Contingency Plan

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)は,ノモンハン、ガタルカナル、ミッドウェイ、インパール、沖縄といった歴史的に有名な戦いを分析した組織論の名著だが、四半世紀近くたった現在でも,その素晴らしい価値はいささかも減じていない。本書にしばしば出てくるのが,contingency planなる用語である.不測の事態への備えという意味だ.

必勝・不退転の決意、乾坤一擲、死守・・・そういった熟語が並んだ,中学校の運動会のシナリオ顔負けの,おめでたい作戦計画書には、戦争のような国家の命運を賭けた行動には不可欠のコンティンジェンシー‐プランなど、どこにも見あたらなかった。結果はご存じのごとくぼろ負けの連続だ。

製薬企業の開発は、 コンティンジェンシー‐プラン検討の好適事例だ。にもかかわらず、コンティンジェンシー‐プランを全く考えていない開発計画をよく見かけた。

”もし用量設定試験がうまくいったら第III相試験計画を認めてもらえますか?”

試験がうまくいったらなんて仮定だけで話が進められるのなら、そもそも相談に来る必要がない。治験相談の目的は、様々な失敗シナリオを考えてコンティンジェンシー‐プランを練ることだ。うまくいかなかったらどうするか,失敗シナリオを漏らさず考えて,それぞれへの対応策を考えるのが治験相談だ.それを,”うまくいったらどうするか?”だって?アホちゃうか.おとといおいで.

臨床は、診断も治療も、コンティンジェンシー‐プラン作成・修正作業の連続だ。エビデンスだけを考えたらとてもやっていけない。それ以外に、家族の懸念事項は何か、今日の曜日は?(月曜の午前と金曜の夕方では同じ問題でも判断が全く異なる)、CTの混み具合、空床状況、病棟婦長のキャラ・・・・戦闘機のパイロット以上に、無数の要素を勘案し、瞬時に決断し、出てきたアウトカムを見て、それまでのコンティンジェンシー‐プランをすぐさま修正する。そんな修羅場をくぐり抜けて来た人間には、審査・相談がやけに牧歌的な作業に見えて、この仕事なら,自分がいなくてもやっていけるよな とついつい思ってしまうのだった。

目次へ戻る