医師免許を持った営業マン
ーお祭り騒ぎを終わらせる鍵を握るのは誰か?-
「先
日、病院のエレベーター中で非常に不愉快な思いをしました。年配の男性医師(名札の名前もしっかりと覚えています)と製薬企業の社員と思われる人が親しそ
うにゴルフの話をしているのです。そちらの病院では医師と企業の癒着について何も指導がなされていないのでしょうか?」(某院への投書より)
医師免許を持った製薬企業の営業マン達の姿は,企業の主力商品の変遷を反映している,今でこそ,たとえ
Extended Spectrum beta(β)
Lactamase(ESBL:基質特異性拡張型βラクタマーゼ)産生菌相手であろうとも,carbapenem-resistant
Enterobacteriaceae
(CRE)の出現リスクを低下させるために,重症例でない限り,まずはカルバペネム系以外の抗菌薬を使おうという論文が出るようになったが(Int J Infect Dis. 2014;29:91-5)、1980年代に緑膿菌、続いてMRSA(Methicillin-resistant Staphylococcus aureus)が猛威を振るうようになるまでは、どんな感染症であろうとも,”第一選択薬は「広域スペクトラム」のセフェム系である” とバカの一つ覚えを繰り返すお医者様達が大手を振って診療していた.
その後、企業の主力商品が、より多くの「患者様」に、長期間・継続的に御愛顧頂ける、つまりより収益率の高い、生活習慣病(旧称成人病。小児科でも売り込むためにと病名を変更した)領域に移行するに従って、医師免許を持った営業マン達も、抗菌薬から生活習慣病に移っていった。しかし、ここでやっかいな問題が持ち上がった。「その薬は本当に効くのか?」という素朴な疑問が、営業マンに、そして企業に対して向けられるようになったのである。
抗菌薬の売り込み時代は、そんな馬鹿な質問をしてくる奴はいなかった。抗菌薬はニセ薬でない限り、効いたからだ。広域スペクトラムの抗菌薬であっても、処方箋を書く医者の腕とは全く関係なく、運良く感受性があれば、(切れ味が極めて悪くても)一応効いた。その後でどんな耐性菌がどこで出現しようが、俺の知ったことか。俺にとっては(支払い能力があって病院に損害を与えない)目の前の患者様が一番大切なのだ。売り込む方も使う方もそれでよかった。急性化膿性髄膜炎の患者に向かって、「この薬を注射しないと死んじゃうからね」と脅かす暇はもちろん、必要もなかった。思えば牧歌的な時代だった。
しかし、生活習慣病の場合には訳が違う。血圧、コレステロール、血糖。どれもどれだけ高くても痛くもかゆくも何ともない。だから薬を買ってもらって金を払ってもらうに
は患者を恫喝する必要が出てきた。通院リピーターとなっていただくためには「血圧が下がったから、もう薬を飲まなくてもいいよね?先生」とおっしゃる大切
な患者様に対して「あんた、脳の血管が切れてぶっ倒れてもいいのか?」と恫喝しなければならないのである。とんだ客商売もあったものだが、その結果、当然
ながら、客から(たとえそいつが検察官でなくても)罵倒される。「高い薬を売りつけたいばっかりに、出任せ言うんじゃんねえよ。この藪医者め!」
このような事態に対して、決して出任せを言っているのではないという言い訳が必要になった。それが「エビデンス」である。抗菌薬に比べて、降圧薬、コレステロールを下げる薬、血糖を下げる薬(とてもじゃないが糖尿病治療薬とはおこがましくて言えないだろう)、いずれもハードエンドポイントを有効性主要評価項目にしてプラセボと差を出すためには、各群数千人以上の被験者に対して年余にわたる大規模な人体実験を継続せねばならない。一つの新薬を上市するために、500億円以上かかるのだから(*)、企業としては何としても元を取ろうと思うのは当然である。とくに生活習慣病治療薬の領域で「権威」を利用した宣伝が露骨になっていったのは以上のような理由による。(*2008年時点:2010年の製薬協ニューズレターより。原本は現在はバックナンバーにも存在せず。)
そんな「権威」の代表であるトップジャーナル、中でも商業誌の典型であるNEJM(*1)やランセット(*2)は、露骨に製薬企業と共謀して、生活習慣病治療薬の大規模試験結果を紹介する論文を次々と掲載し、その別刷をバカ高い値段で製薬企業に買い取らせる商法を編み出した。製薬企業はその別刷を宣伝ビラとして、各学会の顔役達を使って「セミナー」と称する居眠り自由の無銭飲食会を催した。このような催眠商法の効果は絶大で、数々の生活習慣病治療薬が売り上げ上位を争うようになった。
血糖降下薬の場合にも、トログリタゾン、ロシグリタゾン、ピオグリタゾンといった、市販後にちょいとばかり(?)失敗した品目はあるものの、おおよその場合には、大事故も起こらず、トップジャーナルはもちろん、企業も、各学会の顔役達も、末端のお医者様も、患者様も、支払基金を除いて皆様ハッピーだったように見える。ではエンパグリフロジン祭りに見られたようなバカ騒ぎは今後も続いていくのだろうか? その鍵はあなた自身が握っている。それはあなたが医師免許を持っているかいないかには全く関係が無い。何も難しいことはない。冒頭の投書のような「ユーザーレビュー」のセンスがあればいい。
*1 JAMA. 1999;282(7):622-623 NEJM編集長のJerome P. KassirerがNEJMを発行するMassachusetts Medical Society (MMS)との確執で辞任したことを伝えるJAMAの記事。Kassirer
はこの5年後に、Kassirer JP (2004) On the take: How medicine's complicity with
big business can endanger your health. New York: Oxford University
Pressを著し、企業に対する医師の利益相反を監視するように市民に伝え、医師に対しても、市民のユーザーレビューに込められた「期待」に応えるように
伝えている(Jerome P. Kassirer Physicians on the Take MedGenMed. 2006; 8(1): 74)。
*2 Journals
have devolved into information laundering operations for the
pharmaceutical industry. はランセット編集長Richard Hortonの台詞である。(New York Review
of Books, March 11, 2004)
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