北陵クリニック事件再審請求棄却決定
ー無法地帯と化す
医事裁判
「再審決定が相次いでいることは治安維持上の問題がある」 (検察が恐れる次の「冤罪」 AERA 2012年7月2日号

この検察幹部の短いコメントは、以下に解説するように大変含蓄の深いものだ。検察にとっての至上命題は治安維持であって市民の幸せではないこと。冤罪事件による市民への恫喝効果が治安維持に必須と考えていること。再審は治安維持を毀損する天敵であり、その阻止に全力を尽くすこと。無謬の神である検察は再審が示した検察の失敗から決して学ぶつもりはないこと。そして市民が「治安維持」と聞いて、特別高等警察やゲシュタポ(ナチスの国家秘密警察)を連想するとは決して思っていないこと。

前著「絶望の裁判所」続く第二弾「ニッポンの裁判」(講談社現代新書)で,元エリート裁判官である著者の瀬木 比呂志氏は,日本の裁判は本当に中世並みだと評している.しかしその検討事例中に医事裁判は含まれていない.そもそも北陵クリック事件は「俺様達の言うことを聞かない奴らは,みんな守大助みたいになるんだぞ」という,市民に対する恫喝に他ならない.だからその再審請求審は,その恫喝を強化するという検察の決意表明の場に他ならないし,再審請求棄却決定は,裁判所も検察による市民に対す恫喝に全面的に協力するという決意表明に他ならない.本来市民の幸せに奉仕すべき国家公務員である検察官と裁判官が,揃いも揃って市民を恫喝する.これが「ニッポンの裁判」であり,検察の言う「治安維持」の本質である.

2014年3月25日、仙台地方裁判所の河村俊哉(裁判長),柴田雅司小暮紀幸の3人の裁判官らの連名で出された、北陵クリニック事件の再審請求を棄却する決定に対し,弁護団は即時抗告を行い、抗告審である仙台高等裁判所で審理が行われる予定である。再審請求棄却決定で、上記3人の裁判官らは、先に裁判所に対して提出された仙台地検の加藤 裕、金沢和憲、荒木百合子の3人の検察官の連名になる意見書と全く同様に、私のことを天下の藪医者呼ばわりしている。この棄却決定に対する反論はすでに仙台高裁に提出済みだが、中立な第三者による棄却決定の妥当性検討に供すべく、ここに公開する次第である。なお,上記の検察意見書、再審請求棄却決定のいずれも公文書ゆえ、リンク・公開は自由である。また公文書ゆえに、その公文書を書いた著者名も全て公開されている。

再審請求のプロセスには市民が参加できない.裁判員裁判ではないし,検察審査会のようなシステムもない.それどころか傍聴さえできない.市民の監視の目が全く届かないため,これから述べるように再審請求は無法地帯となっている.特に北陵クリニック事件のように,警察,科捜研,検察,裁判所全てのシステムにおいて史上類のない大失態が演じられた冤罪事件では,検察と裁判所が一心同体となって再審請求が棄却される.袴田事件で再審請求開始決定を出した村山浩昭裁判長のような,至極まともな裁判官が合議に勝たない限り.
→参考
江川紹子 名張毒ぶどう酒事件・最高裁の棄却決定に思う
井口文彦 再審請求審は可視化せよ…裁判員時代にふさわしい「誤審救済システム」構築のために

なお,検察を組織行動科学 (organizational behevior)の観点から見た場合,その行動は旧帝国陸海軍のそれと多くの共通点を持っている.そのため,ここでは一部読者にとって耳慣れない地名,戦闘名,組織名が出てくるが,適宜リンクを張ったり注釈をつけたりしているので,御容赦願いたい.

最精鋭部隊だったはずの特捜でさえガダルカナル化と揶揄され(郷原信郎),福島県立大野病院事件,東京女子医大事件,杏林大割り箸事件と負け戦続きの検察にとって,医事案件での失地回復は最重要課題だ.北陵クリニック事件はその反攻作戦の「軍旗」である.あんな冤罪事件が反攻作戦の軍旗だなんて,とんでもないと思う向きもあるかもしれないが,検察のメンタリティはあなたのような常識人とは全く違う.北陵クリニック事件は,検察にとっての日本海海戦と言われるロッキード事件(郷原信郎)をはるかに勝る金字塔である.宮城県警による杜撰な捜査,科学無き科捜研鑑定,それを全くチェックできなかった検察による起訴,公判維持,そして仙台地裁による,科学も医学も一切無視した一審判決.検察史上類のないこれら大失態の数々を全て乗り越え,最高裁で一審判決確定を勝ち取った,現代日本の大本営此処にありというわけだ.北陵クリニック事件は台湾沖港空戦と同じ意味での大捷報である.どんな杜撰な捜査,どんなでたらめな鑑定と証言の数々を積み重ねようとも,無辜の裁判官達を籠絡して有罪を勝ち取れることを実証したのだから,これが金字塔でなくして何が金字塔か.

そして再審請求である.北陵クリニック事件の再審請求審みたいに,御用学者なんか一人もいなくたって,俺たちはこれだけ見事な空想科学物語を裁判官に書かせることができるんだ.そしてそれに対して文句を言う奴は,NHKに出てふんぞり返っている生意気な神経内科医以外,一人もいない.法医学会,麻酔学会,神経学会,小児科学会はもちろん,新聞だって,テレビだって,腰抜けどもはみーんな完全黙秘だ.御用学者が一人も現れない,ガダルカナル島の戦いをはるかに上回る極めて不利な条件下でも,無辜の裁判官達を籠絡して勝ち抜くことができれば,医療事故調の調査報告書と長年の盟友である日本法医学会を始めとする関連学会の先生方のごご協力が得られる一般の医事裁判では,正に鬼に金棒,チンピラ神経内科医など鎧袖一触で返り討ちと,絶対の自信を持って臨めるというわけだ.この再審請求棄却が既成事実になることによって,以後の医事裁判は俺たちのやりたい放題.医師集団を恫喝する,検察のそんな声が聞こえてくるようだ.

空想医学物語ー「ニッポンの医事裁判」とはー

では,肝心の棄却決定の内容はどうだったのだろうか?詳細については,私の意見書を御覧頂くとして,予想に違わず嘘八百を書き連ねた答案にしかならなかった.医学部一年生でももう少しましな答案を書くだろうに.家庭医学書ぐらい読んでくるかと一縷の望みを託していたが,とんでもない楽観だった.彼らは完全に「確信犯」だったのだ.そうでないとしたら,3人が揃いも揃って失読失書症だったということになるが,有病率の観点から,その可能性は低いと考えている.

将棋のルールを知らない人間は、プロ棋士を相手に勝負を挑むことはできない。それと全く同様に、医師免許どころか、医学教育を一度も受けたことのない仙台地方裁判所の河村俊哉,柴田雅司,小暮紀幸の3人の裁判官ら(以下仙台地裁の裁判官ら)には、専門医である私のミトコンドリア病という診断を斟酌する資格も能力もなかった。そのことを地裁決定書は以下のように明確に示している.
●第一に、彼らは、基礎的な医学知識さえも持っていなかった。地裁決定書には医学論文や医学教科書はおろか、家庭医学書さえ引用されていないのが、何よりの証拠である。仙台地裁の裁判官らは医学の勉強を完全にサボタージュして再審請求を棄却した。
●第二に、彼らは、A子さんが急変して以来、ここ15年近くの間に起こった医学の進歩も学ぼうともしなかった。彼らは医学の進歩どころか、肝心のミトコンドリア病の診断基準が改訂されたことにも気づかなかった。
●第三に、私の意見書に対して反論する医師がもはや一人もいなくなったにもかかわらず、あたかも橋本保彦氏や後藤雄一氏(以下後藤氏)が私の意見書に対して反論した事実があるかのように偽装し、医学的根拠の全くない揣摩憶測を決定書に書き連ね、誤診の責任を橋本氏や後藤氏に転嫁した。私がA子さんのミトコンドリア病の診断を確定した現在では,誤診の一義的責任は橋本氏や後藤氏には一切無い.結局診断はミトコンドリア病以外にはないと結論している後藤氏(後述)はもちろん、今は自分の証言を訂正することもできない橋本氏にも,誤診の責任を問うことはできない。誤診の一切の責任は,全て仙台地裁の裁判官らにある。
以上の三重の誤りにより、仙台地裁の裁判官らは数々の医学的事実を誤認した。彼らは本来の職務である事実認定さえもできなかった。幾ばくかでも社会常識を持っている成人ならば、将棋のルールも知らずして、プロの棋士に戦いを挑むなどという愚かな真似は決してしない。しかし、仙台地裁の裁判官らは、家庭医学書の知識さえ持たずに、神経内科専門医によるミトコンドリア病の診断を否定し、A子さんがベクロニウム中毒であると誤診した。
私は自分の意見書で、脳解剖学からミトコンドリア病の診断基準・病態、最新の臨床推論に至るまで、仙台地裁の裁判官らに懇切丁寧に説明しなければならなかった。それというのも、仙台地裁の裁判官らが、ミトコンドリア病の何たるかを勉強するどころか、家庭医学書さえ開かずに、事実誤認を重ねた挙げ句に、A子さんがベクロニウム中毒であると誤診したからだ。国が指定した難病を負った患者が、解剖学を習ったこともない裁判官らによる、無責任極まりないお医者さんごっこの犠牲となっている。それが再審請求を棄却した地裁決定の本質である。

検察と裁判所が結託してここまで豪快な反則技を繰り返すには訳がある.福島県立大野病院事件以来,こと医事裁判に関しては,生意気なヤブ医者どものおかげで,裁判による「統制」が効きにくくなっている.検察を舐めてかかっている医者どもを脅かして,医事裁判を何とか元の「適正な姿」に戻す必要があるが,生意気なヤブ医者どもを黙らせるためにはどうしたらいいか?悩んでいたところに,医療事故調発足が決まった.我が世の春というわけである.事故調を下請けに使えば,あとは昔のやりたい放題に戻れる.そのやりたい放題を実践して「俺様達の言うことを聞かない奴はみんな守大助と同じ目に遭わせてやる」と医者どもに見せつけてやる.そういう宣戦布告が,反則技を集大成した再審請求棄却決定に他ならないのである.


再審請求審は無法地帯だった嘘と人権蹂躙
一審では東北大学にゆかりのある医師・研究者が20人もぞろぞろ証言した北陵クリニック事件は,今や一人の御用学者も姿を見せない.再審請求は検察にとっても、裁判所にとっても、制空権はもちろん制海権も握られ、大砲どころか食料さえ届かないガダルカナル島の戦いそのものとなっている。麻酔科医はもちろん、神経内科医も、法医学者も、質量分析学者も、いつも強い味方になってくれるはずの御用学者は誰一人として応援に来てくれない。誰も彼もが完全黙秘を保ったままだ。それだけ厳しい戦いなのだから、検察も裁判所も人材だけは精鋭を送り込んでくると思いきや、これがまたトンデモ検察官・裁判官達が送り込まれてきた。私も阿部泰雄弁護団長も、当初は平気で嘘をつく検察官や裁判官に非常に驚いたものだが、考えてみれば、北陵クリニック事件の裁判自体が、再審請求審に負けず劣らずのトンデモ検察官とトンデモ裁判官で維持されていたのだから、医事裁判が嘘つき検察官や嘘つき裁判官がプロレスよろしく反則を繰り出す無法地帯となっているのは構造的な問題だと再認識している次第。

嘘つき(あるいは認知症)検察官
「市川君ね、僕が特捜部にいたころなんかはね、生意気な被疑者がいると、机の下からこうやって被疑者の向こうずねを蹴るんだよ。特別公務員暴行凌虐罪をやるんだよ」。部長は自ら机のしたの隙間から足を突き出しながらこういった。(市川 寛 検事失格) この頃はまだ,机の下でやるぐらいの慎みあったわけだが,北陵クリニック事件では,あの有名な「全量消費」という,豪快な反則技(犯罪捜査規範第186条違反)を堂々と法廷に出してきた.そして再審請求審では検察官達は、今度は全量消費は嘘だったと告白した。土橋吏員に嘘つきの責任をなすりつけ,実は残っていた鑑定資料を土橋には内緒で宮城県警で分析してみたら,ベクロニウムが検出されたというのだ.しかし、そんな嘘つきが検察官を続けていることに最高検察庁として何ら問題はない。なぜなら、嘘をつく検察官であれ(あるいは認知症を患った検察官であれ)、直ちに辞めさせなければならない なぞという規定はどこにも存在しないからだ。むしろ,市民に対する恫喝という本来業務を見事に遂行した検察官として昇進が保証されたに違いない.

嘘つき(あるいは認知症)裁判長
人間は良心があれ嘘はつけない。日本国憲法76条3項では、「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ」とあるから、嘘をつく裁判長は裁判官の資格がない。河村俊哉裁判長は再審に向けての三者協議の中で、地裁決定が出る日は1週間ないし10日前に通知すると明言していた。その決定が不満の場合には抗告することができるわけだが、決定が出てから3日以内に抗告しなければならないから、それだけの準備期間が必要なためだ。しかし、実際には何の通告も無く、2014年3月25日に、河村俊哉裁判長はいきなり再審請求棄却の決定を出した。(小関眞, 阿部泰雄 北陵クリニック事件事前通知のない抜き打ち棄却 季刊刑事弁護 2014;79:97-101) 

裁判官ならば憲法を知らないはずはないから、河村裁判長は裁判官を辞める覚悟で嘘をついたことになる。彼が嘘をついて棄却決定を出してからもうすぐ1年になるが、その後彼が裁判官を辞めたという話は寡聞にして知らない。もし、彼がまだ裁判官を続けているとすれば、彼には嘘をついたという自覚症状がない、つまり、日本国憲法を忘れてしまったか、自分が言った約束事を忘れてしまったかのどちらかになるが、いずれにせよ、認知症であることには間違いない。だとすれば、彼が裁判官を続けていることに最高裁判所事務総局として何ら問題はない。なぜなら、認知症の裁判官は直ちに辞めさせなければならない なぞという規定はどこにも存在しないからだ。むしろ,市民に対する恫喝という本来業務を見事に遂行した裁判官として昇進が保証されたに違いない.

北陵クリニック事件では,検察も裁判所も市民を恫喝しているだけではない.患者の人権も蹂躙している.自らの保身と組織防衛のために,ミトコンドリア病の診断を否定し,神経難病患者に適切な治療を受けさせない.これが正義の味方の公務員のやることか.この意味でも悪役となっている.

台湾沖港空戦再び
World Values Survey(世界価値観調査)において,日本でもっとも信頼されている組織・制度は,裁判所がトップで57.8%,続いて自衛隊(45.9%),新聞・雑誌(45.5%)となっている.一方,諸外国での裁判所への信頼度は,最も高い中国でも53.5%,韓国34.0%,オーストラリア18.4%,アメリカ合衆国9.7%となっており,日本国民の皆様が裁判所に寄せる信頼は,中国を上回り世界最高=法的リテラシーは世界最低となっている.北陵クリニック事件再審請求棄却決定が,医師を含む一般市民への恫喝として有効に機能するとの検察・裁判所の判断は,このあたりに根拠があるのかもしれない.

確かにこのような恫喝は,私以外の医師を黙らせることはできるかもしれない.しかし,言葉に出さないからといって医師を含む市民が納得しているわけではない.医学的・科学的に嘘八百を書き連ねた再審請求棄却決定と私の意見書を読み比べて,納得しているのは,地球上で当の3人と仙台地検の3人の検察官の計6人だけである.この再審請求が裁判員裁判だったら,北陵クリニック事件が台湾沖港空戦だった事実がそのまま露見していた.いや,実際には,北陵クリニック事件での検察と裁判所の敗北はもうとっくに露見している.だから,たとえ再審請求棄却で「高らかに勝利宣言」したところで,それは「正義の味方」の証明にはならない.検察も裁判所もそのことがわかっているからこそ,数々の反則を繰り出し,悪役に徹しているのである.再審請求を棄却すればするほど,事件の全貌と検察・裁判所の悪役ぶりが明らかになる.その意味で再審制度は立派に機能していると言えよう.

司法・裁判(一般)関連書籍でアマゾンのベストセラー1位となった「ニッポンの裁判」は,裁判に対するサイレント・クレーマーの爆発的な増加を象徴している.特に検察や裁判所のように,市民が決してクレームを寄せない組織の場合には,寄せられるクレームからサイレント・クレーマーの勢力を推測することが不可能なため,組織の危機管理の困難さは他の組織の比ではないのだが,肝心の検察も裁判所もそこに気づけない.そもそも旧帝国陸海軍同様の国営の独占企業体である検察・裁判所には,組織の危機管理の概念が存在しないので,サイレント・クレーマーの存在を意識することもない.
帝国陸海軍を始めとする歴史上の幾多の事例から容易にわかるように、組織を崩壊させるのは、決まってその組織に忠実な構成員達である。組織の中にいると,その組織の脆弱性が見えない.脆弱性が見えなければ,そこを補強しようなどとは夢にも思わない.それどころか,その脆弱性を招いた行為を反復する.こうして彼等は組織防衛と称しながら実は自分達がせっせと組織を崩壊させていることに最後まで気づけない。そんな組織崩壊の兆候にいち早く気づくのは、いつも決まって組織の外の人々である。そういった人々は当然その組織から遠ざかろうとする.いつ崩れるかもわからない建物の中に誰が入るものか.ましてやそれが自分たちを恫喝する組織であったならば.北陵クリニック事件に対して医師を含む市民が沈黙しているいのは,決して彼らが検察や裁判所の恫喝に屈しているからではない.逆に私のように余計なお節介をせずに,黙って見ていた方が崩壊が効率良く進むことを知っているからだ.

参考:北陵クリニック事件裁判資料一覧 天下のやぶと呼ばれて

一般市民としての医師と法に戻る