選択肢を拡げることが重要、田中克平氏の思い(2008/08/04 RANKING MAIL 第1171号)
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「田中克平氏がバイオ医薬や細胞医薬の実用化に果たした役割は極めて大きく、ともすれば保守的に傾きがちな規制当局の中で、技術革新を支援する立場を鮮明に奮闘していました。田中さんの努力なしには、わが国のバイオ医薬や再生医療の夜明けはいまだに到来していなかったと思います。」
「規制当局に存在する守旧派の多くは、変化を嫌います。官僚の宿痾ともいうべきものですが、こうした変化を嫌った結果、わが国は世界で今起こっている生命科学のイノベーションを取り込むことに失敗、世界で発売されている有力新薬の30%以上が使用できないというドラッグ・ラグを生じてしまいました。守旧派によるサボタージュ(いろいろもっともらしい理由はつけます)が、結局は患者さんの選択肢を狭め、他国であれば救える命も失われている現状を認識しなくてはなりません」
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あたかも,田中克平氏が,悪の枢軸の中で孤軍奮闘する英雄だったかのような書きぶりである.しかし,それが事実かどうかは,実は問題ではない.
問題なのは,宮田氏自身の心の中に存在する規制当局への依存心である.その依存心は,厚労省はけしからん→厚労省もっと頑張って→厚労省様,御願いしますのスキームから抜け出せずに,いつまでたっても自立できない人々と同じである.
規制当局への依存心がなければ,"守旧派の巣窟"であるPMDAを解体して,韓国・オーストラリア方式の市販後監視機関にするという結論に辿り着くはずだが,宮田氏は,全く逆に日本版FDA推進の旗手である.
"守旧派の巣窟"であるPMDAを解体すれば,自分たちを含めた一般市民や医療者が自立して,リスク・ベネフィットの判断をしなくてはいけないから.それが怖いのだ.韓国でもオーストラリアでもやっていることなのだから,別に怖くない,実は面白いことなのだけれど.
今や規制緩和どころか,規制当局への依存は高まるばかりだ.そんな圧力の中で,田中克平氏は,宮田さんを含めた「国民の皆様」からの期待に必死で応えようとした.行政崩壊の犠牲者,広い意味での過労死であると私は思っている.もっと時間の余裕があれば,病気の発見も早かったかも知れない.長期の病気休暇を取り,治療に専念できたかもしれない.しかし,彼はそうしなかった.いや,できなかった.
彼を休ませようとしなかったのは決して特定の個人ではない.その圧力の発生源である「国民の皆様」は,日本国の神である.「国民の皆様」に異議を申し立てる私のような人間は,当然非国民扱いされる.ましてや,規制当局の人間が,「国民の皆様」に楯突くことなど,金輪際許されない.そうやって連日徹夜で働いても,生きてる限り「変化を嫌う守旧派」と罵られることしか許されない.死んで初めて「技術革新の旗手」として名誉の戦死扱いされる.生きているうちから,「兵隊さんのおかげです」と感謝された帝国陸海軍の兵士よりも酷い扱いだ.
その,「国民の皆様」による厚労省への非難=依存の行き着く先は,スターリン主義の再来だ(以下抜粋).
"政府がすべての弱者を救う完璧な福祉社会に生きる人は「身銭を切って」弱者に手を差し伸べる必要がなくなる(だって、その仕事は行政が個人がやるよりはるかに手際よくやってくれるからだ)。100%倫理的な社会システムの中で生きる人は心おきなく自己利益の追求を最優先することができる。同じように、あらゆる悪事を警察がただちに発見して処罰する社会システムでは、目の前でどのような凶行がなされていようとも、私たちは安心してそれを拱手傍観することが許される。だって、すぐに警察がやってきて、てきぱきとワルモノを逮捕してくれることが確実だからだ。"
全然参考にならない文献
燃える東部戦線―独ソ戦の全貌 (ハヤカワ文庫NF) :スターリンが,この世の中でただ1人信用していたヒトラーにあっけなく騙されたために,何百万ものロシア人が死ななければならなかった悲劇を描く.