だから医者は有罪にされる
あるメーリングリストで、ゲンタマイシンを投与していた患者さんが前庭神経障害になったことにショックを受けて、血中濃度測定をしていなかった自分が悪かったと責める書き込みがあったので、それに「反論」した私の書き込み。根拠無しに自分を責めることが如何に危険なことかって,理解していない能天気な(!)医者が多すぎる.
もちろん私は感染症の専門医でもないし、薬物代謝の専門家でもない。ただPubMedでちょこっと調べただけだ。それでも自分を責めることの怖さを知っているから,ここまで言える.
だからさー言ってるだろうが、鴨が葱を背負って鍋の中に飛び込んでくるなんて、メディアも警察も検察も大喜びだぜ。法的リテラシーも、EBMも、アクセサリーじゃなくて、護身術の基本なんだよ。
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診断云々からは、はずれますが、かつての抗菌薬皮内反応と同様の事実誤認から、関係者の(自己攻撃性も含めて)攻撃性が高まる方向に話が流れているので、取り急ぎ。
> (血中濃度を測定していなかったことは弁解の余地ありません・・・)。
血中濃度モニタリングの有用性のエビデンスは確立されている という思い込みから、このような「反省の弁」が出てきたのですが、実際にはそのようなエビデンスはありません。
Aminoglycoside-induced vestibular injury: maintaining a sense of balance. Ann Pharmacother. 2008 Sep;42(9):1282-9. doi: 10.1345/aph.1L001. Epub 2008 Jul 22.
別に何も上記の総説を読まなくても、臨床試験デザインを考えただけで、「風邪の予防にはマスクと手洗い」という信仰と同程度のエビデンスしかないことがわかります。もちろん、そもそもランダム化試験ができません。さらに、仮にランダム化試験をやろうとしても、次のような理由で、変数がありすぎて、実際には試験が組めないことがわかります。
●組み入れ基準:どういう患者群で(どんな患者でも、ハイリスクグループに限るとしたら、そのハイリスクグループの定義は?)
●介入開始の目安:どんな時期に(投与開始から?1週間を過ぎてから?)
●用量設定:どのくらいの頻度で(1時間おきなのか1週間に一度なのか?)
●エンドポイント:投与中止判断の基準は:カットオフポイントをどこに設定して、そこを何回超えたらアウトにするのか?
●アウトカム評価:上記の基準で投与を中止したら副作用の発現がどのくらい減るのか?
また、Gentamicin can be vestibulotoxic in any dose, in any regimen, at any serum level.(Gentamicin ototoxicity: a 23-year selected case series of 103 patients. Med J Aust. 2012 Jun 18;196(11):701-4.)
There
is no safe dose of gentamicin. Serum gentamicin levels are of no value
in predicting the onset, occurrence, or severity of vestibulotoxicity
or cochleotoxicity (Permanent gentamicin vestibulotoxicity. Otol Neurotol. 2004 Jul;25(4):559-69.)
とあります。だとすると、「誰々が悪かった。××をしたのが悪かった。○○をしなかったのが悪かった」という犯人捜しには、少なくとも臨床的な意味はありません。他の意味があるとしても、それは葛藤をより深刻にして、人をより不幸にする効果であり、人の心を穏やかにする効果ではありません。
なお、前庭毒性が予測困難なのは、遺伝子変異が感受性を左右する(としても100%ではないことに注意してください)ためかもしれませんが、このような変異を事前に検索しようとするのは非現実的です。
Two
mutations in the mitochondrial 12S ribosomal RNA gene have been
previously reported to predispose carriers to aminoglycoside-induced
ototoxicity. (Curr Pharm Des. 2007;13(1):119-26. Aminoglycoside-induced ototoxicity.)
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