NGSの御利益

かつて夢のコンパニオン診断のように思われていた次世代シークエンサーが示すアウトカムそのものが,地道な従来の臓器別試験の大切さを教えてくれるのだから,有り難いものだ.
----------------------------------------------
がんゲノム医療の「理想」と「現実」臓器を超えた治療に「限界」、臨床腫瘍学会で相次いだ懸念 医薬経済2019/8/1

臨床試験での評価が「必要」
「現実というのは、そんなに簡単なものではありません」
7月18~20日に京都市で開かれた日本臨床腫瘍学会学術集会のシンポジウム。欧州医薬品庁(EMA)の腫瘍学ワーキングパーティのピエリ・デモリス氏はこう発言した。そして、がんゲノム医療の限界について語り始めた。

「イージーストーリーというのは、ひとつの遺伝子変異に対してひとつの薬という非常にシンプルな関係。しかし、現実の世界は複雑なのです」
今から4年前の15年、ある臨床試験の結果が発表された。がん遺伝子の種類である「BRAF」に変異がある転移性の大腸がん患者を対象にした第Ⅱ相試験。患者に投与された「ゼルボラフ」はBRAFを標的にした治療薬で、がんゲノム医療の発想で効果が期待されていた。だが、試験結果は奏効率がわずか5%で、医療関係者は失望した。
この試験結果は、ゼルボラフそのものに問題があったわけではないとされている。なぜならゼルボラフはBRAF遺伝子変異のある悪性黒色腫(メラノーマ)の患者で、すでに高い奏効率が得られていたからだ。それにもかかわらず、同じBRAF遺伝子変異であるはずの大腸がんでは効果が得られなかった。デモリス氏はこう解説する。
 「臓器に関係なく治療するというのは、よいアイデアではないかもしれません。従来(臓器別)の適応に戻るということです」
日本でこれからがんゲノム医療を臓器に関係なく治療する可能性を探ろうとしているのに、EMAは水を差すような講演をしてしまった。
ただし、デモリス氏と同じような主張は日本の医師からもある。国立がん研究センター東病院の大津敦病院長も、別のシンポジウムで「多くの薬剤では臓器によって治療効果が違う」と講演した。ベムラフェニブだけでなく、ほかの治療薬でも臓器によって明暗が分かれた試験があるという。
「HER2」という遺伝子変異を標的にした「カドサイラ」という治療薬では、HER2遺伝子に変異のある乳がんの適応で承認されている。そこで、HER2遺伝子に変異のある胃がんや肺がんの患者で臨床試験をしたところ、いずれもネガティブな成績に終わってしまったのだ。
さらに大津病院長は、適応外使用の問題も指摘する。がん遺伝子パネル検査の対象となるのは、「標準治療がない」もしくは「標準治療が終わった」患者で、これらの余命は「平均3ヵ月」とも言われる深刻な状況だ。このような患者がパネル検査を受けて遺伝子異常がわかったあとの選択肢は、条件に合う臨床試験があれば参加できるが、そうでなければ自費で適応外薬を使うか、ほかの選択肢を考えるか、になる。
患者のなかには適応外薬だとしても、わずかな可能性があるのならすがりたくなる人もいるだろう。結果的に、適応外での使用が進んでしまう可能性が現在のがんゲノム医療の体制に内包されている。これに対しても、大津病院長は慎重だ。
「安易に適応外使用するのではなく、やはり臨床試験ベースの評価を積み重ねる必要がある」
というのも、臓器に関係なく治療するという治療法が、まったく否定されているものでもないからだ。臓器によって効果に差が出てしまった治療薬がある一方で、臓器に関係なく効果が認められている治療薬もある
MSDの「キイトルーダ」や中外製薬の「ロズリートレク」では、特定の遺伝子異常があれば、がん種に関係なく使用することができる。もちろん両剤とも承認され、保険診療下で使うことができる。
このため、大津病院長はがんゲノム医療の可能性を証明するためにも臨床試験の必要性を強調している。大津病院長はシンポジウムでこう続けた。
「ただ遺伝子解析をするのではなく、患者に有効な最新のゲノム医療を保険診療下で届けるのが我われの使命だ」
大津病院長の言葉は、現行のがんゲノム医療を暗に批判しているようにも聞こえる。
----------------------------------------------
目次へ戻る