審査現場での教育

新薬承認審査の現場は,学びの場でもある.臨床試験の何たるかを勉強できるのは,そこしかない.莫大な資金・労力と命のトレードオフのバランスをどうとるか,正解のない問に苦しみながら,知力を尽くし,議論を重ね,決断を形成していく.

では,その学校での教育はどうなっているのか?文科省の定義する学校ではないから,教官はいない.On the Job Training OJTあるいは板前,大工修業といえば聞こえはいいが,カリキュラムはない.教育専任者もいない.少ない人数を選り好みして雇えた時代はそれでもよかった.しかし,今やスポンサーから早く早くとせっつかれる.人が足りないなんて暢気なことを言っている場合か.増やせ増やせ,仕事が速くなるなら,資金提供は惜しまないと,気前のいいお言葉もいただくようになった.

新入社員も既存の社員もでこぼこが激しくなれば,OJTとは対極の,マニュアル信奉のマクドナルド式教育はどうしても必要になってくる.でも,初任者研修と称して,長たらしい訓話の時間を睡眠不足の解消に当てるだけでは,到底目的を果たせない.じゃあどうするのか?準お役所なんだから,まず前例を探しましょう.

前例はある.臨床現場がまさにそれだ.リアルタイムで人命がかかる,救急の飛び込み仕事も多い,マンパワーも決定的に不足している,といった点で,新薬審査の仕事よりもはるかに条件は悪く,当然ながら質の悪いOJTの割合が圧倒的に多いのだが,それでも系統だって教育を行おうという動きはある.その動きは,新薬審査の現場を学校にするために,大いに参考になるだろう.あの混乱に満ちた臨床現場でさえ,教育の仕組みを作っていこうとしている.ならば,チームが機能し,より統制がとれているという点で,臨床現場よりも審査の現場は,教育で優位に立っている.

臨床現場で行われている,あるいはやろうとしているのは,まず,内部でも,外部でも,教育という仕事に価値を認めることだ.

1.名誉職でいいから,そのための職場のステータスを与えること:臨床では,”指導医”という名前になっている
2.業務・業績評価に教育も含めること.
3.新薬審査現場の重要な機能の一つとして,臨床試験全般にかかわる教育があり.医薬品医療機器総合機構は立派な教育機関,学校であると宣伝すること.

このような枠組みを組んだ上で,内容はどうするか.私は,やはりケーススタディが重要で,それも研修の初期から導入すべきだと考えている.その理由は,

第一に,個々の申請の審査は,臨床現場での個々の患者さんに相当するからだ.チーム医療=チーム審査,チーム対面助言というわけだ.臨床が,patient-oriented, problem-oriented ならば,審査,対面助言も,個々の申請や対面助言のケーススタディを大切にして,研修初期から導入すべきである.臨床ではearly clinical exposureといって,学生のうちから臨床現場を経験させることが奨励されている.審査の現場でも同様である.

第二に,ケーススタディは,現行のOJTの流れに合致させて,日常業務の中に組み込みやすいという利点もある.まとまった時間がとりにくい臨床現場ではsmall group discussionの活用し,ケーススタディ,症例検討会をあちこちで,しょっちゅう開くことが奨励されている.審査の現場でも,ランチョンミーティングを頻回に開催し,審査や対面助言で問題点の典型例の事例検討会をやったらどうだろう.

もちろん系統的な学習も必要だが,これはケーススタディをある程度やって,問題意識が芽生えてから,系統的に学習すると,初めてなるほどと思えて学習効果が上がる.それからまた現場に戻ってケーススタディ,また系統的な学習に戻る.この双方向の繰り返しが効果的である.

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