PMDAと混合診療問題

薬のリスクベネフィットのバランスを科学的に判断する審査と,社会的経済的な行政判断である保険適応は,本来別個で独立して行われるべきものである.したがって,実は薬事法上の承認がなくても,保険適応を認めることはできる.しかし,日本では審査と保険適応が密接に連動しているために,保険適応をとるために審査で承認を取らなくてはならないと,誰もが思い込んでおり,実際に保険適応とするためだけに,承認審査が求められることもしばしばである.

混合診療問題が絡んでくると,さらに審査と保険適応の混同が甚だしくなる.この問題をわかりやすく解説するために,いろいろなところで,話をしていきたいと思っている.

下記は,2005年2月5日に,で広島市医師会臨床検査センター4階 会議室で行われた,広島市医師会主催 第97回学術講演会学術講演会で私が話した内容をまとめたものである.→PDF

”日本のFDAは何をやっているのか?混合診療問題における医薬品医療機器総合機構(PMDA)の果たす役割”
 

混合診療・国民皆保険制度と保険適応:ヒトとモノは別々に
昨年来,混合診療を巡る議論が活発だが,その議論は混乱し、一般市民はおろか、医療従事者にも非常にわかりにくくなっている。その原因の一つに、ヒトとモノとの混同がある。国民皆保険制度は,日本国民を等しくカバーするという,人間を対象とした制度である.一方,保険適応は,物を対象にした制度である.混合診療を巡る議論では,しばしば,この人を対象にした国民皆保険制度と,物を対象にした保険適応が混同されるために,ただでさえ複雑な混合診療問題が、さらにわかりにくくなっている。ここでは、まず、物、つまり医薬品について議論を絞ることにする。(図1
では、その保険適応は誰が決めているかご存知だろうか?厚生労働省に決まっているじゃないかと,ほとんどの人は答えるだろう.しかし,その“厚生労働省”の中の,どの部局のどんな人々が,どんな仕組みを作って決めているのか,ご存知だろうか?

承認審査:保険適応の前にある関門
よく,保険適応・薬価収載のことを,薬が“認可”されると言われるが,これは正式な言い方ではないし,薬が世の中に出る過程の半分しか見ていない言葉である.効きもしない薬や,ある程度有効であっても重大な副作用が高頻度で起こるような薬は臨床現場では使えない.だから,保険適応となる前に,その薬の有効性と安全性が科学的に検証されねばならない.この科学的検証過程を“審査”,審査の結果,臨床現場で使用してよいと判断することを“承認”と呼ぶ.日本では,審査を受け承認された医薬品のほとんどは保険適応となるため,結果としての保険適応ばかりが注目されるが,保険適応の前には,必ずこの審査,承認の関門があり,この関門を通れなかった薬は保険適応とならない.混合診療を考える上で,審査が重要である理由がここにある.(図1

科学的吟味と銭勘定は別なのだが
人命に関わる科学的な検証が,経済的利害で左右されることがあってはならない.それゆえ,保険適応の判断とは全く別個の組織と人が,医薬品の審査を行う.それが,我国においては,厚生労働省とは別の組織である独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA:Pharmaceuticals and Medical Devices Agency)であり,米国では,FDA (Food & Drug Administration)である.一方,保険適応の決定は,我国では,厚生労働省保険局医療課,米国では,官民様々な支払い基金が決定している.このように,日本でも米国でも,審査と,保険適応は,別組織が行っているが,日本では,審査を受けて承認されることが,保険適応取得のほぼ必要十分条件となっているため,これらの過程が全て同一の組織,人員で行われているかのように誤解されている.一方,米国では,FDAの承認と,個々の支払い基金の保険適応判断は別個に行われる.したがって,FDAが承認していない薬剤や治療法が,ある民間保険ではカバーされる,逆にFDAが承認した薬剤でも,特定の公的保険ではカバーされないという,日本では考えられない事例が当然のように存在する.(図2)この意味では,米国では,科学的吟味と銭勘定は別という原則を守っており,日本は、本来別々にすべきものを連動させてしまっている.このため、本来別々に議論すべきものが混同して議論され、さらに、人命に関わる科学的な検証が,経済的利害や社会的な圧力の人質に取られてしまうような事態も懸念される。

混合診療の原型:承認されても保険適応とならない医薬品と高度先進医療
日本でも、例外的な存在ながら,たとえ審査の結果,有効性・安全性が検証され,承認されても,保険適応とならない医薬品がある.予防接種のような予防医療,バイアグラ,ニコチンパッチのような生活改善薬がその代表である.
一方で,PMDAによる審査・承認を受けずに行われている診療行為の代表が,高度先進医療である.その審査は,高度先進医療専門家会議委員(技術担当16名、保険担当3名)と分野別専門委員(医学33名、歯学6名、薬学9名)が審査担当する.その実績は,平成13年52件(承認33件、不承認等19件),平成14年31件(承認10件、不承認等21件).平成15年79件(承認53件、不承認等26件)で,2004/12現在,97種類303件,105施設で認められている.高度先進医療の審査,認定には次のような問題がある.
1. 審査員は厚労省が委嘱した外部委員であり,審査専従ではない.
2. 一般の医薬品のような充分な治験が行われていない.
3. 審査結果が公表されていない.
4. 重大な事故があった場合に施設認定が取り消されるだけで診療の質を管理するための有効な仕組みがない.

混合診療問題が承認審査に与える影響
国民の命を守るためには、承認審査は経済的利害関係や、特定の団体の圧力に影響されてはならない。しかし、承認審査と保険適応と連動させている限り、PMDAの判断は製薬企業をはじめとするさまざまな経済活動に必然的に影響を与える。混合診療問題に関わる方々全てに、PMDAの果たす役割を理解し、日本の承認審査をどう育てて行くかを議論していただきたい。

(本文は個人の見解であって、PMDAの公式見解ではない)

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