裁判が真相を隠蔽する機序
ー医療事故裁判を例にとってー
はじめに:裸の王様は誰か?
2014年3月25日、仙台地裁は北陵クリニック事件の再審請求棄却を決定をしました。この決定を受けた記者会見の席で,仙台地検の吉田安志次席検事は「極めて適正かつ妥当な決定と考える」とコメントしました。そのコメントに対し,河北新報の記者は,「仙台地裁の裁判官達は,ピペットの使い方一つ知らないのに、なぜベクロニウム質量分析の妥当性を判断できるのでしょうか?脈の取り方一つ知らないのに、なぜベクロニウム中毒とミトコンドリア病の鑑別診断ができるのでしょうか?」とは質問しませんでした.
検 察という裸の王様に向かって,お前は裸だと言わないどころか、素晴らしい正義の味方だと賞賛し続けるメディアは、「愚かな人には決して見えない不思議な布 地を織ることができる」と称して王様から大枚を巻き上げる詐欺師であり、「国策捜査」と称して時の政権に媚びへつらった検察に声援を送った、あるいは少な くとも黙認していた我々の姿は、裸の王様の行進を黙認していた市民に重なります.と、つい最近までは私はそう思ってきました。しかし本当にそうでしょうか?
メディアが賞賛していたのは警察・検察・裁判所だけでしょうか?メ ディアはいつも馬鹿の一つ覚えのように「国民は」と言って、さも我々がメディアを支持しているかのように偉そうに振る舞ってきました。そして我々はそれを 許してきました。、「悪徳政治家」を、「悪徳企業」を、「悪徳医師」を、「毒殺魔の准看護師」、「患者さんを殺した不注意な研修医」を糾弾するメディア を、そしてそのメディアのご主人様である警察・検察・裁判所を賞賛してきました。
裁判で隠蔽される「不都合な真実」
特
定の関係者にとって都合のいい真実だけが議論され,その関係者にとって不都合な真実は隠蔽される.そのルールが適用されるのは検察庁の記者会見だけではあ
りません.「真相究明の場である」と,まだまだ多くの人が無邪気に信じている法廷が,実は全く逆に真相隠蔽の場であることは,今日も白昼堂々と日本全国で
行われている裁判の実態を見れば明らかです.
法曹資格を取った医師が検察官にも裁判官にもならない理由
医師免許と法曹資格の両方を持った場合,例外なく弁護士となります.医師免許を持った裁判官,検察官は存在しません.なぜでしょうか?それは皆さん専門家としての良心を持っているからです.検察官も裁判官も、私を藪医者と呼ぶ仕事をやらされる。それがわかっているからです。私を藪医者呼ばわりできるのは、脈の取り方一つしらないからこそできるのであって、仮にも医師免許を持っていれば、決してそんなバカな真似はできないことがわかっているからです。