エビデンスを巡る幻覚・妄想
医者としての物心ついた時から「エビデンス」という言葉に慣れ親しんできたあなたは、全ての新薬がハードエビデンスを伴って承認されてくると、とんでもない勘違いをしてはいないだろうか?承認前の治験でハードエンドポイントによる有効性の検証が困難な場合,代用エンドポイントでとりあえず承認する事例は決して例外的ではなく,むしろその方が一般的なぐらいだ.今では頑健なエビデンスを持っている降圧剤やスタチンも,承認時は降圧,LDLコレステロールの低下で承認されていたことを忘れてはならない.
では,代用エンドポイントに対する効果だけで承認された薬の有効性を,承認後(市販後)にハードエンドポイントを主要評価項目とした臨床試験で検証する仕事を
1.いつ,誰がやる(べきな)のか?それはなぜか?
2.その試験のために新たに必要とされる膨大な労力・手間・資金を誰がどう負担する(べきな)のか?それはなぜか?
3.もしネガティブな結果が出たら,その落とし前は誰がどうつけるのか?誰がどう「責任追及」される(べきな)のか?それはなぜか?
上記の問いかけはいずれも深遠である.
1と2の疑問に関して:企業に対して「お前が儲けているんだから,お前がやれ」と単に言い渡せば済む問題ではないことは,身近な事例を考えてみればすぐわかる.そもそも,企業にとって承認後に試験をやるインセンティブがないのだから,研究者主導でやらざるを得ない.
高齢者高血圧の降圧のエビデンスとして有名なSHEP研究がJAMAに出たのが1991年.スタチンのエビデンスである4S研究(Scandinavian Simvastatin Survival Study Lancet. 1994; 344:1383-9)は,最初のスタチンであるロバスタチンが1987年に承認されてから7年後、日本でプラバスタチン1989年に承認されてから5年も経った後だった.いずれも企業ではなく,大学を中心としたアカデミアの研究者達が行った研究である.
3の点に関しては,同様にして研究者主導で行われたフェノフィブラートの有効性を証明しようとしたFIELD study(2005年発表)は、1万人近くを組み入れた大規模試験だったが,結局主要評価項目ではプラセボと差が出なかった.しかし,誰も「責任」は取っていないし,フェノフィブラートは現在でも使われている.試験結果に関係なく,薬の値段もそのままで売れるのならば,企業は試験をやりません.
「市販後に実地臨床で有効性のエビデンスを証明する」と言うとひどく威勢が良く聞こえるが,「そんな貧乏くじを誰が引くものか」というのが本音なのだ.
それでも企業に「やれ」と言えば,たとえば,インフルエンザワクチンで承認後に予防の有効性を検証する試験を企業に課せば,そのまま値段に跳ね返る.
最近やたらと世間を騒がせている,ジペプチジルペプチダーゼ(DPP)-4やグルカゴン様ペプチド(GLP)-1受容体作動薬などのインクレチン関連糖尿病治療薬を対象とした市販後臨床試験は,FDAが企業に対して「(有効性ではなく)安全性を検証するためにそれでもやれ」と強制したものだ.企業にとっては莫大な費用負担(おそらく二桁億円)となった.それだけ金をかけたのだから,見え透いた子供だましをしてまでも,宣伝ビラに載せるようなネタづくりをしようと誘惑が働いたのも無理からぬところである.
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