リーダーどころか
ー赤信号を平気で渡る人々ー

リラグルチドが糖尿病治療薬のリーダーなんてとんでもない。世の中に数多存在する血糖降下薬の一つに過ぎない。そのことをこれ以上ないという頑健なエビデンスで世界に示したのが、他でもない、LEADER試験なのだが、さらに、この試験は、FDAが企業に要求した一連のインクレチン関連薬の安全性検証試験で、プラセボ群だけが、一方的にリスクが高い状態に放置され続けることを明らかにしてくれた。(他の試験もそうなのだが、最も露骨に高リスク患者群を組み入れたLEADER試験で、この問題が最も顕著に表れている)

1.イベント数を稼ごうとしたばかりに
まずは、下記の表をご覧いただきたい。心血管イベント抑制効果を比較した大規模試験に組み入れられた被験者のリスクを比較したものである。



上記の表の中でクロピドグレルとアスピリンを比較したCAPRIE試験以外は、糖尿病治療薬であるインクレチン関連薬が心血管イベントを増やすのではないかと懸念したFDAが各企業にやらせた、プラセボ対照非劣性試験である。観察期間を考慮したとしても、いずれの糖尿病治療薬の試験の場合でも、全死亡も心血管イベントの頻度も、CAPRIE試験より格段に高くなっていることがわかる。

これだけハイリスクの患者に絞って組み入れた理由は、こんな所を読んでいるあなたなら、もうおわかりだろう。イベント数を稼いでわずかの差でも検出したいという助平心が露骨に表現された結果である。このような助平心の裏には、その薬に有効性があったとしてもプラセボと紙一重であるという、「謙虚な自覚」がある。その点、我が国の脳循環代謝改善薬は潔かった。討ち死に覚悟で、プラセボ反応率30%という超難関(!!)に挑戦し、各群3桁の被験者数であえなく散っていった(土井 脩 脳循環代謝改善薬の再評価 医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス 2010;41 (4) 316-317

閑話休題。上掲の試験の中でも、ELIXAの場合には、急性冠症候群発症180日以内という、特殊な被験者を対象に試験をしているので、心血管イベントリスクも死亡リスクも飛び抜けて高くなっている。一方、ベースラインのHbA1cとBMIが飛び抜けて高いのがLEADER試験である。イベント稼ぎの助平心が一番露骨に現れている点ならば、LEADER試験は正にリーダーと言えるだろう。

そんなふうにして、とにかくイベント数を稼ぐために重症例ばかりを組み入れたばかりに、リラグルチドは決して糖尿病治療薬のリーダーになれないことが露見してしまった。その理由は簡単。リラグルチドは治療抵抗性の糖尿病でしかその有効性を発揮できないとの結論になるからだ。絶対リスク減少1.9%、NNTにして53という数字が、リラグルチドのパワーを何よりも雄弁に物語っている。しかし、問題はそれだけに留まらない。

2.赤信号を平気で渡るDSMB?:プラセボ群の被験者だけが一方的にリスクの高い状態に放置されていた
糖尿病は治療方針が確立されている疾患だから、どちらか一方の群だけがコントロールの悪い状態に放置されることがあってはならない。もしそんなことが起これば、バイアスになることはもちろんだが、それ以前に倫理的に重大な問題になる。それゆえ、本試験でも、診療ガイドラインに沿ったプロトコール(Suppplementary Appendix Tabel S1)が作成された.このプロトコールに従い、他のGLP-1受容体作動薬以外の薬ならばオープンラベルで自由に追加投薬可能とすることにより,両群同様の血糖コントロールが得られる「はずだった」.その結果,リラグルチドが単なる血糖降下薬ではなく、「血糖降下作用を超えた効果」を持った夢の新薬であることを証明できる「はずだった」。ちょうど,バルサルタンが「降圧を超えた効果」を持っていることを証明しようとしたように.

ところがいざデータを開鍵をしてみると,実際にはプラセボ群の方が試験期間中を通して、血糖コントロールが大幅に悪かった(Suppplementary Appendix Figure S5A).すなわち、試験期間中を通して、盲検をかけていたにもかかわらず、プラセボ群を決定的に不利にする力=リラグルチド群を決定的に有利にする力が働いていたのである。プロトコールに従って,オープンラベルの追加投薬が行われ,しかも,(当然ながらリラグルチドを投与していない分)追加投薬がプラセボ群の方で多かったにもかかわらずである(Suppplementary Appendix Tabel S4)。下記に述べるように、これは重大な問題である。「リラグルチドはよく効く薬」と涼しい顔をしている場合では決してない!!

Suppplementary Appendix Figure S5Aが示すようにプラセボ群では、試験期間中HbA1cの平均値が8.0を下回ることはほとんどなかった。一方リラグルチド投与群では、治療後3ヶ月で7.0%をやや上回るところまで低下し、それ以後も常にプラセボ群よりも低い値を保っていた。プラセボ群の患者は、リラグルチド投与群よりもはるかに劣悪な血糖コントロール状態=リラグルチド群よりも心血管イベントリスクの高い状態に試験期間中ずっと放置されていた。

Suppplementary Appendix Figure S5Aは、まるで,盲検が破れていたかのような悪夢の図である.それゆえ、本論文に掲載せずにAppendixに留めておいたのだろうが、そんな姑息な手段で査読者やNEJM編集部と談合すれば、読者を騙せるとでも思っているのだろうか?確かにリラグルチドは勝った。ただし、勝った相手は、通常の二重盲検ランダム化試験におけるプラセボ患者群ではなかった。まるで盲検が破れ、医師達が実薬を有利にするために恣意的にプラセボ群の被験者のコントロールを悪くしていたかのように、状態が悪化していた患者群に対しての「勝利」だった。見えない不思議な力による反則勝ちである。 (*)

盲検がかかっていたにもかかわらず、見えない不思議な力によってプラセボ群が不利になっていたのはLEADERだけではない。TECOSEMPA-REG-OUTCOMEELIXAと,LEADER以外のいずれの試験の論文でも、本論文の中に正直にプラセボ群と実薬群のHbA1cの経過を正直に載せている。Appendixだけに載せて隠したつもりになっているのはLEADERの著者だけである。

そもそも安全性を検討する試験で,このようにプラセボ群の方が一方的にリスクが高い状態に放置され続ける試験は、バイアス・交絡以前に、倫理的に重大な問題がある.Suppplementary Appendix Figure S5Aは、データ安全性モニタリング委員会(DSMB)が全く機能していなかった、あるいは本来ならば試験中止を勧告すべきところを、何らかの理由で故意に勧告しなかったことを示している。

5.結論:リーダーどころか
本試験でリラグルチドの心血管イベント抑制効果と思われるたものは、同薬の血糖降下作用ではなく、プラセボ群だけが一方的にリスクが高い状態に放置され続けたためである。本試験では、安全性検証試験試験の失敗が、たまたま有効性検証試験のように見えただけに過ぎない。抗血栓療法と同様、糖尿病でも既存治療が確立している。既存治療が確立している領域では、プラセボを対象として有効性を検証することは非常に困難であることが、図らずも本試験で明らかとなった。今後もしインクレチン関連薬の有効性を検証しようとするならば、抗血栓療法の領域で行われたような実薬を対照とした非劣性試験を改めて行わなくてはならないこともわかった。

*この見えない不思議な力の原因については、誰もわからない。そもそもプラセボ群が不利になっており、安全性検証試験そのものが失敗だったと誰も気づいていないからだ。私は個人的に仮説を持っているが、その仮説をここで述べても意味はないので、別途改めて説明する。今は不思議な力の原因云々よりも、インクレチン関連薬の安全性検証試験全体が破綻したスキームだったことを一人でも多くの人に認識してもらうことが先決である。

以下は蛇足。もし百歩譲って、本試験で得られた結果がリラグルチドの有効性に帰せられるとしても との、あくまで条件付での私の見解である。上記の結論を得た以上、決して本意ではない。

日本では通用しないリラグルチドのパワー
糖尿病の診療に関わっている医師ならば、自分のかかりつけの中でHbA1cが8.7かつBMIが32.5の患者さんの割合がどのくらいになるかを把握しているだろう。その割合は1割にも満たないのではないか。医師でなくても、BMIの各国比較を見れば、BMI 32.5の意味が日本と米国では全く異なることがすぐにわかる。肥満とされるBMI30以上の割合は、日本で3.7%なのに対し、米国ではその10倍、35.3%となる。欧州では米国よりもやや低くなるが、それでも英国で24.9%、ドイツで23.6%である。このようにそもそも診療環境が違う。さらにLEADER試験での用量は1.8mgは海外でも承認最大用量であり,日本の承認最大用量0.9mgの2倍だということからして、以上より本試験の結果を日本に外挿することはできない。

リラグルチドの位置づけ
日本では使えないにしても,その他の多くの国では使えるエビデンスを,LEADER試験は提供してくれた.ではそのエビデンスは,リラグルチドを糖尿病治療の中でどう位置づけているだろうか?結論を先に言えば,三番手以下である.それはLEADER試験のデータ自体が雄弁に物語っている.ここでもSuppplementary Appendix Tabel S4を御覧頂きたい.全ての患者が何らかの血糖降下薬の投与を受けている.メトホルミンは8割近く,SU剤は半数,インスリンも半数近くである.リラグルチドはあくまでその後という位置づけなのだ.さらに,リラグルチドがその有効性を発揮できるのは,心血管イベントの既往を持ち,HbA1cが8.0以上,BMI30以上で4年以内に一割が死亡するという凄まじいリスクを抱えた患者群であることを,やはりLEADER試験自身が示している.何がリーダーだ.臍が茶を沸かす.

参考記事
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退院後間もない左室駆出率低下進行心不全患者にGLP-1薬リラグルチドは効かず BioTodayニュースレター 2016年8月4日
退院後間もない左室駆出率低下(LVEF)進行心不全患者へのGLP-1アゴニスト薬liraglutide(リラグルチド)の効果を示せなかったプラセボ対照試験(Fight試験)結果が論文になりました。容態、死亡率、心不全による再入院などの改善は認められませんでした。

Drug Does Not Improve Outcomes for Patients with Advanced Heart Failure
Effects of Liraglutide on Clinical Stability Among Patients With Advanced Heart Failure and Reduced Ejection Fraction: A Randomized Clinical Trial. JAMA. 2016;316(5):500-508. doi:10.1001/jama.2016.10260
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