診断が困難であった劇症型Mitochondrial myopathy,
Encephalopathy, Lactic Acidosis, Stroke-like episodes (MELAS)
小児の脳卒中は様々な原因で生じるが、その原因究明は困難なことが多い。Mitochondrial myopathy, encephalopathy, lactic
acidosis, and stroke-like episodes (MELAS) は、しばしば誤診される希少疾病である。ここに報告するのは、発症時11歳の女児である。激しい運動の後、消化器症状を訴えた。その後症状は急激に増悪し、複視、構音障害、けいれん発作、てんかん重積状態から心停止に至った。蘇生したものの、低酸素性脳症から遷延性植物状態となった。高乳酸血症、難聴、肥大型心筋症より、MELASと判明した。本例は劇症型MELASの診断の難しさを示している。
脳卒中は小児や若年者でも重大な障害や死亡の原因となるが、その診断は成人の場合に比して困難であり、しばしば診断が遅れる[1,2]。Mitochondrial myopathy, encephalopathy, lactic
acidosis, and stroke-like episodes (MELAS) はミトコンドリアの機能障害による進行性の疾患である[3-7]。MELASでは、 幼少期の発達はおおむね正常であるが、それ以降は脳卒中様発作、けいれん、高乳酸血症を繰り返す。全ての臓器はミトコンドリアのエネルギー産生に依存しているので多彩な症状が起こるが[5]、特に活発な酸素消費を示す脳や心臓がミトコンドリアの障害による症状を生じやすい。 初回の脳卒中発作が起きる前の症状となる低身長、精神遅滞などの症状は軽症なので、気づかれにくく、医療機関を受診することも少ない[6]。従って、MELASに気づかれるのは、それまで一見健康に見えた子どもに、突然脳卒中様発作が起きる形となるので、その診断は困難である [5]。この症例報告の目的は、見逃されがちなMELASに焦点を当て、誤診を防ぐことにある。
症例は、ある総合病院にけいれん発作と意識障害で緊急入院となった11歳女児である。満期正常分娩にて出生。発症当時身長140 cm、体重28.4 kgと低身長の傾向がある以外は著患を認めなかった。家族歴でも特記すべき事はなかった。
入院当日の午前中、学校の運動会の練習で強い運動負荷があった。同日の昼食後に腹痛を訴えた。夕方には、嘔吐を繰り返し、軟便もあった。地元の診療所を受診した。診察時、体温36.6度、胸部に異常所見は認めず、腹部は平坦・軟であったが、右下腹部に圧痛を認めた。急性虫垂炎を疑われ、ホスホマイシンを含む点滴を開始した。間もなく、首を左右に振り、急に目をぱちぱちしながら複視を訴えるも、呂律が回らず、すぐに呼名に反応しなくなった。血圧180/100mmHg、脈拍50/分で、左半身により強いけいれん様不随意運動に引き続き、呼吸数低下、徐脈から心停止となったが蘇生し、総合病院に転送した。
病院到着時、痛みに対して反応が無く、自発呼吸も認められなかった。体温36.4度、脈拍97/分、血圧130/58 mm Hgだった。瞳孔は左右正円同大だった。項部硬直はなかったが下肢で腱反射が著明に亢進していた。他に身体所見で特記すべき事はなかった。
胸部及び腹部X線写真、腹部CTでは、異常はなかった。頭部X線CTにも異常はなかった。白血球数は7300/μlであり、他の血算のデータにも問題はなかった。血液生化学では、血清電解質、肝機能、腎機能に異常なく、血中アンモニア値も正常だった。動脈血液ガス所見を表1に示す。第二病日に施行した腰椎穿刺の所見を表2に示す。高乳酸血症がしばしば認められた(表 3) 。この時、循環動態は安定しており、ショックによる二次性の高乳酸血症は否定された。また、高乳酸血症を生じる薬剤も投与されていなかった。
第7病日に初めて撮影したMRIでは、びまん性の脳浮腫があり、非特異的な低酸素脳症に見合った所見だった。第八病日に施行された聴性脳幹反応では、右耳刺激(95 dB)では正常の反応が得られたが、左耳刺激では無反応であった。伝音性難聴を示唆する所見はなく、左の感音性難聴が疑われた。第17病日に頻拍発作があり、原因検索のために行われた心エコーでは肥大型心筋症の所見があった。以上の症状経過と諸検査データ、難聴、高乳酸血症、肥大型心筋症の全てを合理的に説明できる疾患はMELAS以外には考えられなかった。
本例では腹痛と嘔吐の後、急性の脳障害を示している。頭痛や軽微な神経症状や全身性疾患の先行症状がないことから、感染症、炎症性疾患、代謝性疾患は否定的であり、急性の脳血管障害(脳卒中)が最も考えやすい。本例で診断の鍵となる症状であるけいれんは、虚血性脳卒中の2-33%にしか見られないが[8] 、
特定の脳血管障害は高率にけいれん発作を伴う。本例では、その後の検索で難聴、肥大型心筋症、高乳酸血症が明らかとなった。このような症候・所見の組み合
わせが起こる疾患は非常に限られている。腹痛、嘔吐、けいれん、脳卒中様発作、感音性難聴、心筋症、高乳酸血症といった本例での症状経過と所見は、酸化代
謝に依存する比率の高い、腸、心臓、脳、末梢神経といった臓器が障害されるミトコンドリア病に見合っており、その中でも、MELASに合致する [3-7]。
小児の脳卒中はまれではあるが、成人と異なり様々な原因により生じるため [1]、その原因特定はしばしば困難である。その中でも、MELASが見逃されやすい理由は様々である。第一に、MELASは障害臓器によって様々な症状を示す。第二に、脳卒中様発作は一般の脳卒中とは異なる症状を示す。第三に、一般の臨床検査では異常がないか、異常があったとしても、MELASの診断につながる決定的なものではない。第四に、SPECTがある程度の感度を示すものの[9]、神経画像検査では非特異的な所見しか得られない。以上のような理由により、本例のように、それまで健康に見えた小児に、初回の脳卒中様発作が出現した時、MELASの診断は困難を極める。
肝要なのはMELAS の診断を念頭に置くことである[5]。本例では、高乳酸血症、難聴、肥大型心筋症が見出されて初めてMELASの診断が可能となった。MELASの患者は脳卒中発作とけいれんを繰り返し重症化していく。MELASでは、本例のように心肺不全とてんかん重積状態を合併したときに死亡率が高くなる [10]。また発症年齢が若いほど予後が不良の傾向がある[11]。本例も現在まで遷延性の植物状態に留まっている。MELASには根本的な治療がないため、たとえ早期に診断したとしても、残念ながら、このような結果は防ぎ得なかったかもしれない。
表1 来院時動脈血液ガス所見* |
|
項目 |
値 |
pH |
7.49 |
PaO2(動脈血酸素分圧)(mm Hg) |
151 |
PaCO2 (動脈二酸化炭素分圧)(mm Hg) |
21 |
Bicarbonate (mmol/L) |
15.8 |
Base excess (mmol/L) |
-6.9 |
酸素飽和度 (%) |
99.3 |
*来院時、100% 酸素、人工呼吸下 |
表2 髄液所見 |
|
項目 |
所見 |
外見 |
無色透明 |
細胞数 (per cubic millimeter) |
9 |
細菌 |
なし |
糖 (mg/dL) |
80 |
タンパク (mg/dL) |
30 |
表3 血中乳酸値* |
|
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|||||
病日 |
4 |
6 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
15 |
16 |
17 |
乳酸値 |
4.3 |
3.8 |
1.0 |
3.1 |
3.3 |
3.0 |
1.8 |
4.6 |
3.7 |
2.7 |
3.7 |
6.7 |
*正常範囲: 0.6–1.7 mmol/L |
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