こんにちは,厚労省

世の中で,頭を下げずに金をもらうのは医者と坊主だけだというが,役人もそのうちに入るかな (西鶴 新可笑記巻二 炭焼も火宅の合点:宇野信夫 ものがたり 西鶴 朝日文庫 中の,”火にくべた糸屑” より)

2003年7月から,上越にある精神病院の中のコンビニ内科医から,一転して薬事行政の一翼を担う中央官庁部署に勤めることになった.この転職は一体どういうことかというと,実業団軟式野球の控え選手が,プロ野球チームのスコアラーになったと例えればわかってもらえるだろうか.つまり,グラウンドで曲がりなりにもプレーしていた選手が,グラウンドを離れ,舞台裏の重要部署見習になったということだ.

このように苦心して説明しても,当然の如く,医者を辞めてなぜ役人になったか?と聞かれることが多い.一番の理由は,“面白そうだから”.“ではなぜ面白そうだと思うのか?”と問い詰めてくる日本人は少ない.こんな変人の行動も言動も理解したくない.そういうことなのだろう.

さらば外務省という本が売れている.役所を罵倒して辞めていくという行動は国民の皆様が理解してくださるようだが,私の場合はこんにちは,厚労省と,わざわざ頭を下げて役所に雇ってもらおうとするのだから,変人だと思われても仕方がない.

厚労省では医者をいつも募集しているのだが,医者は誰も行きたがらない.おまけにこともあろうに,悪評紛々たる薬事行政をやりたいと言えば,こいつは気でも違ったかという顔をする.そうなると人一倍の天邪鬼の私の血が騒ぐ.要するに,他人が行きたがらない職場に勤めて,相手の怪訝な顔を見るのが好きなのだ.それは森の中に自分の隠れ家を築き上げた快感に似ている.“面白い”という意味の一つがこれだ.

独創性,個性を伸ばすにはどうしたらいいかなんてことがしょっちゅう議論されているが,馬鹿げている.こういう議論をする人々の話す内容に,独創性のかけらもないからだ.独創性や個性なんてものは,天邪鬼の面白さがわかるか,わからないかで決まってくる.天邪鬼は,多数派の人々から待ったをかけられるほど,闘志を燃やす.天邪鬼は,多数派から圧力をかけなければ育たない.“個性を伸ばす”なんて教育は全く必要ない.天邪鬼は,世の中に常に存在する多数派に刃向かいながら,自然に育っていく.

人を診る中医を飛び越して国を医す大医を目指すんだなと,揶揄に満ちたはなむけの言葉で送ってくれた友はがいたにはいたが,そんなところに行くなんてと眉を顰めた人の方が圧倒的に多かった.しかし,眉を顰める人はすべて,薬事行政が何をやっているのか全く知らない人ばかりだった.

我々はしばしば役所を批判する.それは行政サービスの消費者として役所を批判する権利があるからだ.しかし,役所の中で何が起こっているのか,どういう人間が何を考えてどう行動しているのか,組織としての役所の意思決定プロセスはどうなっているのか,これらのことを知らずして,少なくとも知ろうとせずに,役所を批判しても,的外れに決まっている.医療のことなど何も知らずに,医療事故の原因を“不良医師”に求め,その医者を逮捕して刑事罰を与えれば事足れりとする報道と,役所の中を知らずして役所を批判する姿勢のどこが違うというのだろうか.

役所を批判することは誰でもできるが,ほとんどの人は批判される立場になれない.しかし,批判される立場にならなければ,批判の誤りを指摘することもできない.幸い,私は,しばしば批判の矢面に立たされる薬事行政に携わるという,特異な幸運に恵まれた。

一方で,私は自分自身のやり方を変えはしない,厚労省を大本営と呼んではばからないこのホームページは続けるし,ポロシャツ,トレーナー,コットンパンツにスニーカーで通勤し,普段の執務もこの服装だ.この役所はそれが通用することを証明すれば,役所の中で働く人々がまともであることの何よりの証明になるだろう.

りそな銀行の社外取締役を敢えて引き受けた箭内 昇が日経のコラムにいいことを書いていた.

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この日経ネットのコラム掲載についても、「リスキーだから止めたほうがよい。株主総会で揚げ足を取られるかもしれないぞ」と忠告してくれる友人もいる。
だが、そんなことは覚悟の上だ。筆者はりそな再生の一翼を担ったときから、個人の利害は捨てている。それが天命だと思ったからだ。このコラムも自分の考えや行動を公にすることで自ら退路を断つという決意で書いている。
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箭内ほど大舞台で大見得を切る立場にはないが,こんなページを読んでくれている奇特な方々のためにも,役人になれた幸運を最大限に生かして,面白く仕事をしていきたいと思っている.

無為名尸,無為謀府,無為事任,無為知主
(名誉を受ける中心にはなるな。策謀を出す府(くら)とはなるな。事業の責任者にはなるな.知恵の主人公にはなるな.荘子 内篇 應帝王第七)

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