ガイドラインは絶対か?
−ガイドライン原理主義に対し如何に対抗するか?−
もちろん絶対ではない.しかし,なぜ絶対ではないのか?医師の間では「言うまでもない」ことである.しかしそれを患者・家族が納得するように説明できるだろうか?相手が弁護士だったら?裁判官だったら?治療の説明責任の範囲は必ず一定というわけではない.
医療事故訴訟の被告側代理人になると,しばしば原告から「被告がガイドラインからはずれた治療をするから病状が悪化した」との攻撃を受ける.以下はそのような攻撃に対する反論の例である.
「ガイドラインは何時いかなる時でも絶対であり,これを守っていれば患者の病気は必ず良くなり,これから外れれば患者の病状は必ず悪くなる」 そんな,ガイドライン原理主義に
裁判官を感染させて裁判を有利に進めようとした原告代理人の主張に対し,反論した書面の一部から抜粋したものである.ガイドライン原理主義は,言われてみ
ればその誤りに当然気づけるのだが,実際には,原告代理人がこのガイドライン原理主義に染まっているから,それに沿った主張をしてくる.そう言われたら,
抵抗力を欠いた市民や裁判官はひとたまりもなく,ガイドライン原理主義ゾンビになってしまう.
このようなゾンビにならないためには,医療の不確実性を踏まえた患者中心主義を常に意識する必要があるが,これが難しい.どこが難しいかというと,医療の
不確実性を踏まえた患者中心主義なるものは,普段は意識しない常識だからである.暗黙知の状態で共有されているものを敢えて言語化して表出するのは,その
ような訓練を常に積んでいないと非常に困難である.誠実に仕事を続けていればできるようになるものではない.ガイドライン原理主義に対する反論は,実際に
ガイドライン原理主義から攻撃を受けて,その不条理に直面し,反論の必要性に迫られて初めて可能となる.
下記は,矯正医療に対する国家賠償訴訟で,私が提出した意見書からの抜粋である.某収容施設で,サラゾピリンの十分量投与にもかかわらず,腹痛が収まらない潰瘍性大腸炎患者に対し,プレドニン30mg/日を数日間経口投与を行なったところ,症状は治まったので,特に漸減することなく,プレドニンは中止した.そのことに対し,ガイドラインにはそのような治療は記されていない.このガイドライン違反の治療が潰瘍性大腸炎を悪化させたと原告が主張してきたので,それに対する反論である.
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ステロイド剤が,初期から大量に投与すれば,副作用のリスクもそれだけ高くなることを考慮すれば,まず,短期・少量のステロイド剤で,原告が訴えた症状に対する有効性及び副作用のリスクを最小限に止めようとした医師の判断は,それが治療指針と異なっていたからといって,直ちに不当とされるものではなく、むしろ治療選択肢の限られる中で原告の痛みの訴えに対する適切な治療であり,少量投与で効果が認められなければ,直ちにステロイド剤の大量投与に踏み切る選択肢も残している点でも妥当な対処であった。
実際,原告へのステロイド投与は予定通り,3日間ないし5日間という短期間で終了し,当該ステロイド剤投与後,原告から,潰瘍性大腸炎に関連する疑いがある症状の申出がなくなっていることが認められる。また,原告からステロイド剤の離脱症状が出た事実もない。そうであれば,ステロイド剤の短期・少量の投与は,原告が訴えた症状に対し,最小限のリスクで効果を得た適切な処方であったというべきであり,これを違法・不当とする原告の主張は失当である。
ステロイドの短期・少量の投与が,原告の潰瘍性大腸炎をステロイド抵抗性にし,病状を悪化させた事実はないこと
被告第X準備書面において述べたとおり,潰瘍性大腸炎のうち,ステロイド抵抗例ないし依存例を難治性潰瘍性大腸炎という。そして,原告が述べるようなステロイド抵抗性潰瘍性大腸炎は,充分量のステロイドによる適正な治療にもかかわらず,1,2週間以内に明らかな改善が得られない場合をいう。すなわち、ステロイド抵抗性とは、十分な量のステロイドに抵抗性となった病態ゆえ、短期・少量投与のステロイドによって症状が軽快する例はステロイド抵抗性ではなく、逆にステロイド反応性と考えられる。さらに、ステロイド抵抗性とは、通常、大量のステロイド治療を何度も繰り返すことによって生ずるものであり、原告に対する数日間の短期・少量の投与がステロイド抵抗性の難治性潰瘍性大腸炎を誘発したというエビデンスは一切存在しない。
以上のとおり,当院が,原告に対し,ステロイド剤の短期・少量投与が,症状悪化やステロイドの大量投与に移行することなく終了したという事実自体,副作用のリスクを回避しつつ,症状に対する効果を期待し,短期・少量のステロイド投与で目的を達成したのであるから,これは,原告の利益となったものであり,到底,不当な投与であるなどとされるものではない。ましてや,ステロイドの短期・少量投与が,原告の退院後の症状悪化を招いたなどという主張には何ら医学的根拠はない。
原告は,治療指針と異なる治療は全て患者に害をなすかのような主張をしているが,そもそも,治療指針は,故障車修理マニュアルなどとは異なり,必ずその記載を遵守しなければならないというものではない。自動車の修理方法などは,統一されたものであるが,病気はそうではない。患者一人一人の状態などにより,その対応は千差万別であり,さらに同じ患者の症状・重症度は,常に変化するからである。
医師が責任を持つのは治療指針に対してではなく患者に対してである。いかなる場合でも指針通り治療することは,患者を故障車,治療を自動車修理と考える、人間軽視の姿勢に他ならない。治療指針の合理的側面を踏まえた上で、目の前の患者にふさわしい治療を機動的に考える結果,当該治療が指針と一致しない場合はしばしばある。それが真に患者の幸福を願う治療であることを忘れてはならない。
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→法的リテラシー