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めまい
末梢性めまいと鑑別困難な小脳梗塞例のまとめ
めまいの診断における拡散強調画像の感度の限界
頭痛
頭痛の診断にCTは役に立たない
片頭痛の人種差
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意識障害
意識障害の診断
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脳卒中の診断にMRIは役立たない
節操なくCTを撮るためには
抗血小板薬の使い方:安易な併用に注意!!
こんなに若いのに?
風邪薬を使おう:ただし脳梗塞急性期に
TIAという言葉の誤解
脳実質内出血の際の降圧
血圧を下げるな!!
血圧を下げるな!!その2
脳静脈洞血栓症についての覚え書き
しびれ
亜急性連合性脊髄変性症
Retless leg syndromeと末梢神経障害
脳卒中は除外できるか?
片側上肢のしびれと脳梗塞
赤信号のしびれ
しびれ:これだけ覚えればいい
髄膜炎
外来での髄膜炎の診断
項部硬直?
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つわりと言えばウェルニッケ
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変性疾患・痴呆
高齢者の本態性振戦における小脳性運動失調の要素
ドグマチールと遅発性ジスキネジア
プライマリケア場面におけるパーキンソン病
ALSによる完全犯罪
母指IP関節一つで一撃診断
病歴だけでパーキンソン病を診断
高齢者・痴呆患者の問題行動への対処
頭部外傷
頭部外傷知ってます?
教育
不随意運動の言語化問題
神経診察上達の秘訣
視診のこつ
造影か単純か,
腕が痛い,
> tremorとミオクローヌスとの違いは、tremorは、縦か横への周期的な
> 動きだけどミオクローヌスは、フェンシングのような不規則な動き
> と小生理解していますが、それでよろしいでしょうか。
物事の定義は何のためにあるか?というと、おそらく、認識の共有、教育(知恵の伝承)にあると思います。
不随意運動という動画情報は、共有・伝承が困難なものの代表例ですが、それでも、診療の対象になるので、その動画情報を文字・音声言語に強 引に変換して、共有・伝承しようとしてきました。神経学の教科書に書いてある不随意運動の定義がそれです。しかし、次のような問題に、多くの人が悩んできました。
1.動画情報を文字・音声言語に翻訳する作業自体に無理がある。考えてもみてください。静止画を文字で表現する気になりますか?ならないで しょう。なのに動画を言語化するなんて無茶苦茶です。そんな無茶苦茶なことをやろうとするのは、ひとえに、静止画は共有が比較的容易なのに、 動画情報をそのまま共有することが極めて困難だったからです。
2.そういう無理があるから、人それぞれ、解釈が違ってしまう。言語化して認識を共有できないから、合意形成=定義 ができない。Gold standardを誰も決めることができない。せいぜい、偉い偉い昔の神経内科医が残した8ミリフィルムを起こして、「これが、典型的なバリ スム」、「これが典型的なchorea」、「これが、典型的なアテトーゼ」という映写会をやると、居並ぶ今どきの神経内科医達が「おーっ」と 歓声を上げるのが関の山。
3.さらに、患者さんによって症状のバリエーションがある。それを、「ジストニアの要素が加わったアテトーゼ様運動」と言われても、ちんぷ んかんぷん。
上記のような状況下で、偉い神経内科の先生方は、不随意運動の定義について、余所者から見ると神学論争としか見えない議論を延々と繰り返し てきました。でも、知の共有・伝承のためには必要だったのでしょう。
で は私自身は実際にどうしてきたかというと、アテトーゼとか、choreaとか、単語で済ませるのではなく、目の前の患者さんの症候を、指標(周波数:自分 の指で机を叩いてリズムを真似しながら、秒針を見て換算します、規則性、範囲:関節、方向性・進展・屈曲の別等)を決めて言語化するように努めてきまし た。
これは、「教科書の定義に自分の患者さんを合わせるのは、靴に足を合わせるようなものです。そんな無理なことをし ないで、患者さんの症状をそのまま記載しなさい。そうすれば診療録を読む人達の間でその患者さんの所見を共有できるでしょう。一方、単にchoreaと書 いただけでは 何もわかりませんし、共有できません。」と、師匠が教えてくれたからです。実際には、口癖の「あんたなあ!!こんなんじゃ何もわからんじゃな いか!!」で始まる職人気質の激しい口調でしたが(^^;)
全然答えになっていなくて申し訳ありませんが、以上、不随意運動の定義を尋ねられる度に思うことで す。さらに、踏み込んで言うと、視覚情報とその認知の音声・文字言語化という、普遍的な問題に突き当たります。特に現場で問題になるのは、診察所見の教育 です。神経内科診療を例にとりますと、回内・回外運動障害dysdiadochokinesisや腱反射の異常をどう表現して、共有し、伝えていくかと いった問題ですが、メールで語るにはあまりにも複雑な問題なので、実演場面で皆様と議論できればと思っています。
剖検例でもプルキンエ細胞の消失を始めとする小脳の変化が捉えられています。
Essential
Tremor Associated With Pathologic Changes in the Cerebellum. Arch Neurol. 2006;63:1189-1193
た だし、脊髄小脳変性症とは違って、小脳症状の進行はほとんど見られず、生涯、本態性振戦との臨床診断のまま、天寿を全うします。だからこそ、下記のよう に、生前診断が本態性振戦でも、剖検で初めて意外な所見が小脳に見つかって、生前の、ごく軽い神経症状の原因が、剖検で初めて 明らかになるのです。
パーキンソン病の要素が軽度に認められる高齢者の振戦も一部にあるのですが、一見、本態性を思わせる高齢者の振戦では、私が見てきた限りで は、パーキンソン病の要素よりも、小脳性の要素のある例の方が多い印象です。下記の33例の剖検例の報告でも、レビー小体を認めたのは1/4 であるのに対し、残りの3/4には小脳に変化があったとのことです。
Neuropathological
changes in essential tremor: 33 cases compared with 21 controls. Brain 2007 130(12):3297-3307
We examined autopsy tissue from the Essential Tremor Centralized Brain Repository. Eight (24.2%) of the 33 ET brains had Lewy bodies in the brainstem, mainly in the locus ceruleus. How ever, the majority of ET brains (25/33, 75.8%) had no Lewy bodies, but had pathological changes in the cerebellum.
この論文は何と2007年に出たものです。それも一流誌ですから、本態性振戦については、今までこんなこともわかっていなかったのかと、驚かされます。
「遅発性ジスキネジア
長期投与により、口周部等の不随意運動(0.1%未満)があらわれ投与中止後も持続することがあるので、観察を十分に行い、異常が認められた 場合には適切な処置を行うこと。」
日本の神経内科医が外来で相談される薬剤性パーキンソニスムの原因薬剤の中では、ドグマチールはトップに来るでしょう。何しろ、処方されて いる人数が膨大なので、頻度は低くても、患者数は多いのです。一方、セレネースなどの抗精神病薬によるパーキンソニスムは、いくら数は多くて も、神経内科医に相談には来ません。プリンペランによるパーキンソニスムは子供?思春期に圧倒的に多いので、これも、神経内科医のところにはあまり来ません。
一 部の精神科の先生方は、ドグマチールは、セレネースなどの抗精神病薬に比べて、ずっと”穏やかな”薬だと思っていらっしゃるようです。ですから、ドグマ チールによるパーキンソニスムあるいは遅発性ジスキネジア の例を我々が診断して、止めてみてくれといっても、「そんな、ドグマチールで・・・」と、なかなか納得していただけないこともあります。ですから、ドグマ チールによるパーキンソニスムを疑った時は、まずは処方なさっている先生がどう思っていらっしゃるか、探りを入れて下さい。
ドグマチールの各種ドパミン受容体に対する親和性(ドパミン受容体がD1とD2しかなかったその昔、D2受容体選択 性の高さと表現されていた)は、セレネースなどの抗精神病薬と大きく異なります。そのため、1980年代は、スルピリドは、抗精神病薬長期使 用にともない発生する遅発性ジスキネジア の治療薬として使われていたのです。ドグマチールによってジスキネジアが起こると言っても、納得してもらえない背景はそこにあります。
しかし90年以降、スルピリドによるジスキネジアの報告が相次ぐにつれて、スルピリド自体がジスキネジアを起こすことは、常識になっていきました。だからこそ添付文書にも記載があるのです。
Tardive dyskinesia induced by sulpiride.Clin Neuropharmacol. 1990 Jun;13(3):248-52.
Although tardive dyskinesia is a known adverse reaction of sustained treatment with traditional neuroleptic agents, it was only rarely reported in association with sulpiride, a selective D2-receptor antagonist. We describe six patients who developed tardive dyskinesia after treatment with sulpiride for depression or gastrointestinal symptoms. In three patients, involuntary movements emerged during the course of treatment and in the others only after discontinuation of the drug. These cases indicate that sulpiride can cause tardive dyskinesia and that this drug should be administered with caution.
Sulpiride-induced tardive dystonia. Mov Disord. 1990;5(1):83-4.
Sulpiride is a selective D2-receptor antagonist with antipsychotic and antidepressant properties. Although initially thought to be free of extrapyramidal side effects, sulpiride-induced tardive dyskinesia and parkinsonism have been reported occasionally. We studied a 37-year-old man who developed persistent segmental dystonia within 2 months after starting sulpiride therapy. We could not find any previous reports of sulpiride-induced tardive dystonia.
スルピリドが、一方では抗精神病薬長期使用による遅発性ジスキネジアの治療に使われ、一方では(スルピリド単独使用で)遅発性ジスキネジア を引き起こす理由として、抗精神病薬長期使用による中途半端なD2受容体ブロックによって、二次的にD2受容体の感受性が高まり(受容体の数 が多くなる?)、その結果として、遅発性ジスキネジアが生じる。そこへD2選択性の高いスルピリドを投与すれば、D2受容体を完全にブロック できるから抗精神病薬長期使用による遅発性ジスキネジアが抑制できる。一方、抗精神病薬が投与されていない例で、スルピリドを単独使用して も、やはりD2受容体が完全にブロックされるので、ジスキネジアが比較的早期に起きてくる 私は、ある精神科医からそう習いました。1988年のことです。
では、ドグマチールで、ジスキネジアが起こるとしたら、中止してどのくらいで消失するのか?実は、何ヶ月たっても完全に消失しないこともあるのです。そういう例では、ドグマチールが原因ではないのでしょうか?そうとは限りません。
我々はしばしば原発性のoral dyskinesiaを見ます。それも診療所以外の、一般社会で。(ご本人は、決まって入れ歯が合わないからだとおっしゃいますが)。つまり、oral dyskinesiaの素因のある高齢者はたくさんいます。そういう方が、原発性のoral dyskinesiaが発症する前に、たまたまドグマチールを処方されたら、oral dyskinesiaが顕在化してしまって、薬を止めても、oral dyskinesiaが完全に消えないということはありうると思っています。これは、oral dyskinesiaばかりでなく、薬剤性パーキンソニスムでも同じ事が言えます。
地方巡業先では,脳卒中患者さんを丁寧に診察してくださいと繰り返し話しています.その理由は
○とにかく患者さんの数が多いので,勉強の場に事欠かない
○病変部位と症状の対応がつきやすい
○健側を対照として病側の異常所見を捉えやすくなる
○慢性期脳卒中患者さんは,毎回,血圧を測ってはいおしまい扱いなので,丁寧に診察するととても喜
ばれる
○診察と合わせて日常生活動作の障害を問診すると,どのような診察所見がどんな日常生活動作障害に
結びつくかが理解できるので,神経疾患の病歴聴取能力も向上する.
○急性期から神経学的所見の経過を追えば,脳卒中の病態を理解しながら病状のモニタリングができる
.→脳卒中診療に自信=神経内科診療の基礎ができたという自信が形成される
こうして,特別な仕掛けがなくても,病棟医時代に,脳卒中患者のベッドサイドに足しげく通えば,基
礎的な力はつきます.神経内科医が常駐していない施設でも,特に,ジェネラリスト志向の人は,病歴
・診察にとっつきやすいので,小さな発見からまた新しい物が見えてきて良循環が形成され,自然に伸
びていくので,1年後に再訪すると,驚くほど的確な症例相談が持ち込まれて,びっくりしたりします
.
(2007/9)末梢性めまいと鑑 別困難な小脳梗塞例のまとめのスライドを作りました.これは,H. Lee et al. Cerebellar infarction presenting isolated vertigo. Frequency and vascular topographical patterns. NEUROLOGY 2006;67:1178-1183の要点をまとめたものです.小脳虫部・扁桃領域に限局した梗塞は,体幹失調を主徴として,四肢の協調運動障害や,他の 小脳・脳幹症状を欠く,いわゆる偽性迷路症状を呈するので,しばしば前庭神経炎を始めとする末梢性のめまいと鑑別が困難で,神経内科医泣かせ です.鑑別に,これといった素晴らしいアイディアがあるわけではないのですが,やはり,年齢,脳卒中の危険因子,塞栓源の検索といった基本的 な病歴・診察は重要です.特に,下記に示すように,急性期はMRIの拡散強調画像でも病変が捉えられないことがあるので,なおさら,病歴と診 察は重要です.
めまいの診断における拡散強調画像の感度の限界→10億円プレーヤーに勝つ方法
めまいの診断で,MRIが大切だってのは,”この検査はすごいんだぞ,機械は大きいし,すごく高い機械なんだから”って言ってるだけ.そんな ことは小学生レベルの自慢.自分の腕じゃなくって,機械の自慢をしてどうするっての.医者ならば,検査の限界を踏まえて,どのような時に役立 たないのか,落とし穴はどこにあるのかを説明して,だから俺の方が偉いんだって自慢しなくちゃね.
Magnetic resonance imaging and computed tomography in emergency assessment of patients with suspected acute stroke: a prospective comparison. Lancet 2007;369:293.
上記ランセットに拠れば,経過を追った後の確定診断をgold standardとして,急性脳梗塞に対する拡散強調画像の感度は,発症3時間以内ではたったの73%だ。つまり3割近くは偽陰性。12時間以内に時間を 広げても、感度は81%にしか上昇しない。しかも、この数字は天幕の上と下を合わせた数字だ。ということは、小脳、脳幹部梗塞は、これよりさらに感度が落ちる。
たとえ拡散強調画像で陽性所見を捉えられなくても、X線CTと全く同様、MRIでも、”出血がない”という陰性所見と臨床症状に基づいて脳 虚血の診断を下すことには変わりがない.だから、臨床的に明らかな脳卒中患者で、拡散強調画像で陽性所見があるだのないだの大騒ぎする話では ない。
やはり,病歴と診察ができないと,お話にならないのだ.
CTを節操なく撮るなと言っている私がこういう論文を紹介することに意味がある。この研究は、50万の診療圏人口を持つ地域の登録データ ベースを利用して、脳卒中を疑った場合、どの患者に、どのタイミングでCTを撮ればいいのか、患者の機能予後と、経済性の両面から検討したも のである。CT撮影の対象集団と撮影のタイミングを、全ての患者にすぐさま撮影するコース、一切撮影しないコースまで、12通りのコース別に 検討した結果、脳卒中を疑った全ての患者に対して、すぐさまCTを撮るのが、結果的に機能予後も最良で、診療コストも一番安上がりだと結論が 出た。
この研究の結果を額面通り受け取ると、世界一のCT,MRI大国である日本は、患者のためにも、また医療費抑制のためにも、妥当な戦略を とっていることになる。ただし、その大前提として、病歴と診察で脳卒中の検査前確率を十分高める腕を持った医師の存在、つまり、真っ当な医学 教育行われている必要がある。
M. Polydefkis, R. P. Allen, P. Hauer, C. J. Earley, J. W. Griffin, and J. C. McArthur. Subclinical sensory neuropathy in late-onset restless legs syndrome. Neurology, Oct 2000; 55: 1115 - 1121.
Restless legs syndrome (RLS)は、その特異な症状と、意外に多いらしいという風評ゆえに、神経内科医以外の注目を集めつつある。しかし、特異な症状はあるものの、単一疾患で はなく症候群であろうと思われる。合併する末梢神経障害の面から見てもそれはわかる。著者らが、22人のRLS患者の末梢神経障害を調べたと ころ、8人 (36%)に末梢神経障害があり、そのうち3人が純粋な大径線維障害、3人が小径線維消失、2人が混合型だった。これらの患者背景を比較する と、小径線維 障害型の方が、発症年齢が高く、痛みの訴えの頻度が高く、孤発例が多い傾向にあった。
抗血小板薬は,三大死因のうち,心疾患,脳卒中の二つの疾患の予防に使われるから,抗血小板薬など自ら処方する方も多いだろう.広く使われ ているの に,血栓形成抑制と出血,この表裏一体の一方が有効性,もう一方が副作用という,さじ加減がまことに難しい薬である.さらに,我々が使える抗 血小板薬は, 一種類ではない.この5月からは,チクロピジンよりも安全性が高いと言われているクロピドグレルが新たに選択肢の中に加わった.これらの薬剤 の選択,併用 については,それぞれの診療科で,ある程度のガイドラインは作られているが,臓器別診療が全盛のご時世で,実は診療科ごとに,推奨用量や併用 の方針が異な ることをご存知だっただろうか
そもそも,抗血小板薬の二大マーケット,心臓と脳の間とで,、抗血小板薬のリスク・ベネフィットの判断が異なる.循環器内科医は,多少出血 のリスク は高まっても,有効性を重視するが,脳卒中関連科の医師は,脳梗塞を予防するために飲んでいた薬で脳出血が起きた例を少なからず見ているか ら,リスクに敏 感である.このような診療科間での判断の違いは,単に感覚的なものではなく,臨床試験の裏づけもある.
表題で取り上げた,アスピリンとクロピドグレルの併用がその典型例である.CURE試験(N Engl J Med. 2001; 345: 494-502)では,ST上昇を伴わない急性冠症候群(ACS)において,ア スピリンとクロピ ドグレルの併用は,アスピリン単独に比べて,一次エンドポイントである心血管死+非致死性心筋梗塞(MI)+脳卒中の複合エンドポイントを減 少させた(相 対リスク(RR) 0.80(95%信頼区間(CI)0.72-0.90,p<0.001).しかし,大出血の発生率は clopidogrel群で有意に 高かった(3.7% vs 2.7%,RR 1.38,p=0.001)
脳梗塞の二次予防での併用効果を検討したMATCH試験(Lancet 2004;364:331-7)では,クロピドグレル75mgにアスピリン75mgを併用しても,有効性は変わらないが,生命を 脅かす出血は併用 群 で2倍になった(96 [2.6%] vs 49 [1.3%])
かほど左様に心臓と脳で,併用の有効性・安全性は異なる.それでも,診療科・処方がきれいに住み分けられれば問題ないのだが、実際には,同 じ動脈硬 化に基づく疾患として、しばしば一人の患者さんに脳と心臓の両方のリスクが存在するから,簡単に割り切れる話ではない。かくして,高血圧の既 往歴のある患 者さんが,TIAで神経内科に入院し,アスピリンのみを処方されて退院の後,紹介元でチクロピジン(これからの時代はクロピドグレル)の併用 がはじまり, 何ヶ月がたった後で,脳出血を起こして,また神経内科に入院という悲劇が稀ならず起こることになる.
アスピリンとクロピドグレルの併用問題を考える際は,虚血性心疾患と虚血性脳卒中の発症リスクが,欧米と日本では極端に異なることを考慮す べきだろ う.また,チクロピジンは海外では500mg,日本では200mg,クロピドグレルは,海外では75mgだが,日本では50mgに減量すべき ケースも少な くないなど,抗血小板薬の推奨用量が内外で異なる点も,忘れてはならない.
→続き
患者さんがしびれを訴えてきた時,気合が入る医者は,おそらく余程の変わり者だろう.病歴や診察の仕方など,見当もつかないし,かといっ て,何か検 査しても何がわかるでもなし,いい薬は思い当たらないし,かといって命に関わるわけでもなし,一々神経内科に紹介してもきりがないし,外来で 何とかごまか してその場をしのいでも,また次に来た時に治っているわけでもなし・・・・そんなないないづくしの診療が目に見えるからだ.
そんなあなたの悩みをすぐさま全部解決できるわけではないが,次の点はお役に立てるのではないかと思ってお送りする次第.
しびれだけで運動麻痺,筋力低下のない時に脳卒中は除外できるか?
一肢だけのしびれなら除外できる.確かに感覚障害だけで,運動障害のないpure sensory strokeというものがあるが,この時も半身あるいは一側の上下肢がしびれることがほとんどであり,四肢のうちどれか一肢ということはまずないと考えて よ い(*).逆に,運動障害がなくても,突然一側の上下肢がともにしびれてきたらpure sensory strokeを疑う.
*ただし、この時も患者の訴えは非常に重要である。ある日突然どういうわけしびれたという時は脳卒中(皮質領域の小梗塞)を疑う。→片側上肢のしびれと脳梗塞
赤信号のしびれ
口の周りのしびれは何か重い病気がある:突然口の周り,特に片側だけがしびれた.手のひらもしびれた.cheiro-oral syndrome
高齢者で顎がしびれる→numb chin syndrome悪性腫瘍,とくに血液・リンパ系悪性腫瘍の下顎骨転移で
数週間から数ヶ月の経過で,足の先からのしびれが亜急性に上行してくる場合や,あちこちにしびれが島状に飛んで痛みを伴う場合は,基礎疾患 に悪性腫 瘍や血管炎を伴う,多発性神経炎,多発性単神経炎を疑う.
しびれ:プライマリケア医はこれだけ覚えればいい
上肢:手根管症候群,頚髄病変
下肢:多発神経炎,脊髄病変
鑑別点はケ ア ネットのサイト参照
その他に,高齢者で,経過が緩徐で予後が良好な慢性のしびれの患者さんをよく見かけるし,相談も受けるが,経過の長さから考えて,多発神経炎 や脊髄障害を 積極的に疑う所見に乏しく,原発性の慢性のしびれとしかいいようがないのがほとんど.
”癌だと思ったらアミトロと思え”
そう,片や死因の第一位,片や三万人に一人の疾患.感度も特異度もあったもんじゃない.それでもこんなことを書くのは,あなたが完全犯罪の 手助けを しないようにとの警告を発するためだ.
体重減少を訴える中年の患者さんが来た時,あなたはどうするだろうか?悪性腫瘍の検索をさんざんやらないだろうか?必死になって癌を見つけ ようとし てむきになって検査を進めても癌が見つからない.一方で,患者さんの体重は減りつづけ,体力もどんどんなくなっていく.しまいには呼吸状態が 悪くなって挿 管→気管切開,最後には肺炎を併発して亡くなってしまう.
どこかに癌が隠れていると信じつづけるだけで,剖検をやらなければ,いや,たとえ剖検をやっても,脊髄をとらなければ,筋萎縮性側索硬化症 による完 全犯罪を許すというシナリオだ.
1.”筋萎縮”というあいまいな指標も明確な指標を設定すれば,誰でも用意に判定できる.
1)小指球の筋萎縮は,手掌内側の曲線が内側に凸(=正常)か,直線あるいは凹(=いずれも萎縮)で判定
2)大腿の筋萎縮は,臥位で,側面から見て,上に凸(=正常)か,直線あるいは凹(=いずれも萎縮)で判定
2.”きょろきょろ”の有無によるパーキンソニスムの一撃診断:痴呆の高齢者がたくさん入院している病棟ではパーキンソニス ムを呈す る患者さんが多いのですが,そこを院長としてざっと回診しなくてはならなかった、ある大家の教えです。パーキンソニスムのある患者さんは,” 首を動かさず じっと一点を見つめている”.(頚部の固縮と瞬目の減少),パーキンソニスムのない患者さんは,(周囲の状況が把握しにくいためか)逆に” きょろきょろし ている”。このコツを聞いた神経内科医は,”なるほど”と思います.少なくとも、私が尊敬する神経内科医はそうです。もともとはパーキンソニ スムのない痴 呆患者さんに,問題行動に対して向精神薬を投与すると,盛んにきょろきょろしていた人が,首も視線も動かさなくなりますよね.
こんな小さな知恵を積み重ねていって,教育に役立てたいものです.
胃切除後に再発を繰り返したWernicke脳症の1例.日内会誌 94;2005:1606-8
胃切除がビタミン欠乏症のリスクになるのはビタミンB12だけではないらしい.最近チアミントランスポーターがクローニングされ,肝臓, 胃,十二指 腸の順 に発現が高いことが報告されているが,VB1の吸収に関しては,まだ不明の点が多いのだそうな.主に十二指腸で吸収されると考えられているが,食物が十二 指腸を経由しないビルロートII法や,胃空腸吻合術では,VB1欠乏が起こりやすいそうだ.本例では,食べ物は全て十二指腸を経由する術式で あり,大酒家 でもなかったが(週にビール1-2本),胃切除によりエタノールが吸収されない形で十二指腸に到達するために,十二指腸でのVB1の吸収が阻 害された可能 性を指摘している.
胃切除によるビタミン欠乏と言えば,VB12しか思い浮かばないが,今後,胃切除患者の神経症状を診たら,亜急性連合性脊髄変性症や痴呆ばか りでなく, ウェルニッケ脳症も念頭に置くべきだろう.
しかし、臨床的に頻度の高い(つまり、鑑別診断が難しい)小球性貧血、正球性貧血に比べて、より頻度の少ない大球性貧血を見た時は、銅欠乏 を必ず鑑 別診断に入れること、という教訓は覚えておくべきだろう。坂野らは、高齢者長期経管栄養に伴う銅欠乏性貧血を6例まとめて報告しているが、大 球性貧血が6 例、正球性貧血が2例だったとしている。
坂野章吾ら。高齢者長期経管栄養にともなう銅欠乏性貧血、好中球減少についての検討。臨床血液 1994;35:1276-81.
典型的なウェルニッケ脳症誤診のパターンは、急性の意識障害、運動失調、複視といった症状で、CTを取って病変がないので脳梗塞とされる ケースで す。二流の神経内科医もよくこの落とし穴にはまりますから、コンサルテーションの結果に安住せず、やけに年齢が若かったり、脳梗塞の危険因子 がない症例 で、おかしな脳梗塞だなと思ったら、ウェルニッケ脳症の危険因子に思いを馳せてください。
日本では、相変わらず脳梗塞急性期に、ヘパリンや,日本独自の、明確なエビデンスのない薬が投与されているが、急性期にアスピリンが投与さ れること は極めて少ない。しかし、脳梗塞発症直後から有効性が確立されているのは、アスピリンだけだ。一方、ヘパリンは無効か、あるいはかえって有害 かもしれない とのエビデンスが確立している。(クリニカルエビデンス日本語版に、はっきり書いてある)
日本で脳卒中の診療に携わる人々は、この事実をどう考えているのだろうか。ガイドライン大流行のこの時代において、しかも、これほど明確な エビデン スがあるのに、日本脳卒中学会も、日本神経学会も、最も頻度の高い神経疾患である脳卒中のガイドラインをいまだに出せないのはどうしてだろう か?明確な治 療指針さえ示せないのに、Brain attackという言葉だけを一生懸命普及させようとしても虚しいだけだ。
アスピリンを急性期に投与しても果たしてすぐに効果が現れるのかと心配する向きもあるかもしれないが、アスピリンは、心筋梗塞や狭心症の時 に、錠剤 をかみ砕けば5分で効果を発揮することが証明されている。
Feldman M, Cryer B. Aspirin absorption rates and platelet inhibition times with 325-mg buffered aspirin tablets (chewed or swallowed intact) and with buffered aspirin solution. Am J Cardiol 84: 404-409, 1999.
しかも、その投与量はたったの150mg、81mg錠2錠で十分なのだ。
Antithrombotic Trialists' Collaboration. Collaborative meta-analysis of randomised trials of antiplatelet therapy for prevention of death, myocardial infarction, and stroke in high risk patients. BMJ 324: 71-86, 2002.
とすれば、脳梗塞で意識障害があっても、経鼻胃管で散剤で投与すれば十分だろう。粉のアスピリンは風邪薬の約束処方の中に入っている。
まず、片頭痛の疫学については,頭痛大学に詳し く載っていま す。
そこからかいつまんで:
作田 学:緊張型頭痛(筋の異常を中心に).臨神経 35: 1339、 1995 では、慢性頭痛の有病率についてアンケート調査 を会社社員と15歳以上の家族の全員 に行っており、総数は2380名で、回収率は90% 慢性頭痛は37.5%(男性23%、女性48%) の有病率。そのうち、緊張型頭痛:78.4% 典型的片頭痛:5.6% 群発頭痛:0.8%、 その他の血管性頭痛:13.5% 分類不能:1.7% すると、典型的片頭痛は37.5%x5.6%=2.1%となります。この数は、一般の神経内科医にとっては現場の印象とよく合います。
一方、北里大学の坂井の調査では、8.4%(男3.6%、女13.0%女性:男性比は3.6)(国際基準を満たすものは6.0%)となって います が、12人に一人が片頭痛というのは現実離れした数字だと思いますが、これは一生のうち一度でも片頭痛の経験があるという数字と解釈すれば、 現実に近い数 字なのかもしれません。
ところが、白人では全く話が違ってきます。ほとんどの報告は10%以上の有病率を示しています。
N Engl J Med 2002; 346:257-270の総説では、一生のうち一度でも経験するのは、全人口の最低でも18%とあります。ランセットの総説 Ferrari MD. Migraine. Lancet 1998;351:1043-51 では、常に全人口の10%の人が、その時に片頭痛を持っているactive migrainerであると。
以上より、日本人では、2%の人が片頭痛で悩んでおり、6-8%の人が一生のうち1度は片頭痛を経験する。一方、白人では10%の人が片頭 痛で悩ん でおり、20%の人が一生のうち1度は片頭痛を経験する。と言えば非常にわかりやすいし、誰もが納得できる数字だと思います。
また、人種差そのものに注目した論文としては、下記があります。
Stewart WF, Lipton RB, Liberman J, Variation in migraine prevalence by race., Neurology 47: 1, 52-9, Jul, 1996.
が次のように述べています。
Caucasian 20.4% 8.6%
African 16.2% 7.2%
Asian 9.2% 4.2%
以上より、片頭痛頻度の人種差は明らかです。
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1の脳腫瘍の場合には,夜間,就床中は臥位のため,立位と比べて脳からの静脈潅流が低下する.すると,脳の鬱血がおこりやすくなり,頭蓋内 圧か亢進 して頭痛が起きる.2の場合には,夜間の呼吸抑制により起こった高炭酸ガス血症が脳血管を拡張させることにより,やはり脳の鬱血から頭蓋内圧 亢進が起こる ためであると考えられてて入る.
ビタミンB12欠乏は日常臨床上しばしば問題となりますが,日本では,系統的な検査が行われていません.
Diagnostic Strategies for Common Medical Problems. Black ER et al. eds. ACP. いわゆるPanzer book
Case Records of the Masschusetts General Hospital. Case 30-2004. N Engl J Med 2004;351:1333-41
を参考に,非常に臨床がよくできる血液内科医,国立がんセンター中央病院 森慎一郎先生に教えてもらったことを加えて:
1. 血清ビタミンB12の値はビタミンB12欠乏の診断に役立つ:以前のラジオイムノアッセイは,活性のないコバラミンアナログまでも非特異的に測りこんでし まったので,多くのビタミンB12欠乏を見逃してしまっていた.しかし,最近のキットは抗体の非特異反応が大分押さえられて、250 pg/ml 程度をカットオフにするのであれば、感度は 100% 近くになる。欠乏があるのに正常値となる例(偽陰性)として、肝疾患や骨髄増殖疾患が存在する場合が知られています。 transcobalamin またはその他の結合蛋白の異常な増加によるものと考えられています。一方,このカットオフ値では,妊婦,部分胃切除,葉酸欠乏,厳密な菜食主義者をもビタ ミンB12欠乏と診断してしまうので(偽陽性),特異度は低い.カットオフ値を100pg/mlまで下げれば,特異度は上がるが,感度は 65%までに低下 する.
(森先生のコメント: この一つの検査だけで決定的と考えないほうが良いと思います。血液屋は Vit B12 欠乏を強く疑った場合には、Vit B12 正常でも、高値でない限りは診断的治療をやってみます。長く血液をやっている医者は、必ずといっていいほど「VitB12正常であったが、試しに治療して みたら劇的に改善した」という患者経験があるものです。この場合貧血が良くなる前に患者の状態が非常に良くなります。現実世界で最も多い「見 掛け上正常」 の理由は、検査法云々ではなく,「どっかで誰かがいれちゃった」というものです。)
2. 血清メチルマロン酸,ホモシステイン濃度:ビタミンB12欠乏でともに上昇する.ともに感度はいい.メチルマロン酸が正常でホモシステイン濃度が上昇して いる時は,葉酸欠乏を示唆する.以上がPanzer bookの記載です.一方,森先生は,“現場の臨床医としては、診断的治療がかなり有用であり、しかも大した害がないので、診断をきっちり詰めることより も試しに治療する方が多いとコメントしています.ちなみに日本では,血清中,尿中ともにメチルマロン酸を測定している商業ラボがありません し,保険適応も ありません.この理由は以前にも書きましたが,要するに,商売として成り立たないコスト高の測定だからという,情けない事情が裏にあります.
上記のNEJMのMGH症例の解説では,150未満を確実な欠乏症,150-220の間をグレーゾーンとして下記のメチルマロン酸と,ホモ システイ ンを測定し,それらが上がっていれば欠乏症,正常であれば欠乏症を除外,220以上であれば,それだけでB12欠乏は否定的というように,検 査を組み合わ せて感度と特異度がともに上がるようにしています.
3. シリングテスト:感度特異度ともに優れ,ビタミンB12欠乏診断の決定版とPanzer bookにはあるが,日本ではアイソトープをラベルしたB12がないこともあって施行不可能.一部教科書にはアマシャムからシリングテスト用 のキットが出 ているとのことだが,森先生も,その存在も知らないし,シリングテストも日本ではできないと思っていたとのこと.上記のMGHの解説でも,シ リングテスト はかつてはGold standardとされていたが,やはりアイソトープを人体に注射するという問題点と,検査とその解釈がややこしいという欠点から,シリングストは,米国 でもお蔵入りになったとのことです.
4. 抗内因子抗体,抗壁細胞抗体測定:抗内因子抗体は,悪性貧血患者の50?60%ので出現し,偽陽性はほとんどなく,特異性が高い.一方,抗壁細胞抗体は, 悪性貧血患者の84%で出現するが,特異性は低く,胃炎の患者の半分で出現するとPanzer bookにはあるが,森先生は,保険も通らないようだし,学問的な興味に過ぎないのではとのコメント.
したがって,日本国内での実際の診断戦略は,大球性貧血がなくても,原因不明の末梢神経障害,痴呆,好中球の過分葉など,ビタミンB12欠 乏が疑わ れるケースでは,除外のために血清のビタミンB12と葉酸の測定は意義がある.もし,血清ビタミンB12が250pg/ml以下であったな ら,血清のホモ シシステイン濃度も参考にする.そんなところでしょうか.
ところで,Ann. Pharmacother. 37(11)1730/(2003.11) 長期胃酸抑制治療(Omeprazole,Ranitidine,Cimetidine,Sodium Bicarbonate)に関連したVitamin B12欠乏症:6症例(高令者を含む)の報告.というようなletterがあるようです.手に入りにくい雑誌なので,まだ実物を読んでいませんが,どなた か,お読みになりましたら,因果関係はどこまで詰めているのか,どういう症状があったのかなどについて教えていただけたらと思います.
また,鉄欠乏などの合併病態がない純粋な銅欠乏による貧血は,大球性になると強く疑ってはいるのですが,まだ証拠や文献がみつかりません. ご存知の 方は教えてください.
要約
先進諸国中でも、単位人口あたり,日本は英国の10倍以上のCTを保有している.頭痛はCT検査の対象になりやすい訴えだが、実は,そ の原因となる 疾患の多くの診断には、CTが役立たないので,多くの検査が無駄に行われていることになる.それどころか、CT上で病変が認められないか らといって,重要 な疾患が見落とされてしまう危険さえある。余分な検査を省き、かつ、CTでは捉えられないが見落としてはならない病気を診断できるのは, 基本的な病歴聴取 と診察しかない.
CT王国日本
グラフは100万人あたりの先進諸国のCT台数を示す.先進国中でも 日本のCTの 台数は,100万人あたり70台と,先進諸国の中でもずば抜けて多く,米国の5倍,英国の10倍以上に上る.WHOから世界一とのお墨付きを いただいた日 本の医療の効率性には似合わない,異常な設備投資である.医学教育の貧しさを機械で補おうとした結果と皮肉る向きもあるかもしれないが,この 設備投資の効 果はどうだろうか.たとえば, CTの診断力が最も強力に発揮される脳卒中による死亡率が,他の先進諸国よりはるかに低いか? 脳卒中の診療が先進諸国中で群を抜いているか? 答えは否 である.本稿では,CTの有無に依存しない,そして,患者さんとあなたの両方を見落としから救ってくれる,頭痛の診断における病歴聴取や診察 の要点を述べ る.
頭痛の診断にCTは役立たない
この表題を見てあなたが,そんなことはわかりきっていると思ったら,以下は読む必要はない.しかし,もし,不思議に思ったとしたら,そんなあ なたに教えて もらいたいことがある.頭痛の患者さんを診て,“CTがあって本当に良かった”と思ったことが何回あっただろうか?それはどんな疾患,病態 だっただろう か?
頭痛の診断にCTが役立たないと主張しているのは,私だけではない.世界的に有名な先生もそうおっしゃっている.内科学教科書の定番,”ハリ ソン”の頭痛 の項(文献1)には,見逃してはならない頭痛の原因として,髄膜炎,く も膜下出血,緑内障,側頭動脈炎,脳腫瘍の5つの疾患があげられている.この5つの 疾患うち,CTが 役立つのは,脳腫瘍のみである.とくにプライマリケア場面で出くわす頻度が高い,髄膜炎とくも膜下出血(SAH)の診断には、CTは役立たな い。と、ここ まで読んで,SAHの診断にこそCTは役立つのではないかとまたまた疑問を持つ向きは,続けて以下もお読みいただきたい.
SAHの診断におけるCTの罠
画像診断の最も基本的だが重大な落とし穴,つまり写真に写らないから病気がないと判断してしまう最悪のシナリオの代表例が,CT によるSAH の診断である.なぜ、SAHの診断にCTが役立たないばかりでなく,かえって罠となってしまうのか? その答えが下 記である.
1. CTでわかるようなSAHはCTがなくても病歴だけでもわかる.つまり,SAHに関しては,主訴としての頭痛の感度は,CTよりもはるかに高い.
2. とくに,CTでは捉えられず,突然発症の頭痛だけが唯一の手がかりであるSAHがある.
強い頭痛を訴えてから意識もうろうとなって運び込まれてきた患者の頭部CTを撮って,白く染まったくも膜下腔を見てはじめて驚くような真似 は医学部 の1年生でもできる.あなたの医師免許はこんな症例の診断のためにあるのではない.2のような軽症SAHを見逃さずに脳神経外科医に送り届け て初めて,あ なたの存在価値があるというものだ. CTでは捉えられず、腰椎穿刺をしてはじめてわかるSAHこそ,医者としてのあなたの腕の見せ所であり,裏を返せば現実に見逃されるのもこのような症例で ある.そのような軽症のSAHこそが,手術の絶好の適応であることを考えれば,CT偽陰性によるSAHの見逃しの罪は深い.
しかも,軽微なSAHを捉えるための条件は様々で厳しい.スライスの厚さと角度, 体の動きによる画像のぼやけなど,様々な撮影条件ばかりでなく,出血した血液の量や発症からの経過時間によってもSAHに対するCTの感度は 大きく左右さ れる.ヘモグロビン値で10g/dl未満の貧血患者の頭蓋内出血は脳実質よりhigh densityにはならず,isodensityに留まることが示されている(文献2).ま た,理想的な撮 影条件下で,SAH発症後24時間以内では90%以上の感度があっても,2日後には76%,5日後には58%に低下する3).しかも,これら の診断率は, 放射線科や脳神経外科の医師が最適条件のCTを読影した結果であり,あなたが判断した場合はずっと低くなる.SAHを軽症のうちに捉える重要 性を考える と,以上のような種々の要因によるCTの感度低下(偽陰性率の上昇)は重大な問題である.SAHの誤診率を報告した文献の年代を見てみる と,CTの発達や 普及度と関係なく20%?50%と高いままに留まっている(文献3),この事実も,CTでもわ からない程度の軽いSAHが誤診の主体をなしていることを示唆して いる.
軽症のSAHを見逃さないために
軽症のSAHの診断にCTが当てにならないとすれば,SAH診断の手がかりとして髄膜刺激症状に代表される神経学的所見はどうだ ろうか.残念 ながら,項部硬直,ケルニッヒ徴候といった髄膜刺激症状の感度は,21-86%とCTに及ばない(文献 4). しかも,髄膜刺激症状は,発症直後は陰性であり,発症後時間の単位で徴候がだんだんと明らかになってくる.したがって軽症のSAHを発症後す みやかに診断 するためには病歴が頼りとなる.SAHの訴えの中で一番感度が高いのは頭痛だから,具体的には,突然発症の頭痛を訴える意識清明の患者さんが 来院したら, CTもとらず,腰椎穿刺も行わず,そのまま脳神経外科に紹介するのが上策となる.紹介元としては,もしSAHでなかった場合を考えると,単に 突然発症の頭 痛というだけで,CTも撮らずに脳神経外科に紹介するのは気が引けるという向きもあるかもしれないが,診立て違いを恥じたり,紹介先に遠慮す る必要は全く ない.純粋な医療原則よりも,むしろこういった遠慮が軽症SAHの紹介を遅らせる主な原因になっていることを強調しておきたい.紹介先のあな たも,患者さ んも,そして紹介先の脳神経外科医も,SAHの診断がはずれれば万々歳であることをあらかじめ納得して,以後の診療に臨めば,“こんな軽症で 大げさな”と いう気持ちや,診立て違いを恥じる気持ちには決してならないはずだ.
紹介元であるあなたの施設でCTを撮影したとしても,その結果如何にかかわらず,紹介先の脳神経外科では,SAHをより鋭敏に捉えるため に,造影 CTも含めて撮影条件を工夫してCT取り直すことはわかりきっている.なのにあなたが余計な手間隙をかけている間に再出血でもされたら,それ こそ元も子も なくなってしまう.真っ当な脳神経外科医であれば,たとえ腰椎穿刺までやってSAHが否定されたとしても,患者さんとともにSAHでなかった ことを喜ぶと ともに,どんな軽症のSAHも見逃さないとするあなたの熱意を,患者さんの目の前で誉めてくれるはずだ.だから,SAH疑いの症例に対し,プ ライマリケア 医自身が,動脈瘤再破裂のリスクを伴う腰椎穿刺を行う必要性は全くない. いち早く脳神経外科医に転送するだけで十分である.
軽症のSAHがどんな疾患と間違われるかを知っておくのも,見逃しを防ぐのに役立つだろう.
SAH誤診御三家
1位 機能性頭痛:筋収縮性頭痛,偏頭痛
2位 発熱例:インフルエンザ,髄膜炎,脳炎
3位 嘔吐例:急性(ウイルス性)胃腸炎
最も頻度が高いのは,機能性頭痛(偏頭痛,筋収縮性頭痛,群発頭痛)だが,発熱を伴って髄膜炎,脳炎,インフルエンザ,嘔吐を伴ってウイル ス感染症 (胃腸炎)と,それぞれ誤診されることが多いことに注意したい(文献3).一方で,腰椎穿刺を しても血性髄 液の所見が得られない突然発症の頭痛も確かに存在する.その原因としては,頚動脈あるいは椎骨動脈解離,静脈洞血栓症,未破裂動脈瘤の拡大と いった原因が あげられる(文献5).これらの疾患はいずれも診断が困難だが,プライマリケア医が悩む問題で はなく,紹介 先の脳神経外科医がそれこそ各種画像診断を駆使して鑑別すべき疾患である.
髄膜炎疑い症例におけるCT検査への疑問
では,SAHと並んでプライマリケア場面で重要な疾患である髄膜炎を疑う場合,CTは診断に必要だろうか?一般的には,髄膜炎を 疑って腰椎穿 刺をやる前に,CTで頭蓋内圧亢進の有無をチェックする必要があるとされ,実際には,髄膜炎疑い症例のほぼ全例でルーチンに撮影されている. しかし,ここ まで読んできたあなたには,髄膜炎疑い例におけるCTの必要性について,次のような疑問を抱いてもらいたい.
疑問1.CTで頭蓋内圧亢進がわかるのか?
疑問2.腰椎穿刺禁忌のCT病変とは?
疑問3.全例にCTを施行する必要性は?
疑問4.細菌性髄膜炎疑い例でもCT優先?
最初は,本当にCT上の画像変化で,頭蓋内圧亢進がわかるのだろうか?という疑問である.実は,CT所見は頭蓋内圧と相関し ない(文献6).たしかに,頭蓋内圧亢進の原因となる占拠性病変や浮腫は,種々の画像変化を示 す.しかし,占拠性病変や浮腫があっても,脳萎縮が著明であれば,頭蓋 内圧亢進は起こさないだろう.反対に,もともと脳萎縮のない小児では,CT所見が正常であっても,脳ヘルニアのリスクがあること を,Rennnickら(文献7)は示している,
最初の疑問に答えが出せなければ,2番目の疑問にも回答できない. CTによる頭蓋内圧亢進の評価に基準がないのだから,腰椎穿刺禁忌となるCT所見もわからない.このわからないリスクを極限の ゼロにひたす ら近づけるために,あるいは,訴訟対策の防衛医療のために,無駄なCT検査がとめどなく増加していったのは,CT王国日本だけではなかった.
Yale大学のHasbunらの前方視的なコホート研究(文献8)では,髄膜炎 を疑った 301例のうち,235例にCTが行われたが,CT上に異常所見が見られたのは4分の1の51例に過ぎなかった.さらに,頭蓋内圧亢進を示唆 するような mass effectがあったのは11例に過ぎず,その中でも腰椎穿刺中止までに至ったのは4例だけだったという. CTを施行した235例のうち4例だから,たったの2%,残りのCTを施行した98%は,結果的にCTの必要がなかったことになる.
CTは感度も特異度も,病歴と診察にはかなわない
そこで,3番目の疑問が出てくる.病歴や身体所見でだけで,頭蓋内圧亢進を除外し,不必要なCT検査を避けられないか? Hasbunらは,同じ報告(文献8)の中で,この疑問に対して,答えを出している. 免疫不全,中 枢神経疾患の既往がない年齢60歳未満の成人で, 1週間以内に痙攣発作がなく,簡単な設問に正しく答えられ,注視麻痺や顔面を含めた運動麻痺がなければ,CTを省略してもよいと結論している(文献8).簡単に 言うと,特記すべき既往歴のない60歳未満で,診察室に歩いてきて病歴を聴取できる人ならば,たとえ髄膜炎を疑ってもCT検査の必要はないと いうことで, 多くのプライマリケア医の直感を裏付ける結論となっている.
頭蓋内圧亢進を示す身体所見といえば,うっ血乳頭が有名だが,脳腫瘍や慢性硬膜下血腫のように頭蓋内圧亢進がある程度の期間持続してはじめ て出現す る所見なので,特に急性の頭蓋内圧亢進に対する感度は非常に低い.Gopalらの報告(文献9) では,頭蓋 内の占拠性病変を指標とした時の陰性尤度比は0.89となっている.この数字は,うっ血乳頭がないことは,頭蓋内圧亢進の否定には全く役立た ないことを示 している.これに対し, 1978年にLevin(文献 10)は,眼底鏡で観察できる網膜 静脈拍動の消 失が,頭蓋内圧亢進を鋭敏 に検出するための非常に優れた指標であると報告している.その感度はなんと100% (特異度は70%)だった. プライマリケアの現場でも,もっと活用されるべき所見である.(文献12)
と思っていたところ京都の伊藤照明先生が,(セロテープ で!!)直像 鏡にUSBカメラをくっつけただけで,パソコン上で網膜静脈拍動をモニターできることを証明してくれました.→サ ンプル画像(右クリックで,”対象をファイルに保存”とすれば ダウンロードもできます.伊藤照明先生に感謝!!)
この,網膜静脈拍動消失の重要性を知っていれば,最後の疑問に対する答えも簡単だ.細菌性髄膜炎の緊急性と腰椎穿刺前のCTの必要性とい う,時間の 面で相反する問題は,New England Journal of MedicineのClinical Problem Solving(文 献 11)でも取り上げられている.細菌性髄膜炎は救急疾患であり,来院後1時間以内に腰椎穿刺をして治療を始めなくてはならな い.24時間いつ でも すぐCTを撮影できる恵まれた施設だけに細菌性髄膜炎の患者が来てくれるわけではない.検査技師のオンコール体制などで,1時間後以上待たなければならな い時はどうするか? CTを待つ間に手遅れになる危険を冒してでも,CTを撮る必要があるのか?もしこのような状況に私が追い込まれたなら, 次のように行 動するだろう.網膜静脈拍動があれば頭蓋内圧亢進がないとして,腰椎穿刺を行う.もし,網膜静脈拍動が消失していたら,頭蓋内圧亢進がある可 能性を考え, empiricaに治療を開始する.
(参考文献)
1) Raskin NH and Peroutka SJ: 15.Headache, Including Migraine and Cluster Headache. in Harrison's Principles of Internal Medicine,15th Ed. Braunwald E et al (eds), : McGraw-Hill, 2001
2) Smith WP Jr, Batnitzky S, Rengachary SS: Acute isodense subdural hematomas: a problem in anemic patients.. AJR Am J Roentgenol, 136: 543-546., 1981
3) Edlow JA, Caplan LR: Avoiding pitfalls in the diagnosis of subarachnoid hemorrhage. N Engl J Med, 342: 29-36, 2000
4) McGee S: 23. Meninges. in Evidence-Based Physical Diagnosis pp303-8 W.B.Saunders, : Philadelphia, 2001
5) de Bruijn SF, Stam J, Kappelle LJ: Thunderclap headache as first symptom of cerebral venous sinus thrombosis. CVST Study Group. Lancet, 348: 1623-1625, 1996
6) Baker ND, Kharazi H, Laurent L et al: The efficacy of routine head computed tomography (CT scan) prior to lumbar puncture in the emergency department. J Emerg Med, 12: 597-601, 1994
7) Rennick G, Shann F, de Campo J: Cerebral herniation during bacterial meningitis in children. BMJ, 306: 953-955, 1993
8) Hasbun R, Abrahams J, Jekel J et al: Computed tomography of the head before lumbar puncture in adults with suspected meningitis. N Engl J Med, 345: 1727-1733, 2001
9) Gopal AK, Whitehouse JD, Simel DL et al: Cranial computed tomography before lumbar puncture: a prospective clinical evaluation. Arch Intern Med, 159: 2681-2685, 1999
10) Levin BE: The clinical significance of spontaneous pulsations of the retinal vein. Arch Neurol, 35: 37-40, 1978
11) Saha S, Saint S, Tierney LM Jr: Clinical problem-solving. A balancing act. N Engl J Med, 340: 374-378, 1999
12) Jacks AS, Miller NR. Spontaneous retinal venous pulsation: aetiology and significance.J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2003 74:7-9.
親戚・家族に対する質問の項目とは下記である.
1.(本人は)パーキンソン病と診断されているか?
2.静かに休んでいるときやじっと座っているときに手が震えているか?
3.足がすくんだり小股歩きをしているか?
4.前かがみの姿勢になっているか?
5.歩く時に腕の振りが小さくなっていないか?
6.体が硬くなって動きが鈍くなっていないか?
この6つの質問のうち,3つ以上に当てはまった場合の感度と特異度が,ともに9割前後だというのだ.神経内科医なんて要らなくなるだろう. そして, こういう項目のそれぞれについて重みをつけてスコア化して,層別尤度比を出せば,素晴らしい診断法になる.
Uchihara T, Tsukagoshi H. Jolt accentuation of headache: the most sensitive sign of CSF pleocytosis. Headache. 1991 Mar;31(3):167-71.
たとえ意識が清明で,項部硬直がなくても,発熱,頭痛に加えて,”いやいや”をするように頭を振ると頭痛が強くなれば(Jolt Accentuation),髄膜炎を強く疑い,なければ髄膜炎が否定できる.なぜなら,Jolt Accentuationの感度は97%にも達するからだ.(特異度は60%).感度Sensitivityが高い検査は除外診断 Ruling outに役立つ=SnNOut Jolt Accentuationと比べると,項部硬直はせいぜい50%,ケルニッヒ徴候やブルジンスキ徴候に至っては3割以下の感度しかないので(特異度は非常 に高いので診断確定には役立つ),髄膜炎の検出感度は非常に悪い.
上記論文は下記のJAMAの総説にも引用され,高く評価されている.
Attia J, Hatala R, Cook DJ, Wong JG The rational clinical examination. Does this adult patient have acute meningitis?. JAMA 282, 175-81 (1999).
一方,顎を胸につける,Neck Flexion Testも感度は81%とよい.,(特異度39%).
中泉博幹ら.髄膜刺激症状の検出におけるNeck Flexion Testの有用性.家庭医療 6:11-15,1999.
1.意識障害の原因の多くは脳にあらず
意識障害患者の診断では,まず,原因が脳にあるのか,それ以外の全身疾患にあるのかを鑑別することが非常に重要である.意識障害だから,原因 が脳にあると 考え,ろくに診察もせずに頭部CTをオーダーする人間の頭の中が空っぽだということはCTをしなくてもわかる.Plum & Posnerによれば,意識障害500例のうち,脳卒中などの脳固有の疾患を原因とするのは4割足らずで,残りの6割近く,288例は,肝性脳症や内分泌 代謝疾患などの全身疾患である[Plum & Posner 1980].したがって,病歴が本人以外から聴取できる場合には,脳卒中などは誰でも思い浮かべる疾患はさて置き,見落としがちで,緊急性の高い全身疾患 をまず念頭に置くことが大切である.それは,アルコールを含む薬物中毒,内分泌代謝異常昏睡(低血糖あるいは糖尿病性昏睡,低ナトリウム血症 など),肝性 脳症といった疾患である[Plum & Posner 1980].
Plum, F., Posner, J, B. The Diagnosis of Stupor and Coma. , (1980).
2.スケールよりも実際の症状の記載を優先せよ
意識障害の重症度分類にはGlasgow Coma Scale (GCS) [Teasdale & Jennett1974]やJapan Coma Scale (JCSいわゆる3?3?9方式)がよく使われるが, 実際の臨床場面でGCSあるいはJCSで何点と言っても,患者の状態は思い浮かばない.表を暗記するよりも大切なのは,個々の患者で,具体的に意識状態を 記述することである.その時の要点は,目と,口と,手足である.これらそれぞれの器官が,自発的に動くのか,刺激を与えて初めて動くのか,そ れとも刺激を 与えても動かないのかを観察し,記載すれば,患者の状態は,誰にでもすぐに思い浮かべられるし,どんな意識障害のスコアにも換算できる.(表 1)
表1.意識障害の記載の基本
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自発的に動く | 開眼を維持できる | 自発語あり | 自発的に動かす |
刺激で初めて動く | 刺激で初めて開眼 | 呼びかけて発語 発声 | 痛みに反応する |
刺激でも動かない | 刺激しても開眼せず | 呼びかけても反応なし | 痛みに反応しない |
Teasdale G, Jennett B Assessment of coma and impaired consciousness. A practical scale. Lancet 2, 81-4 (1974).
3.バイタルサインは意識障害の鑑別診断にも有用
バイタルサインは患者の状態把握ばかりでなく,意識障害の鑑別診断に役立つ.脳圧亢進の際には血圧が上がり,徐脈になる(クッシング効果). また,全身疾 患で意識障害をきたすような場合には,しばしば血圧が低下する.したがって,意識障害患者では,血圧が高いほど脳病変の可能性が高くなり,低 いほど脳病変 の可能性が低くなるという仮説が立てられる.筆者と旭中央病院のグループは,意識障害患者529名においてこの仮説が正しいことを証明した. すなわち,脳 病変の存在の弁別能力には,バイタルサインの中でも収縮期圧が,最も優れており, 120 mmHgの時には階層別尤度比が0.21,すなわち,収縮期圧120 mmHg 以下の時には脳病変以外の原因による意識障害の可能性が非常に高く,160 mmHgの時には 4.31,すなわち,収縮期圧160 mmHg以上の時には脳病変の可能性が非常に高いことを示した.体温や脈拍には収縮期血圧ほど鑑別診断価値はないが,これらのバイタルサインの異常はやは り大きな診断の手がかりになる.例えば,低体温であれば,まず脳病変は考えず,薬物中毒や粘液水腫性昏睡に代表されるような代謝性疾患を考え るといった具 合である.
4.意識障害患者の症候学
患者の協力が得られないし,救急場面での診察なので時間もかけられない.以下の点は最低限チェックしたい.頭から順に下へ下るようにすれば見 落としがな い.
1) 頭部外傷と項部硬直の有無.ただし頚椎損傷の可能性を常に考慮すること.
2) 眼球運動:ocular bobbingやroving eye movementなどの異常自発運動や・誘発眼球運動(頭の運動の方向とは逆の方向に眼が自動的に動く:人形の目現象)
3) 瞳孔:左右差はもちろん,形状も大切.脳幹の異常でしばしば不正円になる.対光反射は直接ばかりでなく間接も観察する.
4) 眼底:神経内科医はしばしば瞳孔所見の経過を見るために,散瞳剤をやせ我慢して,乳頭だけでも見ろと言うが,私は,散瞳剤投与前の所見をきっちり取ること を条件に,短時間作用性の散瞳剤を使って,丹念に診察することを勧める.鬱血乳頭や眼底のくも膜下出血は,感度は低いが,特異性は非常に高 く,かつ簡単に 所見がとれるからである.
5) 口:一番手軽に観察できる粘膜が口腔粘膜である.ここにさまざまな全身疾患の手がかりが出てくる.口臭の有無も意識して観察すること.舌の状態,軟口蓋の 異常運動(口蓋ミオクローヌス)の観察も診断の手がかりを与えてくれる.
6) 四肢ではまず,肢位を観察する.ここで,除脳硬直や錐体路障害による肢位の異常(上肢は屈曲,下肢は外旋伸展)の有無を診る.自発運動がある場合には,特 に左右差に注目し,片麻痺の手がかりを得る.自発運動が全くない場合には,痛みを加え,逃避反応の左右差がないかどうかチェックする.痛み は,手の爪や前 脛骨部を強く圧迫することにより誘発する.皮膚をつねるなどの表在性の痛みは感覚障害の影響を受けやすいためと言われている.次に肘関節や膝 関節で四肢を 他動的に屈曲・進展させ,筋緊張を診る.この場合も特に左右差に注目する.昏睡状態の患者では,両上肢あるいは両下肢をある程度の高さまで左 右対称に持ち 上げ,同時に自然落下させる試験も左右差を見るためにしばしば用いられる.
5.譫妄と昏迷
意識障害の特殊な形として,譫妄Deliriumと昏迷Stuporがある.譫妄の定義を教科書で読んでも,余計にわけがわからなくなる.日 常臨床で出会 う頻度は少なくない病態だが,これらの病態を知らないと,原因不明の意識障害として,余計な検査や間違った治療が行なわれる可能性があるの で,誰でも知っ ておくべきである.
譫妄とは,幻覚妄想のために興奮している状態である.そのため,周囲の状況が理解できなくなり,意思疎通もできなくなるので,意識障害とし て扱われ る.臨床の現場では,高齢者が夜騒ぐ夜間譫妄が最も頻度が多いが,精神疾患,薬物中毒,各種の代謝性脳症でも起こる.
一方,昏迷とは,本人の意識は実は清明なのだが,発語や四肢の運動に高度に抑制がかかって,あたかも意識障害のように見える状態,たとえて 言えば, 意識が閉じ込められた状態である.精神分裂病に代表される精神疾患を原因とすることが多い.横たわった石像のように動かず,痛覚にも全く反応 しないが,し ばしば目を開けたままなので,非常に奇妙な意識障害という印象を受ける.ずっと閉眼している場合もあるが,たとえ閉眼していたとしても,バイ タルサイン, とくに呼吸状態が非常に良好な点が,昏睡との重要な鑑別点である.昏迷が改善した後に患者の話を聞くと,昏迷の最中でも,その時の状況や周囲 の人々の会話 をよく覚えており,痛覚刺激を受けた時も,“とても痛かったんですけど,動かせなかったんです”と言われて,申し訳なく感じがらも,昏迷とい う特殊な意識 障害の本質を理解できる.
異常行動が深刻な問題になりやすい
症例1.2日前に夜間せん妄(J1)と徘徊を主訴として家族とともに初めて受診した99歳女性.アルツハイマー病を疑い,ひとまず夜間せん妄 に対して少量 のベンゾジアゼピンを処方したが,今日家族から電話がかかってきて,昨夜から大声で歌を歌いつづけ,自分の大便を床や壁に塗りたくって手に負 えない状態だ という.
症例2.88歳の痴呆の女性.以前よりあった喘息発作が悪化しているが,痴呆がひどく,吸入も服薬も拒否するし,点滴のラインも自分で抜いて しまう.一般 病棟では診療できないので引き取ってもらいたいと他院から依頼があった.
問題行動とは,なんともあいまいな言葉である.現実には,上記のように,問題行動1)ゆえに,“なんとかしてくれ”と泣き付かれることが多 い.b るいは,“元気がない ”“食欲が ない ”“徘徊していたのに,歩かなくなった ”といった,非特異的な家族の報告が唯一の訴えとなる.そのうえ,高齢者で老い先が短いということになれば,臓器専門医はここでやる気をなく してしまう. もちろん,ここが総合診療医の腕の見せ所である.では,どうして臓器専門医がやる気をなくすのか,どうして総合診療医としてのあなたの腕の見 せ所なのか? その理由は,表1に示すように,複数の悪条件が重なった中で,最良の判断を下さなくてはならないからだ.
表1 痴呆診療の難しさの理由
1.患者の協力が得にくい
2.診療の手段が限られる(患者の協力を得にくい.侵襲の大きい検査がしにくい)
3.さまざまな合併症の可能性があるので,臓器別専門医では診療できない
4.病診連携:地域の行政機関との連絡を円滑に行い,患者家族との良好な関係を必要とする
痴呆患者における症状悪化の原因
症状悪化と一口に言っても,さまざまな状況が考えられる.表2に日常診療上遭遇しやすい症状悪化の原因をまとめた.痴呆患者の診療で,家族あ るいは他の医 療機関から泣き付かれる原因で最大のものは,痴呆に伴う問題行動である.そのうち,夜間せん妄と徘徊の頻度が多いが,盗難妄想に基づく家人や 近所とのいさ かい,排便・排尿の始末(単なる失禁ではなく,症例1に見られるように便を塗りたくるなどの異常行動)に関する訴えも深刻である.
薬剤の過剰や副作用も頻度の多い問題なので,痴呆症状が悪化したとされる症例では,全例で服用薬剤の洗い直しが必要である.痴呆患者には問 題行動を 抑えるために多かれ少なかれ向精神薬やベンゾジアゼピン系薬剤が投与されている.これらの薬剤による錐体外路症状や鎮静は,軽症を含めればほ ぼ全例で認め られる.複数の医療機関で同様の薬をもらっていたり,身体合併症に対して服用している薬剤との相互作用で,有害作用が出やすくなっている例も しばしば見ら れる.動脈硬化で脳血流が低下している症例では,全身血圧が低下しただけで痴呆症状が出現し,降圧剤の中止により痴呆が消失してしまうことも ある.
痴呆そのもの以外に,合併症として頻度が多いのは,肺炎をはじめとする感染症である.肺炎の場合は,全例で,原因としての誤嚥の可能性を考 えて対処 しなくてはならない.
痴呆患者が立てなくなった,歩けなくなった場合には,受傷機序が明らかではなくても,常に骨折の可能性を考えなければならない.病歴や自覚 症状を当 てにしてはならない.どこで転倒しているかわからないし,全く痛みを訴えなくても大腿骨を骨折しているような例にしばしば遭遇する.
また,児童虐待に比べて社会的な問題にはまだなってはいないが,介護者による虐待 文献1),文献2)も,今後は大きな社会的問題になってくるだろう.もちろん,脳卒中の合併も痴呆の悪化の原 因になる.とく に.慢性硬膜下血腫(J2)と,大脳皮質直下の血腫は,局在症状なしで痴呆と見紛う場合があるので,急激な痴呆の悪化やせん妄の原因が明らか でない場合に は,局在症状や意識障害がなくても,画像診断の必要がある.
表2 痴呆患者の症状悪化の原因
問題行動: 夜間せん妄,徘徊,妄想などに基づく異常行動
薬剤: 副作用や過剰投与
合併症: 感染症:肺炎,尿路感染症,褥瘡,
外傷:慢性硬膜下血腫,骨折,介護者による虐待
脱水,電解質異常
症状悪化への対処を困難にする要因
痴呆患者の症状悪化への対処は,一般の疾病の症状悪化よりはるかに難しい.なぜかと言えば,常に社会と医学の問題を同時に考えなくてはならな いからだ.ど んな脳の病気も多かれ少なかれ社会との関わりが問題になるが,特に痴呆は行動異常を伴うので,家庭にせよ,病院にせよ,受け入れ先と患者の折 り合いを常に 考えなくてはならない.ここに痴呆診療の難しさがある.数々の相反する要素を勘案し,落としどころを探らなければならない.医者というより, 経営者のよう な判断を要求される.
表3に,症状悪化への対処の際に考えなければならない要素をあげた.
表3 症状悪化への対処のために考慮すべき要因
1.地域の医療事情:社会背景
1)空きベッド
2)医療施設の種類
3)病診連携
2.家族:介護の手(マンパワー)と経済状態
3.患者本人の要素
1)訴えがない
2)診察への協力が得られにくい
3)治療の安全域が狭い
4)問題が複数にわたりやすい.例:肺炎と褥瘡を合併
5)病状自体もしばしば治療抵抗性,進行性
対処法のポイント
痴呆病棟というと,皆さんは何を思い浮かべるだろうか.長期植物状態の患者さんが並ぶ静かな場所だろうか.あるいは車椅子に座ってお茶を飲み テレビを見る ことしかしない無気力な人々の集団だろうか.どちらの光景もおとぎ話である.痴呆病棟は問題行動のICUである.外の一般社会ならば犯罪とな るような問題 行動が横行する,常識外れな混乱に満ち溢れている.当院の痴呆病棟での経験から,対処法のポイントを表4に掲げたが,こうしてみると,まるで 災害現場や防 犯マニュアルのようである.表4は,痴呆患者の診療にあたっては,医者の診療の腕云々というより,看護や介護にたずさわるスタッフが,問題行 動に慣れてい ること1)が如何に大切かをよく示している.
寝たきりが介護負担の象徴のように言われるが,介護する側から言えば,徘徊する痴呆患者よりは寝たきりの方がはるかに介護しやすい.せん 妄,徘徊な どはまだいい方である.火の不始末から始まって,財布を盗まれたといっては5分おきに警察に電話をかけたり,うちの嫁は食事もろくに食べさせ てくれないと 近所に触れ回る,といった反社会的な問題行動のために,家族が疲労困憊の末やむなく病院に駆け込んでくるケースが実際には多い.他の医療機関 で拒絶される のも,ほとんどの場合,医療行為の拒否を含む問題行動が原因である.
表4 対処法のポイント
1.問題行動への対応に慣れた看護スタッフ
1)徘徊,迷子への対応:自室,トイレの図示
2)器物・設備破損:トイレ・洗面所の蛇口,排水孔の蓋,ドア・窓など,可動性のものが標的となりやすい
3)盗食・水中毒
4)他の患者への暴力行為の防止:最も重要な事故防止
医療行為の妨害:チューブ類を引き抜く
身体的:けんか,性的暴力行為
2.幻覚妄想への対応:盗まれた,無くなった,
3.高齢者に多い救急疾患への対応:頭部外傷,骨折,腸閉塞,脳卒中,心筋梗塞
4.身体障害への対応:嚥下障害・尿便失禁
5.医療保護入院,隔離・拘束など精神保健法に基づく手続きに精通:どんな場合にどんな指示が必要なのか
6.一方で,social workingのセンスも求められる
おわりに
以上より,診療科や職種にかかわらず,医療従事者はすべからく痴呆患者の診療を学ぶべきことがわかっていただけたと思う.幸いなことに勉強の 機会にはこと 欠かない.何しろ我々は高齢化社会の真っ只中にいるのだから.
文献
1)ジョン・P・スローン著.藤沼康樹訳.プライマリ・ケア老年医学,プリメド 社,2001.
<高齢者の診療のための優れた教科書.“高齢者の臓器別内科学”の感のある類書に比して, 非常に実用的>
2) Nelson D.Violence against elderly people: a neglected problem. Lancet. 2002 Oct 5;360(9339):1094.
注:
せん妄:本を読むと,決まってわけのわからない定義が書いてあるが,興奮を伴う意識障害の特殊型と捉えればよい.重要なのは定 義ではなく, 薬物や全身疾患がせん妄の原因になっているかどうかを見極めることである.
慢性硬膜下血腫:転倒はもちろんのこと,脳萎縮もリスクとなる.一旦発症すればすみやかに進行し死亡するので,慢性の名に反 して救急 疾患だが,簡単な手術で救命できるので,具合の悪い高齢者の顔を見たら,反射的にこの病名を思い浮かべること.
NEJMに脳出血の総説が載っていました.(くも膜下出血ではない)脳実質内出血の際の降圧はどうするのか,興味津々で読んでみました.
A. I. Qureshi and Others. Spontaneous Intracerebral Hemorrhage. N Engl J Med 2001;344: 1450
結論は,”定説なし”.脳出血の際の全身的な血圧低下は脳血流を低下させないという研究が二つ引用されていますが,一つは動物実験で,もう 一つは human studyですが,きちんとした論文ではなく学会抄録です.
それで,この総説では,American Heart Associationのガイドラインを唯一の根拠に,平均血圧が130mmHg以上の時は降圧するとしていますが,これにも脳潅流圧を 70mmHg以上に保つという条件がついており,脳圧をモニターしながらでないと降圧剤の投与ができないことになります.どこでもできること じゃないです よね.
それに,よく考えてみると,”脳出血の際の全身的な血圧低下は脳血流を低下させない”という実験事実は,脳出血の際に血圧が高ければ降圧す べしとい う結論の根拠にはなりません.なぜって,降圧するのは,脳の血流を落としてまでも出血のリスクを低くしたいということなんじゃありませんか?
全身的に血圧を下げて,脳出血の拡大を防ぐ一方,脳の血流を低下させないで脳を保護するなんてことが本当にできるの???それって証明でき る の???
脳実質内出血の際の降圧の是非はきちんと介入試験をすべきだと思いますね.こんなに古典的な問題で大切なことなのに,どうしてやらないんで しょうか ね.すぐにできることなのに.脳虚血の遺伝子治療なんて,海の物とも山の物ともわからない研究より,こういう研究こそ国立循環器病センターが 音頭をとるべ きだと思いますね.何たって多額の税金を使っているのですから.
一過性脳虚血発作TIAという用語は,あくまで意識清明な状態で,明かな神経学的局所症状を呈する例に対して用います.具体的には,片麻 痺,複視, 構語障害,嚥下障害,失語などです.意識消失発作,眩暈のみの場合には,局在病変を同定する価値がない症候ということもあって,TIAという 言葉は用いま せん.
意識消失発作と,他の局在徴候所見を同時に呈するような例が仮にあったとしても(私は診たことがありません),意識清明例の局在徴候と違っ て,病変 同定の価値が薄れますので,TIAとは呼ぶべきではないと思います.
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神経内科医が,この誤用になぜうるさいかというと,意識清明例での可逆的な局在徴候という点に,病歴として大きな意味があるからです.ここ に”意識消失発 作”という,原因をにわかに同定しがたい異質な雑音が入ってくると,TIAという言葉と概念の価値が消失してしまうからです.
酒飲みが,特に急性ないし亜急性に意識障害や精神症状を示した時に,山を張る待ち牌は,1)慢性硬膜下血腫 (subdural Hematoma,2)肝性脳症 (Hepatic encephalopathy),3)低血糖 (Hypoglycemia),4) 低ナトリ ウム血症 (Hyponatremia),5)ウェルニッケ脳症(Werinicke).5W1Hならぬ1W4Hというわけだ が,こ のあたりまでは,すぐ出てきてもらいたい.大穴が,ペラグラ(ナイアシン欠乏症)と代謝性アシドーシスかな.いずれも緊急の治 療を必要と し,かつ治療によく反応する病気で,見逃せば死ぬ病気である.とくに4と5はペンチャン・カンチャンの類の待ち牌となり,振り込みがちなの で,アルコール依存即チアミン/ナイアシン欠乏という反射弓を脳の中に作って,網を張っ ておくことが大切だ.特 にウェルニッケ脳症は見逃すと,確実に裁判で負ける.(アルコールとは関係ないが,イレウス,外科手術術後,妊娠悪阻がひどくてで嘔吐を繰り 返す例など に,チアミンなしでブドウ糖がたっぷり入った中心静脈栄養を行うと,予備が少なくなっているチアミンを簡単に使い果たし,すぐさまウェルニッ ケ脳症にな る.そのような場合,担当医はもともとウェルニッケ脳症などと頭にないから,脳梗塞だと思いこんでしまい,余計治療が遅れることになる.)
だから,酒飲みが意識障害や精神症状で来たら,まず,血糖,アンモニア,血液生化学,そしてできればビタミン定量の採血を行い,ブドウ糖を 注射し, 症状が改善しなかったらすぐに複合ビタミン剤の入った点滴(ウェルニッケ脳症の場合にはブドウ糖単味の補液は,チアミンの消費を増大させ症状 を悪化させる ので禁忌)を確保してからCT室へ送ること.
では,脳梗塞で,どうして血圧を下げたいと思うのか 考えてみ ましょう.多くの場 合”なんとなく怖いから”じゃありませんか?それとも,降圧しないと出血性梗塞や 脳浮腫の危険が高まると思いますか? でも,その懸念の科学的根拠はどこにありま すか?そもそも出血性梗塞や脳浮腫は,血管の破綻が一義的であって,血圧を多少下 げようがどうしようが,関係ないんじゃありませんか.解離性大動脈瘤の時みたいに どーんと下げるんならまだわかりますけど,まさかそんな無謀なことはできますまい.Okadaらは,出血性梗塞は脳塞栓急性期の血圧とは関係がなかったと しています.
Y Okada et a. Hemorrhagic transformation in cerebral embolism. Stroke, Vol 20, 598-603, 1989
また,脳梗塞急性期で,明らかに高血圧を原因として多臓器に悪影響が及んでいるために降圧しなければならない例がどれほどあるでしょうか?
私自身は,脳梗塞急性期で血圧を下げようとする人々にこう問いかけますが,いまだ かつて明確な答えをもらったことはありません.一方,降圧に より梗塞が拡大する危 険は明らかです.ですから,単純に,”脳梗塞の急性期 では,血圧がどんなに高くな っても下げない”の一点張りにしています.これは特に看護婦が当直医に血圧を下げ るように”要求”した結果としての,アダラート舌下誘発性脳梗塞を阻止せんがため です.
脳出血急性期の際の降圧は,更にむずかしいです.ワシントンマニュアルの 記載は,脳実質内出血に関しては,Systemic BP should be lowered gradually, over days, with close observation for evidence of cerebral ischemia.とありま す.あいまいな書き方ですが,いずれにしろover daysなんですね.
ワシントンマニュアルでは,くも膜下出血の時でさえも,Only extreme elevation in BP (diastolic 130mmHg) should be treated. Hypotension must be avoided, as it may exacerbate ischemic deficits.とありますが,このあたりが腑に落ちないので,山口 大学脳神経外 科の藤澤博亮先生に確 認してみました.やはり確立した基準はなく,グレーゾーンが広く,我々内科医の感覚と 特別に解離したところはないと思われます.
問1.脳外科医の間で共通認識として.これ以上なら下げるという,降圧の目安(収 縮 期圧,拡張期圧)はありますか?脳実質内出血とくも膜下出血では,降圧の基準 に違いはありますか?
回答:くも膜下出血では脳血管攣縮の問題があるので、ワシントンマニュアルの記述 は攣縮期のもののように思えます。くも膜下出血では、手術まではとにかく再破裂の 予防が第一です。この手術待機中の急性期管理は、施設ごとに基準が異なるかも知れ ません。当科のプロトコールではマンシェット圧で120〜130 mmHg(収縮期)にする こと、そのためにニカルジピン、ジルチアゼム静注を行うことにしています。血管攣 縮対策に対しては、3H therapy (Hypervolemia, Hypertension, Hemodilusion)がど こでも行われていますが、細かいところはこれまた施設で(大学間で)異なると思い ます。当科のプロトコールでは血圧はday 5頃から高めに維持する、としています (mean 90以上)。現場では、実際血圧が時々刻々変化します。収縮期200mmHgならど うするんだ、220mmHgなら、あるいは160mmHgなら、とその場で対応を迫られます。血 管障害の管理もとても大変です。収縮期200mmHgなら短時間なら経過をみることにな るかと思いますが、さすがにこれを越えると降圧することになります。
脳出血では、保存的治療の時、やはり血腫の増大が怖いですから、収縮期140mmHg以 下とすることにしています。搬入時に、これ以上の血圧であったら、プロトコールに 従い降圧します。高血圧の既往があっても降圧を徹底します。over daysという方法 はうちではとりません。術後もそうです。ともかく脳外科医は再出血をおそれます。
問2.逆にこれ以下に下げたら,脳循環にはっきり悪影響を与えるという基準値はは っ きりしていますか?
回答:「これ以下」という基準値は、厳密にはありません。実際問題としてショック でもない限り、脳出血,くも膜下出血の待機中に収縮期血圧が100mmHg以下となるこ とはほとんどないので、はっきりとお答えすることが難しいです。
問3.脳実質内出血の場合,血腫拡大のリスクのある時期とそれ以降では,降圧の必 要性や基準値が変わってきますか?
回答:高血圧性脳内出血では、急性期は(最低1週間)は降圧を特に厳密にし、それ 以降もnormotennsionに保つことになります。多くは静脈内投与から経口投与に変わ ります。
以上、私なりにお答えしてみました。頭部外傷と異なり、血管障害の場合は少しトーンが落ちます。各地に専門家がおり、皆一家言持っておりま すので、 色々な専門家の意見をお聞きになると良いと思います。そんなに多くの基準があってよいのか、と思われるかも知れませんが、細かい部分が異なる ことはあるか と思います。実際、くも膜下出血の特に血管攣縮対策は、さらなる成績向上を目指して未だに試行錯誤が行われています.
案外みなさん,知らないんですよね.頭部外傷って.転倒して,頭打って,意識がおかしければ脳外科に頼んでしまうし,意識清明で頭部CTに 異常がな ければそのまんまっていうことで済ませてしまっているでしょ.
英語ですけど、CDCから次のようなツール集が出ています。参考にしてください。
Heads Up: Brain Injury in Your Practice A Tool Kit for Physicians
次の脳震盪の総説も大いに参考になります。
Allan H. Ropper and Kenneth C. Gorson. Concussion. NEJM 2007;356:166-172
まず、CTを撮るか撮らないかですが、それは、 The Canadian CT Head Ruleがよろしいようで。The Canadian CT Head Rule とは、大まかに言うと、受傷時、気を失ったり、健忘があって、来院時意識が清明でない(GCS15未満)でない例はCTを撮影すべきであり、2回以上の嘔 吐や、高齢者(65歳以上)、受傷より30分以上の前のことが思い出せない といった場合にCTが必要と言っている。比較対照のNew Orleans Criteriaは、対象を広げすぎて特異度がひどく低いのが難点となっている。
Stiell IG, Clement CM, Rowe BH, et al. Comparison of the Canadian CT Head Rule and the New Orleans Criteria in patients with minor head injury. JAMA. 2005;294:1511-8. [PubMed ID: 16189364]
一方,あの有名な頭部外傷後のlucid intervalについてあなたは詳しく御存知でしょうか?頭部外傷後,意識消失があったにせよ,なかったにせよ,意識清明な時間があって,その後に,急 性硬膜外ないしは硬膜下血腫によって意識障害が起こってくるのは御存知ですよね?でもそのlucid intervalってどのくらいだか知っていますか?
脳外科医がいる施設ならそんなこと知らなくても済むかもしれませんけど,問題は私が今いるような精神病院とか,精神遅滞者の施設で,頭部外 傷のリス クが高く,かつ意識障害の詳細な評価がしばしば困難な患者を多く抱えているのに,頭部外傷が起こっても脳外科をすぐ呼べない施設です.そのよ うな施設で は,転送の是非とそのタイミングの適切な判断を下すために,系統的な知識が必要になるわけです.
頭部外傷後の経過観察で,lucid intervalがあるから,意識状態やバイタルサインに注意して観察するようにと看護師に言ってから,”先生,いつまで注意して観察すればいいんですか?”と 聞き返されて,自信を持って答えられます?
そこで,以下,畏友の山口大学医学部脳神経外科学,藤澤博亮先生から,非常に実践的な回答をいただきました.
問:脳外科医の感覚として,頭部外傷後,何時間たてばまず大丈夫だという安全域のような 時間帯はありますか?
答:まず6時間です。6時間たてば一応出血が完成すると考えていますが、絶対ではありません。“Talk and deteriolate”という始末の悪い概念があり、これは後に述べます。最初のCT(だいたい受傷後30分〜1時間になるかと思います。)で頭蓋内出 血がない、あるいは出血が少なくて手術適応でない場合、医者にとってもっとも精神衛生上よい方法は、受傷後3時間(または最初のCTから2時 間後)に撮 り、これで頭蓋内出血の増大がない場合、さらに受傷後6時間に撮る(2回目のCTから3時間後)、というのが良いと思います。頭蓋内出血がな くても頭蓋骨 骨折のある場合には、こうする方がよいでしょう。
問題はfollow up CTが深夜にかかる場合です。例えば、受傷が夜の8時だとすると2回目のCTが11時、3回目が午前2時になります。本当はこれが理想ですが、2回目の CTを12時か1時にして、3回目を省略ということも可能です。ここまでやらなければならないかと思われるかも知れませんが、少しでも懸念の ある時は、こ うするべきです。(池田の個人的な感想:たとえば,酔っぱらいの頭部外傷なんかはこのように念を入れるべきなのでしょう).もちろんその間の 意識レベルや 瞳孔、麻痺などの観察は必須です。とりあえず6時間で安心して、翌朝に意識もよければ、まず大丈夫です。ただし繰り返しますが、絶対ではあり ません。翌朝 からでも意識レベルが低下し、CTで血腫が増大していたということもあります。もちろん浮腫の影響もあります。
Lucid intervalという概念も、確認が必要です。(狭義の)Lucid intervalとは、以下のような経過をとるものです。Initial loss of consciousness → Lucid interval → Later loss of consciousness.これに対して、“Latent interval”という概念があり、これは「受傷直後には意識消失はなく、治療時期に意識消失する」というものです。ただこのLatent intervalという言葉は脳外科医でもあまり使いません。両者合わせて(広義の)Lucid intervalということが多いようです。
以下には、案外教科書その他に載っていなくて、先生の興味を引きそうだと思われるところを挙げてみます。
高齢者の頭部外傷の特徴
*受傷機転:転倒、転落外傷が多い.交通事故は歩行中、自動車運転中の事故が多い
*症状:頭蓋内圧亢進症状の発現が遅れる(脳萎縮のため).しばしば全身合併症を伴う
*頭蓋骨骨折:線状骨折、粉砕骨折が多い.硬膜の断裂をきたしやすく(池田注:ぱさぱさに乾いているイメージですね)、髄液漏をきたしやすい
*脳実質損傷:脳挫傷の発生頻度が高い
*脳実質外損傷:硬膜下血腫の発生頻度が高く(これも脳萎縮をイメージするとわかりやすい),硬膜外血腫の発生頻度が低い
*予後:すべての GCS で若年者より死亡率が高い.GCS ≦8の例では死亡率=71%.脳内血腫例では GCS ≦11 の例は予後不良
"talk and deteriorate(or die)"
*概念:頭部外傷後のある一定時間会話が可能であったが(GCS ≧9、Verbal Score ≧3)その後症状が増悪し、場合によっては死亡するような臨床経過を意味する。
*原因:頭蓋内血腫が76%(SDH、EDH、遅発性 ICH.ただし,高齢者では EDH は少ない)その他の原因として,飲酒者に対する治療の遅れ,痙攣発作,髄膜炎,hypoxia、hypotension
*疫学;重症頭部外傷の10%,年齢;高齢者に多い
*lucid interval;2〜10 時間(extracerebral hematoma;60% が6時間以内,contusion/ICH;78% が6時間以上!)
*予後:死亡率=44%
*予後不良因子:高齢者,SDH 合併例,midline shift ≧ 1.5 cm
中硬膜動脈偽動脈瘤 :破裂しやすく,遅発性硬膜外血腫の原因となる.lucid interval;平均 11日
急性硬膜外血腫 Acute epidural hematoma
*意識障害の推移:様々なパターンがあることに注意:
藤澤注:現実には受傷後3時間のCTで大体勝負が決まります。epidural hematomaの場合は、初回CTで血腫が薄くても(その時点では手術適応がないと思っても)、脳外科専門施設に送ることをお勧めします。このような epidural hematomaが急速に増大することは往々にしてありますし、またこれを遅滞なく手術できればよほどの合併症がない限りほぼ確実に後遺症なく社会復帰で きるからです)
後頭蓋窩急性硬膜外血腫
小児、若年者に多い(10 歳以下が半数)
外傷機序;転落が多い.後頭部打撲が多い
出血源;横静脈洞 56%、ヘロフィルス交会 66%、硬膜動脈 5%
亜急性、慢性に経過することが多い
意識障害(不穏・興奮〜昏睡)lucid interval 60%
巣症状は少ない:頭痛 72%、嘔気・嘔吐 67%、複視 14%,嚥下障害 9%、言語障害 7%、めまい 7%,発語障害 2%,錐体路症状 49%、頭皮損傷 37%,小脳症状 35%、項部硬直 20%,III・IV・VI 麻痺 20%、うっ血乳頭 17%,心肺障害 36%
*死亡率=12%(藤澤注:よほどの高齢者か子供以外、lucid intervalのあるような症例では時期を失せず血腫を除去すれば、後頭蓋窩急性硬膜外血腫といえども問題ありません。もちろん重症の脳挫傷が合併して いれば別ですが、単独の硬膜外血腫なら天幕上だろうが後頭蓋窩だろうが、死ぬどころか後遺症なく社会復帰できなければうそです。上記のように Epiduraは即専門医へ、です。)
急性硬膜下血腫 Acute subdural hematoma
受傷機転:転落外傷;37〜38%(高齢者に多い),交通外傷;46〜53%(若年者に多い)
出血源;小皮質動脈 62%> 架橋静脈 or Mittenzweig 26% > 不明 10%(* Mittenzweig vein 皮質と硬膜を架し、静脈洞と関係しない静脈)
分類
1)simple hematoma type:血腫の存在自体が脳の圧迫を生じさせることによる病態.静脈還流障害を来たすことがある.小児、高齢者に多い.ボクシング、柔道などのスポーツ 外傷.転落外傷→ soft impact で持続時間が長い.coup injury が主体をなす.lucid interval が 76% にみられる.pure subdural hematoma.bridging vein の損傷による(shear strain).interhemispheric subdural hematoma
2)complicated hematoma type:比較的高齢者に多い(脳の elastisity が大きい),脳実質損傷(脳挫傷や diffuse brain injury、急性脳腫脹)を伴う病態.交通外傷.後頭部を堅い平面に打撲した場合に発生→ 短時間に強い衝撃加速度発生.contracoup injury が主体をなす.68% が受傷直後から昏睡を示す
【症状】:意識障害(persistent unconsciousness;47〜63%,lucid interval;18〜42%),瞳孔不同 50〜80%,頭蓋内圧亢進症状(頭痛、VI 麻痺),巣症状 (片麻痺;反対側 85%、同側 15%),不整脈;53%(premature ventricular contruction,心室性伝導障害、房室ブロック,心房性不整脈、心房細動)
【予後】*死亡率=57〜90%
simple hematoma type 44%(藤澤注:CT室からそのまま手術場に直行すれば、simple hematoma typeだったらこんなに死にません。だらだら見てるから手遅れになるのです。)complicated hematoma type 70.8%(藤澤注:この頻度も高すぎるように思いますが、来院時心肺停止の症例を含めれば、こんなものかも知れません)
*functional recovery rate=4〜35%
*予後と相関する因子
外傷性脳内血腫traumatic intracerebral hematoma
頻度;頭部外傷の 13%,男に多い
部位;前頭葉、側頭葉.基底核・内包部、小脳にはまれ
機序;contre-coup injury:65%
【症状】
遅発性外傷性脳内血腫 delayed traumatic ICH
→6時間を過ぎてか新たな出血が起きた具体例:1時間後その1,1時間後その2,3時間後,6時間後,20時間後,44時間後(藤澤先生のご協力をいただきました)
びまん性脳腫脹 diffuse cerebral swelling
小児重症頭部外傷の 30〜40 %,小児に多い(4〜10 歳)、成人では少ない
【病態】
小児の急性硬膜外血腫
部位;後頭蓋窩に多い. テント上では側頭部 48%、前頭部 33%、頭頂部 17%、後頭部 2%
受傷機転;転落、交通事故
【病態】*小児における特徴
小児の急性硬膜下血腫
年齢;生後6〜24 ヶ月、特に1歳前後
【病態】
CT;血腫は一般に HDA を示すが、髄液の混入により多くの例で mixed density を示す.HDA;凝血、IDA・LDA;流動性血腫.患側大脳は腫脹し脳溝は消失、脳室は狭小化.midline shift は著明でないことがある
この病気の頻度は低いが,一般内科医でも覚えておかなくてはならない.なぜなら,若い人の将来を左右する脳血管障害であり,副鼻腔炎や経口 避妊薬と いったプライマリケアで出会う病態を基礎疾患に持つことが多いからである.プライマリケア医の仕事は,早い時期に疑い(疑うだけでいい),専 門医に紹介す ることである.しかし,この病気の診断は非常に難しい.症状も無症状,軽い頭痛から昏睡まで,様々な重症度があるし,画像上も,全く異常がな いものから, 神経内科医や放射線科医を悩ませる非定型的な出血,梗塞までさまざまである.原因不明の頭痛,原因不明の意識障害,原因不明の(特に若年者 の!!)脳出 血・脳梗塞で悩んだら,必ずこの病気のことに思いを馳せる癖をつけておく→周産期,経口避妊薬,頭頚部の感染症の他,逆に流産の病歴の要注意 (抗カルジオ リピン抗体!!)
症状:この病気の一部は良性頭蓋内圧亢進症あるいは偽性脳腫瘍と呼ばれるが,この病気の頭痛は必ずしも頭蓋内圧亢進が原因とは限らず,血栓 を起こし た静脈洞の痛覚神経の刺激症状のこともある (1).この病気における頭痛は,くも膜下出血を思わせるような激しいことがある(2).また,鬱血乳頭も脳静脈洞血栓症に必発ではなく,13-70%と 報告により頻度もまちまちである(1).
診断:MRIがCTよりも優れている(3).なぜなら,
1.正中矢状断により上矢状洞をはじめとする各静脈洞の血栓の場所を同定しやすい.
2.血栓そのものを異常信号としてとらえることができ,CTよりも血栓の検出力が高い.
治療について:脳静脈血栓症の治療は確立していない.これは,治療法を検討するための症例数が集まらないためである.治療法検討のための症 例数が集 まらない理由として,第一に,希な病態であること,第二に,脳血管造影を行わないと診断が確定できないこと,第三に血栓症の形成部位や血栓形 成の進行度が 症例ごとに異なることがあげられる.脳静脈血栓症における脳圧亢進に対するグリセロール,マンニトール,副腎皮質ステロイドの有効性は確立し ていない (4).脳圧亢進が著明な症例では開頭による除圧が行われることがあるが,その効果は疑わしい.
抗凝固療法や血栓溶解療法の効果も明かではない.これらの治療法は脳出血や出血性梗塞の危険性を高くする可能性もある.
1. Chopra JS. Primary intracranial sinovenous occlusions in youth and pregnancy. In: Vinken PJ, Bruyn GW, Klawans HL, eds. Handbook of Clinical Neurology. Vascular Diseases Part II. Amsterdam: Elsevier, 1989:425-452. vol 54).
2. de Bruijn SF, Stam J, Kappelle LJ. Thunderclap headache as first symptom of cerebral venous sinus thrombosis. CVST Study Group. Lancet 1996;348:1623-5.
3. Gademann G, Friedmann G. 13. Vascular Dieseases of the Brain. Disturbances of Venous Blood Flow. Berlin: Springer, 1990. (Huk WJ, Gademann G, Friedmann G, eds. Magnetic Resonance Imaging of Central Nervous System Diseases;
4. Gates PC, Barnett HJM. Venous Disease: Cortical Veins and Sinuses. Stroke. New York: Churcill Livingstone, 1986:731-743. (Barnett HJM, Stein BM, Mohr JP, Yatsu FM, eds. vol 2).
あるメーリングリストで,高血圧緊急症に対してニフェジピンの舌下をしてはいけないというのが,アメリカでの常識だと聞きました.腑に落ち なかった ので気になって教科書をめくりました.すると,要するに,急性大動脈解離など,どうしても下げなければならないときは,非経口薬を使ってきち んと下げろ, 中途半端な状況で経口薬を使うと,冠および脳循環が減少し,心筋虚血や脳梗塞のリスクが増すだけだから,しないほうがいいということのようで す.
メルクマニュアル日本語版にあたってみましたところ:
高血圧クリーゼは,通常は非経口薬により直ちに降圧を必要とする真の緊急症と,医師が患者よりも心配しすぎてしまう偽の緊急症に分けられ る.後者は 過剰治療になりがちである.高血圧性脳症,急性左室不全その他の緊急症患者には,非経口薬による速やかな降圧が必要である.(中略)
経口投与される短時間作用型ニフェジピンは,通常,速やかに降圧させるが,その投与に伴う急性心血管および脳血管事故(ときに致死的)が認 められて おり,高血圧緊急症や準緊急症には望ましくない.
とあります.脳梗塞急性期の患者が入院する度 に,降圧 による脳梗塞の拡大を恐れるがゆえに,”血圧がどんなに高くても,絶対に当直医に降圧を要請するな!!”と 口を酸っぱくして看護婦に言わなくてはならない私のような立場の人間には,ありがたい記述です.
これと関連して,高血圧緊急症の代表のように言われる”高血圧性脳症”ですが,私は一例も見たことがありません.原因として高血圧があっ て,その結 果として脳症が起こるという概念ですが,本当にこんな病気があるのかどうか疑問です.その理由として,
1.脳の画像診断が発達するはるか以前の概念であり,その中には意識障害が前景に立つ脳血管障害がかなり混在していた.また,代謝障害によ る脳病変 があって,その結果として,脳血流の維持のために二次性に血圧が上がっている場合もある.
2.脳の画像が正常に見えても,実は脳そのものに異常が起こっていて,二次性に高血圧が起こっている場合もある.例えば脳炎(たとえば,発 熱がない ことを根拠にヘルペス脳炎を否定してはならない),そして脳静脈洞血栓症.子癇に伴う”高血圧性脳症”には,かなり脳静脈洞血栓症が混じって いるのではな いか.なぜなら周産期は脳静脈洞血栓症のリスクが高くなる時期だから.
つまり,高血圧性脳症という診断を聞くと,高血圧と意識障害を見て,高血圧が意識障害の原因である,そういった短絡思考の産物に過ぎないの ではない かと危惧します.ですから,高血圧と意識障害の組み合わせを見たら,まず,脳病変によって血圧が二次性に上がっているのではないかと考え,降 圧よりも脳病 変の診断を優先すべきです.よほど除外診断をしっかりした末でないと,高血圧性脳症との診断はつけられません.
高血圧性脳症が希な疾患だということは,多くの臨床家の共通の認識だと思います.しかし,剖検例の報告もあるぐらいですから,完全に幻とい うわけで はありません.画像診断が発達して,昔は安易に高血圧性脳症と診断されていた他疾患が,どんどん除外されていって,希だけども確かにある,核 となる疾患概 念が明らかになってきたということでしょう.私もこの機会に,脳卒中診療のバイブルであるBarnett の教科書で高血圧性脳症について勉強させてもらいました.(Dinsdale HB & Mohr HP. Hypertensive encephalopathy. In:Barnett HMJ, Mohr JP, Stein BM, Yatsu FM,eds. Stroke. Pathophysiology, Diagnosis and Management.3rd ed. New York: Churchill Livingstone, 1998:869-874. )
まれだと言われているが,どのくらいまれなのかというと,アイオワ州の大規模な外来で,1979-94年の15年間に12例しかなかったと の報告が あります.また,沖縄県立中部病院で,意識障害175例の診断におけるバイタルサインの有用性を論じた優れた論文でも,高血圧性脳症の診断は 一例もありま せん.(Yamashiro S and others. Fukuoka Acta Med 85 (12)353-360)これだけまれだと,プライマリケアで鑑別診断に入れる意義は少ないのではないかと思います.というのは,
1)高血圧性脳症の診断に行き着くまで,除外すべき重要な多数の疾患がある.それらの疾患を飛び越してまで高血圧性脳症を考慮しなければな らない場 面はプライマリケアでは極めてまれだろう.
2)除外診断にしても(例えば脳静脈洞血栓症の除外),脳浮腫を捉えるにしても,高血圧性脳症の診断にはMRIが必要だろう.つまり,その ような施 設でしか,高血圧性脳症を積極的に診断できないことになる.
貴重な症例報告を否定するつもりはありません.要は,無床診療所と500床を超えるような病院では,来院する患者の病気の種類が全然違うの ですか ら,鑑別診断リストも違うのが当たり前なのです.
回答:
お手紙ありがとうございました.
> 項部硬直だと思ったら実はOPLLだったということはたまにはあることなのでしょうか。
頚椎病変で”首が硬い”患者さんは,実はしばしば経験することです.大切なことは,
○髄膜炎を疑う臨床症状があるのか
○頸部の伸筋群のトーヌスが選択的に高まっている(項部硬直)のか ○あるいはその他の筋群のトーヌスも同時に高い(固縮あるいは非特異的な首の硬さ)のか をしっかり診ることです.”前屈・側屈で硬く”とあるので,その患者さんは,伸筋選択的な筋緊張亢進とは言えないでしょう.そして,発熱も頭 痛も無けれ ば,検査前確率は極めて低いですよね.髄膜炎を疑って腰椎穿刺をする必要があったのでしょうか?
> 「パーキンソニズムの患者様でneck rigidityを髄膜炎の項部硬直と間違えてしまう」
これは,固縮と項部硬直を混同するという初歩的な間違いに基づくものです.項部硬直は,前述のよう に伸筋群のトーヌスが選択的に高まっているわけですが,パーキンソニズムでは,伸筋も屈筋もトーヌ スが高まる結果,頸部の屈曲も伸展も回転も,どれも抵抗が高まるので,容易に区別がつきます.
”首が硬い”ことに関する特異度は不明です.高齢者では,”首が硬い”人を高率に見かけますが,全員が髄膜炎というわけではありません.
Puxty JA, Fox RA, Horan MA. The frequency of physical signs usually attributed to meningeal irritation in elderly patients. J Am Geriatr Soc. 1983 Oct;31(10):590-2. Nuchal rigidity, which may be a sign of meningitis, was found in 35 per cent of geriatric pa tients on acute-care and rehabilitation wards and in 13 per cent of younger patients on an a cute-care ward. It was significantly associated with cerebrovascular disease, confusion, abn ormal plantar responses, and primitive reflexes. Elderly patients who have nuchal rigidity w ith no history of neurologic or cognitive disorders should be investigated for meningitis. PMID: 6619465 [PubMed - indexed for MEDLINE]
非ステロイド系消炎剤 (NSAID)による髄膜炎は,1978年に,ibuprofen-induced meningitis in SLEとしてはじめて報告されました.ibuprofenとmeningitisを掛けて検索しただけでも,この10年で33の文献がMEDLINEで 引っかかってきます.一番まとまっているのは次の文献です.すぐ手に入らない人のために,さわりを書き出してみました.
Hoppmann RA, Peden JG, Ober SK. Central nervous system side effects of nonsteroidal anti-inflammatory drugs. Aseptic meningitis, psychosis, and cognitive dysfunction. Arch Intern Med 1991;151:1309-13.
NSAID服用から発症までの期間は文献により数時間から1週間とまちまちです.発症にはある程度の感作が必要なようで,発症までが短い人 は,過去 に繰り返し同じ薬剤を服用していた人が多いようです.逆にはじめて服用する人は服用開始から発症まで,ある程度時間がかかるということでしょ うか.
原因薬剤で最も多いのが,ibuprofenです.他にsulindacとかnaproxenがあります.検索した範囲では,一番頻用され ている aspirinで起こったという報告が一例もないのも面白いところです.僕も知らなかったのですが,異なる非ステロイド系消炎剤の間で交差が ほとんどない ということです.例えば,ブルフェンで起こしても,ボルタレンでは起こさないということ.
基礎疾患としては,大体,3分の2が膠原病で,そのうちSLEが圧倒的に多く,一部MCTD.3分の1は健常人.SLEの若い女性が,ブル フェンを 服用して髄膜炎を起こすというのが最も多いパターンのようです.
発症は急激で,細菌性髄膜炎と同様です.髄液所見では細胞数が11-5000の範囲.多形核球が60%以上の例が多くなっています.多くの 場合蛋白 は増加し,糖は正常ないし低下ということで,髄液所見だけから細菌性髄膜炎と鑑別することは困難なようです.ルーチンの髄液検査で,好酸球と 好中球を区別 することは難しく,遠心してWrightとかGiemsa染色をしないとわからないそうです.末梢血では好酸球増多は見られないとのことで す.
鑑別診断では特に細菌性髄膜炎が問題になります.SLEの場合には CNS lupusやSLEにともなう無菌性髄膜炎との鑑別も問題になります.recurrent aseptic meningitisであるMollaret's meningitisの一部に,NSAID-induced meningitisが入っているのではないかと推測している論文もありました.経過は良性で,薬剤の服用を中止すれば数日以内で軽快する例がほとんどで す.
原因としては"hypersensitivity"が想定されています.髄腔内でのIgGや免疫複合体産生を示した論文や,SLEのモデル 動物 (NZB X NZW)でibuprofenで髄膜炎を起こさせた論文があります.
ibuprofenは日本でもover the counter drugですので,NSAIDによる髄膜炎は日常臨床上でも念頭に入れて置いていい疾患でしょう.日本語の文献は探しておりませんので,どなたかお気づき の方は教えて下さい.文献探しの過程で,drug induced meningitis のまれな原因としてciprofloxacin, sulfurmethoxazole, isoniazid, azothioprineがあることもわかりました.
下記は,NSAIDに限らない,感染症も含めたeosinophilic meningitisの総説です.興味のある方はどうぞ.ただし,NSAID-induced のことはほとんど書いてありません.
Weller PF. Eosinophilic meningitis. Am J Med 1993;95:250-3.
池田正行,内原俊記,谷 尚子,神田 隆,塚越 廣 .多彩な筋病理所見を呈したHoffmann症候群の1例.臨床神経 1990;30:548-552.