Tカードの二の舞にならないために
「お客様は神様です」をスローガンにする企業だったら,「官憲の犬」,「客を警察に売り飛ばす会社」という汚名は絶対に回避したいはずなんだがな.元特捜部主任検事の前田恒彦さんが,「脇の甘い」CCCの二の舞にならないよう,懇切丁寧に解説してくれている.
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医療情報を幅広く得ている捜査当局「他山の石」とすべきTカード騒動 元特捜部主任検事 前田恒彦 医薬経済2019/2/1
Tカードを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブがやり玉にあげられている。令状や本人の同意がなく、会員規約に記載もないまま、捜査当局に個人情報を提供していたからだ。患者や家族らのセンシティブな情報を取り扱う医療・医薬品業界にとっても、他人事とは言えないだろう。すなわち、捜査や裁判のルールを定めた刑事訴訟法は、真相解明のため、捜査当局に「捜査関係事項照会」という捜査のやり方を認めている。略して「捜査照会」と呼ばれるもので、捜査のために必要であれば、公私の団体に対し、無令状で知りたい事項を問い合わせ、報告を求めることができる。対象となる犯罪には制限がない。
しかも、照会先に対して捜査照会の内容を伏せておくように要求することもできる。誰に対して何の事件を捜査中なのかが漏れると、証拠を隠滅され、逃走される恐れが大だからだ。現に捜査当局は、これを活用し、病院や診療所、薬局、薬店、ドラッグストア、健康保険組合などに問い合わせ、さまざまな情報を幅広く入手し、捜査に活用している。勤務する医師や薬剤師、従業員らの人事情報などはもちろん、患者や家族、顧客らに関する医療情報や取引情報などだ。例えば、来院や来店の日時、そこでのやり取り、診療結果、カルテやレセプトの内容、医師らの所見、薬歴やOTC薬の購入歴、防犯カメラの映像などが挙げられる。捜査照会には協力拒否に対する罰則がなく、回答も強制できない。それでも捜査当局は、令状による強制的な捜索や差押えよりも、任意の捜査照会を優先している。令状による場合だと捜査当局にとって都合のよい日時に一方的に実施することになるうえ、長時間の捜索や差押えに医師や薬剤師、事務員らを対応させ、診療や事務もストップさせることになるからだ。しかも、照会文書の郵送や電話のやり取りで事が足りるので、迅速で臨機応変な捜査ができるし、捜査費用も格段に安く済む。
照会件数が多いものは
捜査当局が病院や薬局などから情報を得るのは、彼ら自体が捜査の対象となっている場合か、完全な第三者の場合のいずれかだ。前者は医療事故、診療報酬の不正請求、患者に対する虐待や強制わいせつ、薬剤選定をめぐる贈収賄、脱税、従業員らによる院外での交通事故、薬物事件、児童買春などさまざまだ。病院荒らしや乗っ取り、事務員らによる横領など、被害者の立場となることもあるだろう。
ただ、照会の件数が最も多いのは、やはり第三者のパターン、とくに医療情報だ。これも、被害者に関する場合と、被疑者に関する場合がある。
前者は、交通事故のほか、殺人、傷害致死傷、強盗致死傷、傷害、強姦など、被害者の死因や負傷状況、加療期間などが犯罪の成否や情状面で重視される事件では必須だ。被害者が被害後にPTSDに罹患している場合には、その点に関する照会も不可欠だ。
それこそ交通事故だと、検察は地域性や検察官の感覚によって処分にバラつきが出ないようにするため、統一的な求刑基準を定めている。過失の内容もさることながら、診察医が示した加療期間を基準に当てはめると、その長短によって自動的に求刑が導き出される仕組みだ。すでに警察が照会済みでも、事件直後の場合が多く、その後の検査で負傷部位が増え、加療期間も伸びるといったこともあるので、処分を決める検察からも改めて捜査照会を行う。
一方、被疑者に関しては、例えば犯行時の責任能力が問題となるケースだと、精神神経科の受診歴や受診内容、投薬・服薬状況などを問い合わせ、医師の回答を得ている。また、被疑者を逮捕する前にその病状や投薬状況などを問い合わせ、身柄拘束に耐えられるか否か、拘置所の医師でも対応できるか否かを判断することも多い。逃亡中の被疑者が診療を受けることで逮捕に至ることもあるので、その点の照会も重要だ。
利用規約の内容開示に工夫を
もちろん、医師や薬剤師、医薬品販売業者には守秘義務がある。正当な理由がないのに秘密を漏らしたら、刑法の秘密漏示罪で罰せられる。個人情報保護法も、情報提供には本人の同意が必要だとしている。しかし、個人情報保護法や総務省、厚生労働省などのガイドラインは、本人の同意を得ないで個人情報を第三者に提供できる例外として、「法令に基づく場合」を挙げている。捜査照会もこれに含まれる。
医療情報を本人の同意なく捜査当局に提供すること自体は何ら違法ではないし、それで処罰されることもない。現に、医師や薬剤師、ドラッグストア経営者らがあまり深く考えずに患者や顧客らの医療情報を捜査当局に提供している場面は多い。だからといって、Tカード騒動からも明らかなとおり、これまで当たり前にやられてきた対応がこれからも是とされるとは限らない。プライバシーを保護すべきという意識が時代とともに高まりを見せているからだ。本人から逆恨みされ、損害賠償を請求されるほか、「あの病院は個人情報の取り扱いがずさんだ」と誤解され、評判を落とすことにもなりかねない。漫然と捜査照会に応じるのではなく、どこまで任意に回答するのか、提供する情報ごとに慎重に判断しなければならない。例えば、精神疾患の状況やDNA型、HIV検査の結果など、とくに秘匿性が高い情報の場合には、そのたびに本人から書面で同意を得ることを条件にするか、令状を要求すべきだ。
医療情報以外の分野ではあるが、捜査当局も、プライバシーの領域に深く踏み込む情報、例えば携帯電話の通信履歴やGPS端末の位置情報を得る場合には、捜査照会ではなく、初めから令状によっている。もちろん、電話や口頭では回答に応じず、必ず照会文書を要求すべきだし、なぜその情報が必要なのかといったことを尋ね、その理由や対応した捜査官の役職、氏名なども記録に残しておくべきだ。「捜査中だから答えられない」としか返答しないのが基本だが、病院や薬局などが第三者的な立場にあり、とくに被害者に関する情報を得たい場合には、捜査当局も支障のない範囲で照会に至った事情を教えることだろう。
このほか、医療・医薬品業界では、匿名化されているとはいえ、日々、犯罪と何ら関わりのない患者や顧客の個人情報、とくに向精神薬や性病薬、発毛薬など、他人に知られたくない処方薬やOTC薬の購入情報が流通している。予め病院や薬局などが利用規約やプライバシーポリシー、ポイントカード約款の中に個人情報の第三者提供に関する条項を盛り込んでおり、利用者の包括的な事前承認があったとされるからだ。しかし、そもそも規約などろくに見ていないのが実情だ。この点も、未成年者でも理解できるように、予め規約の内容をわかりやすいかたちで説明し、十分な納得を得ておく工夫が必要ではないか。信頼を得るには時間がかかるが、失うのは一瞬。「他山の石」とすべき事案だ。
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