17枚の在職証明書
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「な ぜたった5年で大学教授を辞めたのか?」とよく訊かれるが、私としては「5年の任期をよくもまあ、無事に勤め上げたものだ」と褒められることがないのが、 はなはだ不本意である。その大学を任期満了退職して2013年4月に法務省に就職するにあたって、大学卒後の31年間の在職証明書を要求された。そんな面 倒くさいことは、生まれて初めてだったが、そうしないと私は就職口を失うし、先方の人事担当者もひどく困ってしまうので、全て取り寄せた。そうしたら17 枚になった。自分でも呆れた。一つの職場の平均在職期間が1年10ヶ月なのだ。やっぱり5年の教授任期を全うしたことは賞賛に値する。ギネスブックが嗅ぎ つけて、世界で最も職を転々とした医師として認定してくれるだろうか。

法務省の人事担当者ならずとも、どうしてこんなに職を転々とするの だろうか そんな素朴な疑問を誰もが抱くだろう。私も例外ではない。当の本人がわからないのだから、人事担当者に理解できるわけがない。この国ではいろい ろな職場で医者が不足していて、医師免許を持っていれば就職口には困らないことは確かだ。だからといって、お医者さんがみんな、在職証明書を17枚も持っ ているわけではない。やはり本人にどこか問題があるのだろう。ではそれはどんな問題なのだろうか。

最大の問題は「医者をやりたくない」こ とだろう、本人は長年そう思っていた。この感覚は多くの医師免許保持者が共感してくれるはずだ。何もできないくせに白衣と聴診器とそれから打腱器まで持っ て、偉そうな顔をする仕事が嫌で嫌でたまらなかった。そんな奴が今は「総合診療医」なるラベルを貼られているのだから、世の中どうかしてる。

し かしよく考えると、医者=「何もできないくせに白衣と聴診器とそれから打腱器まで持って、偉そうな顔をする仕事」ではない。私は医師免許を使う仕事の全て が嫌だというわけではもちろんない。「何もできないくせに白衣と聴診器とそれから打腱器まで持って、偉そうな顔をする仕事」に吐き気がするというだけで、 それさえ回避できれば、医師免許を使う仕事は、どんな仕事でもやぶさかではない。だから在職証明書17枚は、「医者をやりたくない」では説明できない。

「何もできないくせに白衣と聴診器とそれから打腱器まで持つ」。これは今までさんざんやってきたこと だ。このこと自体は決して嫌ではない。むしろ大好きだ。だから今でも白衣を着てテレビに出てご機嫌なわけだ。吐き気がするのは 「偉そうな顔をする」ことだ。

どこの職場であろうと、医師免許を持ったいい歳のおっさんが、同じ所に長年居座れば、たとえ白衣を着なくて も、聴診器を持たなくても、どうしても「偉そうな顔」が身についてしまう。雑巾がけもやらなくなる。症例報告も書かなくなる。若い人から教えてもらおうと いう姿勢が消失する。成長への欲望が失われる。「いい歳をして」という周囲の圧力に負けてしまう。そうやって厚労省の審議会の委員になり、勲章をもらって 死んでいく。それも一つの人生なのだろう。でも私は嫌だ。

というと,いかにも格好良さそうに聞こえるが,実は単にアウェイが好きなだけだ

→参考:常に「アウェイ」な環境に身を置くことの大切さ、「強み」に閉じ込められる怖さ

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