を隔てていた時間と距離の壁を打ち破るすばらしい道具であるが、よく言われるように、医学医療分野への応用については、特にセキュリティー面の脆弱さに十分注意を払う必要がある。
 郵便の封書とは異なり、電子メールはボランティアがリレー式に運ぶ鉛筆書きの葉書のようなものなので、プライバシーについては何の保護もされていない。したがって利用に当たっては各自の責任において、誰に見られても不都合がないように言葉を選ぶ必要がある。ただし、ラジオで行われている医療相談などでは、患者が特定できる情報をすべて省略しても十分に用が足りているので、この制約のために十分な質疑応答ができないということはあまりない。
 言うまでもなく、今回紹介したコンサルテーションの回答は善意に基づいたものであるが、技術的には架空のホームページや電子メールアドレスを作ることは容易なので、発信者や回答の内容が全くでたらめの場合もあり得るということを知っておかねばならない。かと言って何らかの規制を誰かに求めるというのでは、インターネットの可能性を潰しかねない。むしろ利用者のひとりひとりに、内容が信用できるか否かを判断する目を養うことが求められているのである。したがって、送られてくる回答の真偽や、それをどのように利用するかは、あくまで利用者の責任において判断しなくてはならない。
 法律的な観点から見ると、初めての人から電子メール等で送られてきた相談に対し、医師が治療にかかわる指導を行った場合、無診察治療に該当し医師法に違反する恐れがある。また、電子メールが覗き見され相談者のプライバシーが侵害された場合、あるいは誤った情報の発信や医療上の指導が行われたために患者が損害を受けた場合、法的責任の所在は現状では明確になっていない。
 以上のような問題を回避するため、本コンサルテーションシステムでは先に述べた運用内規を設けて対応している。特別な技術的対策は講じていないが、これまでのところプライバシーや回答内容に関し苦情やトラブルは全く経験していない。

将来への展望

 電子メールのプライバシー保護、インターネット上での本人確認、インターネットの医療応用に必要な法整備などについては、現在各方面で精力的に作業が進められており、先に述べた問題点の多くはいずれ解消すると考えてよい。また電子メールやホームページの閲覧についても、現在よりはるかに簡便な装置が開発され、家庭に浸透していくであろう。そしてそのような状況は、これからやってくるネットワーク社会のほんの入り口に過ぎない。
 ひとりひとりがインターネットにつながった小さな端末を携帯し、新聞・テレビ・映画を見たり、手紙や電話のやりとり、通信販売の購入はすべてそれを使って行なう。そして定期的に、あるいは身体の変調を感じたときに、いつでもどこにいても、その端末を使って知りたい健康情報を得たり、かかりつけの医療機関で健康管理を受けることができる。そして、いざというときには直ちに適切な専門医への受診が手配され、まったく症状がない段階から最高水準の発症予防の技術が施される。不幸にも予防に失敗した患者のみが投薬あるいは手術の対象となり、治療後はその端末を使って症状緩和に必要なケアを受けながら、できるだけ健常人と同じ社会生活を送る。トータルとしての医療費は激減し、浮いた医療費がさらなる医療技術の向上をもたらす。
 今回ご紹介した私どもの試みによって得られた知見が、そのような時代の到来に際し僅かでも役立つことを信じ、一歩一歩努力を積み重ねていきたい。

謝辞

 本コンサルテーション事業に多大なるご支援と貴重なご助言をいただいている日本臨床検査医会の会員諸氏に深く感謝いたします。

文献

1
西堀眞弘:インターネットを使って臨床検査医による診療支援活動をネットワーク化する研究、第16回医療情報学連合大会論文集、634-635、1996
2
西堀眞弘:形態検査の外部精度管理にWWWを利用する研究、第17回医療情報学連合大会論文集、798-799、1997
3
西堀眞弘、インターネットによる臨床検査情報の発信、Laboratory and Clinical Practice、15:22-26、1997
4
木村 聡:検査医会への一提案 コンサルテーションに答えられ
5
西堀眞弘:臨床検査医のコンサルテーション活動にインターネットを用いる研究、第17回医療情報学連合大会論文集、796-797、1997
6
西堀眞弘、マルチメディアと臨床検査 4. 「何でも聞いてください」臨床検査駆込み寺 検査の質問何でも答えます−臨床検査医によるサポートのご案内、Medical Technology、25:31-36、1997

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