明日はあなたも御用学者
ー学会ガイドラインが冤罪を創るー

先月末、高松少年鑑別所でインフルエンザの大流行があり、100人の少年が死亡しました。このような大量の死者が出たのは、日本感染症学会の提言に沿って抗ウイルス薬の予防投与が適切に行われていなかったためと言われています。事態を重く見た捜査当局は、医務課長の池田正行を殺人の疑いで逮捕し取り調べています。捜査関係者によりますと、日本感染症学会の提言は一般市民の間でさえも広く知られているにもかかわらず、池田容疑者は普段より「感染症学会の提言は根拠の無いイカサマだ」と公言してはばかりませんでした。世界的に権威ある学会による提言の無視は、「死んでも構わない」という未必の故意を明白に示しており、業務上過失致死ではなく、殺人容疑で池田容疑者を逮捕したとのことです。

このシミュレーションは、「明日(あした)はあなたも殺人犯」との刺激的なキャッチコピーととも、発売直後に司法・裁判関連書籍でベストセラーのトップに躍り出た話題の書、「ニッポンの裁判」(瀬木比呂志著、講談社)を読んで、では「明日は私も殺人犯」とは、一体どんな状況だろうかと想定して描きました。100人という死亡者数を見れば架空のシナリオだと辛うじて判別できるかもしれませんが、ここを一桁の人数にして配信すれば、どの全国紙も警察の報道発表として何ら疑うことなく社会面トップに持ってくるでしょう。

「合法」の学会提言のエビデンスは?
上記の記事そのものは架空ですが、その中に登場する日本感染症学会の提言(*)は実在します。そしてそこには、「インフルエンザを発症した入院患者へは積極的な治療を行いましょう」、「迅速診断キットで陰性であってもインフルエンザを100%否定できるわけでないことは以前の提言にも記したとおりであり、疑わしい例に対しては積極的な投与を心がけましょう」、「インフルエンザが院内で発生した際は、他の入院患者への予防投与を行いましょう」、「インフルエンザを発症した患者に接触した入院患者や入所者に対しては、承諾を得た上で、ただちにオセルタミビルかザナミビルによる予防投与を開始します。」と、まともな医者なら気恥ずかしくなるような、タミフル・リレンザ賛歌が高々と謳われています。
(*「ガイドライン」という言葉が使われていない理由明らかにされていませんが、この「提言」には有効性のエビデンスレベル、推奨度、副作用リスクといった指標が一切示されていません)
とくに、
1.インフルエンザでなくても疑いだけで投与すること
2.予防投与の効能効果が認められているのは(1)高齢者 (65 歳以上)、(2)慢性呼吸器疾患又は慢性心疾患患者、(3)代謝性疾患患者 (糖尿病等)、(4)腎機能障害患者のみです。それ以外患者に予防の有効を期待して投与すること

はいずれも適応外使用であり、製薬企業がこのような提言を宣伝ビラに載せれば、ディオバンの「誇大広告」とやら以上の、明白な薬事法違反として処罰の対象になります。一方、医師による適応外使用は決して違法行為ではないことは日本だけでなく、海外でも常識となっています。ですから、この日本感染症学会の提言「合法」なのです。ただし、適応外使用は医薬品救済制度制度の対象外です。有効性だけでなくリスクに対しても医師の判断が尊重されるということです。

もちろん,「合法」だからといって、学会が作った提言だからといってエビデンスが確立されているとは限りません。2014年4月10日付けのBMJ(英国医師会雑誌)プレスリリースは、「インフルエンザの予防および治療におけるノイラミニダーゼ阻害剤(オセルタミビルとザナミビル)の使用に関するガイダンスは、わずかな有益性と有害性のリスク増加を示すエビデンスを考慮して、改訂されるべきある」と明確に宣言していますが、日本感染症学会の提言は、この宣言を全く考慮していません。予防投与の有効性検証は治療の有効性検証よりもはるかに困難であることを考えれば、ノイラミニダーゼ阻害剤予防投与の有効性にエビデンスが認められないことは明白です。

ガイドラインが御用学者を生み冤罪を作る
ところが霊験あらたかな学会提言の御威光は衰えることを知りません。特にBMJもコクラン共同計画も何のことだかご存じない大手メディアは、日本感染症学会の提言を最高権威として捉えます。2015年2月6日のNHKニュースは、予防投与を行っていない施設を非難し、行っている施設を賞賛しています(下記)。さらには国立病院でも、予防投与のエビデンスが有効との「信念」に基づいて「感染制御」が行われています。そんな流れの中で、タミフルやリレンザの予防投与の有効性を否定する医師が務める施設でインフルエンザ患者が死亡すれば、全てはその医師による「人災」に帰せられるというわけです。もし、冒頭のシナリオが現実化した場合に、一体どんな裁判が繰り広げられるでしょうか?100人の殺人ですから、求刑は当然死刑となるはずですが、立件に自信が少しばかり足りなかった検察の求刑はなぜか「無期懲役」。もちろん私はBMJの報道発表を中心に海外の資料を根拠にノイラミニダーゼ阻害剤予防投与に根拠はないことを主張します。しかし、検察からは日本感染症学会の重鎮が御用学者として次々と登場し、感染症専門医ではない私を論難します。大手メディアもここぞとばかりに、「矯正医療に身を投じた良心的な医師の仮面を被った悪魔」と書き立てます。何年か後には、人々は裁判があったこと自体も忘れて、最高裁で上告も棄却され、無期懲役が確定。決して冗談のつもりでこのコラムを書いているわけではありません。そうです、これが正に「薬害エイズ」で安部 英氏北陵クリニック事件で守大助氏の身に起こったことなのです。

2014-2015の冬はインフルエンザが大流行しました。施設入所患者が死亡したとの報道も繰り替えされました。NHKの報道では調査した半数以上の施設で予防投与が学会提言に「違反」していたとのことですから、それらの施設の多くでも、予防投与は「完璧」ではなかったでしょう。日本でも米国のようにambulance chaserとなった弁護士がインフルエンザ流行期に死亡者の出た施設をリストアップし、その施設の予防投薬が感染症学会の提言通りでなければその施設と医師を訴える。そういうトンデモ裁判が既に全国各地で起こっているという推測を誰も否定できません。いつどこでどんな裁判が行われているのか?それをモニタリングするシステムなど、この国には一切ないのですから。

「何かあったらどうするんだ!」という言葉の背後にあるもの
ガイドラインが御用学者を生み冤罪を作る問題は感染症学会に限りません。どんな学会のどんなガイドラインが推奨するどんな治療も有効性が100%、リスクがゼロであるわけがありません。そしてしばしばガイドラインと異なる診療が個々の医師の判断で行われます。ガイドラインに沿って仕事をするだけでいいのなら医者は要りません。一方で、「ガイドラインに”違反した”診療を行って、”何かあったらどうするんだ”」という、ステレオタイプな思考停止に基づく非難が、現場にいる医療者から担当医に向けてあちこちから発射されます。

全ての例において画一的にガイドラインを遵守せよとのガイドライン至上主義は、ガイドラインの示すエビデンスがどんなに頑健なものであっても、ガイドラインを守ること=患者の命を守ること という幻覚妄想に基づき、上記のようなambulance chaser、そして警察に対する「内部告発」を生み出し、民事・刑事を問わず医師を吊し上げる中世裁判が乱発される結果になります

” 何かあったらどうするんだ”と言う人の、「何か」とは、決して患者さんの命への脅威ではありません。「紛争」です。”何かあったらどうするんだ”という人に限って、患者さん命など、自分にとってはどうでもいいと宣言しているのです。なぜなら、たとえ患者さんが亡くなっても、ご家族が「いい人生だった」とおっしゃってくれれば、たとえ根拠に乏しいガイドラインとは異なる診療をしていても、その「何か」は起こらないからです。

参考資料
メディカルオンライン医療裁判研究会 診療ガイドラインと法的責任について
あまりにも裁判ナイーブなお医者様達ー明日は私も殺人犯ー

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インフル感染病院の7割「予防投与」に課題 NHK 2015年2月6日
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150206/k10015265341000.html
  インフルエンザの集団感染を防ぐ対策として、日本感染症学会は患者と同じ部屋にいた人などに抗ウイルス薬を発症前に投与する「予防投与」が有効だとする提言をまとめていますが、NHKが、今シーズン死亡者が出る集団感染が起きた全国31の病院などを取材したところ7割近くに開始時期が遅いなどの課題のあったことが分かりました。
 「予防投与」は、インフルエンザを発症した患者と同じ病室にいたなど「濃厚接触」をした人に抗ウイルス薬のタミフルやリレンザを予防的に服用してもらうものです。日本感染症学会は3年前にまとめた提言で、「予防投与」を病院や高齢者施設での集団感染を防ぐ対策の柱として位置づけ、最初の患者が出てから24時間以内に開始すべきとしています。
 ところが、集団感染が発生し、死亡者が出た全国31の病院や高齢者施設などにNHKが取材したところ、半数以上に当たる7つの病院と9つの施設では、予防投与の時期が最初の患者が確認された3日後から22日後と遅く、いずれも患者が10人以上に増えたあとでした。(以下略)
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