こんな役所に誰がした

霞ヶ関への土下座

何百回薬害が繰り返されようとも,「国が責任を持つべきだ」=「私ども愚かな民草どもは,自分自身ででリスク・ベネフィットを判断するなん畏れ多いことは,あと百年経ってもできませんので,厚労省様,厚生労働大臣様,どうかお願いいたします.」って,霞ヶ関に向かって土下座している.そんな情けない連中に何ができるというのか.

厚労省はけしからん=厚労省よ,もっと働け=厚労省様,どうか働いてください,お願いします=厚労省にべったり依存=いつまでたってもリテラシーを持てない哀れな人々

そんな連中がどんなにぎゃあぎゃあ喚こうとも,霞ヶ関はびくともしない.所詮は,自分達に土下座している連中だとわかっているからだ.その中には,公務員を増やすのはけしからんと言いながら,役所を非難する=役所に依存していることに全く気づかない,たわけ者もいる.でもそんな連中は,奥さんが作ってくれる飯がまずいと言いながら,奥さんがいなければ自分では何もできない無能なおじさん・おじいさんと同じで,論外の存在である.問題は,次に述べるような,一見,役人の過労死リスク,行政崩壊のリスクに理解を示してくれる人々である.

土下座の利用方法

予算と人を増やすことを至上の喜びとする役人が利用するのは,当然ながら,「国が責任を持て」と言う一方で,「FDAに比べて,すずめの涙のような予算・人員では,国民の命は守れない」と”正論”と吐いてくれる人々である.逆に役人が最も恐れるのは,自立した市民である.彼らは,国に依存しないと宣言すると同時に,役人の仕事を増やす(予算を増やす,人を増やす)ことには決して賛成しない.(この点については後述

「薬害については,本当に申し訳ないと思います.でもそれは,こんなに乏しい人数でやっているので,限界があります.国民の命を守るためには,もっともっと予算と人が必要なのです」

それは正にその通りである.しかし,これまで,何度も薬害があったにもかかわらず,なぜ,今なのだろうか?.まあ,何らかの”環境”が整った,つまり,第一に,医薬品庁を作れ(予算と人を増やせ)と政治家の先生方が騒ぎ出してくれたことと,ドラッグラグを理由に審査部部門の人数を増やす戦略が陳腐化したので,薬害(市販後安全体制の整備)を理由に,金とポジションの分捕り作戦を展開できる環境が整ったというわけだ.

審査の人数が増やせたのも,ドラッグラグ解消のような錦の御旗があったればこそである.その戦略が陳腐化したとなると,審査以外で,国民の皆様の命の直接関わる仕事を理由に予算と人を増やす.それが,そう,市販後安全性部門である.しかし,市販後安全体制整備では,審査の場合のように,承認を人質にして,治験相談や審査の手数料を増額する方策が採れない.

そこで,薬害を利用した焼け太り作戦と他省庁から言われるリスクを覚悟の上で,「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会」を使って,医薬食品局の大幅増員を図る作戦に出た(注1).

7/7までに4回の検討会が開かれて,中間取りまとめを行なったが,強引な手法が目に付く.これまで何十年も薬害を繰り返してきたのだから,何をいまさら慌てることがあるのか?という疑問に答えられない.結局は,国民の安全よりも,概算要求ありきなのだろうと言われても何の反論もできまい.

こんな役所に誰がした
たしかに,日本で市販後安全性に携わる人間の数は極めて少ない.それを増やすのもいいだろう.しかし,厚労省の中にその部局を作る意義がどこにあるのか.全く説明できない.「国が責任を取る」体制では,市民はいつまでも霞ヶ関に土下座しつづけるだけで,永遠にリテラシーは育たない.

さらに,霞ヶ関の中にいくら予算を投入しても,真の意味での人材は決して育たない.何故かって?また,ご冗談を.霞ヶ関はいつまでたっても旧態依然だと言っているのは何処のどなた様でしたっけ?みなさんがいつまでも伝統芸能(注3)よろしく,厚労省叩きを繰り返すばかりだから,厚労省もいつまでたっても旧態依然なんですよ.お互い様でしょ.

国会待機で連日の泊まりこみ,夜討ち朝駆けの政治家レクチャー.蟹工船のような労働環境と安月給で必死に働いても,市民からは決して感謝されず,逆に税金泥棒と罵られ,かといってこんな仕事を辞めようと思っても,天下り禁止とやらで転職もできず,家族を養うために仕方なく留まっていると,自分が直接関わっていない失敗の責任も取らされ,メディアから,世間から攻撃され,挙句の果ては業務上過失致死で吊るされる.

そんなところで誰が働きたいと思うものか.そんな職場で,誰がまともな判断ができるものか.誰がまともに行動できるものか,誰がまともな発言ができるものか.そんなところでまともな人材が育つわけがない.そんな職場なら薬害が繰り返されるのは当たり前だ.そんな職場にしてしまったのは誰か.

厚労省叩きを繰り返し,自己満足するだけで,非難の裏返しの依存に全く気づかないどころか,,懲りもせず「国が責任を取るべきだ」=実は霞ヶ関に向かって土下座を繰り返す愚かな人々は,自分達が今の厚労省を作ってきたことにも気づけない.

彼らには厚労省を叩くことしか能が無い.だから,厚労省がなくなっては困るのだ.だから,二言目には,「国が責任を取るべきだ」.本来ならば,「あんな酷い役所ならもう要らない.税金の無駄だから潰してしまえ」というべきところを,そんな度胸など,これっぽっちもないどころか,全く逆に,厚労省を肥大化させようとする.そうしておけば,バカの一つ覚えである厚労省叩きの仕事がなくなることはない.

とりあえずの現実的な方策
では,現実にはどうすればいいのか?まずは,厚労省の中ではなく,外に独立した組織を作ること.そこを,蟹工船化するのではなく,業務上過失致死で訴えられる心配の無い,安心して働ける職場にすること.そういう職場で,初めて,市民の安全を守れる人材が育っていく.

お手本は,米国のような何もかもが日本と違う特殊な国ではなく,日本と医療インフラや保険制度が似ている,韓国,オーストラリア,英国などをモデルに考えてみる.日本,韓国,オーストラリア,英国で,これまでの薬害事件の比率を考えてみるがいい.どこが劣等生だろうか?そういう時こそ優等生に学ぶべきではないのだろうか.

医薬品の市販後安全体制は国家百年の計である.これらの国の市販後安全体制事を詳しく調べてから結論を出すぐらいの時間をかけるべきである.本当に必要なものならば,たとえ概算要求の時期を逃しても,「国民の理解」は得られるはずである.委員会の仕事は,事務局におもねることではなく,予算を獲得することでもなく,国民の安全を守れる組織を作ることである.

ちなみに,韓国も,オーストラリアも,規制当局は,承認審査はFDAに任せ,審査よりも市販後安全体制に手厚く人員を配備している(注2).合理的な役割分担である.日本でも承認審査を止めて,その人員を市販後安全体制に回せば,ドラッグラグはなくなるは,市販後安全体制は充実するは,予算は節約できるはで,一石三鳥である.この選択肢なら,概算要求の時期を逃して,予算がつかなくても,審査の人員を市販後体制に回せばよい.

長期的な展望.どうすれば世の中が面白くなるのか? 役人・医師のパターナリズムへの全面依存からの脱却
そうやって,厚労省の外に部局を作って事足れりというわけではない.真のエンドポイントは,一般市民のリテラシー育成である.お上のご配慮に頼らない人材を広く育成することである.一般市民にそんなことができるはずがないと公言する人間は,市民を馬鹿にしている.

お役人様,国会待機による連日の徹夜,省内の泊まりこみ,御苦労様です.今後は,厚生労働省の方々も,どうか労働基準法を遵守し,過労死しないようにしてください.あなたたちが過労死するほど疲れているから,間違いをしでかして薬害が起きるのを私達は知っています.ですから,お役人様,もう,それ以上仕事は増やす必要はありません.だから予算も増やす必要はありません.そして人を増やす必要もありません.

「では,薬のリスク・ベネフィットの判断は誰がやるのか?」とご心配なさる必要はありません.現場には薬剤師も医師もいます.

お医者さんに至っては,みなさん,「現場を知らない厚労省に何がわかる」,「世界標準の薬に言いがかりをつけて承認しない厚労省はけしからん」 と大言壮語なさっています.みなさん,リスク・ベネフィットの判断に,大層自信がおありなんでしょう.その証拠に,お役人様が懇切丁寧にお作りになった審査報告書はおろか,添付文書さえも,ほとんどのお医者さんは一顧だにしません.お役人様なんかいなくたって,お医者様達は立派に商売がやっていけるのです.

そのお医者様達も,時々自信がない時があるようで,私達患者に,説明と同意とやら称して,長々と文書を示してご説明なさいます.患者の方は,リスク・ベネフィットの判断の丸投げをされても困るよなと思いながらも,ああ,お医者さんでも自信のない時はあるのだと,共感が生まれます.そこから,医師のパターナリズムにべったり依存せず,自分なりに,自分の飲む薬のリスク・ベネフィットバランスを考えようとする,自立した市民が生まれます.

こうやって,現場での,自分の命のやり取りを通して初めて,批判的精神,リテラシーが少しずつ育っていくのであって,高い本を買って読んだり,講演料の高い人の話を聴いても,リテラシーは決して育ちません.そんなことでリテラシーが育つのならとっくの昔に育っていますから.

注1:役人が言い出した委員会だから,役人の得になる(と役人自身が信じ込んでいる)こと,すなわち,予算獲得とポジション獲得がエンドポイントになることに決まっている.案の定,森嶌昭夫座長代理(日本気候政策センター理事長)が突如でしゃばって,「ぐちゃぐちゃ言わんと,早く概算要求にうんと言え.お前らの仕事はそれだけだ」とばかりにまくし立てる醜態を曝け出した.(川口恭.薬害は、厚労省の「打ち出の小槌」か?).森嶌さん,議事録が3日後には全国放送になる時代でっせ.傍聴席にも,川口さんみたいな優秀な人がいて,とても役に立つ傍聴記を書いてくれます.もうちょっとお行儀よくしないと,事務局の顔が丸潰れでっせ.事務局さんも,もう少し賢い人を座長代理に据えればいいのに,こんな行儀の悪い人を選んでしまうとは,人選を誤りましたな.

注2:韓国のKFDAも新薬審査部門を持っている.しかし,そこでは明らかな民族差がないかどうかをチェックするのが主目的であって,海外データの活用も日本よりずっと融通を利かせていることが,2008年4月に行なわれた東アジアレギュラトリーシンポジウムで明らかとなった.
グローバル開発時代の承認審査に対する韓国の考え方Mr. In-Beom, Kim, Deputy Director, Pharmaceutical Safety Policy Team, KFDA (Korea)
上記資料によれば,たとえば,日本の審査でのブリッジング申請パッケージは,ほとんどの場合,用法・用量でブリッジングが成り立つことを要求されるかなり厳密なものであるが,韓国では,用法・用量以外に,薬物動態や検証的試験での類似性も考慮されるようである.また,2002年から2007年まで,海外データしかない品目のうち,何と60%がブリッジング試験が免除になっている.その理由は,オーファンドラッグ,外用剤,他に治療法のない抗がん剤など,理由も様々である.

注3絶滅危惧種

参考資料
薬害再発防止のための医薬品行政のあり方について(中間取りまとめ)
(事務局が勝手に市販後の文字を消すような姑息な真似はしないように.市販後の文字を消せば審査部門の人数を増やせるのにも使えるという姑息な考えが見え見えだ.それを見抜けない間抜け委員ばかり揃えたはずという,事務局の本心が見抜かれてしまうよ)

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