ヘルシンキ宣言は別としても
ーEMPA-REG-OUTCOMEにおけるもう一つのイカサマー

ただの子供だましだと思っていた研究だが、奇妙な小細工もやってやがる。

EMPA -REG-OUTCOME試験の被験者における二つの異なる集団
EMPA -REG-OUTCOME試験では、既に12週間以上にわたって治療を受けている患者(had received stable glucose-lowering therapy for at least 12 weeks before randomization and had a glycated hemoglobin level of at least 7.0% and no more than 10.0%.)の他に、12週間以上にわたって投薬治療歴のないナイーブな糖尿病患者(7.0< HbA1c<9.0)も組み入れることになっていた(論文にはno glucose-lowering agents for at least 12 weeks before randomization and had a glycated hemoglobin level of at least 7.0% and no more than 9.0%とある)。しかし、なぜわざわざこのこのように背景の異なる集団を組み入れたのかについては全く説明が無い。さらに下記のように問題点もあり、胡散臭さが半端ではない。

1.この二つの集団の比率がAppendixも含めてどこにも書いていない。
2.この二つの集団で結果を層別してもいない。

この点はどうにも看過できないので、Appendix Table S2から推測してみた(NEJM からダウンロードしてきたpdfに載っている元の表は2ページ渡っていたので、余計な部分を削除して再構成してある)。すると、組み入れ時に monotherapy, dual therapyを受けている患者はそれぞれ3割、5割となっていた。いずれも受けていない残りの2割が治療歴のないナイーブな糖尿病患者なのだろうか?しかし、日本糖尿病学会ならいざ知らず、アメリカ/欧州糖尿病学会がともに、メトホルミンを診断時から投与開始するよう推奨しているこの時代に、糖尿病との診断を受けて、しかも心血管疾患を持った患者が、無投薬で食事療法と運動療法だけで12週間も放置されるとは考えられない。

感度を上げるためのwash-out期間か?
だとすると、12週間というのは前治療のwash-out期間なのだろう。つまり組み入れ前に全く治療を受けていなかったわけではなく、試験への組み入れを希望する患者で、 HbA1cが9.0未満の患者に対しては(エンパグリフロジンの有効性を感度よく検出するためと言って)、それまでの治療のwash-out期間を設けることを提案する。もし了承が得られれば、それまでの投薬を全て中止してしまう。そして12週間経って(患者に心血管イベントが起きていなければ) 目出度く試験に組み入れられるというわけだ。

問題はなぜwash-out期間を設けるかだが、こんなところを読んでいるあなたには自明だろう。そう、正直な医者が言う通り、「実薬群の有効性を感度良く検出するため」だ。同じプラセボが相手でも、既存治療の上乗せより、相手がプラセボ単独ならば、エンパグリフロジンが勝つに決まっている。でも、それまで受けていた治療を12週間もの間断食させられた挙げ句、プラセボに割り当てられた患者はたまったもんじゃない。

ヘルシンキ宣言違反別としても
ランダム化試験だから、wash-out期間を経た患者の半分はプラセボ群に割り付けられる。プラセボ群は2333人だから、その2割、450人を超える無治療の糖尿病患者がプラセボに割り当てられたことになる。たとえその後のフォローアップで結果的に糖尿病治療薬が追加された例があったとしても、これらの被験者は、有効性・安全性が確立された治療が存在する場合にプラセボの使用を禁じたヘルシンキ宣言違反の犠牲者であろう。論文には、The trial was conducted in accordance with the principles of the Declaration of Helsinkiと書いてあるが、彼等の言うthe Declaration of Helsinkiと私が知っているヘルシンキ宣言とは別物なのだろうか。いや、実はヘルシンキ宣言なんかどうでもいい。我が身のこととして考えてみるだけでいい。自分の身内や友人がこんな 試験に参加したいと言ったら、あたなは賛成するだろうか。自分にそう問いかけてみるだけでいい。

参考:他の試験ではどうだったか?
私がプロトコールを検討した、EMPA -REG-OUTCOME以外のインクレチン関連薬の大規模試験では、LEADERで、HbA1cが7.0%以上ならば、既治療か未治療かは問わないと規定してあっただけで、12週間以上未治療と限定して患者を組み入れたり、wash-out期間を設けたりするプロトコールにはなっていなかった。

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