ジャヌビアのリスク
ーMSDのお祭り騒ぎに、実は冷水を浴びせるTECOS試験ー
TECOS試験コメントの続き
「どんな医薬品にも副作用がある。それでも医師が薬を処方するのは有効性による便益が副作用を上回るからだ」 私はそう教えられてきたし、今でもそう教えているし、今後もそう教えていくつもりだ。ただし、今後は、これまで考えられなかったような質問が、TECOS試験を学んだ勉強熱心な学生から出てくるだろう。
「有効性がプラセボ非劣性の実薬を患者さんに処方することは、患者さんを副作用のリスクに晒すだけではないのでしょうか?そんなことが倫理的に許されるのでしょうか?正に企業との利益相反そのもの・患者さんへの背信行為ではありませんか?」
私は2007年12月,ランセットに載ったイカサマ論文を取り上げ,そのイカサマ性につき,ノバルティスに対して親切に助言してやった。にもかかわらず,同社は私の懇切丁寧な助言を無視し、5年間もの間,堂々とペテン営業を展開した結果、2013年1月8日に、一連のイカサマ論文取り下げがForbesに報じられたのをきっかけに、日本の”医学ジャーナリスト”とやらが、この記事の尻馬に乗って、このForbesの記事のn番煎じでお祭り騒ぎを繰り広げたため,日本のノバルティスは散々な目に遭った.所詮は自業自得なのだが,その時には私はノバルティス社を擁護した.今度はMSDが同じ愚を繰り返そうとしている。懲りない連中だ。勝手に転ぶがいい。
1万4000人以上を組み入れ、平均追跡期間3年間の「大規模試験」であるこのTECOSで「ジャヌビアの疑いを晴らした」と言って、お祭り騒ぎを繰り広げる
Merck & Co's diabetes drug Januvia cleared by CV safety trial
MSDは安心しきっているように見える。「プラセボに対する非劣性」という至極「謙虚」な試験に、バルサルタンで言われたような「捏造」の言いがかりのネタを見いだすことは不可能だと思っているのだろう。たしかにTECOS試験のような新型(?)デマゴギーに対しては、薬害オンブズパーソンや日本の検察のような前世紀型の正義の味方では対抗できないように見える.しかし、こいつはそんなに高等な詐欺ではない。
TECOS
試験論文の表(Supplement TblelS4)は,急性膵炎がプラセボ群(N=7266)で12人と,シタグリプチン群(N=7257)では23人発生していることを示している.,ハザード比は1.93で,シタグリプチンの方が2倍のリスクがある。ところが,95%信頼区間が0.96-3.88であり,統計学的に有意差がないとして,Although acute
pancreatitis was uncommon, it occurred more often in the sitagliptin
group, but the difference was not
significant.のただの一言の元に片付けて思考停止しているが,もちろん、MSDはそんな太平楽を決め込んでいる場合ではない.
数百万人を超える世界中の市販後の人数に比べたらTESCO試験被験者数14724人なんて吹けば飛ぶような数だ。そこまで行かなくても,単純にTECOSの被験者数を2倍,つまり3万人弱にすれば,ハザード比の95%信頼区間は1.17-3.15,つまり統計学的に明らかに有意となる。
さらに,これが市販後で,仮に100万人がじゃヌビアをTESCOと同様のプロトコールで服用したとすると,3170人が急性膵炎を発症したことになり,対照群の1650人を差し引いた,1520人がじゃヌビアに起因する急性膵炎ということになる.この程度の計算は,弁護士だろうと市民団体だろうと,簡単にできる.このTECOS試験とやらは,「薬害」を飯の種にしている連中には正に,MSDというカモが背負っているネギそのものなのだ.仮にこの1520人から(現実世界では対照群の1650人は算定できないから3170人になるだろうが)集団訴訟を起こされたら,MSDの勝算がどこにあるというのか?いや,私に説明してもらわなくてもいい.せいぜい株主に説明しておくことだ.
KPNC studyで示されたピオグリタゾンによる膀胱癌リスクは対プラセボで81.5 vs 68.8件/10万人-年;HR 1.2,95%CI 0.9-1.5 なのに対し、TECOS試験における急性膵炎リスクは対プラセボで 107.2 vs 55.3件/10万人-年;HR1.93,95%CI 0.96-3.88である、(NEJMに掲載された表から計算できる。なお、この表の中でプラセボの0.11という数字は間違いで←まさか意図的ではないと思うが、実際には0.55程度になる) だから、頻度から言うと、ジャヌビアによる急性膵炎のリスクはピオグリタゾンによる膀胱癌リスクより高い。さらに悪いことには,KPNC studyはコホート研究なのに対して,TECOSはRCTなのだ.つまり,KPNC studyよりも更に「頑健なエビデンス」を提供してしまっている.
膀胱癌が言いがかりだといくら強がったところで、裁判で負けた武田は24億ドルを払わなければならなかった.TECOS試験の結果がNEJMに載ったことでお祭り騒ぎのMSDを見ていると,2007年にロシグリタゾンが心血管イベントリスクを疑われた後,我が世の春を楽しんでいた武田の姿と重なりこそすれ,将来の裁判に備えて、今から引当金を積んでいるとはとても思えないのである.
参考資料
なんで2年もかかるのか?
売れっ子作家
DPP4阻害薬:シタグリプチンが一番人気(日経メディカルオンライン)
【13年3月期】売上高上位100品目 ジャヌビア、発売3年でトップ10に( 日刊薬業 2013年6月13日)
なお、TECOSに負けず劣らず情けないELIXA試験試験については下記参照。
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GLP-1薬lixisenatideは心血管イベントリスクを上げも下げもせず BioTodayニュースレター 2015年6月10日
急性冠症候群(ACS)を起こして間もない2型糖尿病患者が参加したプラセボ対照無作為化第3相b相試験(ELIXA試験)の結果、MerckのDPP-4阻害剤JanuviaのTECOS
試験と同様に、SanofiのGLP-1薬Lyxumia(lixisenatide)治療は心血管イベントリスクを上げも下げもしませんでした。
Lyxumiaは心血管死、心筋梗塞、脳卒中、不安定狭心症による入院リスクについてプラセボに劣らないという基準は満たしたものの、プラセボに比した優
越性は証明できませんでした。
SANOFI'S LYXUMIA? (LIXISENATIDE) DEMONSTRATED CARDIOVASCULAR SAFETY IN PEOPLE WITH TYPE 2 DIABETES AND HIGH CV RISK
First CVD Outcome Trial of a GLP-1 Agonist Finds No Cardiac Risk or Benefit
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