誇大広告代理店と化したNEJM
ロシグリタゾンが提起した安全性の問題に懲りた米食品医薬品局(FDA)は2008年、新規血糖降下薬における心血管系安全性評価ガイダンスを出しました。今回は、このガイダンスに基づいて行われ、その結果がNEJM (New England Journal of Medicine) に原著論文として掲載された試験を例に取り、糖尿病治療薬のエビデンスについて考えてみました。
TECOS試験:下駄を履いて非劣性-血糖を下げるだけで心血管イベント抑制はしないベストセラー経口「糖尿病治療」薬(正確には血糖降下薬)
TECOSはシタグリプチンの心血管イベントに対する安全性をプラセボ非劣性で示そうとした試験です。この種の試験では交絡因子・バイアスの排除が大切ですが、中でも最も重要なのが血糖です。万が一にも血糖コントロールがプラセボに不利になれば、非劣性そのものが成り立たなくなります。正にTECOSがそうでした。
万が一の悪夢を回避するために、研究者達はしかるべき対策を立ててはいました。ランダム化二重盲検というデザインによるバイアスの排除はもちろん、ガイドラインに沿ってHbA1cを理想的に保つよう、DPP-4阻害薬とGLP-1アナログを除く血糖降下薬を(インスリンの導入・増量を含めて)使えるよう、プロトコールに明記してありました。
こうした対策にもかかわらず、本文中のFigure2は、試験期間を通じてプラセボ群に不利な治療が継続されていたことを示しています。シタグリプチン群では試験開始後にHbA1cの平均値が低下し、以後少しずつ上昇しながらも一貫して開始時ベースラインよりも低かったのに対し、プラセボ群では、HbA1c平均値が試験開始後に逆に上昇し、試験期間中も開始時のベースラインまで戻りませんでした。プラセボ・実薬間のHbA1cの差は統計学的に有意だったと本文中にも明記されています。
試験期間中一貫して下駄を履いてようやくプラセボと肩を並べたシタグリプチンが、下駄を脱げばどうなるか? 素手で戦う相手にハンディキャップを負わせての「安全性非劣性」と「世界一売れている経口糖尿病薬」という二つの現実の整合性はどう説明したらいいのか?
TECOSで露見した非劣性試験のこのような問題点は、FDAのガイダンスに基づいて行われ他の試験でも認められています(関連記事)。中でも1.8mgという極量(日本では0.9mgが最高用量)を使って行われたLEADER試験におけるプラセボ群の血糖コントロールは、一連の試験中でも最悪でした。この試験で示されたリラグルチドの有効性には、実薬群とプラセボ群の間に生じた血糖コントロールのバイアスが重大な影響を与えていることが明白です。なお、プラセボ群の血糖コントロール不良の図は、Appendix の隅っこ、57ページに Figure S5として掲載されており、肝心の論文本文ではお目にかかることができません。
EMPA試験:羊頭狗肉で優越性→実際には25mgの市場からの退去命令
EMPA に対する私の見解については、別に書いた記事でその詳細をご覧いただくとして、ここではTECOSと比較しながら要点のみ説明します。まず、TECOSとEMPAでは試験デザインが違います。実薬一用量とプラセボの二群比較だったTECOSと異なり、EMPAではプラセボ対照に対しエンパグリフロジン25mgに加えて10mgの安全性も検討する三群比較(被験者数は各群とも2300人余り)となっていました。
このデザインの違いを踏まえて、まずTECOSでも問題となった各群の血糖コントロールを見てみますと、やはりEMPAでも観察期間を通じてプラセボ群で明らかに血糖コントロールが不良となっていました(論文中のFigure3)。さらに10mg 群と25mg群の間に血糖降下作用の用量依存性はありませんでした(後述↓)。
TECOS同様、下駄を履いての非劣性ということで、本来ならそこで話は終わっていたはずですが、EMPA論文の著者達はそこから不屈の闘志を見せます。プラセボに対し優越性を示せなかった本来の三群比較のデータを66ページあるAppendixの45ページという倉庫の隅に追いやり、表舞台である本文には実薬2群を統合した群とプラセボ群の二群比較だけを載せました。
この羊頭狗肉によってn=4687と見事に化けた実薬群は、プラセボ群(n=2333)に対し、絶対リスク減少1.6%(つまりNNT=63)、P=0.04(95%信頼区間0.74-0.99
)という逆転勝利を収めました。この劇的勝利によりEMPA論文は、NEJM
Journal Watch の循環器部門編集長Harlan Krumholzをして歴史に残る試験だ(It's great to see this historic trial)と言わせしめる誇大広告となったのです。
誇大広告代理店と化したNEJM
たとえ事前にFDAがこの統合解析を認めていたとしても、それはEMPAという誇大広告がFDA、企業、NEJMの共犯で作成されたという証拠にしかなりません。さらに、患者さんからの二つの素朴な質問がEMPAの本音を引き出します。「10mgと25mgのどちらがよく効くのでしょうか?」そして「10mgと25mgのどちらの副作用が強いのでしょうか?」
EMPAが示した頑健なエビデンスは、10mgと有効性が同じで安全性に劣る25mgの市場からの撤退を求めています。第一に、有効性の面では、10mg同様、25mgにも心血管イベント抑制効果が認められませんでした。第二に血糖コントロールでも用量依存性が認められませんでした(前述)。第三に、安全性の面では、10mg群に比べ、25mg群で明らかにeGFR低下率が大きくなっていました。
なおこのeGFRのデータも本文中には示されていません。エンパグリフロジンが腎症の発症・進行を抑制するという輝かしい主張に遠慮したのか、Appendixの最終ページにひっそりと佇んでいます。
一目でイカサマだと見抜かれるような論文は決して誇大広告にはなりません。医薬品販売代理店業である医師を騙してこそ誇大広告です。TECOS、EMPAが世に出たのがそれぞれ2015年7月、同年9月ですが、どちらの論文に対しても非難の声は表だって聞こえてきません。下駄も羊頭狗肉も見て見ぬふりをして通したNEJMは、正真正銘の誇大広告代理店と化したのです。
そんなNEJMを刑事告発するのは一体誰か?いいえ、私にはできません。なぜなら私がいくら丁寧に説明しても、「お前みたいな藪医者の言うことなんぞ聞く耳持たぬわっ!」と一喝されておしまいですから。刑事告発はt検定一つやったことのない特捜検事を騙すのが得意な人達にお任せします。
参考
こっちも死んでるNEJM(推定死亡時期は2008年)
治療薬ではなく、ただの血糖降下薬
「歴史に残る」子供だまし
ジャヌビアのリスク
ジャヌビア「事件」の予防