強化療法論争の先にある糖尿病治療の未来

キーワード:米国内科学会(ACP),米国糖尿病学会(ADA),持続血糖モニタリング(continuous glucose monitoring),糖尿病,eA1c(推算HbA1c),個別化医療(personalizde medicine),強化療法(IGC, intensive glucose control),

成人2型糖尿病(以下糖尿病)治療におけるHbA1cの目標値を7〜8%とする米国内科学会(ACP)のガイダンス[1]に対し、長年にわたって目標値を7%未満とする強化療法を推奨してきた米国糖尿病学会(ADA)が直ちに反対声明[2]を出したのが昨年3月のことです。糖尿病診療で世界的に大きな影響力を持っている2つの学会が、その是非を争う強化療法のエビデンスとはどんなものか、まず確認しておきましょう。

強化療法にエビデンスなし?
最初に強化療法の有用性を検証するために企画されたランダム化大規模試験がACCORD試験[3]です。10251人の被験者を強化療法群(目標HbA1c 6%未満)と標準療法群(同7〜7.9%)に割り付け、 5年間観察する予定でした。ところが3年半の時点で、標準療法群に比べ強化療法群で全死亡リスクが有意に上昇していることが判明し(ハザード比HR 1.22; 95%信頼区間[CI]1.01-1.46、P=0.04)、試験は中止されました。一方、主要評価項目であった3MACE(major adverse cardiovascular events; 心筋梗塞、脳卒中、心血管死)  は2群間に有意差はありませんでした(HR=0.90;  95% CI 0.78-1.04、P=0.16)。

その後もADVANCE[4]、VADT[5]と強化療法のエビデンスを検証するランダム化大規模試験の結果が立て続けに発表されましたが、いずれの試験でも全死亡リスクの上昇こそなかったものの、ACCORD試験[3]同様に強化療法による心血管イベント抑制効果は見出されませんでした。これらの試験以降今日まで、標準療法に対する強化療法の優位性を示す頑健なエビデンスは得られていません。

心血管イベント抑制効果と安全性の両面から考えれば、ADAの目標値に比べてACPのガイダンスの方が有利ではありますが、そう結論する前に、そもそも糖尿病診療の根幹を成す指標であるHbA1cが抱えてきた根源的な問題を考える必要[6]があることを次に説明します。

HbA1cの個人差と赤血球寿命
血清クレアチニン値が腎機能だけではなく筋肉量によっても変動するのと同様に、HbA1cは血糖の他に赤血球寿命によっても変動します。例え血糖が一定でも赤血球寿命に影響する様々な疾患によりHbA1cは変化するのです[7]。また身長や体重同様、赤血球寿命自体に生理的な個人差があるので[8]、血糖値が全く同じ動きをする糖尿病患者の間でも赤血球寿命の個人差を反映してHbA1cは異なる値を示します。この赤血球寿命の個人差はヘモグロビン糖化(glycation)に個人差が生じる原因そのものとなっています[9]

ヘモグロビン糖化の個人差はACCORD試験以前から問題視されていました。2006年から07年にかけて行われたA1c‐Derived Average Glucose(ADAG)研究 [10]で示された、 HbA1c とそれに対応する平均血糖値の95%CIを表に示します。この表から、平均血糖値が同じ180mg/dLでであってもHbA1cが7.0%の人もいれば, 9.0%の人もいることが分かります。為替レートに喩えれば,同じ180mg/dLが,A銀行ではHbA1c7.0%,B銀行では9.0%と,3割近くも差があるのです.お金ならまだしも,人の命が懸かっている指標が,こんなどんぶり勘定でいいはずがありません.なのにそれを我々は,臨床試験でも実臨床でも使い続けてきたのです.

HbA1c (%)    平均血糖値 95%CI (mg/dL)
6                100-152
7                123-185
8                147-217
9                170-249
10               193-282                     

この個人差は当然治療のアウトカムに重大な影響を及ぼします。例えばhigh-glycator、つまり同じ血糖値でもヘモグロビン糖化が起こりやすい患者ではlow-glycator よりもHbA1cが相対的に高く、治療が過剰になり低血糖を始めとする安全性の問題が起こりやすくなります。

ACCORD試験の事後解析結果
ACCORD試験の事後層別解析[11]では、ヘモグロビン糖化の個人差を考慮し、ベースラインの空腹時血糖とHbA1cから算出したhemoglobin glycation index(HGI)により、被験者を高HGI(同じHbA1c値でも相対的に血糖が低い)、中等度HGI、低HGI(同じHbA1c値でも相対的に血糖が高い)群に分けてアウトカムを比較しました。

その結果、高HGI 群でのみ強化療法による全死亡リスクの上昇(HR 1.41; 95% CI 1.10-1.81; P=0.02)が見られ,中等度HGI群(HR 1.06; 95% CI 0.80-1.41; P=1.00)、低HGI群(HR 1.08; 95% CI 0.81-1.44; P=1.00)では全死亡リスクの上昇は認められませんでした。また低血糖リスクも高HGI 群で最大となっていました。
 
一方、主要評価項目である心血管イベント3MACEについては、中等度HGI群(HR 0.77; 95% CI 0.61-0.97; P=0.02)、低HGI群(HR 0.75; 95% CI 0.59-0.95; P=0.02)で強化療法による抑制効果が示されましたが、高HGI 群では治療群間に有意差を認めませんでした(HR 1.14; 95% CI 0.93-1.40; P=0.20)。

この結果は、強化療法が適した集団とそうでない集団が存在し、その弁別にはヘモグロビン糖化の個人差を考慮する必要があることを示しています。ところが、HbA1cを目標値とするのは、もちろん強化療法だけではありません。実質的に糖尿病に関する全ての臨床試験がHbA1cを血糖コントロールの指標としています。

特にロシグリタゾンの心不全[12]のように、重大な警告が添付文書に記されている血糖降下薬で、副作用とヘモグロビン糖化指標の関係が明らかになれば、リスクマネジメントにも大いに役立つでしょう。しかし日米欧の規制当局でも企業でも今のところそのような動きは見られません。

糖尿病の個別化医療への展望
ACCORD試験の事後層別解析は、臨床試験に限らず、より一般的な問題も提起しています。すなわち、ヘモグロビン糖化の個人差を考慮しない現行のHbA1cでは,個々の患者さんに対する治療の最適化はできないことを示して、糖尿病治療の個別化を強く求めているのです。

実はACPのガイダンス[1]もADAの反対声明[2]も、糖尿病の個別化医療を推進する立場は共通しています。適切な手法により標準療法と強化療法のどちらがふさわしいかを個々の患者さんで判断できれば、今までの方法で算出したHbA1cの目標値をもって発生しているACPとADAの対立は解消します。糖尿病の個別化医療の指標として現在最も有力なのは、 CGM(持続血糖測定; Continuous Glucose Monitoring)と、そのCGMデータから得られた平均血糖値に基づき推算するeA1c (estimated HbA1c 別名Glucose Management Indicator GMI)です[13] [14]

CGMもeA1cもまだまだ日常的に使用できる段階にはありませんが、将来的には腎機能の評価に年齢や性別を加味して算出するeGFRを用いるように,個別化血糖コントロールの指標としてeA1cを日常診療に導入し、個々の患者の糖尿病治療の最適化に役立てていくことになるでしょう。なお、本記事のより詳しい内容や参考文献などは,私と東海大学の嶋澤るみ子教授との共著になるオープンアクセス論文[7]をご覧ください。

なお,持続低血糖測定(CGM)については,糖尿病治療におけるデバイスの進歩〔日内会誌 107:586〜592,2018〕持続血糖モニターからみた治療薬の効果(前編)がわかりやすく書かれています.

References
1. Qaseem, A, Wilt, TJ, Kansagara, D, Horwitch, C, Barry, MJ, Forciea, MA. Hemoglobin A1c targets for glycemic control with pharmacologic therapy for nonpregnant adults with type 2 diabetes mellitus: a guidance statement update from the american college of physicians. Ann Intern Med. 2018; 168: 569‐76.

2. American Diabetes Association. Press release. The American Diabetes Association®, the American Association of Clinical Endocrinologists, the American Association of Diabetes Educators and the Endocrine Society Strongly Disagree with the American College of Physicians’ Guidance for Higher Blood Glucose Targets for People with Type 2 Diabetes.

3. Gerstein, HC, Miller, ME, Byington, RP, et al. Effects of intensive glucose lowering in type 2 diabetes. N Engl J Med. 2008; 358: 2545‐59.

4. Patel, A, MacMahon, S, Chalmers, J, et al. Intensive blood glucose control and vascular outcomes in patients with type 2 diabetes. N Engl J Med. 2008; 358: 2560‐ 72.

5. Duckworth, W, Abraira, C, Moritz, T, et al. Glucose control and vascular complications in veterans with type 2 diabetes. N Engl J Med. 2009; 360: 129‐ 39.

6. Lipska, KJ, Krumholz, HM. Is hemoglobin A1c the right outcome for studies of diabetes? JAMA. 2017; 317: 1017‐8.

7. Ikeda M, Shimazawa R. Challenges to hemoglobin A1c as a therapeutic target for type 2 diabetes mellitus. J Gen Fam Med. https://doi.org/10.1002/jgf2.244

8. Cohen, RM, Franco, RS, Khera, PK, et al. Red cell life span heterogeneity in hematologically normal people is sufficient to alter HbA1c. Blood. 2008; 112: 4284‐ 91.

9. Malka, R, Nathan, DM, Higgins, JM. Mechanistic modeling of hemoglobin glycation and red blood cell kinetics enables personalized diabetes monitoring. Sci Transl Med. 2016; 8: 359ra130.

10. Nathan, DM, Kuenen, J, Borg, R, Zheng, H, Schoenfeld, D, Heine, RJ. Translating the A1C assay into estimated average glucose values. Diabetes Care. 2008; 31: 1473‐8.

11. Hempe, JM, Gomez, R, McCarter, RJ, Chalew, SA. High and low hemoglobin glycation phenotypes in type 1 diabetes: a challenge for interpretation of glycemic control. J Diabetes Complications. 2002; 16: 313‐20.

12. Home, PD, Pocock, SJ, Beck‐Nielsen, H, et al. Rosiglitazone evaluated for cardiovascular outcomes in oral agent combination therapy for type 2 diabetes (RECORD): a multicentre, randomised, open‐label trial. Lancet. 2009; 373: 2125‐ 35.

13. Beck, RW, Connor, CG, Mullen, DM, Wesley, DM, Bergenstal, RM. The fallacy of average: how using HbA1c alone to assess glycemic control can be misleading. Diabetes Care. 2017; 40: 994‐9.

14. Bergenstal RM1, Beck RW2, Close KL3 et al. Glucose Management Indicator (GMI): A New Term for Estimating A1C From Continuous Glucose Monitoring.Diabetes Care. 2018;41:2275-2280.

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