池田先生 御侍史
OCSIAで、一度先生の御講演を聴かせていただきました、○○といいます。このたびは、突然のご連絡申し訳ありません。後輩からの相談を、自分だけでは解決することができず、相談のご連絡をさせていただきました。お忙しいところ大変申し訳ありませんが、ご教授よろしくお願い申し上げます。
当院の後輩が、
50才代女性 右上肢のしびれ 糖尿病の既往あり
の女性を、糖尿病による末梢神経障害で帰宅させました。
数日後、他院にて、脳梗塞の診断を受け入院したそうです。
病巣部位は不明です。
その後、脳梗塞と診断した、他院の上級医師に、なぜMRIをとらないんだ、と怒られたそうです。患者さんも、研修医も不幸な出来事でした。
先生のブログにも、文献的にも、Pure sensory strokeとして、上肢のしびれといえば、Cheiro-oral
syndromeが書かれていますが、その際、口唇周囲のしびれの問診はしていなかったようです。
お伺いしたいことは、
1)上記症例(情報が少なくて申し訳ありません)は、Cheiro-oral syndromeの可能性が高いということでいいでしょうか?
2)上肢のしびれ(それ以外、口唇も含め症状なし)のみで、脳梗塞はありうるのでしょうか?
3)上肢の運動障害のみで、脳梗塞はありうるのでしょうか?
4)下肢のしびれのみ、下肢の運動障害のみで、脳梗塞はありうるのでしょうか?
5)単肢の症状のみを訴える患者さんに、注意すべき、問診がありますでしょうか?
お忙しいところ大変申し訳ありませんが、御教授よろしくお願いもうしあげます。
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○○先生も研修医の方も、これを糧としてください。お問い合わせの件に入る前に、大切な論点がたくさんありますので整理しましょう。こういった論点を全て素っ飛ばして、自分たちが悪かった、自分たちが見逃しをしたという結論だけに飛びついても、何も学べないばかりか、10年前からのしびれだろうが、2時間前に突然発症したしびれだろうが、しびれの患者には見境無く全例にMRIを撮るような馬鹿げた行動変容が広島から全国に発信されかねません。
1.どこかの誰か偉い先生が必ず正解を持っていると思わないこと。だって私も、その他院の上級医師とやらも、実際にそちらの病院の救急外来に来た時の患者さんを診ていないのですから。私がホームページに書いてあることも、あくまで、他人の論文の引用です。その論文が完全である保証はどこにもありません。むしろ現実にある様々な制約からいろいろな症例が漏れている可能性が高い。たまたま自分たちが診た脳梗塞の中に単肢のpure
sensory strokeが含まれていなかっただけかもしれない。そういう検出バイアスを報告しているだけかもしれない。自分と患者さんの両方を守れるのは、その場で患者さんに教えてもらう姿勢を持った自分だけです。
2.他院の上級医師の行動の問題:まず、生物学的な議論の前に、社会的・行動学的な問題があります。ここでまず大切なのは、誰も患者さんが具合が悪くなればいいと思って診療しているわけではないということです。MRIという貴重な資源をどう使うかを心がけて、いつも真摯に対応しているということに自信を持つことです。後医は名医=結果論だけで前医を非難するのは、モンスター患者と同じ行為です。ただし、そういう馬鹿な医者に対しては、何を言っても無駄です。反論すれば感情的になるだけですから、なるべく関わり合いにならないようにしましょう。
3.脳梗塞という生物学的診断自体の問題があります。後医は名医と言いますが、本当に脳梗塞なのかどうか、真実はわかりません。他院では、無症候性の陳旧性の病変を責任病巣と取り違えている可能性もあります。ただ、こちらからその点を問い合わせるわけにはいきませんし、他院の患者さんですから確認するわけにもいきません。あくまで自分たちの側での議論にしてください。
4.上記の論点を経由して初めて、仮に脳梗塞だったとしたら、どうしたら検出感度を上げることができただろうか?という話になります。
1)問診:右上肢のしびれ→一番大切なのは経過です。突然発症だったのかどうかです。突然発症ならば脳卒中を考えるのは学生でもできることです。その時に、くれぐれも「マッシーの言うことが絶対だ」と思わないこと。どこかの偉い先生の言うことと、患者さんが「突然しびれた」と教えてくれることのどちらが自分と患者さんを守ってくれるかを考えてみてください。だから、その場合は、たとえ口がしびれていようがいまいが、海外の論文より、目の前の患者さんの言うことの方を大切にして脳卒中の可能性を想起するのです。
> 1)上記症例(情報が少なくて申し訳ありません)は、Cheiro-oral syndromeの可能性が高いということでいいでしょうか?
> 2)上肢のしびれ(それ以外、口唇も含め症状なし)のみで、脳梗塞はありうるのでしょうか?
Cheiro-oral syndromeでなくても、
尺骨神経麻痺様の症状を呈する脳梗塞の可能性については、ある程度の見識を持った神経内科医ならば知っています。
尺骨神経麻痺様の症状を呈した脳梗塞の86歳女性例(学会報告です)
http://jglobal.jst.go.jp/public/20090422/200902221524058888
Pseudoulnar palsy from a small infarct of the precentral knob
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11134410
Pure Sensory Stroke. Clinical-Radiological Correlates of 21 Cases. Stroke
1992;23:983-987
の21例中の1例は、皮質の微小な梗塞で、指に限局したしびれが出たという症例が載っています。
繰り返しますが、でも、そういう希な症例のことを覚えるよりもずっと大切なことは、患者さんの訴えを大切にすることです。
その裏で、「糖尿病による末梢神経障害」をどのくらい自信を持って診断したのかも問題になります。糖尿病による末梢神経障害は通常は、慢性的な両下肢のしびれです。片側上肢のしびれに対して「糖尿病による末梢神経障害」と診断を下すプロセスに無理がなかったのか、検討する必要があります。無理があるとしたら、どこに無理があったのかを議論してください。
5.以上の議論をした上で、脳梗塞を疑うべきだったと結論が得られて、次に初めて画像診断をすべきだったかどうかという議論になります。その場合にも、すぐにMRIを撮るべきだったという結論にはならず、X線CTにすべきだったか、MRIにすべきだったかという議論にならなくてはいけません。そうなると、ほとんどの場合、X線CTで十分だという主張は、これまで私のホームページでも公演でもさんざん主張してきたことです。なぜなら、
1)出血の否定=梗塞の診断というプロセスに関してはX線CTもMRIも同等であり
2)偽陰性の問題:梗塞に対するMRIの感度は100%ではなく
3)特異度の問題:MRIでは無関係な陳旧性病巣を責任病巣を取り違える可能性がある(とくにMRI信仰の強い医者の読影)
以上より、まともな医者同士が、上記のように丁寧に議論すれば、MRIをすべきだったという結論には決してなりません。なのに頭ごなしに、なぜMRIをしなかったのかと(検査伝票書くだけなら医師免許は要らないんですが)人を攻撃する奴は上級医師なんて呼ばれる資格はありません。そういう馬鹿は死んでも治りませんから、とにかく関わり合いになるのを避けてください。
> 3)上肢の運動障害のみで、脳梗塞はありうるのでしょうか?
> 4)下肢のしびれのみ、下肢の運動障害のみで、脳梗塞はありうるのでしょうか?
> 5)単肢の症状のみを訴える患者さんに、注意すべき、問診がありますでしょうか?
「ありうる」って言われて、それで満足します?でも、どんなに確率が低くても、どの診療分野でも、ありうる病態を全部覚えてしまって鑑別診断に臨もうって覚悟ができます?
また、「注意すべき、問診」と言われて、それを全部覚えて、鑑別診断に臨もうって覚悟ができます?○○先生はできても、研修医の中には「そんなことできるかなあ」と心の中で思いながらも、指導医の御機嫌を損ねるのが嫌だから覚悟を決めるふりをするかもしれませんよね。
しびれも運動麻痺も同じ事です。これまで文献報告があるとかないとか、偉いお医者さんがどう言っているとか、教科書にどう書いてあるかだとか、そういう予断をまずは排除して、とにかく患者さんが話すこと、教えてくれることに集中してください。それが、見境もなく詰め込んだあやふやな知識を振り回すより、はるかに効率がよく、安全性の高いやり方です。
上記で言うと、Cheiro-oralではないから脳梗塞ではないと白黒デジタル判断に行く前に、「昨日の午後、突然しびれを感じて、それが今でも取れない。先生、脳の血管が切れちゃったんじゃないでしょうか」という患者さんの訴えを尊重するという具合にです。
もちろん患者さんの訴えについて、どのような訴えがどの診断に結びつく可能性が高いかを知っておく必要はありますが、それにしても、これまで文献報告があるとかないとか、偉いお医者さんがどう言っているとか、教科書にどう書いてあるかだとかは、私がどうこう言うより、コンピュータリテラシーの高い若い人達が調べた方がずっと確実ですので、そちらはお任せします。