向精神薬(特に抗うつ薬)臨床試験における精神療法の位置づけ
ある精神科医のメーリングリストへの書き込みに対する私のコメント

>精神療法を抜きにして精神科の患者さんたちのデータを取る、ということは私にはできない
―精神疾患診療における精神療法は糖尿病診療における運動療法・食事療法と同様の位置づけにあり、その有効性も万人が認めるところ。
―向精神薬の臨床試験では、精神療法の影響を除外して純粋に薬の有効性を検出しようとする(業界用語では「試験の内的妥当性を担保することを優先する」と表現)
―しかし向精神薬薬はあくまで現実世界で処方され、その現実世界では精神療法が行われるのだから、精神療法併用の有無を問わずにプラセボ対照のRCTで有効性を検証すべきである。プラセボ対照のRCTならば交絡因子としての精神療法の影響は排除されるのだから全く問題はない。(試験の内的妥当性を損なうことなく、外的妥当性も担保できる)

以上が先生の御主張の背景にあると私は考えています。ではなぜ、(製薬企業と規制当局の双方が)向精神薬単独処方の有効性を検証しようとする臨床試験で無理矢理にでも精神療法の影響を除外しようとするのか?
―その有効性を最大限に発揮するまで精神療法をやっているクリニックがまだまだ少ない。やっているとしても(あくまで推測ですが)その品質にばらつきが甚だしい。
―そうなるといくらRCTといっても薬の有効性評価は精神療法の効果の影響を免れない
―実際抗うつ薬の臨床試験では、そのプラセボ効果の大きさが以前から問題になっている。このプラセボ効果の少なくとも一部が精神療法に由来する可能性が十分ある
加藤 敏 プラセボ効果の吟味と精神療法の再評価―うつ病に力点をおいて― 精神経誌 2013;115:887-900

例えば純粋なプラセボ効果が5、精神療法の効果が5、その上乗せとなる抗うつ薬の効果が2とすると、精神療法併用の場合には10 vs 12の比較となるが、基本的な介入としての精神療法を排除した場合には5 vs 7の比較となって、新薬の開発期間もコストも、そして(これが一番大切!)開発の成功確率も決定的に有利になる。

目次へ