プラセボに対する優越性を示す試験に比べて,実薬に対する非劣性(実薬に対して劣ってはいないことを検証する)試験にはいくつかの重大な問題点がある.まず,非劣性試験では,プラセボと同じ無効同等の可能性が排除できない.この問題を回避するため,有効性が確立している実薬を対照として,無効同等の可能性を排除ししようとする.ところが,今度は,対照となる実薬とどこがどう違うのかわからない という,新薬とって致命的な問題が生じる.
非劣性試験では,有効性主要評価項目については,ただ,”劣っていない”ということがわかるだけだ.ましてや副次評価項目で,どこがどう優れているのか,劣っているのかわかるわけがない.安全性評価項目についても同様である.副作用が非劣性かどうかわからない.もしかすると,対照実薬よりも劣っているかもしれない.
つまり,有効性・安全性がよくわかっている既存の治療法に比べて,これから世に出そうという薬のいいところが全くわからないのが,この非劣性試験というやつだ.だから,非劣性試験結果だけでは,”新薬”であることを主張できない.だから,何のために実薬対象で新薬の臨床試験をするのかも理解できない.
その理解できないことがあちこちで起こっている.つい最近のNEJMとランセットで,全く独立に,静脈血栓塞栓症に対する新規抗凝固薬の試験が非劣性を検証するデザインで行なわれていることに気づいた.
静脈血栓塞栓症に対するイドラパリナックスと標準療法の比較 Idraparinux versus Standard Therapy for Venous Thromboembolic Disease. (N Engl J Med 2007; 357 : 1094 - 104→ぞっとしない新抗凝固薬
Dabigatran etexilate versus enoxaparin for prevention of venous thromboembolism
after total hip replacement: a randomised, double-blind, non-inferiority
trial. The Lancet 2007; 370:949-956
こちらは股関節置換術患者を対象に,エノキサパリン40mgを対照として,ダビガトラン220mg,150mgの,エノキサパリンに対する非劣性を検証するデザインになっている.有効性主要評価項目の解析にあたって,本来の意味でのITT解析がなされていないという大きな問題点は別途論じるとして,有効性で非劣性は示されているものの,ダビガトラン220mgで重篤な出血がエノキサパリンよりも多いのではないかという疑いが晴れない.
どちらの試験結果を見ても,イドラパリナックスなり,ダビガトランなりが,ワーファリンやエノキサパリンに比べていい薬であるというメッセージは一つも伝わってこない.一体全体,こんなに大掛かりな試験をやって,何を得ようとしたのだろうか.私にはさっぱりわからない.
この領域はもはやプラセボ対照試験ができないことは言われなくてもわかっている.だからといって,非劣性試験だけで済ませられるわけではない.プラセボ対照試験ができないこと,それすなわち,ワーファリンやヘパリン,エノキサパリンの力が圧倒的に強いということだ.その強い相手に対して,分け前を分捕ろうというのなら,それだけの力が必要だ.臨床試験はその力を証明するものだなくてはならない.
有効性は同じです(ちなみに,イドラパリナックスは,肺塞栓患者対象試験ではワーファリンに負けている),安全性は多分同じだと思いますけど,もしかしたらエノキサパリンに負けるかもしれませんでは,とてもじゃないが世間には受け入れてもらえない.
今時,アニメのヒーローだって,目新しいアイテムを持って登場してくる.ましてや,最新医学の粋を集めた待望の新薬が,いつでもどこでも手に入る古典的な薬と効き目が変わりありませんでしたじゃあ,お客様は納得してくれないぜ.