スポンサーとしての支払基金

先日,心血管イベントに対するアスピリンの一次予防の有効性検証試験(JAMA. 2008 Nov 12;300(18):2134-41):JPAD研究を主導した研究者からお話を伺う機会があった.治験でやれば,数十億円以上かかる試験だが,「日本全国のお医者さんのボランティアのおかげで三千万円しかかかっていない」とのことだった.

本当にそんなうまい話があるのだろうか?そんなうまい話があるのだったら,我も我もと,同様の臨床研究がどんどん出てくるはずではないのか?そう思われる方もいらっしゃるだろう.

そう,そんなうまい話がある.だから同様の臨床研究がどんどん出てきたことは後述する.

数十億円かかるところが三千万円で済んだのは,保険診療の中で全てやったからだ.これは当の研究者本人が,「混合診療ではないのか?」というフロアからの質問に対して,「いや,全て保険診療の中でやりました」と堂々と言っていたので間違いない.

ところが、この試験は紛れもなく混合診療である.その理由は論文のタイトルを見ただけで一目瞭然である.JPAD Japanese Primary Prevention of Atherosclerosis with Aspirin for Diabetes.アスピリンによる一次予防.つまり適応外使用=保険外診療である.この素晴らしい試験に貢献したたくさんのお医者さん達は、みんなアスピリンの効能効果はあくまで二次予防のみであることを忘れていたんでしょうかね? 保険外診療と保険診療を同時に行うのを混合診療ということも忘れていたんでしょうか?

JPAD研究は、アスピリンによる一次予防という適応外使用に対し,保険病名をつけた.つまり,支払基金からサポートを受けた臨床研究である.当の支払基金は,サポートした覚えなどさらさらないだろうし,JAMAに論文が出た後も,騙されたとは思っていないだろうし,ましてやこの研究で処方されたアスピリンの査定など夢にも思っていないだろう.(この文章を読んでからどうするかは知らないが)

たかがアスピリンぐらい,いいじゃないかというのだったら,その結果を宣伝に使っている会社は,実薬とプラセボを供給すべきだった.そうすれば,PROBEなんていかがわしい方法を使わずに,ごく普通にプライマリエンドポイントを設定した上で,パワー計算きちんとして試験をすれば,プライマリエンドポイントで差がついて,みんな万々歳だったはずだ(^^;).

そして,この臨床研究に携わった医師達は,「こんな素晴らしい臨床研究ができるのだから,混合診療絶対反対などという馬鹿げたスローガンとは訣別すべきだ」 日医と厚労省に対し,堂々と主張そうすべきだった.なお,この混合診療に参加した医師の中には,混合診療に絶対反対する日本医師会の会員もたくさんいたはずだ.

そう,こんな素晴らしい研究も立派な混合診療なのだ.だから、何でもかんでも混合診療絶対反対を錦の御旗にする日医は、いつまでたっても未成熟な高齢者集団としか見なされないのだ.

ここまで読んできたような方は,もうおわかりになっただろう.とかく問題の多いPROBE法を使って企業の宣伝に大いに活用されているいかがわしい臨床研究の数々は,ほとんどが,支払基金のサポート=保険ただ乗り で行われている.

治験でやれば数十億以上かかるところを,保険ただ乗り,支払基金の金を使って,ただ同然で仕上げた「臨床研究」.それから,後出しじゃんけんのサブ解析だけを抜き出して宣伝ビラに載せ,一次予防だの,臓器保護だの,効能追加同然の主張をしても,支払基金は何の文句も言わない.これって凄いことですよ.

日本では,臨床研究の経済的サポートが決定的に欠如しているって?冗談じゃない?支払基金という,ひどく太っ腹の出資者がいるじゃないか!!

そう,日本ではこういう形で,支払基金ただ乗りで臨床研究をやっても,誰も文句を言わない,素晴らしい国なのだ.しかし、今後はそうもいかない可能性がある。

適応外使用とはいえ,すでに承認されている生活習慣病の医薬品で,承認効能効果と大きくずれていないので,混合診療が「目立たない」からまだ大目に見られて(というか誰も気づかずに)ここまできたが,いつまでもそうはいかない.

日常診療下で行われる適応外使用の臨床研究は,近い将来、混合診療として必ず問題になる.その前に,せめて,ここを読んでくださる皆さんには問題意識を持って,しかるべき行動が取れる人は対応してもらいたい.もちろん私も相談に乗る.

幸い,落としどころは比較的簡単.つまり,高度医療・先進医療で認めている混合診療を,この種の臨床研究にも認めればいいだけだ.

えっ?それで承認申請できるでしょうか?って.いや,承認申請する必要なんてありません.それだけしっかりやれば,支払基金も55年通知に基づいて,審査情報提供事例に加えてくれること間違いなし?!

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