商売仇

人に頭を下げないで金をもらうのは医者と坊主だけだ(西鶴 新可笑記巻二 炭焼も火宅の合点)

皆様は,この二者はライバル関係にあると考えるかもしれないが,それはちょいと違う.古来,医者は坊主のおこぼれに預かっていたに過ぎない,うまく住み分けていたなんてとんでもない.長い間坊主の方が,経済的にも,社会的地位も圧倒的に有利だった.医者は坊主のおこぼれに預かっていたに過ぎない(参考→医者の身分の変遷).

しかし,収入の方はともかくとして,大衆への暴露頻度という点では,みのもんたの番組に代表されるように,ほんのここ数十年医者の方が優位に立った.それには国民皆保険制度の影響が大きい.

もともと,死を境にして,きれいに坊主と医者の仕事が分かれるというわけではなかった.”引導を渡す”という言葉にあるように,坊主は”周死期”を牛耳っていた.たとえ本人が元気であっても,死という,人生の最終目標を意識した時から,本人にも,家族にも,地域社会にも配慮し,本人を彼岸に渡し切って葬式を仕切った後も,初七日を初めとしたアフターメンテサービスまで,坊主が一手に引き受けていた.

ところが,国民皆保険ができたおかげで,まず,死にそうな病人が病院へ隔離されてしまった.縁起が悪いとかいう不当な差別的態度で,坊主はあの建物の中に入れない.不当労働行為である.多くの人は死ぬまであの建物の中にいる.これで,周死期の前半は完全に医者に持っていかれてしまった.家で死ぬ場合だって,不倶戴天の敵である厚労省が在宅医療に点数を高くしたもんだから,瀕死の病人がいる家にも入れなくなった.

ひどいところになると,本人が死んだ後も,医者やら臨床心理士やらが,家族の心のケアとか言ってでしゃばってくる.これじゃ,坊主の商売上がったりだ.葬式仏教と悪口を言われるが,医者と国民皆保険制度によって,葬式以前の大切な仕事を奪われた結果であって,決して坊主の怠慢ではない.

健康食品,健康グッズ,健康法,それでも満足できず,全頭検査.こういったいかがわしい数々の品が氾濫する世の中で,一体日本人は何百年生きるつもりなのか.高級な食べ物が氾濫し,上下水道が完備され,予防接種が普及し,飢餓と,子供や若い人の命を奪う感染症と縁遠くなり,世界一の長寿国を謳歌している.

そんな国にはもう,医者なんか要らない.今,あちこちで医者が足りないといっているのは,高度先進医療に代表される医療バブルで都市部に医者群がっているからだ.一億総始皇帝状態の国民の皆様からの圧倒的な支持を得て、医者達は,高価な診断機器や、”最新の治療法”とやらをこれでもかこれでもかと編み出し,保険適応にしろと要求して、際限のない医療バブルを創り出している。まるで,給料の高いポンコツ選手を引っ張ってくることしか考えられないどこかの職業野球チームのようだ.少なくとも寿命というマクロのアウトカムで見る限り,日本にはもう,これ以上医者はいらない.心ある方は,どうか聴診器を捨て,FDAの三十分の一の人数で,たった10人の医者が奮戦している超医療過疎地帯,霞ヶ関に出向いてもらいたい.ikecell@mail.goo.ne.jp

先進国の中で考えれば,人口あたりでは医者がまだまだ少ないというが,公衆衛生のインフラ,国民の健康志向,経済力,高等教育の普及といった点から,医者の出番が先進国中でも最も少ない国であると言えよう.

こうなったら,日本の医学部でこそ,公衆衛生,HIV感染症,マラリア,リーシュマニア症,結核,デング熱,腸チフス,コレラ,ペストの診療と,プライマリケアと,アラビア語とフランス語とスペイン語と中国語を教えて,発展途上国へ医者をどんどん輸出するのが,本当の国際貢献というものだ.

日本の医者は余計な仕事をどんどん増やして医療に金をつぎ込んでいるいるばかりでなく、気管内挿管や吸引といった基本的手技も俺がやるといって手放さない。もっとひどいのは、医者が、医者以外の分野にも進出して、その仕事を奪ってしまう,それが上記の坊主の事例だ。そんな悪辣なことまでやって、医者が足りないなんて、盗人猛々しいとは、このこった。

死因の一位は癌.一番ありふれた死因.癌で死ななければ痴呆になる国だ.癌にもいろいろあるが,死を前提にした癌,痴呆,どちらも医者は手も足も出ないじゃないか.今の日本では医者の仕事なんてなくなっちまったんだ.だから,医者は,坊主の領分を食い荒らすことによってしか生計を立てられなくなった.ホスピスにせよ,在宅医療での看取りにせよ,痴呆老人の介護にせよ,医師免許をふりかざしてやるような仕事じゃねえだろうが.昔は全部坊主の仕事だったんだ.国民皆保険の死守だって,冗談じゃねえよ.坊主の仕事を返してくれ.

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